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25 褒められた

子どもって順応性ハンパない。

毎朝起きては「あれ? ここどこだっけ? ああ、そうそう・・」って思っちゃう私なんかよりも、ずっと早く先生の家に馴染んでる。

教えてもいないのに、ドラム型洗濯機のやり方や、テレビの番組の予約の仕方も知っているのでビックリしてした。いつの間に覚えたの。千沙、すごすぎ!

水槽の魚達にエサをやるのも教えてもらったようで、朝起きたらこうやってやるのよ、って教えてくれた。得意げな顔がかわいい。




医院でのお昼ごはんの時間。

ダイニングテーブルで二人で向かい合って食べる。

今日は朝仕込んでおいた、炊き込みご飯。きのこだから簡単で美味しい。

先生はご飯ものだと食が弾んでおかわりする。


「千沙ちゃんは賢いですね。なんでもすぐに覚えてしまうので驚きです」

「そうなの。すっごいのよ。ひらがなも私とお手紙交換ごっことかして遊んでるうちに書けるよううになっちゃったし。まだ年少さんなのにすごいでしょ!

どうしよう、先生。うちの娘、天才かも!」


親バカ丸出しなこういう発言は、先生の前でしかしない。

仲良くなったママ友だちとのおしゃべりは、うちの子こういうところが困るのよねえとか、愚痴のこぼし合いがメインだから、自慢話はしないようにしてる。

私だけ空気読めない発言はできない。

そういう話題ばかりだと気が滅入っちゃうから本当は好きじゃないんだけど、お付き合いは大事だし。ママ同士仲良くしとかないと、子どもも仲間に入れてもらえなかったりするんだよね。女のコは特に。


もちろん、明るい話が好きな気の合うママ友もいる。

彼女とは美味しいレシピを教えっこしたり、手作りおやつを持って一緒に遊んだり、休日も仲良くしてもらってる。離婚のことをメールしたら、かなり心配されてしまった。今度ゆっくり話そうって。・・はあ。気が重い。

どちらにせよ、離婚したての私はみんなにとっても、腫れ物を扱うみたいで話しにくいだろうし、しばらくはママ友会にも参加はできないなあと思う。




先生はご馳走様です、と丁寧に手を合わせ、食べ終わった食器をキッチンに持って行った。

私も自分のを持ち、後を追う。

先生は食器洗いは任せてください、と初日からやってくれているので、私は先生の横で洗ってもらったお皿を受け取り、拭いて棚にしまう。毎食片付けるのですぐに終わる。

こんなこと、誰かと一緒にやったことがなかったので緊張してしまう。

だって、先生、お皿を渡すたびに「はい」って笑ってくれるんだもん。

あまいんだもの、空気が。


照れ隠しで、ますます千沙の話をしてしまう。

ピアノのおもちゃでドレミのうたが弾けるとか、服も自分で決めるのよとか、どうでもいいことを。

「・・って、私、しゃべりすぎだね。うるさいでしょ。ごめんなさい」

「いえいえ、とんでもない。のんちゃんのおしゃべりを聞くのは、昔から大好きですよ。のんちゃんは楽しそうに話すので、僕も楽しくなるんです」


あんまりニコニコ言われるとますます照れちゃうじゃない。先生ってば。


「・・娘自慢できる人ってあんまりいないから。ほら、ママ友だとイヤミに聞こえちゃうかなとか、気ぃ遣うじゃない?」

「僕相手に話す時には、どれだけ褒めても大丈夫ですよ。むしろ、聞きたいですし」

「そう・・。なら、よかった」


先生も千沙の可愛さにメロメロになっちゃったみたい。

せんせー、せんせーって懐きまくってるし。可愛がってくれるのは嬉しい。

嬉しいのに・・・、なんだろう、このモヤっとする気持ちは・・



「千沙ちゃんも、ですけど、のんちゃんも偉いと思います」


ナデナデと頭を撫でられて、キョトンとしてしまう。

偉い? 私が? 顔を上げて首を傾げると、もう一度撫でられる。


「千沙ちゃんが覚えたのは、全部のんちゃんが教えたことでしょう?」

先生がふっと目を細める。やわらかい笑顔。


「それは、もちろん・・」そうだけど。

それを褒められたことなんて一度もない。褒められるのはいつだって千沙で、私の影の努力は誰の目にもつかないと思ってた。


「頑張ってママしてるんですね。ホントすごいです、のんちゃん。

子どもに何かを教えることは、時間も根気も愛情もたくさん必要です。

千沙ちゃんはママが世界一好きだって言ってましたよ。素敵な親子関係ですね」

「・・・うん」


がんばった。

がんばったよ、私。

あのヒトは、ただ可愛がるだけで何もしてくれなかったから。

一人でずっと、頑張ってきた。

でもそれは母親なら当然のことで、他のママもみんなやってることなんだから、それを私だけできないって投げ出すことなんかできるわけない。

イライラしちゃって怒っては、後で反省して、でもまた怒っちゃって、自己嫌悪に陥る。その繰り返し。


・・一番やんちゃで大変だった二歳の頃、ストレスで胃潰瘍になった。

可愛い可愛い娘なのに、言うことを聞いてくれなくて怒鳴っちゃって、そんな自分はなんて最低な母親だろうって落ち込んだ。


ちゃんと育てられるか、ちゃんとできているかいつも不安で、自信がなかった。



だから、・・・だから、こんな風に褒められると、今までの全部を認めてもらえたようで、すごく・・・報われたって思える。


ありがとう、先生。



俯いたまま、動かない私を先生はそっと抱き寄せる。

流れた涙を見せたくなくて、私は先生の胸元に顔を埋めた。


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