33 先生の言葉
「僕は千沙ちゃんのパパではありません。のぞみさんの恋人でもない。
でも、今、二人を支え一緒にいたいと思っています」
先生の声をみんなが聞いている。
私はみんなに見られている、というだけで逃げたくなってしまう。
顔があげられない。
「誤解のないように、お願いします。
僕がのぞみさんのそばにいたくて、一方的に追いかけているんです。
・・・僕の片想いなんです」
「せっ・・」
思わず先生の顔を見た。
こんな、大勢の人の前で・・なんてことを言うの! 先生ってば!
先生はにっこりと私に笑いかけ、構わずに先を続ける。
「のぞみさんはいつでも、一番に千沙ちゃんのことを考えています。
千沙ちゃんのことをないがしろにして、新しい生活を始めているわけじゃありません。
子どもの前で面白半分に噂するのは止めてください。
お母さんの声を、子どもは聞いています。
意味がよくわからなくても覚えてしまいますし、
悪気がなくても傷つける言葉を使ってしまう。それはとても悲しいことですよね」
先生の言葉に、ママ達が気まずそうに顔を見合わせた。
「ちぃちゃん、昨日、帰ってきた時、元気がありませんでしたね。
何か言われたんですか?」
先生が聞くと、千沙は少し迷いながらも答えた。
「あの、あのね、ちがうの。ちさが、かってに きいちゃっただけなの。
ちさのママはリコンしちゃったから、パパはこれなくて・・かわいそうねって」
小さな声なのに教室中に聞こえた。
私は震えた。
離婚は大人の都合。それに振り回されて、子どもは、カワイソウなんて言われちゃうんだ、って。そんなの分かってたことなのに、ショックを受けてた。
千沙は首を傾げる。
「なんでカワイソウ? いわれたとき、イヤだったけど。
でもでも、だって、ちさにはママも、せんせーもいるのにね!」
にっこりと笑う。可愛い、いつもの千沙の笑顔。
「そうですね。ね、のんちゃん」「え、ええ」先生に促されて、私はぎこちなく返事を返した。
「すみません、お邪魔をして。授業を再開してください。
・・・さあ、ちぃちゃん。見てるからね、行っておいで」
「うんっ! ママ、ちさ、さいごおわりのことばをいう かかりなの。みててね!」
「ふふ。もちろん、みてるわよ」
自分の席の方に戻って行く千沙。さっきまでの不安そうな顔はどこにもない。
いつも通りの笑顔。友達と楽しそうにきゃっきゃとおしゃべりし始めた。
周りのママ達も、ランチ会をしたことのある親しい人は、ゴメンね、とジェスチャーで私に謝ってきた。いいよ、と微笑みを返しておく。
先生はすごいな。
私はあんな風に、みんなの前でなんて話せない。
「先生、どうもありがとう」
小さな声でお礼を言う。先生は「いえ。出過ぎた真似をして、ごめんね」と少し申し訳なさそうな顔した。そんな顔する必要ないのに。
もう一度、ありがとうと言うと、ようやくいつものように笑ってくれた。
「僕の・・言いたいことを言っただけですよ」そう言われて、みんなの前で、片思いとかなんとか言われたことを思い出した。
うう、はずかしい。
後から仲の良いママ友に聞いた話だけど。今日の先生の告白はママ達の間でたいそう人気だったらしい。
自分もあんな風に片思いされたい! とか、あんな風に守られたい!とか・・・。
先生は医院のおばさま達だけでなく、幼稚園のママ達にもメロメロにしてしまうオーラがあるんじゃないかなあと私は思う。




