超短編ホラー5「真贋」
これはある街に伝わる怪談。
その男は地方出身の大学生で、大学の寮に住んでいた。
勉強もバイトも人間関係も全て良好で、何も文句が無い。
だけど、何か物足りないそんな日々を過ごしているある日の事。
「そういえば、勝之って大学の寮に住んでるんだよな?」
そうサークルの先輩に尋ねられた。
「そうですよ、それがどうしたんですか?」
先輩はニヤニヤと笑いながら、
「じゃあ、あの噂知ってるか?」
噂とはなんの事だろうと考えていると、
「願いが叶うノートの話だよ」
「なんですか、それ?」
「知らないのか? あそこに住んでいるなら一回は聞いた事あると思ったんだけどな」
と面白そうに話す。
「じゃあ、教えてやるよ。そのノートってのはな、五つの高さの違う赤い山の様な物が描かれていてな、そのノートの中は色々な言葉が書かれてるそうだ。だれど同じ場所に文字が重なっているらしくてな、なんて書いてあるかは分からないんだってよ」
僕がうんうんと聞いていた事に気を良くした先輩はますますニヤニヤと怪しい笑みで、
「だけどなそんなページをめくっていくと、何故かひとつのページだけ綺麗な白紙なんだと」
「おかしくないですか、それ?」
「ああ、おかしいさ。でももっとおかしいのはここからだ」
先輩は俺に近づき小声で、
「その白紙のページに急に文字が浮かんでくるんだ、あなたの願いはなんですか?って文字が」
俺はその手の話は嫌いではなかったけど、あまりに都合が良過ぎる話だったので、
「流石に嘘でしょ、その話?」
「いやいや、ホントなんだって」
そんなくだらない話をしていたら、いつの間にか帰る時間になっていた。
「ただいま」
誰も居ない寮の扉を開ける。当然俺の言葉に返事は無い。
そんな無言の部屋で、コンビニから買って来た弁当を食べる。
モシャモシャという咀嚼音だけが寂しく響く。
「ごちそうさまでした」
食べ終えた容器を捨て、今日の授業の復習をする為に勉強机に座り鞄からプリントを取り出し、机の中からいつも使っている予習用のノートを探す。
(あれ?)
いつも入れてあるはずの引き出しの定位置に、なぜかノートが無かった。
(別の場所に置いたっけ?)
他の引き出しも開ける、けどやっぱり見つからない。
(泥棒!? な訳無いか、荒らされてないし)
(もしかしたら、位置がズレて奥に入り込んでるんじゃ?)
改めていつもの引き出しを開ける、思いっきり。
ほぼ全て引き出されたそこに、やはり目的の物は無かった。
ただ見覚えのない物があるだけで。
「なんだこれ?」
引っ張り出してみるとそれはノートだった。
そのノートに見覚えは無い、ただ聞いた覚えはある。
(もしかしてこれって先輩が言ってたノートか?)
その表紙には段違いの山が赤いペンで書かれていた。そして、裏面には何も書かれていない。
(これが、願いが叶うノート、なのか)
その時は気が動転していたんだろう、なんでこんな物がここに入っているのか、誰が入れたのか、そんな事は全く頭に存在しなかった。
そんな事よりも、中身を見てみたかった。
ページを捲る、そこには何かの文字が書かれていた、だが先輩の言った通りでなんと書かれているのか分からなかった。正確には理解出来ている気がするのだが、なんだか頭の中がボーっとしていて霞がかっていた。
ただ、そんな事はどうでも良かった。
(先輩の話が本当なら!)
パラパラページを捲る、パラパラと。
そして、見つけた。
「あった」
先輩の言っていた例の白紙のページが見つかった、今までの黒いページとは違うなんの穢れも無い真っ白なページ。
『あなたの願いはなんですか?』
純白のページに突然文字が浮かび上がる。
(ここに願いを書くと叶うのか)
なんでこんなにこのページを見たかったのだろう?
願いなんてないハズなのに。
いつの間にか手にはボールペンが握りしめられていた。
『アイツに負けたくない』
いつの間にかそう書いていた。
後悔した、それになんでこんな事を書いてしまったのか分からなかった。
(なんだよこれ。消そう)
霞が晴れたように急に頭が冴え、書いた文字をボールペンで黒く塗りつぶそうと手を動かしたその時。
『表紙に手をおいて』
突然文字が現れた。
驚きボールペンを投げ、椅子から転げ落ちる。
「なんなんだ?」
そのままどこかに逃げる事も出来るはずなのに、なぜかそのノートに惹き付けられる。
立ち上がり、机の上のノートの方へ進む。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
机の上のノートは今まで開かれていたページではなく、表紙が見えていた。
赤い山の表紙。
その山はまるで指の様だった。
(ここに、置くのか)
ゆっくりと、ゆっくりと、手のひらを表紙に向かわせる。
そして。
押しつけた。
「ありがとう」
誰かにそう言われた気がした。
瞬間。
ノートに置いた指先に激痛が走る。
「ぐぁ!」
まるで燃えるように指先が熱く、その場でのたうち回る。
ゴロゴロ転がる自分の顔に何か生暖かい物がかかる。
その気持ちの悪い感触で我に返り、右手で顔を拭う。
「えっ?」
右手に指は無くそこからとめどなく、血が滴り落ちる。
顔に付いたのは、自分の血だと理解した。
「うわぁぁぁ!!」
叫ぶと同時に意識が無くなった
※
「どうだ怖かったろ? この話」
「えー、そうですか? あんまリアリティが無いっていうか」
俺は同じサークル、水泳サークルの先輩と二人で怪談話をしていた。
先輩が言うには、夏はプールと怪談だろって事で始まったのだがそんなに興味は沸かなかった。
「いやいや、そんな事無いだろ」
相当自信があったのか先輩は少しふてくされた、そんな空気を変えようと別の話題を振る。
「そういえば達也先輩、大丈夫なんですかね? 大会前に骨折るなんて」
先輩が暗い顔をした。
当然だ、達也先輩はサークル内トップの成績を誇るエースでみんなのライバルだ。その中でもサークル二位の先輩とは、常に張り合い、切磋琢磨していた。そんな良きライバルの怪我を、喜べるはずがない。
「さあな」
「先輩、なにか聞いてないんですか?」
達也先輩とは親友のはずだし、近況を聞いているのではと尋ねてみたが先輩はそっけなくいやとだけ答え、
「そうだ、飲み物買ってくるわ」
と話題を変える様に言った。当然先輩に買いに行かせる訳にもいかないので、
「いいですよ先輩、俺が行きます」
と言ったのだけど、そんな俺を手で制しながら、
「いいから、いいから。さてと」
とそう言いながら先輩は立ち上がった。
その時先輩の格好に、おかしな所がある事に気付く。
「あれ、先輩? なんで軍手なんかしてるんですか?」
今は八月、それに今年は猛暑だ。
いくら寮の中にクーラーがあるとしても、そんなものを付ける意味が分からなかった。
それも右手だけに。
ポタポタと音がする。
なにか液体が垂れているような音。
その音は、先輩の横からしていた。
表情を変えず一向に飲み物を買いに行かないでそこに立つ先輩に、
「どうしたんですか?」
と尋ねる。先輩はうつろな目で、
「ああ、あの話には続きがあってな」
先輩の横から響いてる水音は、右手側からだった。
「あのノート、願いを叶えた後にある事をしないといけないんだ」
ポタポタという水音と先輩の声だけが、やたらと響く。
なんとなく続きを聞いてはいけない気がして、そんな話じゃなくと言ったのだが俺の声は先輩には届いていない様で、先輩は続きを話した。
「その話を他の奴にしないと、自分が死ぬんだって」
先輩の軍手の五本の指先は赤く染まり、そこから血が滴っていた。
まるで赤く染まった山の様に。
「ごめんな」
達也先輩の怪我の理由が分かった。
僕はノートに何を願うのだろうか?
どうでしたか?
怪談話と思いきや実話だったってのが書きたくて書いてみたのですが、もう少しいい感じに書けたんじゃないかとも思っています。
評価、乾燥、ブクマ等々お待ちしております。
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もしホラーがお好きでしたら、他にも書いているのでよかったら読んでみて下さい。
読んで頂き、ありがとうございました!