番外編 (俊樹) トシ君は、がんばる 3
「ぶっちゃけ、先生は俺のこと、イヤだろ? のぞみにまとわりついてさ」
「・・どうしたんです? 急に」
「離婚したって言うのに、俺・・前よりものぞみのこと好きになってる。
先生とのぞみが、・・もう結婚の約束もしてるってのも分かってる。
ダメだって分かってるのに、ここに来たくて。
・・・ここはあったかいからさあ。のぞみも千沙も可愛いし、先生と話してるとほっとするし」
「おやおや。それはどうも。僕も、個人的には俊樹のこと好印象ですよ。
なんか、手の掛かる弟みたいで。カワイイです」
「げえー。先生がアニキだったら最悪! 優秀な兄と比べられる!」
「あはは」
先生は穏やかに笑う。笑い事じゃねえっての。
「まあ、僕はもうしばらくこのままでもいいと思ってますよ。
勿論、のんちゃんを共有するつもりはないので、そこは譲れませんが」
「わ、わかってるよ!」
先生は笑いを収めると、俺からフッと目を逸らし、グラスの中の氷をカラリと揺する。
「千沙ちゃんにとって、やはり父親は俊樹なので。
俊樹との時間も、千沙ちゃんにとっては大事なものでしょう。
大人の都合で子どもに制限をかけたり、振り回したり、悲しい思いはさせてはいけません」
いつものように静かに話す先生の声。なんだけど、なんだか淡々としている。
「・・先生? どうかした?」
「いえ。特に、千沙ちゃんにはのんちゃんに似て、我慢する子ですから、僕たちが気をつけてあげないといけませんね」
「そうだな。千沙、たまにビックリするような大人びたこと言うもんな」
「のんちゃんは心配しています。
自分が余裕がなくて落ち込んだ顔ばかりしてたから、千沙ちゃんには気を遣わせてしまったと」
「それはっ・・のぞみのせいじゃない。俺のせいだ」
「そうですね。俊樹のせいでしょう」
先生はさっくり断言した。
「俊樹がもっと相手を思い合う精神を持っていたなら、ガキっぽい感情を理性で抑えていられれば、のんちゃんがあんなに傷つくこともなかったし、傷ついたママを見て千沙ちゃんが悲しむこともなかった」
「う・・・」
なにも反論できない。その通りだ。
「・・・でも、あなた達が上手く行っていたなら、僕が入る余地も無かったんですから、その点では感謝、しているとも言えます。僕はのんちゃんの弱ったところにつけ込んだので」
先生は苦々しい顔で自嘲するように笑った。
「めいっぱい反省したのなら、もういいんじゃないですか? 同じ過ちを繰り返さなければ。
まあ、もっとも・・・。あの日ののんちゃんの悲愴な姿を思い出すと、はらわたが煮えくり返りそうなほどムカつきますけど」
先生の声がぐっと低くなる。表情は微笑んだまま変わってないのに、めちゃくちゃ怒りのオーラが見える。ヒイイ、怖ェェ!
「二度と、のんちゃんに手を出さないでくださいね。それを約束するなら、父親としてここにいることは許しましょう」
「ほ、ホントか? するする! 約束するよ」
ブンブン首を縦に振る俺に、先生はふっと笑い、ビールの缶を持ち俺のコップについでくれた。




