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露葉 壱

  ふと気が付くと、馴染みのない匂いと景色。起き抜けの露葉は少し驚いたが、すぐに思い出す。今日から寮生活が本格的に寮での生活が始まるのだ。

 のそりと緩慢な動きで身をよじって枕元の携帯電話を確認する。午前七時を過ぎたところだ。

 起き上がって伸びをして、昨日開けるだけ開けたスーツケースから服を引っ張り出して袖を通す。水回りで身支度を整え、最後に首から浅い青緑色の珠を下げた。

 布団を畳んで隅に寄せ、机の上のファイルから昨日寮母さんに貰った資料を取り出す。食堂の場所と朝食の時間を確認し、携帯電話と鍵をポケットに入れた。

 自室を出て施錠し、再び鍵をポケットに納める。二〇二と書かれた青い札が着いてはいるが、何か大きめのキーホルダーを付けておかないと無くしそうだ。

 寮は木造三階建てで、一階あたり五部屋ある。資料によると同じような作りの建物が四つあり、それとは別に平屋の建物がもう一つある。食堂は平屋の建物に入っているらしい。

 階段を降りて玄関で靴を履き、食堂舎を目指す。食堂舎は四つの建物に囲われた中庭にあり、半面が建物でもう半分はテラス席になっている。既に数人がテラス席で朝食を取っているようだ。

 食堂舎に入ると、美味しそうな匂いが鼻腔を擽る。人は疎らな印象だ。セルフサービスらしいので陳列された料理を幾つか選んで自分で取って、鍵に着いている札で支払いをして席についた。

「いただきます」

 手を合わせて小さく呟く。ご飯に味噌汁、卵焼きと魚の干物、ほうれん草のお浸し、漬物。典型的な和朝食は、味付けも簡素でどれも美味しかった。

 露葉が朝食に舌鼓を打っていると、正面に朝食を持った髪の短い女の人がやって来た。ここ良いかな、と問われ、露葉がどうぞと答えると、その人はお盆を置いて正面の席に着いた。首には群青色の珠が下がっている。

「はじめまして、私槐寮二年白斗科の君嶋鈴。あなた、槐寮の新入生だよね?」

 鈴と名乗った彼女は、いただきますと言って朝食を食べ始めた。

「楢丘露葉です。でも、何で槐寮って」

「その札、青は槐なの。桜が赤、楓が黄、柊が白でね、今年の新入生は二階。ちなみに二年は一階、三年が三階だよ」

 鈴は露葉のお盆の上の札を指差して言った。つまり、この札で寮と学年が判別出来るようになっているらしい。

「それと、札の下に入ってるラインが一本なら白斗科、二本なら監手科。名前以外の所属は全部分かるようになってるの。ほら」

 そう言って鈴の差し出した札は、青色にいち○一と書かれており、下部には線が一本引いてある。

「なるほど」

 鍵と札はセットらしく、外せないようになっている。部屋番号と住人を対応させれば個人の特定も可能になるだろうが、そういった意図は無いのだろう。

「露葉ちゃんは町外出身?」

「はい。……えっと、君嶋先輩も、ですか?」

 食事を進めつつ問い返す露葉に、鈴でいいよ、と笑う。

「白斗はみんな下の名前で呼び合うから。私も町外出身だから、この風習も暫くは不思議だったけど」

「昨日道案内してくれた方も下の名前でって言ってました。何でなんですかね?」

 ツイという名の白斗にその風習を聞いて以来、確かに不思議に思っていた。普通は名字で呼び合うものなのでは、と。

「監手はともかく、白斗って今でも代々白斗やってた家系が結構あるの。だからね、名字だと被っちゃうらしくて」

 仮に学内で被らなくとも、卒業後に配属先で被る可能性は大いにあるのだろう。現場の方針に、学生の頃から慣れようという意図であろう。

「なるほど、納得です」

 ツイも余所者、と言っていたが、白斗家系の者でない、という意味だろうか。それともーー。

「ところで、昨日道案内してくれた白斗さんって、誰だったの?」

 考え事をしていると、鈴が興味津々といった様子で露葉に問う。学生が現場の白斗の名前を知っているのだろうか。

「ツイさんです。えっと、名字何だったっけ」

 珍しい名前だったような、と頭を捻っていると、鈴は少し大きな声でその名前を反芻した。

「ツイさん!? 特番社の?」

「はい、特番社って言ってました。……特番社って、どういう事なんですか?」

 鈴の勢いにやや押されつつも、昨日も湧き出た疑問をぶつける。

「えーっとね、授業で習えば分かると思うけど、白斗は神社とは切っても切れない関係なのね。だけど、ツイさんは例外的に神社に属さない白斗として認められたら人なの。ほんと物凄い強くて、神社所属なら一番社の陽乃森所属でもおかしくないぐらい!」

 興奮気味に語る鈴とは対照的に、露葉は冷静だった。どうにも昨日会ったばかりのツイという人が、鈴の語るようなすごい人だとは思えなかったのだろう。

「そんなすごい人だったんですね、ツイさんって」

「そりゃもう! ここ数年で一番優秀で一番異端な白斗だって、今でも伝説が残ってるぐらいには。露葉ちゃんもそのうち聞く機会があると思うよ」

 それは楽しみです、と言いつつ、露葉は食事を終えた。お茶を飲み干して手を合わせ、ごちそうさまと呟いた。

「お先に失礼します」

 一言断って席を立ち、トレイを持つ。

「うん、また!」

 ひらひらと手を振った鈴に見送られつつ、返却口へと向かう。午後からの寮のガイダンスまでに部屋の荷物を片付ける予定だったか。

 食堂を出て自室に戻ると、携帯電話は八時前を示していた。

「さてとー、頑張りますか!」

 露葉は一人気合いを入れて、スーツケースの荷解きに取り掛かるのだった。

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