4本業はメイド
前回までのあらすじ
たくましいバカであるフィールとダメなメイドであるカルネラがやかましい………
「多大な迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。この二人は連れて帰りますので。これはつまらないものですがお茶菓子と二人の宿代諸々です」
「あ、これはご丁寧にどうも。助かります」
フィールと出会ってから数日後、いつの間にかカルネラも居候状態になっていたところ、エリスという新たなメイドが訪ねてきた。カルネラ同様ラウドラシル家に仕えるメイドらしく、カルネラがいっこうにフィールを連れて帰らないためやってきたらしい。ラウドラシル家のメイド長をつとめているらしい
可愛らしい女性だったが、第一声が「おいカルネラ…。何をしている…?」となかなかにドスの効いた声音ですごんだ事には驚愕した。フィールが大人しく言うことを聞いているところとカルネラがうっすら冷や汗を浮かべているところを見るとエリスさんはたいそう怖い人らしい。まだ二十代に見えるがしっかりしている
「お嬢様、この方に謝罪とお礼を。お世話になったのでしょう?」
「………迷惑かけてごめんなさい。………泊めてくれてありがとうございます」
「はい、良くできました…」
「うう………」
フィールはすねているのか、むくれているのか、でもエリスさんの言うことには大人しく従っている。カルネラは借りてきた猫のように大人しい……。たいへんおびえてらっしゃる……
「私も大変お世話になりました。ショータロー様の優しさやお心遣いにたいそう甘えてしまい、居心地も良くてやっかいになってしまいました。ありがとうございました」
「しょうたろうだってば」
カルネラはここぞとばかりに自分をフォローしだした。エリスさんは若干睨んでいる。フォローしきれてないなぁ……。とにかくやっと二人は帰ってくれた。たまには騒がしいのも良いが、やはり静かに暮らすのが一番だ。それでもここで暮らしていく以上町の住人と友好を深めることも必要だろう。もう少しまともな人が良かったのだが………
──────────
「ごめんください」
「カルネラか……。昨日の今日で何しに来たんだよ」
「そんな露骨に嫌がらないで下さいよ」
今日も今日とてメイド姿のえせメイド、カルネラが朝早くから訪ねてきた。黙っていればちゃんとメイドなのだが、いたずらっ子というのかトラブルをこねくり回して面白がる節があり、メイドのわりにフィールに対していいかげんなところがある。悪いやつではないのだが
「今日は何の用だよ?」
「昨日のことでエリスさんにこっぴどく怒られまして、お給料が減らされちゃったんですよー……。なので朝食をたかりに来ました」
「帰れ…!」
ドアを閉めようとしたのだが、その前に足を入れられて閉められなくされた。玄関での小競り合いはカルネラに軍配が上がった。けっきょく家に上がり込んだカルネラは迷うことなく昨日貰ったお茶菓子を勝手に取り出し、お茶の用意をしだした。手際は良いが、他人の家でこれほど遠慮なくやるかふつう?
「それで何の用だよ?本当にご飯たかりにきたのか?」
「そんなわけないじゃないですか。今日はまじめな話をしに来たんです」
「初っぱなにふざけたのお前じゃねえか!?」
「ふざけるのはここまでにします」と今までふざけてたことを自白した。お茶を飲んでいったん気持ちを落ち着かせる
「では本題に入りたいのですが、その前に最近ここに引っ越してきたというショウタロウ様のためにこの町、アルソウの事について話します。」
「まあ、俺の家は町からはずれてるというか少し離れているけどな」
「アルソウというのは町の名前でもありますが、ここら一帯の土地のことを指す名前でもあります。もちろんアルソウの町以外にも町や村はありますよ。なのでショウタロウ様もアルソウに住んでいるという事になります。まずラウドラシル家の事については居候中に話しましたね。アルソウを治める領主の家系であり、当主である旦那様は町民に慕われる町長さんでもあります。つまり形式上この辺りの土地はすべて旦那様のものなのです。形式上というのはラウドラシル家が管理を任されているという事で、所有権はその土地土地を所有する各領民にあります」
「ふーん。フィールのお父さんが地主で、アルソウに住む俺たちは地主さんに土地を借りているという形になるのか」
「はい、そうなります。形だけなので別に土地代などは取っていません。ただし税金という形で領民から徴収はしていますけどね」
「領主と町長っていうのは同じじゃないのか?」
「領主というのは国王様から直々にこの土地を任されているという証です。町長はこの町に住む者達が各々の意志を示して決める町の代表者のことです。そのため町長を務める者は貴族とは限らず、町民の大多数が認めれば、ラウドラシル家にアルソウ町民として住民登録している者ならば、領主様も含めて誰でもなることができます。今の町長が領主様であることはたまたまです。言うなれば町長とは町民の意志の代表者であり、一定の権力を持って町をより良く発展させるために尽力します。本来領主様はこの町を含む領地の規則を定め、町長は領主様に町民からの申し出を伝える役割なのです。領主様がこの町の町長を兼任なさるということは、領主様にはすべてを任せられるという町民からの信頼の証なのです」
「ほー、フィールのお父さんはすごく優秀な人なんだな。それに一部では民主制度を取っているんだな。なんか意外だ」
「まあそれは置いといてですねー。今回重要なことは別なんです」
「ん?じゃあなに?」
カルネラは手に持っていた鞄から羊皮紙、ペン、インクを取り出して机の上に広げた
「ここからが本題です。ここで暮らしていくとなると住民登録をしていただかないといけません。出て行くにしろ入って来るにしろ、ラウドラシル家が拒むことはありませんが、領地領民を治める為にはどういう人がどれだけ住んでいるか知ることが必要です。簡単な質問をするのでお答えください。ショウタロウ様はどこからここに来たのですか?」
「………………どこから…かぁ…」
うーん、ついにこの質問がきたか。利便性を考えて町の近くに住居を構えたが、やっぱり聞かれたか。こことは違う世界からですなんて言えないよなぁ。言ったとして信じてくれるとも限らないし、下手をすればやましいことを隠すための下手な嘘と捉えられるかもしてれない
「…………?どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ。俺はその……すんごく遠いところから来たんだ。クオールヘンっていう国なんだけど」
「クオールヘン…?聞いたこともない国ですね。すんごく遠いところですかー……」
かりかりと羊皮紙になにやら書き込んでいる。なんだろう、なんだか取り調べを受けている気がしてきた。、いや、実際そうなんだろう。カルネラは領主の使いとして来ているのだ。領主としていつの間にか移り住んでいた俺を放って置くわけにはいかないんだろう
「クオールヘンってどの辺りにあるんですか?」
「…………すんごく遠いところ」
「………東西南北のどの方向なんですかねー?」
「……………うーん」
いぶかしげな視線を感じる…。正直には言えないので前々から考えていたごまかし方を実行する
「実はどこから来たのか自分でもよくわからないんだ。生まれ故郷であるクオールヘンで戦争が起きてな……。俺も徴兵されて戦場に赴いたんだ。いろんな戦場を転々としたんだが、運良く生き残れたんだ。だけどクオールヘンは戦争に負けてしまった。別に俺はクオールヘンに仕えてたわけでもなかったからな。戦況が劣勢になって、もうこの国は終わりだなと思ったとき自分の命惜しさに逃げ出したんだ。故郷を想う気持ちはあったけど、家族ももういなかったから生き残るために出来るだけ遠くに行こうとそのまま旅だった。歩いて、走って、馬にも船にも乗って、遠く遠く離れて行き着いたのがここだったんだ。苦労したんだぜ。なんせ国が違えば何もかも違う。俺の顔を見てくれれば分かると思うが、黒髪に黒い目なんてこの辺りでは見かけないだろ?だから、出来るだけ人目から離れて移動し続けてたんだ。だけど、それも限界を感じてな。どこかで住居を構えようと思って、ここに家を建てたんだ。亡くなった父は大工だったんだ。よく仕事を手伝っててさ、その時の経験をいかして見よう見まねで何とか建てたんだ。住居を構えるとなると誰もいない場所では生きていく上で不便だと、旅をしていたからよく分かっていた。だから町から近くて、でもひっそりと生きていけるようなここにしたんだ。まあ、そういう経緯でここにたどり着いたからな。初めは西に向かっていたんだが結局どういう風にここにたどり着いたかはあまり覚えていないんだ」
どうよこの渾身のごまかし!一気に畳みかけてうやむやにする作戦は!
「ふむふむ、なるほど………。そういう設定なんですねー」
「おおふ!??いや、え、せ、設定??なななんのことかななな?!」
一瞬で看破された!?瞬殺されたんですけど!?
これにはさすがに動揺を隠せなかった。確かに怪しいところがあるのは否定できない。でもいきなり全否定とは。まさかこんなにすぐにばれるとは思いもしなかった……が
「おや…?!本当に嘘だったんですか……?!」
この発言には鳥肌が立った
こ、こいつ無駄にかまかけやがった…!!
自分で言っておいてめちゃくちゃ驚いているところを見ると、どうもまたふざけただけなんだろうが、そのせいで余計な真実をさらけ出してしまった。こうなってしまってはカルネラも真剣に俺に疑いのまなざしを向けてくる。一番最悪な展開はあらぬ疑いをかけられて、罪人にされてしまうことだ。そもそも素性の知れない者は怪しい。わざわざ素性を隠す理由としてまず思いつくのは罪を隠すため。そうなると罪を問われて捕まえられたり、この場所を追い出されたり、どうなるにしろ静かに隠居するという目的が果たせなくなる
「なぜ嘘をついたんですか…?」
「…………ほんの出来心で」
「今日はまじめな話をしに来たんですから、ふざけないで下さいよー」
「お前には言われたくなかった……」
腹立たしいがここは飲み込もう
「それでご出身はどこなんですか?」
「しゅ、出身っすか…?」
うぐぅ……そう聞かれるとまたややこしい。出身はもちろん日本である。俺が生まれ、そして死んだ世界である。そして別の世界のクオールヘンという国で転生する前の極悪難易度チュートリアルをこなし、この世界にやってきた。なんて説明したらどんな反応をされるか。やはりごまかすしかない。嘘に嘘を重ねればぼろが出やすくなるが、別に悪いことをしたわけじゃないんだから、そこまで悪い状況にはならないだろう。後腐れなく済ませるためにごまかすのだ
「出身はクオールヘンで間違いないよ。……戦争云々の話は………盛ったけど。……ちょ、ちょっとかっこいいかなぁ……と…おもっ
……て……」
ぐうぅ……!自分で言っててすごく恥ずかしい…!!自分で自分の設定を作るなんて痛すぎる…!
「なぜそんなに恥ずかしそうにしてるんですか…。初めから嘘なんてつかなければよかったのに」
お前が冗談でかまかけるからだろうが!!
………いや違う!やはりそうなのだ。こいつは紛れもなく領主の使いなのだ。ふざけているのは敵を欺くための罠…!メイドの姿は敵に正体を隠すための擬態…!こいつはただのメイドではなく、諜報活動や取締り、もしかしたらくせ者の暗殺までをもこなしているかもしれないエリートなのだ…!その証拠にこいつと初めて会ったとき、フィールに気づかれないように気配を消していた。ふつうのメイドにそんな事が出来るのか?フィールが灰色熊に襲われているときも冷静に様子を伺っていた節がある。つまり灰色熊程度ならどうとでも出来るという自信の表れ。その後もただ者ではないことを示唆するような言動を取っていた。そして何よりも俺自身がカルネラの強さを感じているのだ。負ける気はしないが、こいつは相当の実力者である。それだけの人物を送り込んでくるということは俺は領主に怪しまれている?だが、それならどうして自分の娘を俺の元に置き続けた?強引に連れて帰ることも出来たはず。それだけカルネラを信頼しているということなのか?やはり今までのカルネラのダメな行動はすべて演技だったのか?娘を俺の元に居座らせることで俺を試していたとしたら?
「ではクオールヘン出身のあなたがどうしてここアルソウに?」
正直この世界のことはほとんど知らない。どこにどんな国があるなど知るわけがない。ちょっとは勉強しておくべきだった。とにかくここはしらを切り通す
「…………実は故郷には居づらくなってしまって。俺の故郷クオールヘンは小さい国でど田舎だったんだ。その上他国との交流を禁止する鎖国国家でな、半ば隠れ里のような様相を取っていたんだ。それに嫌気がさして国のルールを犯して飛び出してきたんだ。良い思い出はないけど、生まれ育った故郷だからな。どこにあるかは言えない。ここから東に向かって遠い遠いところにある、とだけ言っておくよ」
「ふむふむ、そうですか。出身はクオールヘンっと。ご年令は?」
あれ?長々話したけどちょっとしかメモってない?
「ひゃく………十六才だ」
「え?同い年なんですねー。じゃあタメ口でいっかー」
あれ?何この軽い感じ??
「一人暮らしだよねー?」
「…う、うん。一人暮らしだし、家族はもういない」
「ショウタロウは何してる人?」
「……え?あ、何をしている…か…。貯金を崩しつつ、自給自足で暮らしてる人、かなー……」
「うんー、じゃあここに名前書いて。あ、ちなみに人間だよね?」
「お、おう……?そりゃそうだろ」
カルネラから紙とペンを受け取る。この世界の言葉は、喋ったり読み書きできるように知識はちゃんと貰ってきた。これもまた必要なものである。なので翔太郎と漢字で書くことはもうない
警戒はしつつも、どこか腑に落ちない感覚を感じつつ紙に視線を落とす。そこにはこう書かれていた
『アルソウ国住民登録
住所 アルソウ町のはずれ
氏名
種族 人間
性別 男性
出身地 クオールヘン国(どこか遠いところ)
年齢 十六(童顔)
職業 ニート
家族 無し 独り身』
所々に問い詰めたい部分があるが、記入内容自体は非常にシンプルである。これなら別に詳しく言わなくてもよかったんじゃ……?出身地とかめちゃくちゃ適当じゃねえか……
「……はい、書けたぞ」
「んー………ん?名前の順番が違うよ?文化の違いかなー、名前が先で姓を後ろに持ってくるのがこの国の常識。近隣諸国もそうだからやっぱ遠いところから来たんだねー。まあ、私が直しとくよ」
「ああ、そっか、ありがとう」
「じゃあ、これで登録しとくから。今日はもう帰るよー」
「え?あ、もう帰るの?」
「おや?帰って欲しくないの?寂しいのー?」
「やめろ、にまにますんな、腹立つ」
尋問みたいな事をされると思っていたが、まさか本当にこのまま帰るのか?例えば上司に指示を仰ぐとか?
「……その…てっきりもっと警戒されてるのかなって思ってたから」
「警戒?どうして?」
「いや、どうしてって余所者…だし?住民登録だってそういう身元の怪しいやつを取り締まる為でもあるんだろ?」
「え?そうなのかな?」
「え?」
これも演技?………いや素だな
「………正直何でもよくない?これで仕事終わりだしー」
「…………マジかぁ」
こいつはダメだ……。諜報員どころか、もはやメイド失格、というか労働者としてもアウトだ……。それよりも
結局俺のはやとちりかよ…!?無駄にドキドキしたわ…!
何でだろうか、こいつと喋っているとリズムが狂う。それにこいつのことがいまいち分からない。能力的には優秀だろうにやることがふざけてる。バカと天才は紙一重なのだろうか?こいつを天才というカテゴリーに入れては世の中の天才に失礼だろうか?どうにも掴み所がない
「何で疲れた顔してるのか知らないけどー…………あれでもあの子は人を見る目は一流なんですよ?」
「…………え?」
あの子?人を見る目?なんの話?
「………別に心配すること無いよーってこと。だからこっちも心配しないようにしてるの。じゃあ私はお屋敷に戻るから。お茶ごちそうさまでしたー」
そういってさっさと出て行った。結局取り越し苦労だったわけだが、本当に疲れた。あいつの相手をするなら、あいつの相手をするぞと初めから構えておかないといけない、ということが分かった
別に良いのだが……、昨日貰ったお茶菓子がすべて食べられていた……。クッキーだったと思うが……俺一つも食べてないのに……
──────────
次の日の朝のことである
「おっはー。今日は朝食たかりに来たよー」
カルネラがあらわれた。カルネラはなめたセリフをはいた
「オレオマエキライ……」
「私だって傷つくんだよー?」
ドアを閉めようとしたのだが、またドアの隙間に足を入れられ、閉じられなくされた。また進入されてしまった。カルネラはやはりなんの躊躇もなく勝手に台所でお茶を入れだした
「……何しに来たんだよ」
「ふつうに遊びに来たの。見て分かわないかなー?今日はお仕事お休みー」
確かに今日のカルネラはいつものメイド服ではなかった。地味なTシャツに足首まであるスカート、頭にはバンダナを巻いており、どこから見てもただの村娘だ。おしゃれにはあまり気を使っていないように見える。俺が言えた義理ではないが
「んで、何しに来たんだよ…」
「そんな事言いつつ私の分のご飯も用意してくれるんだね。ショウタロウって優しいねー」
「う、うるさいな……そこはスルーしとけよ」
本当に俺の家で朝食をたかるカルネラを見てやはり昨日のことは杞憂だったなと思う。こいつは本物の天然バカだ。素がふざけているなんて、ふざけたやつである
「ショウタロウの今日のご予定は?」
「いや、特にはないけどさ。お前の方こそ今日は休みなんだろ?何でわざわざ俺のところに来るんだよ……………」
「『ああ……友達いないのかぁ……』みたいな顔しないで欲しいなー。ちゃんといるからね?親友と呼べる人だっているし。ショウタロウとは違うから」
「だ、だれがぼっちだよ!」
「言ってないよ……。……気にしてるの?大丈夫私がいるよー?ともだちともだちー。今日だってこうしてショウタロウで遊びに来てあげてるし」
「上から目線でどうもありがとう。本音が漏れてるぞ?はっ倒すぞ」
こいつおちょくりに来てるだけなんじゃねえか?
「そういえばフィールはどうしてる?何で家出してたのかけっきょく話さなかったけど、またすねてるのか?」
「もうケロッとしてるよ。お嬢様はあれでも一応お嬢様だからね。お嬢様らしくいろいろお勉強が多いんだけど、相当やりたくないんだろうね。奥様の教育に反抗してばかりいるの。今頃は家出していた分みっちり勉強詰めだねー」
「……そっか、貴族ともなるとやるべきことは多いのか」
「一族の栄光だけでふんぞり返る愚かな貴族にはさせたくないという一心で、奥様はお嬢様をラウドラシル家に恥じない貴族に育てようとしてるの」
「なるほどね。貴族たるものかくあるべしって感じだな。全然成果が出ていない気がするが……」
「……お嬢様はお嬢様で叶えたい夢があるみたいで。望んでいる将来像が奥様の考えているそれとは合わないから反発しているの」
「………そっか」
きっとフィールのお母さんはフィールの為を思ってやっているのだろうが、フィールにはフィールの望むものがあるのか。他人の家の教育方針に首を突っ込もうとは思わないが、生まれながらに貴族の責任を背負っているというのはどんな気持ちなんだろうな
「フィールは何になりたいんだ?」
「そこまでは知らないんだよねー。あんまり女の子らしくないものだとは思うけど……」
確かに行動はお嬢様らしくないどころか、女の子らしくもなかったな。家出するからといって森でサバイバルを想定するやつが果たしてどれくらいいるのだろうか
「……なんにせよ、メイドはただ主人の幸福を願って仕えるのみ、だからねー」
「ははははは……お前が言う?」
貴族に生まれたからといって必ずしも幸せではないということか。フィールはこれからもたくさんがんばらないといけないのだろう。たまには逃げても罰は当たらないだろう
朝食を食べ終えた後、片づけや掃除まで手伝ってくれた。メイドだけあってさすがの手際である。一通り終えた後「それじゃあ行こうー」と連れ出された
「何しにどこに行くんだよ?」
「食糧庫にはもうお肉がなかったからねー。狩りをしないとご飯にありつけない」
「なんで俺の家の食糧事情に詳しいんだよ………。なに?夕飯までたかる気か?」
「やだなー。その前に昼食があるよ?」
こいつ……、そんなに困窮しているようには見えないからきっと俺をおちょくっているのだろう。腹立つわー……
こうして二人で森で獲物を探し始めた
「……ショウタロウはいつもそのナイフで狩りをしてるの?」
「ん?まあな」
カルネラは手伝う気がないのだろう、何の装備も持っていない。俺はというと、刃渡り約三十センチメートル程のナイフを腰に差しているだけである
「それって野菜や果物とか食材を切る程度の刃物だよね?」
「まあ、いわゆる包丁だな」
「罠とか仕掛けているわけではないよね?」
「まあな……」
言いたいことが分かってきた。狩猟をする上で弓も矢もなければ、こんな貧弱な装備しかない状態で大丈夫なのか?と。当然これで事足りるのだが
「お前だって丸腰じゃねえか。手伝う気全然無いだろ…?」
「いえいえ、私の場合は……」
カルネラがそこまで言ったときだった。不意に妙な気配を感じて、辺りを見回す。カルネラは俺の不自然な行動を見て警戒しだした
「……何かいる?私はまだ何も感じないなー……」
「いる……と思うけど、分からない。何かいる気がするけどどこにいるかよく分からない」
この感覚には覚えがある。気配を消すことに長けた者が近くにいて、こちらに敵意を持っている時の感覚である……!
俺は警戒レベルを意図的に一段階上げる。普段から気をつけている状態から、意識的に警戒する。付近の気配を探ることに集中するとやはりこちらを伺っているやつが一体いる
そちらに向かってこっちも少しだけ敵意を向ける。何がいるか分からないが、向かってくるなら応戦する。するとそいつは現れた
「………俺の存在に気づくのかよ」
「……なんだ人か。悪いけど強盗ならほかを当たってくれ。狩りに来ているだけだから、金なんて持ってないぞ」
現れたのは若い男であった。少しぼろいマントを羽織っているが、相当体を鍛えているのが見て取れる。目つきが悪く、次の瞬間には襲ってきそうなぶっそうな気配を放っている
「いや…………俺が欲しいのはそんなものじゃない。………お前の命だ」
そう言って男はカルネラを指さした。そして、男の姿が変わった
「………人狼!?狙いは私か……。おやおや…?ピンチかなー……それともチャンス……?どちらにせよショウタロウには迷惑かけるなー……」
カルネラが訳の分からないことを言っているが、それよりも俺は目の前の異常から目が離せなかった。いやこれがこの世界の常識か
男の体が膨張し、一回りも二回りもでかくなった。全身筋骨隆々で体毛に覆われ、鋭い爪や牙を持ち、その顔はまるで狼の顔である。二足歩行の狼の姿をした人型の獣。連想するのはまるっきりの狼男である
「悪いな、カルネ・ラドロシー……。お前に恨みはないが……死んで貰う…!」
人狼は爪と牙をむき出しにして襲いかかってきた。俺はこの世界に来て初めての殺し合いを体験することになった……