第95話 大魔術師エルニフィール
「フ、フハハハハハハハハハハ!」
マサユキは腹を抱え、まるで少女を馬鹿にするかのように笑い続けている。
会話から察するに、「何かしらの推論をし終えただろう」事は、話の内容を全く知らないミイティアでさえ分かる。
だが、その推論に笑う要素はない。
「兄様? 笑う所なの?」
「フヒ……。いやー済まない。完全にKYだったね」
「ケーワイ?」
「「空気を読まない」を略した言葉さ。まっ、いつもの事だと思うけどね?」
「それはいつもの事かもしれないけど……ちゃんと説明して」
「それはいいけど……」
少女の顔を見ると……侮蔑の目を向けられていた。
赤い目はギラ付き、「下手な事を言えば許さない」という感じが伝わってくる。
「いい眼です。……でも、それが無意味だと分かっていらっしゃいますよね?」
「身の程知らずのようね? 私がその気になれば――」
「なれば、どうなのです?」
売り言葉に買い言葉。
戦端が切って落とされかねない挑発に、ミイティアは剣を構えようとした。
「警戒は解いていいよミイティア。この人は何もしないよ」
「兄様なぜ!? この人はこんなに敵意を剥き出してるのよ!?」
「うん。冷静になって部屋を見回してみて」
ミイティアは目を凝らし、部屋を注意深く観察し始めた。
「何か気付いた?」
「…………この部屋、変です! 魔力が微弱過ぎます!」
ミイティアの目はあらゆる物体に存在する魔力の流れ、魔力輻射を視認する事ができる。
注意して観察しなければ発動しない能力ではあるが、そのミイティアが「微弱な魔力しか視認できない状況」とは、「通常ありえない、普通ではない状況」と言い換えられる。
「石壁や床、詰まれた本やカンテラに至るまで、魔力輻射がほとんど確認できません! どういう事なの兄様!?」
「やっぱりか……。ミイティアの言葉で確信したよ。このお方は、俺に抗うだけの魔力を持ってない」
「外れね。なんならその推論、覆してあげるわ」
「その必要はありません」
「さっき見せた「銀貨」があるからかしら?」
「関係ありません」
「私を利用するつもりなのね?」
「質問の意味が分かりません」
さっぱり噛み合わない二人の会話にミイティアは首を傾げる。
「兄様? 何でこの人に会いに来たの?」
「グッジョブ、ミイティア! ナイスフォロー!」
「え? うん……うん?」
空気を読まない鵺の異質な反応に、ミイティアはたじろぐ。
「結局の所、俺がここに居るのは「そこ」に話が集約するんだ」
「言ってる事が無茶苦茶ね? 私が「帰れ」と言ったら座り込むし、私の過去を穿り返して彼を怒らせ、挙句挑発をしておいて「争う気はない」と言う。結局、貴方は私に何をさせたいと言うの?」
少女の言う事はもっともである。
だが、マサユキは首を傾げ、さも当たり前のように応える。
「世間話をしに着たに過ぎませんが?」
「…………なら、お帰りなさい。異邦の者は、他者を気遣う事すらできない野蛮人なのかしら?」
「やはり見抜かれてましたか……」
「しつこいわ!」
「なら一つだけ……。なぜ、私の腕を治癒されたのです?」
「……気まぐれね」
「その気まぐれが『貴方様の死を早める』と分かっていてもでしょうか?」
「…………さぁね」
「何分手探りなもので憶測めいた事しか申し上げられませんが……。貴方様は「魔力切れに因る死」を迎えるため、自ら望んで牢屋に居るのだと思います。ですが、それは逃げです」
「逃げ!? 貴方に私の何が分かるというの!?」
「尺度の問題でしょうね。多寡だか数十万の人々に被害を与えたという程度で死にたいだなんて……。貴方様は神でしょうか? それとも聖人でしょうか? 自分勝手過ぎで笑えてしまいます」
「それだけの事をして、私に罪がないとでも言うの!?」
「罪? 私はそんな「尺度の狭い」話はしていません。逆にお伺いしますが、貴方様は何人の命を救ったのでしょうか?」
「…………一人も居ないわ」
「ならば、貴方様は単なる『愚か者』です」
「……そうね、そうじゃないかしら! だから、さっさと帰りなさい!!」
少女は本を投げ、帰るよう捲くし立ててくる。
鵺はその行動に動じる事はなかったが、ゆっくりと立ち上がると部屋の外へと歩き始めた。
そして、部屋を出ると振り返る。
少女は荒く肩で息をしており、睨み付けるようにこちらを見ている。
「では、お待ち致しております」
そう言い残すと、鵺は出口へと歩き始めた。
◇
牢獄エリアの外に出ると、ミイティアが心配そうな顔を向けてくる。
「いつもの事だけど、兄様は無茶をされ過ぎです!」
「んーまぁ……そうだね。いつも心配ばかり掛けてごめんね」
「兄様はいーーーっつもそう言うけど、少しは心配する方の身にもなってください!」
「ごめんごめん。でも、これはサーヴェントさんから引き継いだ事でもあったからね」
「そんな理由で無茶しやがったのか? 馬鹿を通り越してやがるぜ」
「褒め言葉として受け取っておきますね。それよりミイティア。お茶の準備をしてくれないかな?」
「……こんな場所で?」
ミイティアが驚くのも仕方ない。
ここは外とはいえ、牢獄エリアの出入り口の前である。
飾り気も何もない通路であり、ゆっくりとお茶を飲めるような雰囲気ではないからだ。
「アイツが出てくるって言うのか?」
ヴァルカンは、「鵺が少女に最後に呼び掛けた言葉」からそう推測した。
だが、少女は頑なに出る事を嫌がり、鵺に馬鹿にするかのように罵られた。
普通に考えれば、再び鵺に会いたいとは思わないはずだからだ。
「出て来るかは分かりません。ただ、「あそこ」より外には出てこない気がするんですよ」
マサユキが指差す先は、牢獄エリアの出入り口にある大きな鉄の門辺り。
門は開け放たれているが、なぜ「そこから外に出れない」のかが分からない。
「気まぐれであそこまで出て来たとしても、すぐに戻ってしまうと思うんですよね。なんたって、気まぐれですから」
「読みとしては納得できるが……妙に説得力あるな? 兄ちゃんも経験があるってか?」
「まぁ、俺も似通った生活をしてましたからね。何と言うか……「自分が特別でありたい」という願望が強かったと言うべきでしょうか」
「今は特別だろ?」
「んー……。これは皮肉にはなりますが、特別である必要なかったように感じます。「やりたい事に挑戦し、自分らしく生きる」。当時の俺には「それ」が特別な事のように思えていたんですよ」
「ふむ……。んーまぁ、俺も他人の事は言えねえわな」
「サーヴェントさんのそんな律儀な所、俺は好きですよ」
「止しやがれ! 俺はそんな趣味は持ってねえよ!」
「テレちゃって! ホント、可愛い人ですよね~!」
「よ、寄るなバカ野郎!」
「二人して楽しそうですね?」
声を掛けてきたのはミイティアだ。
笑みを浮かべているが……目が据わっている。
マサユキとサーヴェントはその笑みに言い知れぬ怖さを感じ取ると、急いで椅子と机の用意をすべく駆け出した。
◇
「……というのが裏技でしてね。これがまた神掛かった確率とタイミングを要求されるんですよ」
三人でテーブルを囲み、お茶を飲みながら昔話に花を咲かせていた。
すると、ミイティアが何かに気付いた。
「に、兄様……」
ミイティアの視線の先に目線を合わせると……少女がいた。
少女は牢獄エリアの鉄門の影に隠れ、静かにこちらの様子を伺いっていた。
「おっ! いらっしゃいましたね! ようこそ夜の茶会に」
「……べ、別に! 貴方を探しに出て来た訳じゃないわ! 外が騒がしいから様子を見に着ただけよ!」
「構いません構いません! ささ、こちらにお掛けになってください」
少女はマサユキの誘いに素直に従った。
ミイティアが用意してくれたお茶を一口飲むと、いつものツンとした表情を向けてくる。
「何の話をしていた訳?」
「私の現世……前世と言うべきでしょうか? まぁ昔話です。貴方様が仰っていた「異邦者」というキーワードをミイティアに追求されてしまいまして、そこから延々と昔話をしていただけです」
「興味深い話ね。私にも聞く権利はあるのかしら?」
「貴方様が「真実」をお話頂ければ、対価に見合うだけの要求には応じさせて頂きます」
「貴方に都合のいい交渉内容にも聞こえるわね?」
「……言われてみればそうですね。でも、「私の命を代償に」と言うのはお受けできません」
「やっぱりズルい人」
「それは褒め言葉として受け取らせて頂きます。ですが、「私一人の命」だった場合です」
マサユキはミイティアを見詰める。
「私ともう一人。そうでなければお受けできないという意味です」
「……全く呆れるわ。よくもまぁ平然と言えるものね?」
「それはどういう意味でしょう?」
「分かってるくせに……。貴方も大変ね?」
その言葉はミイティアに向けられた言葉だったようだが、ミイティアは少し首を傾げるだけで嬉しそうにしている。
「失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「……エルニフィール。長いからエルでいいわ」
「ではエル様。まずハッキリさせておきますが、私はエル様を利用しようとは考えていません。魔術の卓越者として意見をお伺いしたいだけです」
「……何を聞きたいと言うの?」
「サーヴェントさんらの魔力使用に伴う『代償』についてです」
鵺の言葉は鬼気迫る物だった。
「魔力切れ」に因る死亡は、魔術使用における代表的な代償である。
長い訓練で魔力量の調節を行えるようにするのが通常であり、サーヴェントらは例外に当たる。
先の戦闘で使われた≪マグナムバレット≫のように大量の魔力を使う魔術は、それだけ大きな代償が要求される。
だからこそ≪マグナムバレット≫の使用に焦り、無茶な事をしてでもエルからの助言を得る努力を続けていたのだ。
「随分と広義的な質問ね? ……結論から言えば、問題にしなくても大丈夫」
「どの程度まで大丈夫なのでしょうか?」
「疑り深い人……」
「まったく代償がないと言うのは考えにくいからです。私なりに色々研究して参りましたが、魔術に関しては手詰まりなのが現状です。ですので、是非ともご教授頂きたいのです」
「なるほどね……。それで私を篭絡しようとしてたのね?」
「何度も申し上げますが、私はそのような事は致しません。ただ、サーヴェントさんらに不幸になって欲しくないだけです。そのためなら命を賭しても構わないと思っているのです」
「……愚直なまでに真っ直ぐな人。だけど、嘘は平然と付くのね?」
エルの赤い瞳は、ミイティアへと向けられている。
それは、鵺の謀りを見抜いているという証でもある。
それを悟った鵺はミイティアに顔を向けた。
「ミイティア……ごめん」
「兄様。私はそんなに頼りないですか?」
「そうじゃないんだ……」
「どうせ「もう一人」という話は嘘で、私でも姉様でもないんでしょ?」
「…………ごめん」
「もぉ! 兄様の事だからそんな事だろうとは思ってたけど! いい兄様? 私が邪魔なら置いていって! でも、連れて行くと決めたのなら、どこまでも一緒! 分かった!?」
「…………」
鵺は答えられずに黙り込んだ。
「貴方は逃げるの? そんな貴方が私に何を言えるのかしら?」
「いえ、逃げるつもりは……。ただ、この話には見返りという代償が必要です。代償に命が掛かるのであれば、誰かではなく自身を差し出すべきだと考えています」
「待てよ! 譲ちゃんは「大丈夫」って言うし、もう俺を心配する必要はねえじゃねえか!」
「ですが!」
「ねえ? いいかしら?」
エルは静かに熱くなった二人を見詰める。
「私が「無理」と言ったのをお忘れかしら?」
「……それは「場所が条件に適さない」からではないのですか?」
「そうね。場所は重要よ。それに条件がいくつも要求されるわ」
「どこなら出来るのでしょうか?」
「それは難しい相談ね。ほとんど運任せような物だからね」
「では、「魔欠を開く」というのは「偶発的に起きる現象」を指す言葉であって、そこに到着した頃には「魔力の暴走が起きていた」という事でしょうか?」
「…………」
「では、サーヴェントさんらを救って下さったのはエル様なのですね?」
「私は私の出来る事をしただけ」
「では、サーヴェントさんらの代償は何なのですか?」
「…………」
エルは肝心な事には答えようとせず、沈黙した。
「では、話の方向性を変えましょうか」
鵺はそう言い、お茶を一口飲むと話を切り出した。
「エル様に一つお願いがあります。ここにいるヴァルカンさんの監督役をお願いできませんでしょうか?」
「彼は嫌がってるようだけど?」
「監督役というのは方便です。ヴァルカンさんたちの魔術を見てあげて欲しいのです」
「師になれと?」
「はい。独学で学ぶにも限度があります。無茶をすれば破綻も在り得るでしょう。でも、それは「大丈夫」という話の破綻にも繋がります。失った物は帰って来ません。ですが、育て育む事で残せる物は多いと思います。是非、お引き受け頂けないでしょうか?」
「…………嫌よ」
エルは立ち上がり、牢獄エリアへと足を向けた。
それ見て、鵺は必死に食い下がる。
「お願いです! 俺の都合ばかり押し付けてしまっていますが、サーヴェントさんたちを見捨てないでください!」
鵺は額を地面に擦り付けるように土下座し、何度も願いを告げる。
だが、エルはひたすら無視を続ける。
「俺からも頼む!!」
隣を見ると、ヴァルカンも土下座をしていた。
「俺はずっとアンタが仇だと思ってきた! それにアンタには酷い事ばかりしてきた! 無作法な奴でもある! だが、アンタは俺の恩人だ! 俺たちはすべてを失ったが、それでも感謝している! 頼む!! どうか俺たちの師になってくれ!!」
ヴァルカンの必死の訴えにエルは足を止めた。
「私は……魔女よ?」
「構わねえ!」
「自らの欲求のために、貴方の村を消した罪人よ?」
「構わねえ!!」
「……一つ聞くわ」
「言ってくれ!」
「私のために貴方の命、くれる?」
「構わねえ!! 持ってけ!!」
ヴァルカンの叫びに鵺は慌てて声上げる。
「私のも使ってください! ヴァルカンさん一人に、すべてを押し付けるつもりはありません!」
ミイティアも声を上げた。
「私も! 私も兄様と一緒です! お願いします!」
三人が頭を下げ、必死に食い下がる様にエルは……
「やっぱり止めるわ」
「なぜだ!? 俺の命があれば足りる話なんだろ!?」
「貴方たちって……暑苦しい程に幸せな人たちね」
「だから俺の命を――」
「はぁぁ……少し黙りなさい!」
エルはヴァルカンの元に来ると、肩に手を当てる。
すると、ヴァルカンが苦しむように暴れ出した。
「ウッ……ウグアアァァァァァアアア!!」
ヴァルカンは、体の内側で暴れる何かを抑えこむように苦しんでいる。
そして、ヴァルカンの体から強烈な光が放たれ始める!
光は無形で、赤く激しく輝く。
ヴァルカンの使う炎ではないようだ。
言うなれば、≪フレイムバレット≫を放つ際、一瞬だけ見える魔力の塊というべきだろう。
赤い光はエルの手元に収束させていく。
手元で赤から白に変わり、腕から体へと光が流体していく……。
白い光がエルの体を満たし、流れが落ち着くと……
長く伸びた白い髪は少し赤みがかった色に変化し、赤い目はルビーの如く透明感のある生き生きとした色合いとなっていく……。
エルは自身の髪を手に取り、色の変化に嘆いた。
「やっぱり赤くなったわね……」
「エル様? 今……何をされたのです?」
「言ったまま。魔力をこの子から少し頂いたの。量は上出来だけど、力は荒過ぎて扱いにくいわね」
「で、では! お話をお受け頂けるのですね!?」
エルはそっぽを向くように答える。
「勘違いしない事ね? 気まぐれで少し付き合ってあげるだけ。貴方たちが私の興味の対象でなくなれば話は終わりよ」
「それで結構です。……ところで、ヴァルカンさんは大丈夫なのでしょうか?」
ヴァルカンは気を失って倒れていた。
大量の魔力を強引に吸い上げられたからだと思われる。
「大丈夫。この子に宿る精霊は並じゃないからね」
「やはり「精霊の加護」は存在するのですね?」
「そう。この子には十階梯「ヴァルガルス」が宿っているわ。名前までもヴァルカンって、皮肉にしては出来過ぎね?」
「じゅ、十階梯? 確か、全部で十三階梯でしたよね? そんな上位の精霊を宿らせる事が可能なのですか?」
鵺の質問に、エルは鵺の額をちょこんと押す。
「また、質問責めなのかしら? それにその程度で驚いてる辺り、貴方はやっぱり無知ね」
「し、仕方ない話です! 興味があっても実在すら疑う領域の話です!」
鵺はヴァルカンを背負うと、エルに目線を向ける。
「さあ、行きましょうか!」
画して、エルはヴァルカンらの師匠となった。
次回、水曜日2015/5/13/7時です。




