2 出会い頭に会心の一撃を!
「はい、つーわけで見事英雄の弟子に当選されたってわけ。理解できたよね?んじゃさっそく送るから。『ウェーラウ、ディエラ、トルクル…』」
「ちょちょ、ちょっとまて!?ふざけんなどういうわけだぁ!!」
少女が光だし、俺の足下には不思議な模様のサークルが出現する。徐々に光は強くなり、光が俺を包もうとする
なんだこりゃ!??
「『…タマリデロ、アンクーン、サラウ…』」
「いや、やめろよ!?何で何事もなく続けるんだよ!ていうかなにそれ魔法!?魔法の呪文なの!?怖いからやめろぉ!」
「ちっ……、なんだよ説明したじゃん?もういいじゃん?さっさと逝けよ」
「逝けるかあ!!」
目の前には少女がいた。小柄で見た目十代ぐらいのなかなかの美少女だ。この口調と、態度と、虚ろな目を改めれば一目惚れしていたかもしれないレベルであった
背中に羽が生えていたり、頭の上に輪っかが浮いていたり、そんなものは関係ないぐらいの美少女だ。ジャージ姿や、だらりと四肢を投げ出して寝ころぶ姿や、平気でお腹をさらす羞恥心のかけらも見せない女子力の無さを改めれば一目惚れしてたかもしれないレベルなのである
台無しだわぁ……
「うんまあいいや、お前の生き方に対してはもうこの際ツッコむのは無しだ。だがしかし!お前の存在に対してはツッコまざるを得ない、なんなのお前何者!?」
「どっからどう見ても天使だろ、ばかやろー。この輪っかと羽が見えねーのかよ」
「天使のしゃべり方じゃない!!天使見たことないから分かんないけど!!つーか、ここどこだよ!?」
真っ暗な空間がどこまでも続いているようなそんな世界。地面があるのかないのかもよく分からないが、何かを踏みしめて立っているのだから地面はあるのだろう。だが空と地面の境界どころか上下左右が分からなくなるような黒一面の世界で、俺と一人の天使はいた
暗いのにはっきりと見える天使は不躾にもぐーたらと寝転がって、面倒くさそうな目でこちらを睨んでいる
「待てよ、そもそも何でこうなったんだっけ?」
どうやってこんな訳の分からない世界に来たんだった?どうも記憶がぼやけてて思い出せな……
「てめーが都合よく死んだからここに連れ込んだんだよ」
「かっるい!え?!俺!?死んだんすか!?」
「そう死んだから、もうお前でいいかなあって思ってさ。次元の狭間に魂を呼び寄せたの」
「タ、タマスィー!?俺今タマスィー!?」
どうやら俺は死んだらしい。その後魂だけここに連れ込まれたらしい
「あ、あるのか!?そんなオカルトチックな、ファンタジックなこと、あるのか!?」
「あーはいはいそういうありきたりなリアクションもういいから。聞き飽きたから。さっさと終わらせようよ?あたしこれでも忙しいんだからさ」
「かるっ!……おほほーいなにその手元の端末?ゲーム機か?ゲーム機なのか!?こちとらあり得ない状況で混乱しまくってるあげく、もう死んだとか知らないおっさんの弟子になれとか言われてたいそう困ってんだぞ!!もうちょっと親身になってくれてもいいだろがー!!」
「ばっかお前!?何すんだ離せ!ちょ!?返せよ!?かーえーせーよ!あたしのゲームボーイ!」
「何で今更ゲームボーイ!?」
「おまっ!?投げ捨てんなよ壊れたらどうすんだボケェ!!」
かくして初めて天使が立ったところを見たわけだが………
あー………なんか少し……思い出してきた………そうだ俺、死んだんだ……
いつもと同じ学校帰りの通学路……交差点の横断歩道を渡っていたとき………車にひかれたんだ……
「お前が足元の百円玉拾ってラッキーって思ってる間に信号は赤に変わってて居眠り運転してたトラックの兄ちゃんにひき殺されたんだよ」
「ぐはぁ………!!」
放り投げたゲームボーイを拾ってきた幼児体型ジャージクソ天使がにやけ面で真実を突きつけてきた
な、なんたる間抜けな死に様…!
足の力が抜けそのまま崩れ落ちる。いやそりゃあ居眠り運転してた奴が悪いよ?でも百円玉なんか拾わずに渡りきってたら助かってたわけで?だとしたらなんかめちゃくちゃ格好悪くね?
「お前はトラックにはね飛ばされながらも百円玉はしっかり握りしめてたぞ?ぷぷ」
「ぐはぁ……!」
幼児体型ジャージクソ天使は追い打ちをかけてきた
「…………ぶふぅ!」
「ようし!そのケンカ買ってやろうじゃねえか!!戦争だ!!」
ぷにぷにのほっぺたをこれでもかとひねる。幼児虐待?いえいえこれはしつけです
「ふぁひすんらほけぇ!ひね!」
「もう死んでんだよ!ちくしょー!」
ああ、俺まだ十六歳なのにもう人生終わりかよ……
「あー痛かったー……。まあまあ、そう悲観的になんなよ。確かにさ、若くして死んだのも、あんな死に方したのも同情するけどさ」
ほっぺたをさすりつつ、天使は俺の方をぽんと叩いた。それは労るような、優しさを感じる動作だった。でも死に方のことはもういいだろ……
「とにかくさ、そんなお前にチャンスが巡ってきたってことだよ。だってそうだろ?二度目の人生をプレゼントしようって言ってんだから」
「まあ……、それはそうだけど……。英雄の弟子ってなんだよ……?」
「だからお前がいた世界とは違う世界の英雄がさ、その功績をたたえられて神様に願いを叶えてもらう権利を得たんだよ。それで願ったのが自らが極めた剣術を完璧に受け継いでくれる優秀な弟子だったんだよ」
「それで、俺が選ばれたのか……。でも何で俺なんだよ?優秀な弟子を望んだんだろ?別に俺剣術?つーか、剣道すらやったことないし、運動神経もそんなに良い方じゃなかったぞ?」
「そう自分を卑下するなよ。確かなお前には剣術のけの字も経験はない。でも、お前の中には誰もが舌を巻く超絶最強の剣士になれる才能が!ある!」
「ま、まじか!?俺にはそんな隠れた才能が!?……………………あれ?でもさっき俺で妥協したみたいなこと言ってなかった?」
「…………ある!………かもしれないわけで可能性はゼロじゃないよね?人間死ぬ気でやれば何とかなるってたぶん」
「目を見て話せこら、ジャージ天使!適当すぎるだろ!!」
「ちっ………うっせーな。ねーよお前なんかにそんな才能。お前なんか平々凡々な中途半端な人間だよ、夢見てんじゃねーよ」
「そ、そこまで言う!?天使のくせに心ぶっこわしにくるんだけどこの子!」
虚ろな目でこちらを睨んでくるこの天使は、実は悪魔なのではなかろうか……
「だいたいさ、その英雄は優秀な弟子を望んだんだろ?それなのに用意されたのが、その、俺みたいな普通の人間だったらブチギレるんじゃないのか?いや、そこは天使の力でチート能力付与してくれるのか?生まれ変わったら最強剣士とか!?」
「いや、そこは気合いで何とかしてくれるとあたしが助かるんだけど」
「何でお前なんかの為に俺ががんばらなきゃいけないんだよ!?しかも気合いでどうこうできるなら優秀な弟子なんて欲しがらないだろ!」
「だいじょーぶだいじょーぶ時間の止まった世界で気の済むまで稽古をつけられるよう手配したから。とりあえず百年剣振ってればどーにかなるんじゃね?」
「やってられるか!百年間も修行すんの?!そんなの絶対いやだ!」
「『……アラウン、トクーラ、デル……』」
「うおーっ!?また光りだしてるやめろばかやろう!」
「いった!?てめー天使の頭叩くなんて、なんて罰当たりなことを!!」
「そんな格好の天使の罰なんか当たってたまるか!」
「もういーんだよ別に誰でも…!あんな変態やろーの願いなんて適当にやって叶えたことにすればさ…!」
「最悪の本音じゃねぇか!?てかなに、英雄って変態なの!?」
「神様もずっとイヤらしい目で見られ続けて始終苦笑いだったし……」
「ほう……」
神様はこの天使とは違って出るところが出ているのだろう
「…………ちょうど今のてめーみたいな目つきだったよ。おい…!どこ見て、何考えてんだ、おい…!」
「べ、べべ別に何もやましいことなんて考えてねーし!」
「きっも……!」
「は、はん?!少なくとも!お前なんか眼中にねぇし!」
「あんだと童貞やろー!!言いたいことあんならはっきり言えや!」
「お前ははっきり言い過ぎなんだよ、駄目天使が!」
「………汝、井上翔太郎、天使の名の下に今、第二の人生を与えん!異世界の英雄の弟子となって、そのすべてを叩き込まれてこい!」
「強行突破かよ!?まて俺はまだ許可してない…!」
「てめーに拒否権なんかねーよ!ばーか!このあたしに無礼を働いたことを後悔するんだな、ふはははははは!!」
こ、こいつ魔王なんじゃねーの!?
「…………このまま黙って、やられるかぁー!!」
がっしり、と小柄な天使に抱きついた。女の子に抱きつくなんて体験をまさか死んだ後に経験するとは夢にも思わなかったが、何でだろう、全然トキメかない………
「うわっ、離せよ、ボケェ!!セクハラァァ!!」
「せ、セクハラ違うわ!こうなりゃお前も道ずれにしてやるぅ!」
「あー!もう、さっさと逝け!!『とんでけーっ!!』」
「おい、なんだその適当な感じ!?さっきまでの仰々しい呪文はどうし……!うおおぉぉおおただでやられはせんぞぉぉ!!!」
足下に描かれた不思議なサークルは一際大きく光を放ち、俺は視界が真っ白になるほどの光に飲み込まれた。でも、俺は意地でもこの温もりを手放さなかった。何が何でもこいつを道ずれにしてやるという強い意志の元に、きっと俺は意識を失ってもなおジャージ天使を掴んで離すことはないだろう
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どこからか声が聞こえる。初めは遠くの方から聞こえていると思っていたが、だんだんと意識が覚醒していくに従ってその声はどんどん大きくなり、すぐ間近から聞こえていることがわかった
つか、うるさいな………耳元で誰かが騒いで…いる?
「……………………こっのぉ!……いい加減離しやがれセクハラ変態やろー!!!」
目が覚めると目の前に見た目美少女なだけのジャージ天使がいた
視線だけで人を殺しそうなほど、その虚ろな目はこちらを睨んでいた
「うおあっ!?な、なにしてんの?!添い寝とか、俺のこと好きなの?!」
「あ゛あ゛ん!!?」
「ひっ!?じょ、冗談じゃないっすかー……、やだなー……本気にしないでくださいよー……すんまっせんしたっ…!」
こっわ、こいつマジで前科者なんじゃねーの!?絶対二、三人殺してるよこっわ!
それにしてもここは?さっきまでの真っ暗な空間とは違って森の中だ。少し離れた所に一軒だけログハウスが建っている。人が住んでいるのか?
辺りを見回していると、隣で頭を抱えていたジャージ天使が突然叫び声をあげた
「あ゛ー!!!てっめー、マジなんてことしてくれんだよあたしにまで転生魔法かけちまったじゃん!!?どーすんの、これどーすんの?!?」
「転生魔法…だと…!?ま、まさか、俺……生まれ変わっ……ぎゃんぶるっ!!?」
ドグシャァァ……と、派手に蹴り飛ばされた。天使のドロップキックは羽がある分滞空時間も増して強力なようだ
「てめーのせいであたしまで転生しちゃったじゃねーか!!普通の人間になっちまったじゃねーかっ!!」
「は、はあ?!なに、お前天使から人間にジョブチェンジしたの?羽も輪っかもあるじゃんそんな人間いない」
「ステが!ステータスが!リセットされたじゃん!!」
そういって見せられたのは免許証のようなカードで、そこには『特一級天使アルニール・アグリル』と書かれていて、特一級天使というところにバッテンがされていた
「え?なに?特一級天使ってなに?なんか地位高そうなんだけどなに?お前えらかったの?あんなナリで?!」
「そこじゃなーいっ!?お前のせいで免許剥奪されちゃったじゃん!!」
「天使って免許制だったんだー………うぉふ!?」
「うおおおお!おま、あたしがどんだけがんばって特一級にまで成り上がったと思ってんのおぉ!?上司にへこへこ頭を下げて!汚いこともやって!すべては権力握って楽するためにのし上がったのにっ!!」
「本性現しやがったな堕天使が!!適当かまして俺の人生滅茶苦茶にしようとした報いだ!変態の弟子なんて断固拒否だ!」
我ながら年下に見える女の子と取っ組み合いをする絵図等はどうかと思うが、誰しも譲れないことはあるものだ
「二度目の人生やるって言ってんだからおとなしくもらっとけよばかやろー!!」
「だからって百年も修行なんて嫌に決まってんだろ!俺生前そんな悪いことした?!地獄に落とされるようなもんじゃねーか!どうせなら天国に連れて行きやがれ!」
「いいだろう!!お前の罪を教えてやろう!生前お前が行ったパンツチラ見回数一万六千八百五十二回!このヘタレ性犯罪者がぁ!」
「う、ううう嘘つけい!!パンチラ見たことない訳じゃないけど、おま、それ本当に数えたんだろうな!?そんな神懸かった記録だしてたまるか!死者侮辱罪で訴えるぞ!?」
「動揺してる時点で自白してるようなもんだろーが!!」
ま、まさかほんとにそんな記録をっ!?いや、俺は信じないっ!!
「適当なことぬかす口はその口かぁ!」
「いひゃい!ひょーとーらほけえ!」
「いひゃい!いひゃい!いひゃい!」
お互いにほっぺたを引きちぎりあう大喧嘩はかくして、決着の付かぬまま一人の老人に止められた
「これ、止めんかみっともない。アルニールちゃんもお止めなさい」
「いったぁ……!……あんたはいったい?」
「ん?わしか?わしの名はジルベルト・リッター・カイジュヴァル。お主の師匠となる者よ」
「……………!あんたが…英雄…!」
「ふむ…!それにしても……、アルニールちゃん!わしかわいい娘を弟子にしたいって言ったのに………男じゃん!!男の娘ならぎりぎり許せたのに……これじゃ約束と違うじゃん!」
「…………………おい、ジャージ天使こいつ想像を遙かに超えて変態なんだが」
「ちっ………誰でも良いだろ!もうこいつで我慢しろ!はい!願いは叶えましたーっと!」
「えー!嫌じゃ嫌じゃわしは可愛くてスタイルの良い美人さんじゃなきゃ嫌じゃ!ぐむぅ、胸は小さいがこの際アルニールちゃんでも良いぞ!」
「シネクサレジジイ!!」
「えー!こいつを弟子にしなくちゃいけないんかのう…!がっかりじゃー…!」
「……………こいつもう一回死なねーかな?」
「……………三千世界から消滅しねーかな」
「神様が願いを叶えてくれると言うから願ってみれば、とんだ詐欺じゃのう!もういっぺんあのナイスバディの神様呼んできてくれい!クレームじゃクレーム!黙っとらんで何とか言ったらどうじゃ……」
「うなれ俺の拳ぃっっっ!!」
「うなれあたしの拳っっ!!」
「「シネ!!」」
「ぶえるふっ!!?」
老人相手に全力で振りかぶって殴るという体験を死んだ後に経験するなんて夢にも思わなかったが、心が晴れ渡る気分でした
「…………会心の一撃…!」
「初めて気があったなジャージ天使、ナイス左」
「お前もなかなかの右だったぞ。んじゃ、あとよろ!」
「はあ?ちょっとまてどこ行く気だ!」
「ここまで来たらもう道は一つ!あの変態の弟子になるしかないのだ!はーはっはっはっはっは!これであたしはおさらばだー!」
「飛んで逃げるなんて卑怯だぞ!!待ってお願い!あんなのと二人きりにしないでぇ!」
ジャージ姿の天使、もとい魔王は高笑いを上げながら青空の彼方へと消えてしまった。残された俺はゆらりと立ち上がる変態の影を視界に捉えつつ、静かに涙を流した
こうして俺の人生は二週目に突入したのだった───