34 まさかの対面
授業参観ではひと騒ぎあって、ちょっと精神的に疲れたけど、
その後は何事もなく終わり、先生方が開いてくれたミニ縁日も、千沙は仲良しのお友達ときゃっきゃと笑いながら回った。
私達大人は少し離れたところからついて行けばいい。園内だから迷子になる心配もないし。
ふうと一息つくと、先生が飲み物でも買いましょうかとジュースを売っている屋台に近づいた。その隣はカキ氷。真っ赤なイチゴが美味しそう・・。
「のんちゃん、カキ氷にしましょうか」
「え! う、ううん、いいっ」しまった、見過ぎてた? と慌てて首を振るけど、先生はもう「一つ下さい」ってお金を渡していた。だから行動早いって。
「はい、どうぞ」と差し出されるカキ氷。でも大人がこんなの食べてるのって、おかしくない?
つい、きょろきょろっと周りを確認してしまう。
「だいじょうぶ。今日は暑いですからね。親さんも食べている人はたくさんいますよ」
ほら、と言われて周りを見てみると、確かに何人か親子で食べてる。
じゃあ、いいのかな。シャリっと赤いシロップのたっぷりかかった先をすくう。
ぱくりと口にいれる。ああ、なんかこの味、懐かしいー。
「ママ、ちぃちゃんも食べたい」
いつのまにかそばに来ていた千沙が大きな口を開けている。かわいい。
ひな鳥みたい。
ぱくんっと食べると、「んー、つめたーい」と笑う。
ふと先生と目が合うと、先生はぱかっと口を開いた。
そ、そんなのできるわけないでしょ、こんなところで。
かあっと顔が赤くなった気がした。
「た、食べたいなら、どうぞ」
先生にカキ氷の容器ごと渡すと、先生は「なんだ、ザンネンです」なんて言う。
笑いを堪えたような顔で。
「からかわないで、先生!」
ムッとして言ってるのに、先生はにっこにこ。
「ふふ。ごめんね。おわびにあーん、しましょうか?」
「いい、ですっ」
「せんせー、ちさ、あーん!」「はーい」
私がプンプンしてる横で、二人は仲良くカキ氷を食べている。
うう・・、いいな。
「ママ、ちさ、あーん、してあげるぅー」千沙がストローの先に山盛りのせて、ぷるぷる手を震わせて私に向けた。落ちる前に慌てて口に入れた。
「ママ、おいしいー?」
「うん、おいしー。ちぃちゃん、ありがと」
「えへへ」
千沙はこういうタイミングが上手い。空気読んでる。幼稚園児なのに。
縁日を一回りしてそろそろ帰ろうか、と荷物をまとめた。
「千沙、そろそろ帰るわよ。おうち帰って、お昼ごはんにしましょ」
「はーい」と千沙が遊具から降りて、こっちに走って来た。
先生が千沙を受け止め、そしてそのまま抱き上げる。
「ママ、ちさ、オムライスがいいなあ。ね、せんせーもスキでしょ?」
「のんちゃんのオムライス、おいしいですよね。大好きです」
「・・じゃあ、オムライスにしよっか」
「わあい、やったあ」
高くなった視界に喜びながら、ぐるっとその場で回転してもらってきゃっきゃと笑う。笑っていた千沙がふと私の後ろを見て指差した。
「あー、パパぁ」
ハッと振り返ると、元旦那がいた。
すぐ近くにいたので驚いた。思わず二歩ほど後ずさる。
「千沙、・・・のぞみ。元気、か?」
元旦那の口からぎこちなく発せられたのは、そんなありきたりな挨拶。
「のぞみ、お前、今どこに・・」
手が伸びてきて反射的に身をすくめると、目の前にずいっと影ができた。
「はじめまして。榎本医院の院長をしています。榎本です。
のぞみさんと千沙ちゃんは、うちに来てもらっていますので、安心して下さい」
「うちにって・・・」
先生の背中越しにちらりと見えるあのヒトは、焦ったような表情をしている。
どうしたんだろう。こんな顔、見たことないかも。
ザワザワと周りのママ達の視線や声を感じて状況を思い出す。
先生も同じことを思ったようで、「場所を変えましょうか」と千沙を抱っこしたまま歩き出した。
「は、話がしたいんだ。のぞみ。時間をくれないか」
「え・・?」
そんなことを言われるとは思ってなくて驚いた。
話? 話って、離婚はもう成立したのに。今更なにを話すって言うの?
驚きすぎて何も返せずにいると、私のすぐ隣を歩く先生が口を開いた。
「では、このまま食事にでも行きましょうか。千沙ちゃん、ママのオムライスは今夜にしましょう。お昼ごはんはレストランですよ。何が食べたいですか?」
「うんとねえ、ピザがいいなあ。チーズがとろーんってなるやつ」
「じゃあ、大通りのイタリアンレストランにしましょうか。
のんちゃんも、いいですか? ・・・あなたもそれでいいですか?」
「あ、ああ」
先生がサクサク決めて、元旦那は少し圧倒されているようだった。
先生と元旦那とが、対面することになるなんて。
いったい話って何なの?
千沙は楽しそうだけど、私は不安でしょうがなかった。




