ツイ 壱
雑に結った髪を揺らしながら、ツイはビル群の路地裏を走っていた。結うなら結うで幾らか取りこぼした毛束も纏めれば良いものを、事務所兼自宅を出ながら結うものだから、何時も綺麗には纏まらない。ならいっそ結わずとも邪魔にならない長さに切ればと提言されても、その時間が惜しいのだと言う。髪を切るいとまも惜しい程仕事が多忙な訳でもないし、仕事以外に時間を取るような趣味も持ち合わせている様子はない。ツイなりの言い訳なのだろう。
とにかく、幾らか無造作に跳ねた頭髪を春風に遊ばせながら、ツイは餓鬼を追っていた。人混みを縫ってアスファルトを蹴り、一気に距離を詰めて腰の得物に手をかける。
すらりと抵抗無く引き抜かれた刀身が、餓鬼の背中を斜めに滑る。傷口から吹き出す黒い靄が、ツイの首に下がった蒼と朱の入り混じった珠に吸い込まれていく。
「これで終わり?」
『はい、終わりです。行きと同じ神社に繋ぎますね』
「えー、こっからなら相上のが近くない?」
確かに、ツイの言う相上神社の方が、終わりを告げる声の主の言う神社よりも現在地からは近い。
『無茶言わないでください、四方守クラス以下の神社と繋げる様な余力無いですよ!』
ちぇー、と端的に文句を表現したツイは、元来た道を引き返し始めた。
高いビルがそびえ立つ如何にも都会といった街の中を、緩く着物を着崩し、その腰に二本の刀を携えた時代錯誤も甚だしい格好の人間が一人、誰にも気付かれないまま帰路についた。