16 先生のおうち
買い物を終えて、医院の上にある先生の生活スペースにお邪魔した。
ドアを開けたら、ふわっとかすかに海みたいな匂い。なんだろ?
玄関は少し小さめ。でも、リビングとダイニングキッチンは繋がった一つの空間になっていてとても広い。窓も大きくて日当たりが良く、日中は電気をつけなくても明るい感じ。
「もともと、院長夫婦が住んでみえたので、なかなか広いんです。部屋が三つもあるんですよ」
まずは買ってきた物を冷蔵庫に入れる。
これも譲り受けたと言う、一人着らしにしては大きすぎる冷蔵庫は開けてみたらガラガラで、食パンと肉と牛乳しか入ってなかった。ぷっと吹き出してしまう。
「もう、先生、ホントおもしろい」
「明日はスパゲティナポリタンを作ってくれるんですよね。今から楽しみです」
さっきリクエストしてもらって、明日、明後日、としばらくメニューは決まっている。
先生があんまりキラキラした目をしてるから、なんだか照れ臭い。
「お店のやつみたいに上手にはできないよ。そんなに期待しないで、先生」
「いえいえ。のんちゃんが作ってくれるなら、何だって喜んでいただきますよ」
またすぐそうやって、私を喜ばせることを言う。
「ご飯ものも作りたいけど、炊飯器がないからなあ・・・」
「買いましょう。今すぐ」
私が呟くと、先生はリビングのテーブルの上にあるノートパソコンを開いた。
行動が早い!
「あ」
部屋の端を見ると、低い棚の上に、大きな水槽がある。
私の視線に気づいて、先生が立ち上がり「熱帯魚です。とてもきれいですよ」
と、私を水槽の方に促した。
水槽の中には水色に光る小さな魚がスイスイ泳いでいる。蛍光色が鮮やか。
尾ビレが赤くて可愛い。何匹も群れをなして泳いでいる。
「ネオンテトラと言います」
「きれい・・・」
見ていると吸い込まれていくような不思議な感覚に襲われる。
「娘が見たらきゃあきゃあ言って喜ぶわ。きれいなものが好きだから」
「いつでも遊びに連れてきてくれていいですよ。僕ものんちゃんの娘さん、会ってみたいですし。似てますか?」
「うん。なんか、母や姉が言うには、小さい頃の私そのまんまだって」
娘と一緒に外に出ると、「まあ、ママとそっくりねえ」ってよく言われる。旦那に悪いなあって思うくらい。顔のパーツ一つ一つも、輪郭も、髪質も私と同じ。
「性格は私よりしっかりしてるかも。ママ大好きっていつも言ってくれるの。
超、超、超、かわいいんだから」
ほら、と携帯の写真を見せれば、先生は画面を見て「おおー」と目をパチパチさせた。
「すごい。のんちゃんのミニチュアみたいです。可愛いですねえ」
先生が、かわいいかわいいを連発するので、娘のことなのになんだか恥ずかしい。
ハっと気づくと先生の顔がすぐそばにあって、私は慌てて身を引いた。
「のんちゃん? どうしました?」
「・・・あ、ううん。なにも」
なに焦ってんの、私。
私が持ってる携帯を見てたから先生の顔が近くにあっただけ。
「さて、のんちゃん。もう一つ事務作業をお願いしていいですか?」
リビングのテーブルの上のパソコンを操作して、今日来た患者さんの人数やお金を集計するのを教えてもらった。
簡単な作業だったのですぐに終わって、先生はネットショッピングのページを開いてどの炊飯器を買おうか検討し始めたので笑ってしまった。




