表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/50

37 パンクしそうな頭

「待って下さい」

ぐるぐるしていた頭の中に、先生の声が入ってきてドキっとした。


「そんな言い方は狡いです。そんな風に子どもをダシに使っては失礼ですよ。

千沙ちゃんにも、のんちゃんにも」

「だ、ダシになんか・・!」

先生の指摘に元旦那は焦った声を出す。


「僕にはそう聞こえました。千沙ちゃんがいるから復縁すべきだ、と。

ですがそれは違うでしょう。

のんちゃんにとって、あなたは本当に相応しい男であるとは思えません。


いいですか? のんちゃんの心があなたにないのに、あなたと一緒になれば、のんちゃんは幸せになれないでしょう。

そしてその姿を見て育っていく千沙ちゃんはどう思うのか。

あの子は賢い。人の感情にとても聡い。

のんちゃん、あなたが本当に幸せかどうか、あの子はちゃんと分かりますよ」


確かに。千沙は私のことをよく見てるから。

先生は少し淡々とした口調で続ける。


「子どもの為にという言葉は、時に親が自分の自己満足のために使われてしまう時もあります。

でもそれは、親が勝手に思い込んで決めつけてしまっている時もありますよね。

・・・自分の為に我慢させたと気づいた時、余計に傷つくのは子どもなんです」


それは、その通りだって思う。けど・・。

「・・・? 先生?」

どうしてそんなに目を伏せて悲しそうな顔で話すの? 先生?


先生は私の視線に気づくとふっと優しく笑って、目を閉じた。

テーブルの上ですっかりぬるくなってしまったビールをぐっと仰ぐ。

私もカクテルの小さなグラスに口を付けた。



先生はもう一度私に微笑んでから、向かい合って座る元旦那を見据えた。

「あなたが、もう一度のんちゃんと復縁を望むのなら。

まずは自分の性格を見つめ直し、欠点を改め、好きになってもらえるように努力するべきです。・・・その点では、僕とあなたは同じ立場かもしれません。

僕も告白したところなので」

「なっ、そうなのかよ! なんだよ、俺はてっきり、もう・・・お前はのぞみとデキてんのかと・・・」

「口説いている真っ最中ですよ」

「やめろよ。俺の妻だぞ」

「元、でしょう。もうあなたはのんちゃんにとっては過去の人間です。

他人、ですね。大事にしなかった罰ですよ。反省しなさい」

「くっそー、なんなんだよ。説教すんな。先生かよ、お前。・・・って、あ。

センセイなんだっけ」

「今は医者ですよ。昔はのんちゃんの専属の塾講師でした。

可愛かったですよ、高校生ののんちゃんは」

「ロリコンか! くっそー。俺だって見たかった! 女子高生の のぞみ!」

「ふふふ。残念でしたね」


な、なんなの・・・?

二人はいつのまにかグラスを傾けながらテンポ良く会話してる。ケンカ腰なのになんか笑ってるし。

え?

わけわかんないんだけど。男の友情、芽生えちゃった、的な?



二人で盛り上がっていたと思ったら、急に元旦那がバっと私の方に顔を寄せる。

「のぞみ! 俺にもチャンスをくれ! 俺だって、俺だって・・」

「オレオレ詐欺ですか、あなたは。そんな風に自分本位だから他人の気持ちが汲めないんですよ」

先生の手が間に入って、元旦那の顔を押し退ける。


「ぐっ、くっそお。のぞみ! お前、こんな奴のどこがいいんだよ!

ぜってー、こいつ性格悪いだろ!」

「ちょっと! 先生のこと悪く言わないで・・って、あっ」

先生の悪口に思わず言い返す。

元旦那にこんな反抗的な態度とったことなかったので、あっと手で口を抑えた。


「・・なんだよー、そういう性格なんだったら最初から素でいろよ、のぞみ。

その方がめっちゃいいじゃん。澄ました顔よりずっといい。ずっと可愛い・・」

「はい、そこまで。今日はもう止めてください。

のんちゃんはあなたの今までの行いが酷すぎて、急に豹変されてもパニくってしまいますよ」


本当に先生の言う通りだ。

だって、今まで思ってたこのヒトの全部が、私の勘違いだったってことなの?

そんな・・四年間も?


「少し整理する時間をあげるべきです。

あなたが、もう一度のんちゃんに振り向いてもらいたいとしても。

そうじゃないですか?」

先生に問われて、私は頷く。

「のんちゃん、今のあなたの自分の気持ち、言えそうですか?」



「・・・わ、私は、私もこういう性格だから、いけないところもあったと思う、けど。あなたの態度にも言葉にも、たくさん傷付けられた。のは事実、だから。

・・四年間、辛いことが多かったから、だから、いきなりそんな・・スキとか言われても、信じられない。

ご、ごめんなさい」


素直な気持ちを言った。

元旦那は唇を噛んで俯いていたけど、顔を上げてジッと私を見つめた。


「・・・わかった。今日は、これで引き上げる。

でも、のぞみ。お前のことは諦めたくない。今日のことで、お前のこと、もっと好きになった。だから、これからも・・」

「ストップ。落ち着いてください」また迫ってきそうになったところを先生の手が止める。



「あなたに約束して欲しいことがあります。まず、のんちゃんの話をきちんと聞くこと。無理強いしない。もしもまた力で押さえ込むなんてことしたら、警察に突き出しますから。そのつもりで。

今みたいにグイグイ迫らないでください。距離を置いて。

怖がってるでしょう、まったく」


「ずいぶん呑気なんだな、お前。俺は本気でのぞみと復縁するつもりだからな」


噛みつきそうな勢いで元旦那は先生を睨んでる。先生はサラリと返す。

「のんちゃんが、あなたが好きだ、あなたとまた結婚したい、と自分の意思で決めたのならね。まあ、そんなことはあり得ないと思いますけど」

ふうっと軽く息を吐き、先生は少しイジワルな笑みを浮かべた。


「・・僕の思いは、あなたよりもずうっと大きいので、負ける気がしません」


「なにぃ、コノヤロー」と立ち上がった元旦那。先生もさっと席を立ち、私の手を取る。


「さて、そろそろ行きましょうか。千沙ちゃんが待ってますからね。

あ。あなたは今日のところはもうお引き取りください。さようなら」

「んなっ・・」


目を見開く元旦那を置いて、先生はスタスタとその場を後にした。

伝票のところに私達二人分のお金を置くのも忘れない。なんて抜け目ない。


頭はいっぱいいっぱいで。

私は先生に手を引かれるまま、ついて行くのがやっとだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ