4 会話
電話してください、とは言われたものの。
果たして、本当にしてもいいものか。
だって、あれだよね。
昨日は私が泣いちゃったから、明らかに気を遣ってくれたワケで。
それなのにホイホイと調子に乗って、昨日の今日でまた電話していいのかなあ。
悩むなあ・・・。
もう勢いだけの女子高生とは違うから、なんていうか、色々と慎重になる。
娘の千沙も寝た九時。
ソファで膝を抱えて悩むこと、五分・・・もうすぐ十分。
掛けようと思って、履歴を開いて番号を眺めること五分。
やっぱり止めようかと思いつつも、携帯を眺める・・・
「なにこれ。恋愛したての中学生みたいな行動してるよ。私。
やだやだ。そうだ、メールしよう、メール」
悲しい独り言を呟いて、メールを打つ。
『こんばんは。昨日は久しぶりで驚きました。
久しぶりに話せて嬉しかったったですo(^▽^)o』
と送ると、すぐに携帯が震えた。
自分でバイブにしておいたのに、その振動に飛び上がるくらい驚いた。
画面の名前は『先生』
慌てて携帯を手にして、通話のところをタッチ。
「わわ、は、はいっ。先生ですか?」
「はい、先生ですよー」
くすくすと笑う声。やだ。私、変なこと言ったよね?
「もう、先生、笑い過ぎ」
「なかなか掛けてこないなーと思ってたんですよ。今、時間大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ、です。あの、昨日はなんか・・・すみません」
電話なのに、つい、姿勢を正して軽く頭を下げてしまう。
すると、それをどこからか見てるみたいに、またくすくすと笑う声が聞こえる。
「な、なに? なんで笑うの?」
「あはは、ごめんごめん。のんちゃんから、そんな丁寧な謝罪がもらえるとは思ってもみなかったので。本当に大人になったんですねえ」
ハッ。
言われてみると、先生には昔から・・・たぶん会った初日からタメ口きいてる。
「・・・目上の方に対して、失礼な態度でしたよね、私。
重ね重ね申し訳ありません」
「やめて下さい。笑い過ぎてお腹が痛くなります」
電話の向こうから苦しそうに笑い続ける先生の声。なによ、人がせっかく社会に出て覚えた敬語を披露しようとしてるのに。
「それに、なんだかさみしいです。のんちゃんに敬語で話されると、他人行儀で。
遠くに行っちゃったみたいに感じます。
メールも誰から?って思いました。今まで通り、話してください」
「先生はデスマス調なのに?」
「僕のは昔からです。知ってるでしょう?」
・・・なんかズルいなあ。そんな言い方されたら嬉しくて断れない。
「はーい」と渋々を装って答えれば、「ハイ、よろしい」と返された。
敵わないな、先生には。
「ね、先生。私の友達のモエも覚えてる? あの子、学校の先生になったのよ。
あと、いのっち。いのっちはお巡りさんなんだって」
「モエさん・・よく君と一緒にいた子かな。ちょっと顔までは覚えてませんね。
いのっちは・・たぶん覚えてます。プロレスラーみたいな大きな子ですよね」
「そうそう。ね、先生達同士も連絡取り合ってるの? 塾長先生は元気かなあ?」
「あの人は新しく会社を作るって海外に行ったらしいですよ。
ここ数年は音沙汰ないからわからないですけど。
バイタリティある人だから、野たれ死んでいることはまずないでしょうね」
「あは。確かに」
しばらく懐かしいメンバーの話で盛り上がっていたら、二階の部屋から泣き声が聞こえた。娘の千沙が起きちゃったみたい。
「ごめんね、先生。ちょっと・・・。もう切るね」
「ええ。じゃあ、また明日にでもお話ししましょう。
おやすみなさい、のんちゃん」
理由を濁した私に対して、先生は驚くほどあっけなく挨拶をして電話は切れた。
携帯を持って数秒呆然としてしまったけど、娘の泣き声に我に返って、
「はいはい、ちさー! ママはここですよー」と叫びながら階段を駆け上がる。
子ども部屋は半分がおもちゃで埋まってきてる。
小さい子ども用マットレスの上でお布団をはねのけて、勢いよく泣いている娘。
よいしょっと抱き上げると、小さい手で必死にしがみついてくる。
背中をとんとん優しく叩いて、ゆらゆら体を揺する。
「ねんね、ねんね、ちーさちゃん。ねんねこ、ねんねこ、ねんねんね・・・」
囁くように歌って、とんとん、ゆらゆら・・・
しばらくの間、繰り返す。
私の体にぎゅうっとして、またすうすうと眠りについた。
子どもの泣き声ってホントすごい。近所中に鳴り響いているんじゃないかってくらい、怪獣のようにぎゃーすぎゃーすと泣きわめく。
私も、イライラしたり、ムカッとしたり、怒ってばかりの時もある。
・・・でも、こんな天使のような寝顔を見せられると、
怒ってゴメンねって、パンパンに膨れ上がってたはずのイライラが萎んでく。
はあ、かわいい。
すぐに小さな指を引きはがすと、ぱちりと起きてしまうことがあるので、横に一緒にごろりと寝転がる。
ちいさくてふわふわしていてあったかい赤ちゃんと一緒に眠ると、ちょっとだけのつもりが熟睡してしまうので気をつけないといけない。
でも、まだ、旦那さんも帰って来ないし。
ちょっとだけ、一緒に寝ちゃおうかな。
どうせ帰ってくるのは深夜だし。ちょっとだけ・・