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30 利害一致

「あの日、突然あなたから電話をもらって僕がどれだけ嬉しかったか。

夢かと思いました。

・・チャンスを逃したくない、とも思いました。

あなたが結婚して子どももいると聞いて、正直すごくショックでした。

けど・・あなたはちっとも嬉しそうではなかったので、諦められなくて・・」



目の前の先生は怖いくらい真剣な目で見てくる。

そんな風に見られるのは苦手で、視線を反らし、膝の上の自分の手を見つめた。



「電話の向こうであなたが泣いていて、僕は・・そばにいれないことをもどかしく思いました」

先生は悔しそうに拳を握りしめていた。


「・・・僕には余裕なんかこれっぽっちもありません。

会う約束を取り付けて、医院に引っ張ってって、仕事のお願いをして・・、引っ越しなんて、業者まで呼んで半強制的でしたよね。

いい歳した大人がみっともないですけど、・・・強引で、ごめんね」


先生は気まずそうに頭を掻いて、ごまかすように苦笑いした。

確かに、ちょっと強引だなって思ったけど。

自覚あったんだ。ちょっとおかしくて笑ってしまう。


「・・・先生がいなかったら、立ち直れなかったもの。先生には本当に、感謝、してる」

確かに先生は強引だったし私は流されちゃったけど、先生の助けがなかったらどこか安いアパートを探して仕事も探さなくちゃならないんだから、本当に本当に助かってる。


「先生、本当に、ありがとう」

心を込めてお礼を言った。にこっと笑えていたと思う。



「っ! ・・・のんちゃん!」

先生は突然ぎゅっと私の手を両手で包み込んで、ずいっと顔を寄せた。

「のんちゃん、僕と結婚してください!」

「え! っや、だ」

反射で返事してた。


だって、そんな急に。

なんで結婚?

手から力が抜けたので、私はパっと自分の手を引き抜いた。

先生はガーン、と文字が見えそうなほど真っ青になって落ち込んでる。

なんだかすごく悪いことしたみたいで、私の方が慌ててしまう。


「あ、あの、あのね、先生。私、もう結婚なんて懲り懲りなの。

嫌なの。私・・・もう結婚はしたくない。できないよ」

「どうしてですか? 」

「わ、私には千沙が一番だし。千沙のためにいい母親でいなくちゃいけないの。

その優先順位はこの先も変えられないし・・」

「それは当然でしょう。わかっています。それを変えろとは言いません」

「結婚生活なんてロクなものじゃなかったし」

「それは相手によるでしょう」

こっちはあれこれ考えてしゃべっているのに、先生はズバっと素早く返してくる。

うー、なんて返そう・・。でもちゃんと断らないと。



「・・せ、先生は、私なんかを好きでいちゃ、ダメだよ。

先生は素敵な人だから、絶対に素敵な旦那さんになってパパになって良い家庭を築ける。だから誰か、もっと素敵な人と結婚した方がいいよ。

結婚して、好きな人と子どもを生んで、幸せな家庭を築けばいい・・」

自分で言ってて、それを想像して悲しくなる。

先生の隣に立ってる女の人。その人と幸せそうに笑ってる、先生。

「ここにも長くいない方がいいと思う。こんな・・擬似家族みたいなの・・、良くないよ。お互いに・・」


語尾も小さくなって、つい、俯いてしまう。


ゴホン、と咳払いが一つ聞こえた。

のんちゃん、と呼びかけられて顔をあげる。

「言葉の選択を間違えました。ごめんね。いきなり求婚は早急でした。

結婚うんぬんは聞かなかったことにしてください」

「へ?」

聞かなかったことにって、そんなバカな。


呆気にとられてる私の手をもう一度先生の手が包む。


「のんちゃん、僕はあなたが好きです。それを伝えられただけで、僕にとってはすごく進歩しました。

そばに、いてください。あなたのそばに、いたいんです。

ここにいてください」

「でもそんなの先生に悪いよ。なんか・・利用してるみたいで」

思ってることを言うと、先生は一瞬目を大きくして、ぷっと吹き出した。


「利用してもらって構いません。深く考える必要はありませんよ。

人間、誰だってメリットがある方が良いに決まってます。

利害一致じゃないですか。

のんちゃんは職場に関してもこの居住空間に対しても問題点はないでしょう?」

「・・環境が良すぎて戸惑ってるくらいだよ」

「僕だって、好きな人と四六時中一緒にいれるんですから、これ以上ないってくらいハッピーですよ」


ほらね、とおどけて言いながら、私の手の甲を自分の口元に持っていく先生。

あっと思う間に、ちゅっと小さなリップ音を立ててキスされた。

「っ、せ、せんせっ」

「ふふ。そういうのんちゃんの可愛い顔が見れて、僕は毎日幸せですよ。

・・今はそれでいいじゃないですか」


ね? と先生は笑う。

うう・・・その顔に私、弱いんだってば。結局また私は流されてしまった。


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