24 結婚なんて
「ままあー? ここ、どこー? おふとん、ふわっふわー!」
弾んだ声の千沙に揺らされて目が覚める。
え? どこだっけ。ああ、そうそう「・・・せんせーのおうち、だよー」
あくびをしながらそういうと、途端に千沙は立ち上がる。
「うっそー! せんせーのおうち? わあ、すごい!」
だだだだーと走り出す千沙。
ドアが開いて、先生が顔を出した。
私は慌ててベロンとめくれ上がったお腹を直す。
昔から私は寝相は悪くないのに、お腹を出して寝る癖があるらしい。
朝起きると捲れ上がってる。
「おはよう、千沙ちゃん。早起きだね。まだ朝の五時前だよ」
先生も千沙の声で起こされたんだろう。申し訳ない。
昨日晩ご飯を食べずに寝ちゃったからだ。
そういう時は絶対、次の日の朝はこうなる。まあ、腹ペコだし当然と言えば当然なんだけど。本当は夕飯で一度起こしたいんだけど、過去の経験上、遊び疲れて寝ちゃったら簡単には起きないし、仮に無理やり起こしたとしても超超不機嫌で泣く。だから親も朝に備えて早く寝るしかない。
先生にも昨晩そう言っておいたし、早く寝たけど・・。うう、眠い。
「のんちゃん、おはよーございます」
「うー、朝から騒がしくってごめんね、先生。千沙はご飯食べたら静かになるだろうから、まだ寝てていいよ? 先生の分はとっておくし」
「いえいえ。ご一緒させてください。朝からのんちゃんの料理が食べれるなんて幸せです。
千沙ちゃん、お顔、洗いましょうか」
「はーい!」
もう、先生は・・・。サラッとああいうこと言うの、反則。
私はシーツに顔をうずめた。絶対顔赤くなってる。
二人が出て行ったので、私もお布団を出てウンと伸びをした。
何個も運んでもらったダンボールの中から洋服を出して着替える。
シャキッとしなくちゃ。
今日は千沙を幼稚園に送ったら、住所変更と離婚のことも話さないとね。
まあ今は離婚も珍しくないか。
千沙にはどうやって話そう・・。まずここに来た理由を。
ご飯とデザートのヨーグルトを食べ終わったところで、話を切り出した。
「千沙、あのお家、前、泥棒が出てね。
ママ怖いから、先生がここに来ていいよって言ってくれたの」
・・ということにしよう。
「あ! あの、ママいっぱいからだに ケガしてたとき? そうでしょ!? もう!
ワルいヤツ、ママにひどいことしてゆるせない!
わたしがいたら、やっつけてやったのにー!」
お風呂で見たのを思い出したのか、キーっと怒り出す千沙。もう痣はほとんど消えてきたから大丈夫なのに。
先生と目が合ってギクリとする。うう、ヤバい。
身体にいっぱい怪我してるなんて誤解されたら大変。後で言い訳しとかないと。
嘘が嫌いな先生も今回ばかりは仕方ないと思うのか、黙って聞いてくれている。
千沙を落ち着かせて、話を続ける。
しばらくここにお世話になるから、って言ったところで、千沙は目を輝かせた。
「わあ、ここにすむの? うれしい! 」
あまり疑問を持たずに素直に喜んでくれたのでホッとした。
だって、どうして先生のところなのって言われても、私も答えられない。
どうして、ここに置いてくれるの? 先生。
勘違いだったらトンでもなく恥ずかしいけど、先生の目から私への熱を感じる。
っていうか、明らかにアプローチしてきてくれてるよね。
こんな風に自分のテリトリーに入れるなんて、そういうつもりじゃなかったらどういうつもりなんだって思う。
私だって何人か男性との経験は積んできた。美人な姉には敵わないけど、一般的
にはうちの家系は整った顔立ちをしている方だ。今までの人生、結構モテてきた。
自分で言うのもなんだけど。
だから、ちょっとやそっとでは動揺しないはずなのに。
大好きだった先生に、あんな目で見つめられて嬉しくないわけない。
優しくしてもらってトキメかないわけない。
でも、ダメ。
『母親である私』が私にストップをかける。
待って。
私は楽しく恋愛してる場合じゃない。千沙にとって良い母親でいられるように、それを最優先にしてあげないと。
父親が変わるなんて、きっと小さいあの子には受け入れられない。
私は器用じゃないから、両立なんてできない。
それに、あのヒトとの夫婦生活の虚しさを思うと、結婚なんてしたくないって強く思う。
あんな人でもお付き合いしてるうちは優しくて気遣いのある人だった。
結婚した途端豹変しちゃったけど。
先生はあのヒトとは違うって、わかってはいるんだけど。でもコワイ。
先生があんな風に変わっちゃったら、きっと私もう何も信じれなくなっちゃう。
先生との関係を変えたくない。
ああ、なのにダメじゃん、居候なんて。早く出てかないと。
・・・なのに、ダメなのに、
先生が私に笑ってくれると嬉しい。
私に何かしてくれる度に、年甲斐もなく恋する少女みたいにドキドキしてる。
矛盾してる。流されてる。・・・どうしよう。




