31 授業参観
先生はその日から、ますます甘くなった。
もうホント、どうしたらいいの!
先生は笑って「気にしなくていいですよ。のんちゃんは今まで通りで」なんて言うけど、そんなの無理!
医院の患者さんの前でも、甘さを隠そうともしない。
患者さん達に「先生はのぞみちゃんのメロメロだね」なんて言われて、さらにそれに「本当ですねえ」なんて笑って返してる。
やめて! 恥ずかしい!
千沙はすっかり先生に懐いている。一ヶ月に数回しか顔を見せなかった父親に
比べて、毎日一緒に朝晩ご飯を食べて土日もがっつり遊んでくれる優しい先生。
子どもは正直だから自分にどれだけ時間を遣ってくれてるかも分かるんだよね。
*****
ある休日。お昼ごはんを食べてから、少し遠い植物園に行った。
ここは小さい施設だけど市営だから安くて、人も少ないからゆっくり楽しめた。
穴場発見。
ぐるっと一回りして、たくさんの花の香りと色を楽しめた。
こうやって思えるのも心にゆとりが生まれてきたからかな。
先生にありがとうって言わなきゃな、と後ろを振り返ろうとすると、私の手をすり抜けて千沙が先生に向かってタタッと走って行った。
「せんせー!」
抱きついてきた千沙をひょいっと抱き上げて、先生は笑う。
そんな二人を見て、なぜかチリリと胸が痛んだ。
ああ、いいなあ、子どもって。無邪気に抱きついちゃって。
かわいいなあ、千沙。先生もうれしそう。
私は・・・
ぼんやりと自分の手元に視線を下げる。
私は、・・・あんな風にはできない。子どもじゃないから。大人はあんな風に素直に感情を出しちゃいけないんだから。大人はいつでも落ち着いて、冷静に。
・・ってそんなのちっともできてないけど。
「マーマ!」「のんちゃん」
呼ばれてハッと顔を上げると、目の前に千沙の顔があった。
両手を広げてる。
「むぎゅーっ」
その両手でぐいっと頭を抱きかかえられると、当然、千沙を抱っこしている先生とも密着する。
「わ、わわ、ちょっと、ちさっ」
先生の手が私の背中にまわり、ポンポンされる。
「いやあ、いいですね。二人ともあったかいです」
「みんなでぎゅー。えへへ」千沙は嬉しそうに笑う。
先生も。メガネの奥の目が細められている。うれしいって顔。
先生は、いつだって私を一人にしない。
千沙を可愛がってくれるのに、それ以上に私に愛情を示してくれる。
千沙がいない時、二人でいる時はあからさまなくらい、距離も詰めてくる。
こんな私に好きって言ってくれる。
結婚は嫌だって拒否したのに。それでもいい、なんて。
だめ。
これ以上、惹かれちゃダメよ。好きになっちゃダメ。
私は、先生には到底、ふさわしくない。
先生と、男女の関係になんか、なりたくない。なっちゃいけない。
なのに、先生の優しさにもっと触れていたい。・・私はなんてズルいんだろう。
*****
夏休みに入る前の頃、幼稚園で授業参観が行われる。
平日ではなく土日や祭日に行われる時は、パパママはもちろん、おじいちゃんおばあちゃんも見に来る子も多いので、幼稚園は大人であふれかえる。
授業が終わってから先生達がスパーボールすくいやヨーヨー釣りなんかのミニ縁日を開いてくれるので、千沙は一週間以上前からワクワクしてた。
授業参観でやることは内緒なのと言ってて教えてくれない。
でもしゃべりたい衝動が抑えられないらしくて、毎日ヒントをくれる。
「あのね、えをかいたの」「ちぃがだーいすきなものよー」
「ママはよろこぶかなあ、ちぃ、たのしみ」って照れ臭そうに笑う。
ああ、もう、千沙、かわいすぎ!
そんな調子で毎日、うきうきルンルン、楽しそうだった。
なのに、授業参観の前日、千沙は少しムッとした表情でバスから降りてきた。
あれと思ったけど、私と目が合った瞬間にこっといつもの笑顔の千沙になった。
幼稚園の先生にはいつも通り愛想良く「さよーならー」と挨拶して家に入る。
院内を通り抜ける間、おじいちゃんおばーちゃん方への笑顔と挨拶も忘れない。
さっきのは気のせいかなと思ったら、リビングにカバンを下ろすなり、おやつも食べずに「おひるねする」とソファで丸くなって寝てしまった。
なにかあったのかしら。
お友達とけんかでもしたかな。
連絡ノートに書いて担任の先生に聞いてみてもいいけど、明日の準備で忙しそうだしなあ。明日は幼稚園に行くんだから、その時聞けばいいかなって。
そう思った。




