第97話 風は突如として嵐に
「ま、参りました……」
「やりました! お母様、お姉様、私の勝ちでございます!」
リバーシの結果に鵺は項垂れ、マリアーヌは嬉しそうにはしゃぐ。
侯爵領への道中、暇を持て余す侯爵夫人らを相手に始めた事だったが……鵺は負けに負けていた。
最初はリバーシをよく知っている鵺が勝っていた。
これは当然の結果ではあるが、目上に対する勝負としては不等でもある。
なので、どうやったら勝てるのか、どうして負けるのかをレクチャーし、その上で再戦をした。
結果……接待という意味ではなく、本当に負け続けたのだ。
「マリアーヌ様、さすがでございます。もう私では手も足も出ないようでございます。これは私を超える戦術の才をお持ちなのかもしれません」
「ありがとうございます! ねぇお姉様! お姉様もコレをお試しになりませんか? ……お姉様?」
ケリーヌはマリアーヌの呼び掛けに反応しない。
ジッと窓の外を眺め、心此処に在らずという感じである。
「お姉様……どうかされたのでしょうか?」
「……あっ! どうしたのマリアーヌ?」
「あの……」
すかさず、鵺が話の方向を変える。
「本日は天候に恵まれ、大変気持ちが良い日和でございますね。馬に任せ、ゆっくりと風を感じるには丁度良さそうでございます」
侯爵夫人も話に合わせる。
「鵺殿。そなたも乗馬をされるのですか?」
「お恥ずかしながら、乗馬には縁がないもので……。ただ、荷馬車の御者をした事はございます。馬に身を任せ、ゆっくりと風を感じるのは大変気持ちが良い物でございます。侯爵領には大規模な馬場があると伺っております。セリーヌ様は乗馬を嗜まれるのでしょうか?」
「乗馬は私の趣味ですわ。若い頃はそれこそ毎日していたものです」
「なるほど。道理でお美しいわけでございます」
「フフフ……。鵺殿はお口がうまいですわね」
話に興味が沸いたのか、ケリーヌが聞いてくる。
「鵺様。乗馬と美容は関連があるのでしょうか?」
「はい、ケリーヌ様。乗馬は「効率よく体を鍛えられる理想的な運動」と言われております。セリーヌ様のように、細くメリハリのある魅惑的な美しいお体を作るには最適なのです。馬と触れ合う事で適度な気分転換にもなりますし、心の穏やかさが肌艶にも良い影響を与えます。諸説では、体の発育にも良いと伺っております」
「なるほどでございます! 私も試したくなってまいりました!」
「フフフ。楽しみが増えて良かったです。ですが、今のままでも十分お美しいでございますよ」
「……ご謙遜が過ぎますわ」
鵺は場が和らいできたのを見計らうと、変わった提案をする。
「セリーヌ様。季節的に肌寒いかもしれませんが、少し風を感じてみるのは如何でしょうか?」
「……窓を開けるというのですね? 構いませんわ」
「いえ。窓ではありません」
鵺は内線を使って御者に注意を呼び掛けると、肘掛の蓋を開けスイッチを押す。
カチャン!
上の方から連結が外れる音がすると、ゆっくりと天井が開き始める。
天井は中央から前後に開くと、椅子の背凭れの後ろへと収納されていく。
窓は手動で開ける事になったが、オープンカーの要領で天井が全開となった。
全開となった馬車に風が流れ込む。
少し肌寒い風ではあるが、開放感溢れる気持ちよい風だ。
「気持ち良い風です……」
「はい。私もですお姉様」
「鵺殿! 全く鵺殿は驚かせるのがお好きのようですわね?」
「少し奇を衒い過ぎましたでしょうか?」
「……そうでもないですわ。型破りながらも納得出来る結果。あえて言うのなら……演出が強烈過ぎる点は省みるべきですわね?」
「ハ、ハハハハ……。注意致します……」
鵺のへこむ様に、皆の笑いが響く……。
◇
「そろそろですね……」
鵺たちは、野盗たちとの待ち合わせの地点に近づいていた。
一度コテンパに潰した相手とはいえ、何が起きるか分からない。
警戒感を高めた団員たちは手筈通り動き始める。
「主! 予定通り行動に移ります!」
「ああ。警戒は怠らないでくださいね」
「畏まりました!」
護衛の馬車は一台を残し、進行方向を変え移動を始めた。
「鵺殿? なぜ護衛を外されるのです?」
「念の為でございます。一箇所に固まっていれば一網打尽の可能性がございます。退路の確保や外敵の早期発見など、彼らには重要な任務を与えています。戦力を割く事で護衛は手薄になりますが、セリーヌ様方を危険に晒す事だけは絶対にありませんので、ご安心してください」
「……分かりました。お任せ致しましょう」
小さな村が見えてきた。
村には大きな広場があり、広場の中央付近には人々が立っていた。
だが……報告とは様子が違うようだ。
馬車は近くまで来て止まると、中から鵺とミイシャが降りてきた。
そして、そこに立つ男の一人に呼び掛ける。
「なぜ「その者たち」がいる?」
鵺の言う「その者たち」とは、年端もいかない子供たちだ。
恐らくは拉致した子供たちだろう。
ヴァルカンは拉致した子供をすべて返せと命じた。
期間が短かったとはいえ、ここにいる子供たちの数は多い。
ザッと数えるだけでも50人はいるようだ。
「ア、アンタは誰だ!?」
「私はヴァルカンの代理、鵺だ。約束では「すべての子供たちを親元に返す」。そう伝えられたはずだが……どういう事だ?」
「し、仕方ねえだろ! コイツらは親元が分からねえ! 返しても要らねえと言われた奴もいる! 放っておくわけにもいかねえだろ!」
「それはヴァルカンとの約束を反故にするという意味になるが……覚悟は出来ているのだろうな?」
「…………」
静かな緊張が走る……。
男たちは何も語らないが、覚悟を決めた表情である。
彼らには「逃げる」という選択肢があった。
ヴァルカンは力量差を十分過ぎる程示していた。
彼らが束になろうとも、狡猾な策を練ろうとも、絶対に太刀打ち出来ないと思わせる程に……。
だが、男たちは逃げなかった。
それが意味する所、覚悟は出来ているという事だろう……。
「再度確認する。覚悟は出来ているのだな?」
「し、仕方ねえだろ!」
「……三度同じ質問をさせるつもりなのか?」
「そ……そうじゃねえ! 無駄な足掻きだと分かってる! あの人の部下になれねえかと思って、覚悟を決めて待ってたんだ!」
「なるほど……。だが、そのためにも最低限約束は履行すべきだったな」
「くっ……。やれる事はやった! だが、時間があっても果たせる約束じゃねえだろが!」
「だから諦めたと言うのか?」
「そうじゃねえって言ってるだろが!」
話が先に進まぬ中、ミイシャが急報を伝える。
「鵺様!!」
「どうした?」
「北で……北で警戒任務に着いていた部隊が壊滅しました! 一瞬の出来事だったみたいです! ゆっくりここに向かっているようです!」
鵺はこの突然の急報に焦らなかった。
むしろ、危険が近付きつつある事に興奮しているようにも見える。
「何人だ?」
「詳細は不明です! 多くても一個小隊規模との事です!」
「なるほど……。気付かれないギリギリの位置で監視を継続。それと、回り込んで現場検証するよう指示を出してくれ」
「分かりました」
指示を終えると、鵺は再び男たちに視線を戻す。
「ここは間もなく戦場になる。死にたくなければどこぞへと逃げよ」
今度は子供たちに視線を移す。
「貴様たちは自由だ。生き残りたければ逃げよ」
鵺の言葉は、研ぎ澄まされたナイフのように鋭利な言葉だった。
それもそのはず。相手は尋常でない強さを持っていると推測されるからだ。
引き連れていた団員たちは、実践経験のある傭兵や熟練の暗殺者で構成されていた。
それだけでも十分な戦力ではあるが、鵺は独自の理論で彼らを鍛えていた。
にも関わらず、それだけの部隊が一瞬で壊滅してしまった……。
それはつまり、彼らの経験則に当てはまらない攻撃であり、鵺の推測を超える攻撃だった事になる。
単なる奇襲とは考えにくく、彼らが対応し辛い魔術が行使された可能性も見えてくる。
通常こういった不測の事態が起きた場合、撤退が鉄則である。
だが、判断するには情報が足らない。
撤退しても追い付かれる可能性があり、迎え撃つにも情報不足で対応策が打てない。
対応策を決めるにも情報が集まるまで時間が必要であり、その間に無関係な彼らを逃がそうとしたのだ。
「おい? どうするよ?」
「逃げるしかねえだろ!?」
「違う!」
一人の男が叫ぶ。
「俺たちは決めたじゃねえか! あの人に付いて行くってよ! 残っても死ぬ! 逃げてもろくな目に合わねえ! だったら、俺たちの覚悟を示すしかねえだろが!!」
熱く語る男に、鵺は冷徹な言葉を言い放つ。
「立派な心意気だが……邪魔だ! 消えろ!」
「ふざけやがるな!! アンタはあの人の何なのか知らねえが、俺たちの覚悟をアンタだけには否定されたくねえ! 狙われてるのはアンタらだろが! だったら消えるのはアンタらの方だろが!」
「……なるほど、最もな意見だな」
対する子供たちは男たちとは対照的だった。
自由の不自由さを身に染みて理解しているためか、誰一人として逃げ出そうとしない。
皆迫り来る恐怖に縮こまり、メソメソと泣いている。
監視部隊と現場検証に向かった部隊から報告が上がってきたようだ。
それをミイシャが整理し、情報を書き出した紙を渡してくる。
「鵺様! これは……」
「なるほど……。ついにここに現れたか……。ミイシャ! 迎撃の準備だ!」
「これはヴァルカンさんたちにも伝えた方がいいんじゃない?」
「……一応エル様には伝えよう。エル様は賢明な方だ。恐らく許可は下りないだろうが、事態を把握している事は重要だ」
「……分かりました」
鵺は再度男たちに向き合う。
「貴様たちは逃げろ」
「何度も言わせるな!! 失せるのはアンタらだ!!」
「勘違いするな。出会った瞬間に見境なく殺戮されるだけだぞ」
「う、うるせえ!! 何度も何度も……」
「自分の力量も分からず去勢を張るだけなら、ヴァルカンが許したとしても私は許さない。……言ってる意味は分かるな?」
男たちはやっと悟った。
だが、一度言い出した事は捻じ曲げられないという雰囲気である。
「危険は理解した。だが……一体どんな奴らが向かって来るって言うんだ?」
「噂くらいは聞いた事があるだろう……。伝説の狩人、赤槍だ!」
次回、水曜日2015/5/27/7時です。




