11 お医者さん
二人で食後のコーヒーを飲む。
家で飲むコーヒーはいつもマグカップだから、こういうソーサとカップで飲むと余計に美味しく思える。
「本当に久しぶりですね、のんちゃん。
何年振りかな・・ああ、歳がバレるから年数を数えるのはよしましょうか」
「先生、私、先生の年齢知ってるから。今更だよ」
「ええ? おかしいな。僕、言いましたっけ」
「あんまり私がしつこく聞くから、他のコには内緒でこっそり教えてくれたの」
思い出すと笑っちゃう。
確か、先生の運勢占ってあげるから!とかなんとか言って、出生年月日を教えろって追いかけまわしたような・・。
「先生、お医者さんになったなんてすごい。また、先生って呼ばれてるんだね」
「ああ、本当ですね。大変だけど、やり甲斐がある職業ですよ。
まあ、もっとも、僕のとこはごくごく小さな医院ですからね。
患者さんもご近所のおじいちゃんおばあちゃんばかりですよ。難しい病気は大学病院に回しちゃいますしね」
「え? 個人病院? 先生、開業したの? すごい!」
「雇ってもらってたんですけど、院長先生が急に倒れてしまいまして。なんか、あれよあれよという間に院長になってたんです」
「へえええー・・」
そんなことがあるんだなあ。イチから開業するのって資金とか、色々大変そうだもんね。
「本当に小さな病院ですけどね。看護婦さんもいませんし。自分一人だから勝手気ままにやってます。毎日、雑用と事務作業に追われてますよ」
なんて、苦笑い。
私は想像した。
白衣を着て、聴診器を首から下げて、どうしましたか?って笑いかける先生。
あー、いいかもいいかも。かっこいい!
「先生、白衣似合うだろうなあ。見てみたーい」
思考がそのままポロリとこぼれた。
先生は眉間のとこに手をやって眼鏡を押し上げる動きをした。
あ、照れた仕草。
そして半分以上残ってたコーヒーをくいっと飲み干してソーサーに置くと、ガタンと立ち上がり流れるような動作で伝票を取った。
「見てみますか?」
「へ?」
わけがわからなくて返事が遅れた。
「娘さんが帰ってくるのは何時かな? もうちょっと時間いいですか?」
「送迎バスが来るのは四時だけど・・・」
「このすぐ近くなんです。よかったら、見に来てみませんか?」
みませんか、と言いながらも先生は会計を済ませ、もう決定と言わんばかりににっこり笑う。
「ほら、のんちゃん。行きましょう」
「う、うん」
私は昔から先生のこの笑顔に弱い。
問題を解いてヘトヘトで「もう勉強ヤダー」って駄々をこねてた時も、先生はにっこり笑って「じゃあこれで最後にしましょう。これが終わったら少しおしゃべりしましょうか」とか上手いこと言って、私のヤル気をすぐに沸き立たせちゃう。
あの頃ぐんと成績が上がったのも、先生に褒められたい一心だったもんなあ。
本当に。今から思うと不純だけど、当時の私には一番効果的だった。
先生はそういうのよく分かってる。私の扱いが上手かったんだよね。




