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露葉 弐

  背中から回した紐は、腰に巻いた紐に上から通して前へ。軽く引っ張って後ろを整え、前で蝶々結びにする。大きさと長さを調整して出来上がり。中学までみたいにスカートのホックを閉じてファスナーを上げれば終わり、とはいかない分多少手間ではあるが、露葉は和装を改変したこの制服を気に入っていた。

 セパレートタイプの着物の上に、膝丈程度の袴。行事の際には肩に留める羽織の着用が決められているが、それ以外は基本的にアレンジ自由らしい。とりあえずはオーソドックスに着ている。

「よし、行こう!」

 トートバッグを取り上げて、意気揚々と部屋を出る。廊下の窓から差し込む光が眩しい。

「おはよう、露葉ちゃん」

 ドアを施錠したところで、隣の部屋からショートカットの女の子が出てきた。昨日の寮のガイダンスで知り合った隣人の相上藍だ。

「おはよー藍! あ、制服丈長くしたんだ」

 藍が自室に施錠するのを待って、二人並んで歩き出す。

「うん、うちで巫女の服着てたから、袴の丈短いの慣れなくて」

 露葉は膝下程度の丈なのに対し、藍は踝ぐらいまでの長さである。常識の範囲内であれば、丈にもさして制約はない。

「そっか、藍んちは神社だったよね。……って事は藍ってもしかして白斗家系の人?」

 白斗家系の人間は飛び級が許されているとかいないとか、どこかで聞いた気がしなくもない。せっかく出来た友達とすぐに離れ離れというのは悲しい。

「うーん、白斗だったのはうちの曾お爺ちゃんまでで、以来ずっと神主と監手しかいなかったの。だからそうとも言えるし、違うとも言える……かな」

 少し首を傾げて考え込む藍は、第一印象通り真面目だ。大人しげで真面目な巫女さん。大人しそうだがその実積極的で意外と大雑把な露葉とはちょっと違ったタイプだ。

「なるほど、じゃあ神社詳しいって事だよね! 色々教えてね」

「詳しいって程じゃ無いよ。私も白斗としてはほとんど完全に初心者だもん。一緒に頑張ろ」

「うん、宜しく!」

 話が丁度一段落したところで玄関に出た。靴箱から靴を取り出し、玄関口の管理人室にいる寮母さんに挨拶をして寮を出る。

 寮の敷地から道路を一本隔てた所に学校の正門がある。傍らには入学式の看板が立てかけられており、露葉は無意識に口角が上がっていた始まりのこの季節は元々好きだが、新生活が始まる期待感はまた格別だ。

 正門入って正面にある昇降口でまた靴を履き替える。学年と科で分けられると十人少々になるので、自分の靴箱はすぐに見つかった。持参した新品のスリッパに履き替えると、藍がファイルを手に当たりを見ていた。

「とりあえず教室に行けば良いんだよね。こっちかな」

「だね。にしても、ちょっと早かったかな? あんまり人いないね」

「そうかもね。でも遅いよりはずっと良いと思うよ」

 それもそうだ。納得しつつ藍の先導で人気のない木造の廊下を少し歩いてたどり着いた教室には、ドアに座席表が貼ってあった。縦三列、横四行で十二人。一クラス四十人規模だった中学校とは大違いだ。

 席を確認して藍と隣な事を喜びあってドアを開けると、やけに広く感じる教室には二人ばかり人がいた。

「おはよう」

 目があって、体格の良い男がにこやかに挨拶してきた。

「おはよ! お、もしかして二人とも槐寮?」

 一緒にいた茶髪の男も笑ったり驚いたり目まぐるしく表情を変えながら首を傾げた。二人のいる席は藍の席の一つ前で、露葉と藍は自分の席に荷物を置いてそれぞれ挨拶をする。

「うん、私たちは槐寮だよ。私は楢丘露葉、宜しくね」

 羽織を捲って胸元の名札を見せる。横長の青い布に名前と黒の線が一本刺繍してあり、制服に縫い止めてある。

「相上藍です。あの、お二人も?」

 同じく名札を見せながら控えめに聞く藍に、茶髪がやっぱりな! と大きな声で言った。藍は少し驚いたように彼を見、もう一人の男はやや呆れたように露葉に目配せしてきた。露葉は釣られて軽く肩をすくめて見せた。

「昨日ガイダンスで見たなーって思ったんだ!」

「俺達も槐なんだ。俺は花瀬智衛。こいつは杉室充希、宜しくな」

 智衛と名乗った体格の良い方が名札を見せる。男子の制服も、女子と大差無いようだ。二人共一般的な袴の丈にしている。

 十二人のクラスメイトの内、ここには四名の槐寮生。おそらく残りのクラスメイトは別の寮なのだろう。

「それにしても二人共早いね。私たちも早いかなって話してたのに」

「あー、まぁな。遅刻するよりは良いだろ!」

 露葉の問いにわはは、と何かを誤魔化すように笑う充希に、智衛が苦笑しながら充希の頭をぽんぽんとたたく。

「アラーム一時間間違って仕掛けたのは誰だっけかな」

「わ、悪かったって! 焦って叩き起こしたりして……。でも智衛、気づいてたなら止めろよな!」

「俺は早い分には構わなかったしな」

 充希が智衛の手を払いのけて睨むが、智衛はけろっとしていた。

「二人は中学以前からのお知り合いなんですか?」

「いや、昨日のガイダンスが初対面だよ。二人も槐寮って事は町外出身なんだろ?」

 智衛に潰された髪を直しながら充希が言った。

「そうだけど、寮って出身に関係あるの?」

 露葉が言うと、充希は首を傾げた。

「大概は無いけど、桜寮だけは町内の白斗家系出身が多いんだってさ。飛び級する奴が多くて出入りが激しいからって聞いたけど、マジなのかは知らん」

「へぇ、詳しいんですね」

「にーちゃんからの受け売りだけどな! だから信憑性も低い」

 充希の兄も学園の関係者であると言うことだろうか。

「お兄さんも白斗なのか?」

「いや、にーちゃんは監手。そういや智衛も兄貴いるって言ってたよな?」

「ちょっと歳は離れてるけどな。二人は?」

「私は兄と妹がいるよ」

「私は一人っ子です。だからちょっとみなさんが羨ましいかな」

 藍の育ちの良さそうな感じに納得しつつ、口々に兄弟の愚痴や笑い話を始める。特に充希は、頭の良いらしい兄と自分の話を面白可笑しく語るのが上手く、藍が一等笑っていた。

 四人がすっかり打ち解けるのにそうそう時間はかからず、ふと会話が途切れて気付けば席のほとんどが埋まっていた。

「おはよう!」

 大股でずんずんと教室に入って来た小柄でスーツ姿の男の人は、明朗な声で挨拶をして教壇に立った。話をしていた面々は自然と自分の席に着き、全ての席が埋まった。

「よし、全員いるな。先ずは皆、初めまして。今年の一年白斗科の担任、雨水絹雲です」

 名乗りながら名前を黒板に示す。お世辞にも綺麗な字とは言いづらかった。

「教師としては一年生だけど、先輩白斗として頑張っていくので、とりあえず一年、宜しく!」

 ぱらぱらと十二人分の拍手が響く。絹雲は一人一人の顔を見ながらありがとうと言って満面の笑みで拍手を受けていた。拍手が止むと、絹雲は入学式の段取りを説明し始めた。

 窓の外では満開を間近に控えた桜が春風に揺れている。時折花に誘われるようにして飛来する鳥が、花へ口付けしては飛び回る。なんて移り気な。

 けれどそんな風景もとても新鮮で、また新たな気持ちで教室を見渡す。

 初めて出会う仲間達の存在に、初めての胸の高鳴りを覚える。彼らはどのように見いだされ見初められて此処へ来たのだろう。どんな思いを受けて約束を交わし、どんな気持ちで門出を見守っているのだろう。

 ねぇ露葉、ぼくは今とても楽しいんだよ。

つまりどういうことかってのは次話。

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