番外編 (俊樹) トシ君は、がんばる 2
「パパーっ!」
ピンポンを鳴らすと、玄関が開いて千沙が俺を迎え出てくれた。
ふわふわスカートが可愛い娘をひょいっと抱き上げる。
柔らかくてあったかい、子ども独特の体温が腕に心地いい。見る度に大きくなってるような気がして、子どもの成長のスピードに驚く。
「千沙、元気にしてたか?」
「うん! ちさはいつでもげんきだよ。ママも。パパは? パパもげんきー?」
のぞみと瓜二つな顔が俺を見つめてくる。
吸い込まれそうな真っ直ぐな瞳。
「ああ。元気だよ。ほら、これ、バームクーヘン。ママも千沙も好きだろ?」
「うん! パパ、ありがとー!」
千沙は可愛い。それも、ただ可愛いだけじゃない。
賢くて、人の心を察するのが上手い。大人の俺よりも。
明らかにお邪魔な存在なのに、俺がこうしてここに来れるのも、千沙の存在がいるからこそ。千沙が大喜びしてくれるから。
子どもをダシにしてる感は申し訳ないけど、俺が千沙の父親である事実は変わらないから、こうしてのぞみとの関わりも切れずにいられる。
「ねえ、パパ。きょうのごはん、ちさもおてつだしたのよー」
「そっか。偉いな。パパ、お腹ペコペコだから楽しみだ」
「おやさいも、たくさんたべてね」
「・・・もちろん」
子どもなのに、すげえな。
夕飯は焼肉だった。
肉を取ると、セットで野菜が付いてくる。というか、千沙とのぞみと先生が、代わる代わる俺の皿に野菜をブチ込んでくる。
「お、おい! そんなにくれなくても、自分で取るよ」
「だーめ! トシ君は自分からお野菜とらないでしょ」
「でしょ」
のぞみの真似するみたいに俺を叱って、二人して顔を見合わせてププっと吹き出して笑い出す。
うわー・・・かわいい。
やべえ、俺、今すげー幸せかも。
*****
懲りもせずに家族団欒に引っ付いて行った週末のショッピングモールで。
先生といるのぞみを見てて、・・・気づいたことがある。
のぞみは何かを言おうとして、やめることがよくある。
先生はそんな時、ん?と立ち止まり、どうしたんですか?と尋ねていた。
ホントに些細な仕草。
口を開こうとして、手を上げかけて・・止めて口元に持っていく。
意識してみると、過去にも見たことがあるような、ないような。
内容も、あっちの雑貨屋も見てみたいとか、明日のおやつに焼き菓子を買って行きたいとか、ちいさなこと。
でも、俺と出かけていた時は自分の行きたいとこも意見も言わなかったから、それに気づいた時にはめちゃくちゃショックを受けた。
俺はちっとものぞみを見てなかった。
言わなかったんじゃない。
俺が、グイグイ引っ張って言えなかったんだ。なのに勝手に勘違いして。
自分の思い通りにならなかったから、ムキになって癇癪出して。まるでガキだ。
・・情けない。
その日の夜は、晩御飯の後、いつもよりちょっと早いペースでビールを飲んでる。
のぞみは千沙を寝かしつけに部屋に行ってて、リビングのソファには俺と先生だけ。
寝る前に布団の中で本を読んで、さらに寝付くまで一緒に寝ないと泣くらしい。
「起きてる時にはしっかり者なのに、寝る時は甘えん坊さんなの」と、のぞみはうれしそうに言ってた。
「俊樹、どうしたんです?」
先生は診察の時みたいに親身な口調で、俺に尋ねる。
「いや、・・・のぞみと千沙が可愛すぎて、思い出すとニヤけるなあって思ってただけ」
「それは知ってますけど。なんか、落ち込んでますよね?」
先生は千里眼を持ってる。なんでもお見通しだ。
この人は、相手を話しやすくする雰囲気に持って行くのが上手い。
俺も営業では話すのが上手い方だけど、押しの一手だ。
先生のは、なんていうか・・黙って聞いてくれるだけなのに、絶妙なタイミングで相槌を打ったり質問をいれてくるからスラスラ言葉が出てくる。いろいろ暴露してしまう。
「・・・ごめんな、先生。俺、ちっとものぞみのこと忘れられなくて。
正直、俺がお邪魔虫だって分かってる。仲良くやってるカップルの間に割り込むような真似、だっせえって分かってんのに」
「おや。自覚あったんですか? その割に週一で欠かさずご飯食べに来ますよね、俊樹。週末のお出掛けまでついて来る時もあるし」
「・・・」
う、と俺が黙ると、先生はくすくすと笑う。
責めてるのに優しい口調、余裕のある大人の表情だ。
この人に比べたら、俺なんてまだまだ全然ガキだよな。




