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27 おそろい

医院に通っている常連さん達は、私達の関係が気になるらしい。

そりゃあ、そうだよね。

お手伝いにきてもらうことにしましたって、いきなり私が来て、一ヶ月しないうちに居座っちゃってるんだもん。

しかも私には娘もいて・・・いったいどうなってるんだって聞きたくなるよね。


私に先生が話しかけると、みんなの視線が集まる。

興味津々な顔で見つめてくる人もいるし、もっと直球に「のぞみちゃんは先生の恋人?」なんて聞いてくる人もいる。

私は狼狽えてしまって何も答えられない。

先生は笑うばっかりで否定しない。だからみんなすっかり勘違いしちゃってると思う。先生、否定してよ!



*****


おばちゃんの中でも上品で穏やかな、絹川さん。

この人は他のおばちゃんのようにぺちゃくちゃおしゃべりするわけじゃなく、いつも柔らかく微笑みながら人の話を聞いていている。今日はいつもより遅く来た絹川さん。絹川さんの前の人はいつも話が長いので診察に時間がかかるおじいさんだ。


待合室に最後の一人になると、私にちょいちょいと手招きした。

「のぞみちゃん、ちょっと年寄りの話し相手になってくれないかしら?」

珍しいお誘い。

「はい、喜んで」と受付を出て待合室のソファに並んで座った。


「・・・そのペン、可愛いわね」

絹川さんが私の胸ポケットを指さして、にっこり笑った。

「おそろいね。二人で、水族館に行ったのかしら」

「・・・はい」

「そう。楽しかったでしょうね」

「はい。ぺ、ペンギンが可愛くて、イルカも。水槽の中はキラキラきれいで、別世界みたいでした」

「そう。ふふふ、いいわね。水族館デートは定番だものね」


ごまかすこともできた。

いつもの私なら、適当な嘘をついてただろう。

でも、先生とのことで嘘をつくのは躊躇われた。だって、嘘は嘘を呼ぶ。

私がついた嘘で、先生が嘘をつかなきゃならないことになったら大変だもの。


「可愛いボールペン、使わないの? いつもの普通のペン使ってたわね」

「・・・使えばインクがなくなっちゃいますから、なんだか、勿体無くて」

私がそう言うと、絹川さんはますます嬉しそうに微笑んだ。

「ふふふ。先生と、おんなじこと言ってるわ、のぞみちゃん」

「え?」

「先生の胸ポケットにもささってるでしょ、イルカのペン。でも使うのがもったいないってカルテに書くのに普通のペンを使ってたんですって」

先生・・・。

なんだか顔が熱い。

顔を伏せると、私の手を絹川さんの手が包み込むように触れた。


「ねえ、のぞみちゃん。私達はね、もう何年もここで先生にお世話になってるわ。穏やかで誰にでも優しくて、お医者さんのお手本みたいな人よね、先生って」

「はい。本当に、そうですよね」

「先生のこと、私達は息子や孫みたいに可愛いって思ってる。先生には余計なお節介かもしれないけど、もう先生だってイイ歳でしょう?

私達、はりきってお嫁さん探し、してたのよ。

何人か紹介したの。でも駄目ね。どんなに良いお嬢さんも会おうともしないの。

終いには私達もキレちゃって、理由を問い詰めたの。

そしたら先生ね、なんて言ったと思う?」


絹川さんは言葉を切って私を見た。

「十年以上前から気にかけている人がいるんです。僕の一方的な片思いですから叶いませんけどって、そう言ったの。

私達は詳しく聞きたかったけど、その先はどうしても教えてくれなかったわ。

ねえ、それってのぞみちゃんのことでしょう?」

ロマンチックだわあと少女のように頬を染めて話す絹川さん。


その時、診察室から先生が絹川さんを呼んだ。

私はおじいさんのお会計など事務作業をしながら、頭の中ではさっきの絹川さんの話でいっぱいだった。



私じゃない。

十年以上前なんて、私は高校生の小娘じゃん。先生すきすきーって馬鹿みたいに言ってたあの頃。

あの頃の私に先生が恋するとか、まず有り得ない。


先生には他にずっと片思いしてる人がいる・・・?


だったら私は?

私に優しくしてくれるのは、どうして?


カワイイ元生徒が困ってるから、見捨てれないだけ?

先生は優しいから、こんな状態の私をほっとけないだけ。


ああ、そっか。そういうこと。

自分で出した結論に一人で納得した。



診察室を出てきた絹川さんに笑顔を向ける。絹川さんは優しく笑い返した。

「応援してるわ。先生には早く幸せになってもらいたいもの」

「そうですね。私も、そう願っています。・・・はい、診察券と保険証です。

お気をつけて」

「ええ、さようなら、のぞみちゃん」


小さくなる背中を見送って、ガチャンと玄関ドアの鍵をかけた。

頭の中のモヤモヤする気持ちにも。


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