14 病院の受付嬢
そして次の日、どきどきしながら真新しいエプロンを付け、受付のカウンターに座った。
このエプロンは昨日先生が渡してくれた。もうエプロンが用意してあることに驚いていると、先生が「いやあ、実は・・」と笑いながら説明してくれた。
「のんちゃんに話をしてから、すぐに注文したんです。今はネットで何でも注文できてすごいですよね」
洗い替えにって四枚も渡されてビックリした。
「白いエプロンは、長く勤めればすぐに汚れてしまいますからね」
って言う先生。
そんなにすぐに汚れないでしょと呆れちゃうけど、そんな風に長い先のことまで考えてくれることは、うれしい。
病院の受付嬢、という初めての業務にドキドキしたけど、来る人来る人、みんな気さくないい人ばかりだった。
先生が言ってた通り、おじいちゃんおばあちゃんがほとんどで、どうやら皆さん、先生のことを息子のように可愛がってるご様子。
待合室に何人か集まったところで、先生は改めて私のことを紹介してくれた。
「今日からお手伝いしてくれる、のぞみさんです。
皆さんの方がベテランさんなので、困っていたら助けてあげてくださいね」
「よ、よろしくお願いします!」
こんな風に大勢の人に注目されるのなんて久しぶりで、緊張しまくってぺこりとお辞儀した。
「はい、よろしくね」「よかったのう、先生」「よろしく、のぞみちゃん」
あったかい笑顔で迎えてもらえてホッとする。
「ふふふ、先生もスミに置けないねえ」「どこで見つけてきたんだい?」
「可愛い子じゃないか」「いい子が来てくれてよかったねえ」なんて言われて、先生は「ええ。そうでしょう」なんて笑って交わしてる。
恥ずかしい。でも、うれしい。
受け付け作業は問題なく行うことができた。
先生ったら患者さんを椅子に座らせて待たせたまま、
「どうですか? なにか困ったことはないですか? のんちゃん」ってひょっこり受付カウンターに覗きに来るんだもの。
患者さんのおじさんに「先生、オレが困ってるっつーの。早く診とくれよぉ」
なんて言われてて、待合室のおばちゃん達と大笑いしてしまった。
患者の山口さんはもう何年来の常連さんらしい。
先生も慣れたもので、澄まして対応してる。
「ああ、スミマセン。山口さんはいつもお元気なので、多少風邪を引いてぐったりしても問題ないですよ」
「オイオイ、ひっでーなあ、先生。オレよりのぞみちゃんのが大事だってか?」
「そんなの、言うまでもありませんね。のんちゃんは僕の大事な大事な元教え子ですから。可愛いに決まってます」
きっぱりと言う先生に、待合室の噂好きのおばちゃん達が寄って来る。
「なあに、先生、教え子って?」
「僕は医者になる前は個人指導の塾講師をしていたんです。
のんちゃんはその時の僕の最後の教え子で、とっても優秀な自慢の生徒だったんですよ。一生懸命でいつもにこにこ明るくて」
先生が本人である私を目の前にベタ褒めしてくる。
「や、やめてよ、先生。ハズカシイ。高校生の時の話でしょ」
「いえいえ。人間の本質は変わりません。何年か振りにのんちゃんに会って、
しかも職を探してると聞いて、これはもう、うちに来てもらうしかないって思いました」
「うんうん、よかったねえ」
「今日はどこもかしこもピッカピカだもんね。のぞみちゃんのおかげだね」
「花なんて、先生じゃ絶対に置かないだろ。まったく、男はさあ」
「若いのに掃除が上手いんだねえ。エライわあ」
若いって。私、子どももいる主婦なんですけど。
着替える前に「衛生的にちょっと良くないので外して下さい」と言われたので結婚指輪は外している。元々、旦那はしてもいないし。
昔から童顔だって言われるけど、私、いったい何歳に見られてるんだろう。
「あの・・」
私がそう言おうとすると先生が口を開いた。
「さあ、診察を再開しましょうか。みなさんもお席に戻りましょうか」
はーい、とおばちゃん達もソファに戻った。
あまりプライベートなことはしゃべらないほうがいいのかな。
後でその辺りも聞いておこう。
山口さんが戻って来た先生に、
「先生。オレ、待ってる間に頭痛いの治っちゃったよ」
なんて言うもんだから、待合室のおばちゃん達みんな、大笑いした。




