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百年過ごした剣士はスローライフに憧れる  作者: うずら
ゆったり生きる、それが大事
3/12

3家出人にはお帰り願いたい

暖かな日差しの中で俺は目を覚ました。吹く風は心地よく、今までの人生の中で最高の目覚めだった



「ああ……、そうか、俺は…………」



辺りには人の気配がなく、しかし至る所に動物の気配がする。空気もおいしいし、ここはかなり心が安らぐ。どうやら要望通りの場所のようだ

俺は夢へのスタートラインに立てたのだと強く実感できた

そう俺は…!



「俺は…!やり遂げたぁああ!!!耐えたぞ修行!これで自由だぁぁぁああああ!!!!!!」



誰はばかることなく全身全霊で吠えた。まるで世界が喜びに満ちあふれているかのような錯覚を感じるほどに、俺は満たされていた



「やっと俺の第二の人生が、本当の意味で始まる…!」



ぶっちゃけ第三の人生と言っても間違いではないのだが、今までのは第二の人生のチュートリアルのようなものだからこの表現でいいだろう


チュートリアルにしては長すぎる上に、難易度が極悪だったわけだが


あの日俺は死んだ後、チャンスを与えられた。新たに人生をやり直すチャンスを。だが、その条件が厳しすぎた。いわゆる異世界の英雄の弟子となって、彼が築き上げてきたすべてを受け継ぐというものだった

チャンスと言いつつ、強制的にやらされたわけだが……

俺は結局英雄に弟子入りさせられ、想像を絶するほどの修行の末、剣の極みの後継者となったのだ。それはそれはもう本当に辛く、苦しく、死にたくなるような日々だった。まあ、死んでいるわけだが



「しかし、頑張ったなぁ俺。今回ばかりは、自分で自分を褒めても良いよなぁ…。なんせ百年以上も頑張り続けたわけだし」



正確には一〇八年と三ヶ月もの年月を捧げたわけだが。それでようやく師匠が納得するだけの業を身につけることが出来た。なんせ凡人だから


「でも……なんだかんだやれば出来るもんだな……。努力は実を結ぶって本当なんだな」


たとえ才能がなくても、努力をすれば剣の達人になれるようだ。無限の時間をかけられれば、だけど



「とにかくこれでやっと解放された。もうしんどいことは何もしない…!俺はこれからゆっくりゆったり平穏で静かな生活を送るんだ…!」



百年も頑張ったんだから、これからの人生はゆっくり過ごそう


気分は隠居したジジイだが、実年齢は一二四歳なのだから十分ジジイだ



「さてと、頼んでおいたものはどこかな?」



倒れていたところから少し歩くと少し開けたところにでた。なだらかな斜面が続いて徐々に河原となって、そこには川が流れていた。水は透き通っており、試しに飲んでみると冷たくておいしかった。上流に向かって歩いていくと、不意に木々がとぎれて一つの道が現れた。その道に沿って歩くと木々に囲まれた広場があり、そこに立派な木造の家が建っていた



「おお!これが俺の家かぁ!至れり尽くせりで幸せすぎる!」



師匠は自分の業の後継者を望んだ。ただ業を教えたかったわけではないので、弟子として修行をやり遂げた俺は師匠が元々生きていた世界へと、神様の力により転生を果たした。そこで俺は神様に住みやすい土地、心休まる緑の森、快適に暮らせる家を頂いたのだ

業を会得した俺がこの世界で生きてこそ、本当の意味で後継者を得たということだ

そして当然ながらある義務が生じるのだが、ここで暮らしていくことになるのだからひとまず初めての一人暮らしに挑戦しよう


かくして新生活がスタートしたわけだが、まず家にはいるとすぐ広間となっており、大きめのテーブルとイスのセットが真ん中におかれていた。そのテーブルの上に中身がいっぱい入った麻袋があった


翔太郎は銀貨二百枚を手に入れた


さすがに無一文で放り出すわけにはいかないという神様の心配りだろう。

壁側にはタンスや戸棚、本棚などと各種家具がそろえられており、どうも衣食住の内の住居は完璧のようだ。などと考えながら家の中を見て回っていると、なんと複数着の服と日持ちのする穀物類や干物等の食料一ヶ月分以上が用意されていた

神様は神様でも女神様だったようだ

ジャージ天使の上司は本当に出来る女神様だ。これはもう信仰するしかないかもしれない


当面の衣食住は保証されていたみたいで一気に気が楽になった。これだけの蓄えがあるのだからしばらくはお金や食糧の問題は考えなくてもすむ。まあでもきっとどうとでもなるだろう。長く生きてきたせいなのか、どうも最近緊張感を感じなくなった。どうせ余生みたいなものだし、ゆっくりやっていこう


─────────────

我が家は山の入り口近くにあり、森に囲まれていて近くには川も流れている。自然に囲まれているおかげで、魚や木の実、野生の獣など多くの恵みを得ることが出来た。どれもこれも見たことのないものばかりで、食べられるのかどうか割と賭ではあったのだが。試し試しやってきたおかげで今では、おいしく食べる方法もだいぶ分かってきた。家から少し離れたところには町があり、そこの住人からもいろいろと教えてもらえた。自給自足生活では手に入らない生活用具や食料品なんかを購入出来るので非常に便利だ。


慣れない場所での一人暮らしはもっと苦労するかとも思っていたが、やっぱりなんとかなった。悠々自適な生活を始めて早くも1ヶ月になろうとしていた。



「……………平和だなぁ」



完全に隠居生活ではあるが、平穏な暮らしというものはやはり素晴らしい。英雄の元で濃密な人生を経験したため、ゆっくりだらだら暮らすことに憧れていた俺にとって、何気ない日常こそが至福の時であった。とはいえ、



「さすがに暇だなぁ……」



いかんな。これはいかん。

隠居生活はなにも死んだように生きることではない。世界の片隅でひっそりと生きる。その中で最後の時まで有意義に過ごすことのはずだ。今の俺に必要なものは趣味に打ち込む時間だろ。



「でも趣味って言ってもなぁ。マンガもなければゲームもない……」



かつての世界では暇さえあればマンガやゲームに手を出していた。他には別にこれといった趣味もない。修業時代でさえ暇な時にはジャージ天使から借りた(パクった)ゲームをしたり、マンガを読んだりしていた。しかし、さすがにこの世界で手に入れるのは難しいだろう。何か新たに打ち込めるような趣味を探してみるか。



「ゆっくりやっていこう。………とりあえず狩るか」



一狩り行こうぜを合い言葉に今日の夕食を確保しに行く。前回狩った肉はもう食べ尽くしたため、狩りに行かなければ非常に味気ない食事になってしまう。今日は肉の気分だし



「さってとー………。鶏肉か、豚肉か、牛肉か………まあどれもよく似た別の何かだけど、今日は豚肉(のような獣肉)が良いなぁ……」



広大な森の中でひたすら獲物を探す。生えている木々は日本で見ていたものとよく似ており、気候も似ているため、種類は違っても案外日本の森とあまり変わらない気がする。俺は注意深く辺りを見回し、獲物の手がかりを見つける。足跡や爪痕などとにかく獣がいた痕跡を見つけだし、ひたすらに後を追う。これが狩りの基本である。もちろん俺はそんな面倒なことはしないのだが



「むむ!あっちの方から生き物の気配がする…!」



獲物が俺のレーダーに引っかかった。感覚を研ぎ澄ますことで遠く離れた生き物の気配すらも察知することが出来る。だが、相手は野生の動物であり、一筋縄ではいかない。奴らは気配を消すのがうまいのである。俺の存在に気づかれればやつらはたちまち気配を殺して逃げる。よってより研ぎ澄まされた感覚が必要になってくる


ゆっくりとゆっくりと動く。やつらに気づかれない距離からやつらの居場所を察知し、気づかれないように近づいてしとめる。それが俺の狩りの方法である。………………のたが



「妙に騒がしいと思ったら…………何をやっているんだ?あの女の子は?」



「グルオオオオ!!」



「にに逃げないんだからぁぁ!」



少女が不釣り合いな剣を握って、自分の数倍は大きい巨大なクマに立ち向かっていた。うわぁ。完全に事故現場だ。



「グルルルォオオオ!!!」



「き、きしゃー!」



両腕を振り上げて奇声発する女の子。あれで威嚇しているつもりなのだろうか?ハムスターかネズミみたいに見えてきたなあの子。


クマと少女の睨み合いは見ていてなかなかシュールな光景であったのだが、バカではないクマは相手の危険度がハムスターレベルだと気づいてついにその大きな腕を振り上げ、鋭い爪をむき出しにして少女に襲いかかる。



「うきゃぁぁぁぁ!?」



パニックに陥った少女は剣をでたらめに振り回し、運良く熊に当てて一瞬ひるませることに成功した。だが、クマはなおも襲いかかる。偶然などそうそう起きないため、このままでは少女はクマに喰い殺されてしまうだろう


はあ……さすがに見て見ぬ振りは出来そうもない………


何で俺が、と思わないでもないが仕方ない。木陰で見守っていた俺は少女へと突進するクマに不意打ちで横から蹴りをくらわした。相手のクマは俺の一回り以上大きいのだが盛大に蹴り飛ばされていた。


「………ふえ?」



「なにやってんだ、逃げろよ…!死ぬぞ…!」



ここは年長者として説教をしなければ。しかし、少女は目尻に涙を浮かべて力なくへたり込んでいた。呆けた顔でこちらと蹴り飛ばしたクマを交互に見ていた。

剣を持っている以前にこの子は身なりが良く、こんな森の中に来るような身分とは思えない。どこぞのお嬢様みたいだ。



「グルォオオオオ!!」



そうこうしているうちにクマが起きあがり、標的を俺に変えたのか明らかに敵意をこちらに向けてくる。当然ながら怒ってらっしゃる



「うーん……あいつはあんまりおいしくないんだよなぁ」



目の前のこいつは町の人間には灰色熊と呼ばれており、気性が荒くて何にでも襲いかかる危険な猛獣である。町付近で見られれば討伐対象にもなるほどだが、いかんせんこいつの肉は筋っぽくて食えたものではない。出来ればおとなしく森の奥に引っ込んで欲しいのだが。



「ひゃああああ!!ききき来たぁー!!」



「うわ、ちょ、ひっつくなって動きづらい」



クマはこちらに突進してきた。このままぶつかられても薙ぎ倒されてもただではすまない。少女は俺を盾にする形で後ろに回って抱きついてきた。ちゃっかりしているなぁ


俺は少女が取り落としていた剣を拾う。両刃で峰打ちが出来ないが、出来るだけ無駄に殺すことを避けるため平面を使う。突進してくるクマの真正面ではなく、少しずらした側面から思い切りクマをぶん殴った。突進していた力を上手くずらすことで、クマはまたしても盛大に転がった。今度はぴくりともせず、その巨体を地に沈ませた



「気絶させた………から、もう大丈夫だよ。ほら、返すよ君の剣」



少女を引っ剥がし、剣を返そうと前に出したが、少女は呆気にとられた顔で固まっていた。口がぽかーんと空いていて、見ていて少しおかしくなってきた



「………聞いてる?もう大丈夫だって」


「………はっ!」



再度の呼びかけに彼女はやっと我に返れたようで、少し恥ずかしそうに一息ついて改まった



「……………あなた何者?ただ者じゃないわね。こんなところで何をしているのかしら?」



「そっくりそのまま聞き返すわ。こんなところでなにやってんだよ?」



「質問に質問で返すなんて礼儀知らずやつね。私は違うわよ!助けてくれてありがとうございます!」



「お、おう………」


こんなにも誇らしげにお礼を言われたのは初めての経験だった



「じゃあ、答えるけど、俺の名前は翔太郎。別にたいしたことはしてないよ。今日の夕食を手に入れるために森に入ったら、君が襲われているところに出くわしただけだ」


「しょーたろー?姓は?」


「井上」


「ショータロー・イノーエ?ふふ、変な名前ね」



「お前礼儀って言葉の意味ちゃんと知ってる?発音もおかしいぞ!しょ・う・た・ろ・う!だ!」



「ショウタロウね。どっちにしろ変わった名前ね。あたしの名前は秘密!絶賛家出中なの。」



「なぜ秘密?なぜ家出!?あと、タメ口なのも気になるんだが…。年上には敬意を払えよちびっ子…。」



「ち、ちびっこ…!?失礼ね!これでももう十一歳なんだから!」



「十分子供じゃねーか。何で家出なんかしてるんだよ。しかもわざわざどうしてこんな危ないところに?」


森の奥深くに入ればそれだけ野生の動物に出会いやすい。さっきのクマのような危険な獣に会うリスクも高まる。そもそも家出するにしてもわざわざ町の外にでなくても良いと思うのだが。



「止むに止まれぬ事情があるのよ、察してよね!」



「いや知らねーよ。初対面の人間に期待しすぎだろ」



「………ふん!目的はあなたと同じよ。あたしも今日の晩ご飯を採ろうとしてたのよ。木の実とかキノコとか。あわよくば肉や魚とか。さすがに灰色熊は狩れるとは思ってなかったけど……。ネズミとかウサギとかなら何とかなるかなって」



「………………成果は?」



「あれ」



こ、こいつ何の躊躇もなく俺が倒したクマを指さしやがった…!?

実際狩りと言ってもそう簡単ではない。魚を捕ることだって難しいのだから、そう簡単に獲物を手に入れることは出来ないだろう。しかし、たくましいなこの子。いろんな意味で。



「家出の中でも最高難易度の家出してるなぁ。誰か友達とか親戚の家におじゃまするって発想はなかったのかよ?」



「そんな事したらすぐに居場所がばれるじゃない。バカなの?」


「行き当たりばったりでサバイバル生活始めるバカに言われたくねえよ」



「そんなことよりショータローはあれいらないの?」


「しょうたろうな。あれはまずいからいらない。食べないならわざわざ殺さなくても良いだろ」



「でも灰色熊って討伐対象になる動物よね?」


「別にこの辺りにいるくらいならいいだろう。こんなところにまで足を運ぶ人間ならそれ相応の覚悟をして然るべきだし、ってちょっと待て、何ではぎ取ろうとしてるんだよ?!話聞いてた?俺ちょっと良い事言ったよ?」



「食べれれば何でも良いわよ。食べなきゃ死ぬんだから。いらないなら貰うから」


「止めとけって!筋っぽい上に固すぎて食えないから!それに!」



「グ……グルル?」



「うきゃあああああ!!??」


「気絶させただけだからしばらくしたら…………ってもう遅いか。」


「グルルルォオオオ!!!」


「うにゃあああああ!!!!」



今の叫び声は威嚇ではなく恐怖の叫びだな。俺は少女の首根っこを掴んで引き寄せ、小脇に抱える。小さいからすっぽり収まる。



「逃げるぞ!ちびっ子!」


「ち、ちびっ子言うな!ちゃんとフィールって名前があるんだからね!」


「……秘密じゃなかったのか!?」


「あ…!」



頭の弱いちびっ子改めフィールを抱えたまま、灰色熊から逃げるために全力で走ってその場を後にした。たぶんほっといても大丈夫だろうが、とりあえず家に連れて帰ることにしよう。これも何かの縁と言うやつだ


─────────────

家に帰る途中に見かけた豚肉のような味のする長い毛に覆われた獣、通称毛豚をフィールの剣でぶん殴ってしとめた。当初の目的も果たせたし心置きなく帰宅した



「こんなところに家があったなんて…」


「わりと最近引っ越してきたところでな。新築なんだ…!」


「………何でそんなにうれしそうなの?」


「夢のマイホームだからな。」



まずは毛豚の血抜きをしなければならない。とどめを刺した後、血抜きして肉を切り取る。正しい手順で処理を行うことで高品質な肉が手に入る。



「まあこんな感じかな。慣れれば簡単に出来るようになるよ。」


「………獣をさばくところなんて初めて見た。」



「けっこうショッキングだろ?大丈夫か?」


「うん、すごくおいしそう。………じゅるり」



本当にたくましいなこの子……。この段階でよだれを垂らすとは恐れ入る



「それで?家には帰らないのか?」


「当然よ。絶対帰んない。ていうかもう暗くなってきたし帰れない」



街灯のようなものがないため夜は非常に暗い。確かに危ないが、見知らぬ男の家に女の子が上がり込むことも危ないのだが、自覚はあるのだろうか?

連れて帰ってきたが何を言ってもがんとして帰ろうとはせず、しかも俺の家を今日の寝床と定めたようで、俺の家から出ようとしなくなった。本当にちゃっかりしている。


けっきょく一晩泊めることになった。ここで追い出す訳にもいかない。たぶん追い出しても大丈夫だろうが。そのため今日はいつもより多めに夕食を作る。



「ショータローって料理出来るのね」


「しょうたろうだってば。一人暮らしだからな。自ずと覚える」



深鍋にメインの豚肉、数種の野菜をぶち込んで塩や香辛料で味付けしてひたすら煮込む。もしくは焼く。これでだいたいおいしくなる。今日の献立は煮込み鍋である。ぐるぐるかき混ぜていると後ろからフィールがのぞき込んできた。においをかいで顔をほころばしている。気に入っていただけて何よりである。俺はお椀を三つ取りだし、それぞれによそっていく。



「…………何で三人分用意してるの?」


「一応な。食べるかなぁと思って」



「あ、ではお言葉に甘えて。いただきます」



「「うわあ!!?」」



のぞき込んでいたフィールの隣にはいつの間にかメイド姿の若い女性が立っていた。不法侵入である。



「ななな!?なんでカルネラがここに!?」


「いやですねーお嬢様。カルネラはずっとおそばにいましたよ?」


「ずっとフィールをつけてるのは知ってたけど、勝手に入るなよ……」


「おや?お呼ばれされたと思ったのですが?」



「まだ呼んでないよ……。それより良いのか?フィールが出て行ったぞ?」


「……………はぁ。本当に……恐るべき行動力ですねー……。せっかくのご厚意を無駄にしてしまって申し訳ないです。私はあの子をこっそり追いかけますので」



「とっつかまえて連れ戻した方が良いんじゃないか?危ないし、おなかも空かせているだろうし」


「ご心配には及びません。あの子は一度痛い目にあった方が良いのです。お嬢様のわがままにも困ったものですよー。限界まで追い込まれて、途方に暮れたところで助け出します。では

では失礼します」



突然来たメイドさんは暗い森の中に駆けだしたフィールを追いかけて出て行った。フィールのたくましさはあのメイドのせいなのだろうか……。なかなかきつい事を言うメイドである。さて、三人分も作ったから一人だと少し多いな。どうするか………



「ただいま戻りましたー」


「………ただいま」


「はやい!?しかも追い込まれた形跡がある!?」



フィールの服がぼろぼろになっている!?この短い間にいったい何があったんだ……!?あと仮にもメイドとして仕える身でありながらお嬢様であるフィールの首根っこを掴んで持ち上げるのはどうかと思うのだが……



「いやー……まさか家から飛び出してわずか数瞬で毛豚の群れに囲まれてボコボコにされるなんて、お嬢様は本当におもし………災難でしたねー」



「おもしろいって言いかけなかった?この人本当にメイド?………それにしてもお前って襲われやすい体質なの?それともいじられやすい子なの?」



「当然お嬢様はいじられっ子ですよー」



「………カルネラ…覚えておきなさいよ…!お母様に言いつけてやる…!あること無いこと言いつけて減給させてやる…!」



「そんな事でビビるカルネラさんではありませんよー。でも、減給は非常に困りますねー……。いや、本当、勘弁してください。まあ、お家に帰ってくれる気になったのは助かりますけどね」


「あ……。あたし帰らないから。そんなつもりこれっぽっちもないから」


「お前もうぶれっぶれだな………。とにかくご飯にしよう。もうお腹すいたし」



「そうしましょう。では、遠慮なく。いただきます」


「………いただきます」



こうして夜はふけていった。けっきょくフィールは帰らなかったが、カルネラは「これ以上ただ働きはごめんです」と言い残して帰って行った。「あ、お嬢様のことあとはお願いしますね」などとなめたことも言っていた。あいつ本当にメイドなのか?ただのバイトなんじゃないのか?



「…………おい、なんでナチュラルにベッドで寝てるんだ?俺の家にはベッドが一つしかないんだが」



「は?ふつうこうでしょ?」



真顔なところがよけいに腹立つな。だが確かにフィールの言うことも一理あるので、今回だけはベッドを譲ってソファで寝ることにした。


翌朝である。食料庫に置いておいた保存の効く食料がごっそり無くなっていた。ついでにフィールの姿もなくなっていた。金庫(という名のただの机)に入れておいた銀貨が半分ほどなくなっていた。ついでに「お金借ります。付けておいて下さい」というメモがあった


やりやがったなあのクソガキ……!


資金と食料を手に入れていよいよ本格的に家出をしようという魂胆か。なんて迷惑なやつなんだ……

とりあえず人狩り行こうぜ!を合い言葉に家を出ると、数十メートル先に荷物をぶちまけて転がるフィールを発見した。



「……………すぴー」


「寝てる……。このまま灰色熊の餌にしてやろうかな………」



「それはどうかご勘弁を。一応お仕えするラウドラシル家のお嬢様なので」


「うわっ!?………朝早くからご苦労様です。文句言ってた割には仕事熱心だな」


「………お嬢様を放って帰ったことがばれて怒られましたので」



「………自業自得なんじゃないか?それでこいつにいったい何があったんだ?」


「明け方近くにいろいろ物色した後、家を出てきたのですが、軍隊鶏にボコボコにされてましたねー」



軍隊鶏は滅多なことでは飛ばず、常に地上で群れて暮らす鳥である。だから羽毛だらけなのかこいつ……。



「……助けには行かなかったんだな」



「全くこりてないようだったので、もう一度痛い目にあった方が良いかと思いまして」



「まあ……別に口を出すつもりはないんだが……もう強引に連れて帰れよ……」



「そんなのおもし………教育上良くないと思いまして。自分から過ちに気づいて欲しいという親心のようなものですよー」



そんなのおもしろくないって言いかけたか?俺のことも込みで楽しんでやがるなこいつ……



「朝食までご用意していただけるとは。至れり尽くせりですねー」



「………いただきます」 



けっきょく三人で朝食を取ることになった。盗まれたものはすべて取り戻したが、持ち出された食料の方は鳥共に食い散らかされていた。まじでよけいなことしてくれたなフィールこのやろう



「さてと、帰りましょうかお嬢様?」



「い・や・よ!!絶対に帰らないんだか!」



「この流れでまたわがまま言うんですかー………。旦那様は大変心配していましたよ」


「…………お母様は?」


「奥様は大変お怒りになっていましたよ」


「絶対帰らない!向こうから謝ってくるまで絶対帰らないわ!」



二人は家の中でぎゃーぎゃー騒ぐ。こんな状況すら楽しんでいる性格の悪いメイドは本気で帰らせようとはしていないようだった。

もういい加減本当に帰って欲しいのだが………


フィールはその後、三日三晩俺の家に居座り続けた……。

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