13 楽しいお買い物
結局、旦那に相談すると、いいんじゃない?と軽く返事が返ってきたので、先生のところで働くことが決まった。
その「いいんじゃない?」はどういう意味?
「別にどうでも、いいんじゃない?」っていう意味に聞こえるよ。
そんな適当な言い方されると。
・・・きっとこの人は、私に対して、もう冷めてしまってる。
興味を失ってる。
娘という存在があるから、かろうじてこの家で笑って過ごしているってだけで、千沙がいなかったら、ここには戻ってこないだろう。
だって、この話をしようと思ってから、顔を合わせるのに何日かかったか。
毎晩毎晩、泊まってこないと終わらないような仕事って、どんなブラック企業に務めてるのよ、あなた。
・・・でも、本当に仕事が超忙しいのかもしれないし。
だとしたら、疑うのも悪いかな、なんて。
まだ、色々と信じたがってる自分もいて、それに気づいて少し驚く。
相変わらず旦那は私を見ようともしないし、スーツからはイイ匂いを漂わせて来るっていうのに。
ああー。ヤメタ止めた。
旦那のあれこれを考えてたってどうにもならない。
嫌な気持ちになるだけ。悲しくなるだけ。
やめよう。
先生のところで忙しく働いてれば、少しは気が紛れるってもんだよ。
そうだ、そうだ。そうしよう。
先生に電話をすると、先生は大喜びしてくれて、さっそく明日から行くことになった。
*****
仕事内容は、掃除と受付。それから簡単なパソコンでの情報の整理。
木曜は定休日だったので患者さんもいなくて、一通りの仕事を教えてもらった。
医療事務なんかやったことなかったけど、形式さえ教えてもらえば、以前やっていた事務とあまり違いがなかったのでなんとかできるようになった。
君は飲み込みが早いですね、と手放しに褒められて照れ臭い。
それから、残った時間で、すみからすみまで掃除をした。
掃除は好きだから徹底的に。特にトイレはピッカピカに。
必要な物はないかと聞かれたので、トイレの芳香剤や、マットを買い出しに先生と一緒にリブリブに行った。
待合室の出窓に花瓶を置きたいし、外の花壇も何もないから花を植えたいと言ったら、先生は目をまん丸にしてぽかんとしていた。
「どうしたの? 先生?」
「いやあ、僕はバリアフリーなどには気を遣っていましたけど、花を生けるとか、そういったことは全く、考えもしませんでした。素晴らしいですね。
是非とも、思うようにしてください。のんちゃんにすべてお任せします」
感心したようにそう言われた。
花を決める時も、花瓶を選ぶ時も、先生は何でも「うん、いいですね」なので当てにならない。適当に返事してるわけではなくて真剣に返事してるっぽいし。
なので、自分の趣味で揃えさせてもらった。美的感覚は並にはある。
確か、先生は美術の成績は十段階評価で二だったとか、言ってたような・・・。
何でこんなことまで覚えてるんだろう、私。
ぷぷっと笑えてきちゃう。
「どうしました? 楽しそうですね」
笑う私に気づいて先生が首をかしげた。
「うん、こんな楽しいお買い物久しぶりだなあって思ったの。
ね、先生。カレンダーも素敵なやつ、買っていい? 待合室にかけるやつ」
「はい、もちろんです。ついでに僕の椅子に座布団を買いたいと思っているので、のんちゃん、選んでもらえますか?」
「おっけー!」
ああ楽しい。
最近は日用品は事務的に足りなくなったものを補充する買い物ばかりだったので、こんな風にわくわくする買い物は久しぶりだった。
先生といるから、かな。




