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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第96話 魔術の修行

 スゥゥゥ……ハァァァ……

 息を吸い……ゆっくり吐き出す……。

 そして、円を描くようにゆっくりと両腕を動かす……。


 エルの指示の元、ヴァルカンは「魔力操作の基礎」である瞑想をやっていた。

 体全体を使ったその瞑想はまるで太極拳を思わせる。

 

 大気中の魔力を掻き集めるような動作の後、水を掬うような形に手を開く。

 集まった魔力は手の上で収束し、赤い光を放つ小さな玉となった。


 それは≪フレイムバレット≫といった魔術ではない。

 言うなれば、ヴァルカンが本来持っている魔力を視覚化したような物である。

 だが、この修業は「視覚化ここ」で終わりではない。


 ヴァルカンは集中力を高める。

 そして、赤く光る玉を動かし始める。


 赤く光る玉は手から離れ、ゆっくりと上方へ昇っていく。

 顔を位置まで来ると今度は前方へと方向を変え、ゆっくりではあるが進み始める。

 ――がしかし、赤く光る玉は破裂するように消失してしまった……。



 ――ゴゴン!

 ヴァルカンの脳天にやたらと分厚い本が直撃した……。

 頭を抱え地面を転げまわるヴァルカンを見下ろしながら、エルは冷ややかに言う。


「やり直し」

「あークソッ!! 何度も何度も小突きやがって!! 頭の形が変わっちまったらどするんだ!? いいから止めやがれ!!」

「不出来な貴方が悪いのよ。少しは「あの子」を見習ったら?」


 エルは「あの子」へと視線を向ける。

 それは、スピネルだ。

 スピネルは池の中央で水面スレスレに浮遊し、空中で静かに瞑想していた。


 スピネルはゆっくりと腕を動かし、くうをなぞる。

 すると、スピネルを中心に水面に波紋が広がり、波紋は揺らぐ水面を鏡のような静かな水面へと変える。


 静かな水面にまた波紋が広がる。

 今度は水面に薄っすらと緑色の光が広がり、エメラルドグリーンに輝き始める。

 そして、輝く水面の一部が隆起すると水の玉のような物が形成され、スピネルの周りに漂うように浮遊し始めた。

 それを四つばかり作り上げると、スピネルは次の工程の修行を始める。


 一つは時計回り、もう一つは逆周り。

 残り二つは、斜め方向に回転させ始める。


 水の玉一つの操作だけでも、高い集中力と繊細な魔力操作が要求される工程だ。

 それが4つともなると、並外れた集中力と針の穴を狙うような繊細さが要求される事には容易に想像がつく。

 だがスピネルは……平然と、何食わぬ顔でそれを行っている。



 驚愕な才能を発揮するスピネルではあったが、彼女にしてみればいつもやっている事の延長線上でもあった。


 秘密の会話を外に漏らさないための、音遮断。

 臭気を遮断し、新鮮な空気を取り込む、気流操作。

 体を浮かせ、自在に空中を動き回る、浮遊術。

 攻撃魔法の射出音を低減させる、サイレンサー。

 狙い澄ました正確な射撃をする、ピンポイント射撃。


 これらはスピネルが得意としていた魔術ではあったが、実用的であると同時に、繊細で緻密な魔力操作が要求される。

 ゆえに、彼女にとってこの工程はそう難しい事ではなかったのだ。


「あの子は筋がいいわ。風の特性をよく理解してるし、繊細でありながらも効率的な魔力構築が行えているわ。次の段階もあの子ならやれそうね」

「お、俺だってやれるさ!」

「なら、証明なさい」

「お、おう……」


 ヴァルカンは再び瞑想に入った。

 そこに、ぬえが様子を見にやってきた。


「やってますねぇ。順調そうですか?」

「見ての通り」

「……ヴァルカンさんは難航してそうですね。でもまぁ……慣れですね!」

「また分かったような口ぶりね?」

「何と言うかですねぇ……。「魔法」は創造性が重要だと考えています。やりたい事を思い描く。そして、出来る事出来ない事を明確にしていく。その積み重ねが「魔術」へと昇華するのだと思っています」

「……根本的な質問だけど、「魔術」と「魔法」の区別はできてるのかしら?」

「自論にはなりますが、論理的で汎用性が高い物が「魔術」。非論理的でユニークスキル的な物を「魔法」と考えています。ヴァルカンさんの場合、詠唱を使うものの魔法に分類される使い方をしています。直感的に使っていた魔法を、論理的な魔術に置き換えるのは難しい事なのでしょうね」

「その通り。彼の場合、力任せで無駄が多い。威力重視の魔術を使えるようだけど、その程度で納得してるようでは落第ね。ヴァルガルスも嘆いているはずだわ」

「仮にヴァルガルスの力を100%……完全に扱えるようになると、どうなるのでしょうか?」


 エルはぬえの質問とは違った事を答える。


「貴方、時折言い直すけど、それ不要よ」

「……色々と見抜かれてますね。「異邦者」は私に限った事ではないのでしょうか?」

「異邦者は珍しいわ。でも、貴方に限った話ではないわね」

「やはりですか……」

「心当たりがあるのかしら?」

「ええ……。数ヶ月前になりますが、ビリアという野盗の頭から受け取った物証からそれを感じました。どうやら私の祖先と関わりがあるようでして……」


 エルはぬえの態度から踏み込むべき話でないと悟ると、別の話を切り出す。


「で、何か用があったのではなくて?」

「あ~……。侯爵夫人らの引渡し予定日が近いので相談に来ました。修行を優先されるのであれば、私が出向こうと考えていた所です」

「そうね。そうして頂戴」


 勝手に話が進んでいく事に、ヴァルカンが怒鳴る。


「待てよ!! それは俺がやる話だろ!!」

「ヴァルカンさんの言い分も分からなくもないですけど……。師匠の言い付けには従うべきでは?」

「ちょっと行って帰ってくるだけだぜ? 構わねえだろ師匠?」

「師弟を解消する?」

「ちょ、ちょっと待て!! たったそれだけの事でクビだってか!?」

「そう」

「決まりましたね。ヴァルカンさんはこのまま修行を続けてください」

「いや……だがよ……」

「辞める?」

「そうじゃねえよ!! 俺が言い付けた野盗どもの事もある。俺が行かねえと話がややこしくなるんじゃねえかって事だ」

「別にいつも通りじゃありません? 気に入らなきゃ潰すだけですよ」

「それは……そうだが……」

「じゃ、決まりですね」

「師匠~」


 声が上空から聞こえ、スピネルが池の上から移動してきた。


「師匠。私なら構わないでしょ?」

「同じ事を言わせるつもりかしら?」

「そうじゃないの。私だけが先の段階を学んでも効率が悪いでしょ? それにヴァルカンも嫌な気分になるだけだしね。ヴァルカンが私に追い付くまでは暇があるんじゃないかって話しよ」

「効率は悪いわ。でも、大差もないわ」

「師匠のイ~ケ~ズ~!」

「私に色目は無駄よ。それに中途半端はもっと無駄ね」

「ンモォー!」


 ぬえは有耶無耶になっていた話を再び問う。


「エル様。最終的に二人は何が出来るようになるのでしょうか?」

「そうね……。精霊を実体化できるわね」

「実体化!?」

「別に不思議な話でもないわ。見えないだけで精霊は実在する。それを視覚化するだけの話よ」

「あの……私の知る限り初耳です」

「無理もないわ。普通は見えないのだから」

「それはミイティアのような「特別な目」が必要という事でしょうか?」

「それも一手ね。でも、実体化する事が目的ではないわ」

「と言うと、それ自体も通過点という事でしょうか?」

「そう……ね……」


 エルの表情は暗い。

 恐らくだが、「精霊の実体化」には卓越した魔力操作だけでなく、膨大な魔力が必要なのだろう。

 複数の精霊を宿す事が一般的であるかは分からないが、エル様はヴァルガルスを始めとする複数の精霊を宿していた。

 「精霊の実体化」という物が修行の一環だとして、複数の精霊をたった一人で実体化するとなると相応の魔力が必要になる。

 そのため、大量の魔力を確保する方法として「魔欠を開く」という危険を冒した。結果、あの事故に繋がった……。

 そう考えれば、あの事故の責任がエル様にあるという事も頷ける……。


「「実体化」が通過点だとすると、その先には何があるのでしょうか?」

「……分からないわ」

「それは「究極的に」という意味ですよね?」

「貴方、本当に不思議な人……。憶測だけで、そこまで言い当てられる物なのかしら?」


 エルの驚愕の応えに、ぬえはニヤつく。


「お忘れですか? 俺の能力は「発想」がすべてなんです。どこまで想像を広げられるかで性能が変わる能力なんですよ?」

「そうだったわね……。精霊とは成長する生き物なの。階梯……貴方の言葉で言えば、「レベル」に該当するわ。高い階梯の精霊に成長すれば、それだけ高次元の魔術が扱える。魔術師の成長は精霊の成長に直結しているという事ね」

「と言う事は……今やっているのは、十階梯のヴァルガルスを十一階梯に引き上げる修行という事でしょうか?」

「少し違うわ。現時点でヴァルガルスが何階梯なのかまでは分からないの。私が彼に移した時点で階梯は引き下げていた。でなければ、精霊の力に抗えず絶命していたわ」

「予想でいいのですが、ヴァルガルスは現在何階梯なのでしょうか?」

「……五階梯って所ね」

「師匠。私のはいくつなのです?」


 スピネルが興味津々という感じで話に割り込んできた。


「貴女のウィンディールは七階梯ね」


 この答えに、スピネルは嬉しがりながらもヴァルカンの顔色を伺っている。

 だが、ぬえは「根本的な間違い」に気付いていた。


「エル様。ウィンディールの属性は「風ではない」ですよね?」

「はぁ……。本当に貴方には呆れるわ……。そう。この子の精霊の属性は「水」よ」

「み、水!? ……私……なんで風を操れるの?」

「ハッキリとは分からないわ。これは本来ありえない事なの。貴女に宿るウィンディールが融通を利かせたのか、はたまた変異したのか……」

「エル様。宿った精霊の正体を確認する方法はないのでしょうか?」

「方法の一つは実体化させる事ね。瞑想でも属性だけなら確認できるわ。でも……属性は緑。ウィンディールなら青が出るはずなのに……」


 ぬえは何かに疑問に思いながらも、スピネルに頼む。


「スピネルさん。ちょっと瞑想をやってもらえませんか?」

「いいけど……」


 スピネルは瞑想に入った。

 呼吸を整え、手元に魔力を集め始める。

 すると、手元に緑色の光の玉が出現した。


「何だろ……何か変に感じませんか?」

「どう見ても緑だぜ? 師匠の言う通り、風の属性の色じゃねえのか?」

「いえ……少し緑色が薄いようにも見えます。緑というより黄緑でしょうか? 確認ですけど、水の属性は青なんですよね?」

「そう。水なら青に発色するわ」

「具体的にどういった色なのでしょうか?」

「……貴方、何が言いたいの?」


 ぬえは会話の「食い違いの原因」に気付くと、準備を始める。

 用意したのは、絵の具だ。


 手始めに、青色と緑色の絵の具を混ぜ合わせる。

 色合いは少し黒み掛かった濃い緑色となり、スピネルの属性色とは違った色合いになる。


 続いて、青色に白色を足し、水色を作る。

 緑色にも白を足し、薄い緑色を作る。

 その二つの色を少しずつ足し合わせていくと……スピネルの属性色へと近付いてきた。


「仮説になりますが、スピネルさんに「二つ目の精霊」が宿っている可能性は考えられないでしょうか?」

「可能性はあるわね……。色の強さや濃さは精霊によって異なるわ。緑が強く出ているという事は、風の精霊の階梯が高く、ウィンディールの階梯が低いからかもしれないわね」


 エルは顎に手を当て考え耽り、経験もした事のない事態に興味津々という感じである。


「フフフ、面白くなってきましたね?」

「……おちょくってるのかしら?」

「いえいえ、他意はありません。育て甲斐のある弟子が出来て良かったじゃないですか」

「確かに興味ある事柄だけど……そのニヤケは止めなさい」

「失礼致しました(ニヒニヒ)」


 エルは何か言いたげに手をプルプルとさせていたが、すぐに気持ちを切り替えた。


「こうなったら……水の魔術の修行をするわ! さあ、始めるわよ!」

「……ちょ、ちょっと! ぬえが変な事言うから行けなくなったじゃない!」

「最初から許可は下りてませんけど……いいじゃないですか! 楽しい楽しい修行になりそうで! (ニヒ)」

「わ、わざとね!? こうなると分かってわざと仕組んだんでしょ!? どうなのぬえ!!」

「さぁ……どうでしょうかねぇ~(ニヒニヒ)」

「んもぉ!! この意地悪男め!!」


 スピネルはぬえに八つ当たりを始めた……。



 ◇



「――とまぁ、そんな訳で……」

「兄様……。いつもだけど、酷い顔よ?」


 ミイティアに指摘されるまでもなく、ぬえの顔は酷く晴れ上がっている。

 いつもはミイティアが原因となっているが……。その凄まじさはスピネルの怒りの表れという感じである。


「セリーヌ様。こういった事情がありまして、僭越ながら私めがお供させて頂きます」

「事情は把握致しました……。フ、フフフ……」


 侯爵夫人は堪え切れず、笑い出してしまった。

 隣に居たケリーヌ、マリアーヌも同様であり、警備に同行する団員たちからも笑い声が上がる。


「お見苦しい物を見せしてしまい、申し訳ございません……」

「構いませんわ。少し……フフ。私の想像していた人物とは掛け離れていたようでしたので」

「警備の方は万全でございます。予定通り途中で私用を済ませた後、侯爵領に向かう予定でございます」

「宜しいですわ。……ところで、例の件はご検討頂けたかしら?」

「勿論でございます。案件が片付き次第、最優先でご用意させて頂きます」

「それを聞けて安心しましたわ。さあ、参りましょう」


 侯爵夫人らを馬車に乗せると、一行は出発した。


次回は、水曜日2015/5/20/7時です。

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