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ツイ 弐

  家に戻ると、來が珈琲を啜っていた。帰ってきたツイに気づくと、來は何か飲みますと聞く。ツイはソファに身を投げ出しながらカフェオレを注文した。

 帯に差した二本の刀を鞘ごと抜いてローテーブルに置く。片方の肘掛けに足を乗せ、もう片方に頭を乗せて定位置につくと、程なくしてカフェオレが運ばれてくる。

「はいどうぞ」

「ありがと。頂きまーす」

 ツイ好みにつくられたであろうそれを半分ほど飲んで、長めの息をついた。窓際のデスクに戻った來が物珍しそうに尋ねる。

「お疲れですね、どうかしました?」

「最近人多いとこ多くない? 苦手なんだよなー、人混み」

「あぁ、だから毎年大祭になると学園の屋上にいたんですね」

「人が来なくてある程度町が見える場所ってあそこぐらいしかないからな」

 大祭とは、旧正月に行われる町全体でのお祭の事だ。無事新年を迎えられた事を町中の神様に感謝する祭で、その日ばかりは町の外からも沢山の人が来る。

 人が集まると言うことは、餓鬼が出る可能性が増すということ。白斗には所属の神社ごとに担当区域の見回りが決まっているが、神社に所属しないツイには担当も何も無い。かといって何もしなくて良いということにはならないらしく、毎回出撃待機が言い渡されている。

「別に此処にいてもいいんじゃないですか?」

「……うちに居ると洸也とか真衣花とかがすぐ酒盛り始めるから」

 あー、そんな事もありましたね、と來は遠い目をした。洸也と真衣花は底無しの酒飲みだが、ツイはあまり酒に強くない。あの二人と呑むと、ツイは必ず固い床に転がって朝を迎え、二日酔いの頭痛に苛まれるのだ。

「あ、そういえば陽乃森から要請来てましたよ。出しますね」

 言って、來がパソコンを操作すると、プリンターが紙を一枚吐き出す。

 身体を反転させ、ソファの手すりから身を乗り出して目一杯腕を伸ばし、ツイはその紙を手に入れた。簡素に用件が纏められた文字を追って、ツイは大きくため息をついた。

「うーわ、大掃討じゃん」

「みたいですね、例の廃電力所周辺です。何でも少数精鋭でなるべく陽乃森の外には情報すら出したくないとか」

「そりゃそうでしょ、あんなことあった所に大勢連れてった方が面倒だ」

 色々あって廃止された電力所に餓鬼が集まって成長しているので、掃討するよーという内容らしい。ツイに回ってくる仕事はだいたいこういう面倒なものだ。特例として神社に所属せず、個人で白斗業を営んでいる白斗なんてツイしかいない。ツイは白斗の元締めたる陽乃森大社に特別に許可を貰っているので、頼まれると断れない。そういう関係らしい。

「受けます?」

 來がモニター越しにツイに問う。

「拒否権ないって」

 テーブルの刀の上に紙を置き、よっこいせと身体を起こす。帯を緩めて着物を脱いで、帯と共にソファの背もたれに掛け、パーカーのフードを被って、首もとから黒い紐に通された珠を取り出した。

 そのまま綴じ紙綴じ紙~と呟きながら棚の中を物色するが、目当ての物が見つからないらしい。背後の來に求めるものの在処を尋ねるが、來は答えを持ち合わせてはいなかった。

「あれー、あと一冊あったと思ったのに」

「……もしかして、前のおろしてから追加貰いに行ってないです?」

 行ってないけど、と答えるツイに、來はため息をつく。ここひと月の仕事なら、一冊埋まるぐらい直ぐですよ、と。

「明日もあるよね、仕事」

「ありますよ」

「今日中に綴じないと明日の仕事なんて無理なんだけど」

「まだ三時過ぎです。今からでも間に合いますよ」

 時計を見ながら來が言う。同時に、携帯電話を操作し、どこかへ電話し始めた。

「あ、お世話になっております、羽遠屋の三丸です。急で申し訳ないんですが、今から綴じ紙を頂に伺っても……はい、ありがとうございます。宜しくお願い致します、はい、失礼致します」

 とん、とデスクに携帯電話を伏せ、來がツイに純真無垢な笑顔をむける。こういう奴を天然タラシだと言うのだとツイがぼやいていた気がする。なるほど、これが。

「いってらっしゃい、ツイさん」

「……はーい」

 連絡を入れたからには、行かない訳にはいかない。緩慢な動作で着物を羽織直して帯をしめたツイは、帯にまた刀を差し、表紙に『羽遠屋』と書かれた紙束を金庫から取り出して風呂敷に巻き、懐に押しこんだ。

 着物の上からパーカーのポケットを触って携帯電話の存在を確認し、玄関で短いブーツに足を突っ込んで、外出の準備は整った。

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。あ、今日俺四時であがりますんで」

「りょーかい。んじゃまた明日ー」

 來の声を背に再び外へ出る。卯月の日差しは暖かく、玄関横の桜の木には今か今かと開花の時期を伺う蕾が膨れている。

「今年は早そうだな」

 ツイが呟く。今年は入学式の頃が満開だろうか。

「今年こそ花見でもしたいところだけどなー、碧のおっちゃんにでもねだってみるか。引退して暇してるみたいだし」

 碧のおっちゃんならば、ツイも酔い潰されることはない。むしろ下戸で、呑めない悔しさから料理の腕を磨き上げ、白斗としては勿論、和守町では料理人としても有名である。白斗を引退してからは農業に本腰を入れ、素材からこだわりぬいて作っているとか。非常勤講師よりも料理屋でもすればいいのに、と來とツイはよく言っている。

「大掃討には左京のも来るだろうし、様子聞いてみるか……っと」

 ふいにツイが立ち止まる。ツイの視線の先には、大きなスーツケースを傍らに置き、携帯電話と周囲を見比べている女の子がいた。ツイとは違い、艶やかな黒髪を高い位置で綺麗に結っている。様子からして、迷子なのだろう。

「こんにちは。迷った?」

 ツイが背後から声をかけると、女の子は驚いたように肩を震わせ、不安げにツイの様子を窺った後に、はい、そうなんです、と頷いた。

「和守学園に行きたいんですけど、迷ったみたいで」

「ってことは新入生かな? 陽乃森大社に行くとこなんだけど、良かったら案内しようか」

「陽乃森大社……えっと、多分陽乃森大社まで行けば学園までの道も分かると思います、ので、お願いします」

 携帯電話で地図を確認し、ツイの腰の刀をちらりと一瞥して、女の子は深々と頭を下げた。

「んじゃ、行こうか。ね、名前聞いても?」

「あっ、はい。楢丘露葉っていいます」

 先を歩き出したツイの半歩後ろを、スーツケースを引きずりながらついて歩く。ポニーテールが歩を進める度に左右に揺れる。

「羽遠ツイです。宜しく、露葉。……あっと、ごめん、習慣で。白斗や監手は下の名前で呼び合う習わしなんだ。だから良かったらツイって呼んで」

 唐突に名前を呼ばれてきょとんとしていたが、なるほどと呟き、宜しくお願いしますと頭を下げた。

「ツイさん。ツイさんは、白斗……ですか?」

 音と意味を噛み砕くようにツイの名前を一度呼び、露葉は刀に視線を落としながら質問をなげかけた。白昼堂々こんな凶器を下げて往来を歩くのは白斗ぐらいのものだ。普段白斗を目撃する事の少ない和守町外の人間からすれば、異様な光景だろう。

「うん、白斗だよ。露葉は後輩だよね」

「はい、白斗科に入学します。……でも、ちょっと不安で」

 露葉が視線を足元に落とした。平日の昼下がり、人通りの少ない狭い道に、露葉のスーツケースの音が響く。

「もしかして、一般の家の子?」

「そうです。私、どうしてもって親を説得して出てきたんですけど」

 白斗は古来より神社と結びついて存在してきたものであり、その歴史の長さ故に血筋や家系を重んじる傾向にある。

 露葉の不安は、おそらくそこに起因するものだろう。学園創設以来、一般家系の白斗は増えているが、割合としては依然、白斗の者を縁者に持つ者の方が多い。

「陽乃森とか安芸津はまだまだ左京と右京と白斗三家が占めてるけど、実際は家系よりも実力主義的な感じになってるし、大丈夫大丈夫。結構みんな優しいから」

 それに、うちも余所者だからね。何かあったらうちにおいで。

 言いながら、ツイは露葉に名刺を差し出した。『特番社 羽遠屋』と書かれたそれをまじまじと見つめ、露葉は首を傾げる。

「あの、特番社って……」

「イレギュラーってことだよ。何かあったらそこの連絡先に連絡してね。可愛い後輩の為なら動いてくれるの、何人もいるからさ」

「あ、ありがとうございます」

 露葉の疑問をはぐらかすようにツイが答える。すり替えられた話題に戸惑いつつも露葉は名刺を裏返す。地図が書かれているのを見つけ、ふと顔を上げた。

 少し向こうには大通りが広がっており、車や人の往来も多い。車一台通るのがやっとだった道を抜けると、両端を商店が埋め尽くし、中央を車が行き交う商店街に出た。

「ここからが陽乃森大社の表参道、これが陽乃森神社の壱の鳥居だよ」

 ツイが示す先には大きな鳥居があり、商店のかわりに桜の木々が道を囲っている。羽遠屋と記された位置から壱の鳥居までを視線で辿ってようやく、露葉は自分の歩いた道を理解したようだった。

「ありがとうございます。ここからなら学園まで行けます」

 露葉は丁寧にお辞儀をした。ポニーテールがさらりと肩に落ちる。

「せっかくだから、陽乃森見てかない? 一般の人は入れないとこ、見せてあげられるかも。時間は大丈夫?」

「本当ですか! はい、寮には六時までに着けばいいので大丈夫です」

 ツイの提案に、露葉は目を輝かせて頷く。ツイがポケットから携帯電話を取り出して時刻を確認する。三時を半分過ぎたところだ。寄り道をしても、門限までには余裕で寮に着けるだろう。

「よし、んじゃ行こっか」

 壱の鳥居をくぐり抜けるツイの後を、露葉は嬉しそうに頷いて追いかけた。


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