40 聞いてくれてありがとう
「のぞみさん」
「は、はいっ」
まるで学校の先生との面談みたいに正面から呼びかけられて。つい緊張で背筋が伸びる。
「先生はあなたのこと、好きだって言ってくれてるんでしょ?
で、あなたも先生が好き。それでいいじゃない。答えは出てるじゃないの。
バツイチだからって卑屈になることないし、
世間なんてあってないようなモノ気にしてたらキリがないわ。
まあ、そりゃあね、ちさちゃんのパパが元旦那さんである以上、元旦那さんと関わらずにはいられないもの。簡単じゃないかもしれないけどね」
「・・・うん」
「ねえ。話を聞いてると、元旦那さんも改心したみたいねえ。
あなたを振り向かせたくて必死なのね。女冥利につきるじゃないの」
くすくすと楽しそうに笑うカナちゃんママは、女の色気がたっぷり。
綺麗なウェーブのかかった茶色い髪もネイルアートが施されたキラキラ光る爪も。自分に自信のもてない私にはすごく眩しく見える。
最近、オシャレも手抜きしちゃてるなあ、私。
なんていうか、完全に余裕をなくしちゃってる・・。
先生とトシ君に挟まれて、オロオロしちゃって。自分の意見もハッキリ口にできないまま、流されちゃって。
情けないなあ。
こんな私のこと、なんで二人とも呆れて見限ったりしないんだろう。
特にトシ君は、頑張って大人のオンナを意識してた以前より、今の私の方が断然いいって言ってる。けっこう頑張って取り繕ってたのに、私の努力はなんだったんだろう。とか思うけど。
「最近、ほんとに・・付き合ってた頃みたいに優しいの。いっぱい遊んでくれるから、千沙も喜んでる。ずっとあんな風にいてくれるなら、また・・ヨリを戻すのも、アリなのかなぁ、とも思えちゃうし・・」
飲み残しのカフェラテは氷が溶けて薄まってる。
ストローを回すとカラカラカランと涼しげな音を立てた。
「まあ、今日明日で結論を出さなきゃならない訳じゃないんだから、もう少し、悩むのもいいんじゃないの?」
「うー・・、でも、私、なんかすごい悪い女じゃない?」
「やあねえ、男どもが勝手に好き好き言ってくるんでしょ。言わせといてやればいいのよ。恋愛で悩むなんて、若いうちしかできないんだから。現状を楽しめばいいのよ、のぞみさん」
にやりと笑うカナちゃんのママはやっぱり色っぽい。
女の私でもドキドキしちゃうくらい。
「あ。そろそろ時間だわ。ねえ、また、来週にでもお茶しましょ!」
「う、うん! 喜んで。いっぱい聞いてくれて、ありがとう。・・えっと」
ぺこりと頭を下げる。
いつもカナちゃんママって呼んでるけど、こんな風に子ども抜きで会ってるのにそれも変だよね。私のことも名前で呼んでもらってるし。
「・・・依子、さん」
思ったより照れてしまって、小さな声になってしまった。
失礼だったかな、と顔を上げると、キラキラした目で見つめられた。
「のぞみさん、かわいい! ちさちゃんと、同じ表情だったわ、今の。
照れちゃってモジモジしてる顔!」
きゃあきゃあ叫ばれた。なにこれ、この前もこんなこと、あったよね。
まあ、千沙と似てるって言ってもらえるのは嬉しいけど。
「こちらこそ、色々聞かせてくれて、ありがと! そっちが解決したら、うちのグチもたっぷり聞いてもらうからね。じゃあ、また、メールするわ」
依子さんと別れて、大急ぎで家に帰った。家にって言うか、医院になんだけど。
幼稚園からの帰りのバスが来るまであと十分。
・・友達に悩みを相談する、とか、初めての体験かもしれない。
とても不思議な感じ。問題は解決したわけじゃないのに、ただ現状把握しただけなのに、どうしてこんなに・・心が軽くなった気がするんだろう。
依子さん、すごい。
「のんちゃん、おかえりなさい」
医院の外でバスを待っていると、先生が顔を出した。
今日友達と会うって言ったら、もしバスの時間に間に合わなかったら、僕が
千沙ちゃんを出迎えるからねって言ってくれた先生。
「ただいま、先生」
私の顔を見ると、目を細めて優しく笑った。
「すっきりした顔をしていますね、のんちゃん」
「・・・うん。友達に相談って、今までしたことなかったんだけどね。
千沙の友達のカナちゃんのママでね、素敵な人なの。
色々と話聞いてもらっちゃった」
「そうですか。それはよかったですね」
ちょうどそこに幼稚園バスが到着した。
ドアが開くと、千沙が両手を広げて
飛び出してくる。先生は千沙を軽々と抱きとめる。先生に抱っこされたまま千沙は私の首に抱きつく。それが最近の千沙のお気に入りの甘え方。
千沙に笑顔で「おかえり」を言った先生は、バスの先生にも挨拶して、それから私に手を差し出した。
「さあ、中に入りましょう」
さっきまで依子さんとあんな話をしてたからかな。先生と繋いだ手がすごく熱く
感じて、ドキドキした。




