29 告白
先生は私の目元をそっと拭って、目を細めて笑う。
私の、好きな先生の柔らかい微笑み。
「高校生のあなたは無邪気に真っ直ぐ好き好きと僕にぶつけてくるし、自分は教師であなたは生徒だから、と自制心を保つのに大変でしたよ。
まあ、誘惑に負けて、デートしたり電話番号を教えたりしてしまいましたが」
信じられない・・
頭の中がぐるぐるした。
「う、うそぉ。だって、片思いって。私、先生のことずっと好きだって言ってたのに。か、片思いじゃ、ないじゃない」
つい、責めるような言い方になってしまう。
「あの頃、あなたが友達と話しているのを聞いてしまったんです。ごめんね。
・・その、同じクラスのヤマグチ君が好きだとかなんとか。
それを聞いてショックでした。
やはり、僕のことは憧れだけの感情で、男としては見られていないんだろうなと思いました。同時に、ショックを受けた自分自身にも驚きました。
心の何処かであなたと両想いになれたらと願っていたことに気づかされて」
「そんな・・」
あれは私が友達に何気なくついてたウソ。
恋バナの一つや二つ交わしてると女の子のコミュニケーションは上手く行ってたから。まさかそれを聞かれてたなんて。
「大学が合格して、電話番号を聞いてきてくれて、浅ましくも期待しました。
でも、あなたから掛けて来たことは、ありませんでしたね」
「私・・・、先生にいっぱい迷惑かけて。
最後にデートしてもらって素敵な思い出もらったから、それ以上まとわりついて嫌われたら嫌だからって、そう思って・・・」
思わず言い訳みたいな言葉が口から飛び出た。
そんなの、今更なのに。
「僕も、嫌われるのが怖くて、何一つ行動に起こせませんでした。
それなのに、あなたと会うこともなくなって医大に通っている間も、この医院に雇われて働き始めた時も、ずっと心の何処かにあなたのことを想っていたんです」
信じられない思いで先生の告白を聞いてた。
なんて言っていいか分からなくなって私が黙ってしまうと、先生は焦ったように両手をパタパタさせた。
「あ、あの。長くあなたのことを想ってはいましたが、誓ってストーカー行為などはしていませんよ。医院がここにあるのも偶然ですし・・」
その必死な様子がおかしくて笑ってしまう。
「わかってるよ、先生。そんなの心配してないから」
そう返せば、先生はホッとしたように大きく息を吐いた。
「ふう。よかったです。のんちゃんに気持ち悪いとか言われたら、立ち直れないほど傷つきそうです」
「ふふ、そんなの、思わないよ」
先生は私の手をとって床から立ち上がらせて、リビングのソファに導いた。
私の斜め前に先生は座る。
「さっきの話は、絹川さん、ですか?」
コクンと正直に頷いた。先生は頭を掻きながら笑う。
「この医院に研修医としてやってきた時から、絹川さん達にはずいぶん可愛がってもらっています。僕が結婚していないことを知るとすごく心配されました。
僕はよっぽど頼りなく見えるんでしょうね。
早くいい人見つけなさいよから始まって、遂には結婚相手を探してあげるとまで言われてしまいました」
先生はあははと困ったように笑い、「でも、僕は・・」と続けた。
「どうしても、あなたのことが忘れられなかったんです」
と、真剣な顔で私に告げる。




