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木漏れ日亭 短編小説集

生きていればこそ。

作者: 木漏れ日亭

きみは聞きたくないって言うと思うけどね、


まあそれでもぼくはきみに語ることにする。


どんだけきみが悲しみや辛さに打ちひしがれているか、


そばにずっといてやれる訳じゃないぼくがなにを言う資格があるのか。


確かにぼくにはなんの権限も、


きみに聞いてもらう資格さえないかもね。


それでも聞いてほしいなと思う。


これは、


ぼくが死ぬ前のたったひとつだけ残ってる思い出。


ぼくが生き直してからできた本当の記憶の始まり。


そう思い込もうとするために作り上げた嘘。





ぼくは鉄棒を握り前後に大きく振り上げる。


前に行く時にはうんと体を伸ばして、


後ろに行く時には腰を引いて力をためて。


ほとんど鉄棒と水平になったぼくは、


前に大きく飛んでかっこいいアピールをするはずだった。


ところがなんの拍子か掴んでいた手がすっぽ抜けて、


ぼくは真後ろに地面を見ながら逆スーパーマン状態。


思いっきりびたーんって地面に体を打ちつけて、


ぼくの右手がぽっきり折れたのがわかったんだ。


ブランブランになった右手をそっと持ち上げて、


わんわん泣いてたぼくに向かってきみが言ったんだ。


そんなに泣くんじゃないの男の子でしょう。


わたしのことが好きなんだったらかっこつけてみなさいよ。


そう言ってきみはぼくを保健室に連れて行ってくれたんだ。



しばらく後になって事故で一回死んで生き直したぼくに、


きみは学校で何ひとつ覚えていないぼくに親しく接してくれた。


姿形考え方みんな変わってしまった生き直しのぼくを、


きみは前と変わりなくおんなじぼくのように扱ってくれて。


だからきみのことだけは覚えていたことにした。


たとえそれが後から作られた記憶だとしても、


ぼくにとってはたったひとつの生きてた証にしたかったんだ。



それから間もない冬の寒い日に、


一週間くらい学校に出てこなかったきみのことを先生から聞いた。


風邪をこじらせてばい菌が体の中で増えて衰弱してしまって、


抵抗力のなくなってたきみは静かに息を引き取ったって。


火葬場から見た空からは冷たい雨が落ちてきていて、


その暗い雨の空に煙になったきみが高くたかく上っていった。



あの時にぼくはなかった記憶をもうひとつ作り上げた。


それは死んじゃうきみがぼくにだけこっそりと病室で、


ほんとはわたしも好きだったんだよって言ってくれたって記憶。


本当はちっともなにも覚えてない死んでしまった前のぼくと、


本当にちっともなにもなくなって空っぽになった新しいぼくに、


ごめんなさいって気持ちと可哀想にって気持ちから作り上げた嘘。


ぼくはぼくで今いるぼくは前からいるぼくなんだと思いこむための嘘。


それでもその記憶にすがりつきながらぼくは、


死にたくなんかなかっただろうきみの代わりに生きてこうと誓ったんだ。



今となってはどれが本当の記憶でなにが作り上げた嘘なのかもわからなくなってるけど、


今でもあの暗い雨の空に上っていく煙になったきみのことだけは忘れない。


療養中のソファーベッドの固さとか自由に動かない手で食べた流動食より、


伸び切った体の使い方がわからなくて棒きれのようにすぐ倒れたりした痛みより、


あの暗い雨の空に上っていく煙になったきみのことがぼくにとっては、


初めての間違いない本当に本当の記憶の始まりだったんだ。





こんなことを聞かされてもきみは戸惑うだけだよね。


こんな誰とも知れない他人のぼくの言うことなんかを聞かされたって、


だからどうしろって言いたいのかって思うんだろうなあ。


どうなんだろぼくはなにが言いたいんだろよくわからないけど、


たぶんあの時に見たあの暗い雨の空に上っていく煙のようになるきみを、


ぼくが見たくないからなんだと思う。


ぼくは知りたくないからなんだと思う。


たとえ嘘であってもあの日に心に刻んだ誓いがきみに言えって強く迫るんだ。


その日が来るまでどんなに大変で辛くって苦しくっても、


こう思ってほしいこうあってほしいって言えって。



生きていればこそ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 終わり方が素敵すぎて余韻に浸ってしまいました。 とっても綺麗なお話ですね。 こんな温かい文章を書けるようになりたいです。
2017/12/23 20:51 退会済み
管理
[良い点] シンプルなので読みやすく、描写も想像しやすいので物語の情景がパッと頭に浮かんでくるようでした。 ストーリー構成も早すぎず、かといって遅すぎるわけでもなく丁度良いテンポなのでサクサクと読み進…
[一言] 深い余韻の残る良い作品。 読み終わった後、しばらく物思いにふけりました。
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