第94話 過去との繋がり
突然鵺から飛び出したのは……意味深な言葉だった。
「失礼だと思いましたが、お二人の事を調べました」
「どういう事だ? なぜ俺と……いや! なぜ、俺の事まで調べてやがる!?」
「言葉足らずでしたね。単なる推論です。調べた結果の点と点を繋いだだけです」
間髪入れず少女に話を向ける。
「私は真実を解き明かしたいのです。邪推かもしれませんが、お聞き頂けませんでしょうか?」
「……お話しなさい」
「では……。10年前、この国に大規模な魔獣襲来という事件が起きました。魔獣は暴れ回り、いくつもの村や町が地図から消えていきました。その一つに、エルキドと言う小さな村があります。その村に三人の子供がいました――」
「やめ……」
ヴァルカンの声が低く小さく響く……。
「ある日、三人は魔法を使えるようになりました。一人は炎。一人は風。一人は土。しかし――」
「止めろ!!」
ヴァルカンは大きく叫び、鵺に向かって魔力を込めた手を向ける。
見る間に≪フレイムバレット≫が形成されていくが……鵺はそれに動じる事無く話を続ける。
「その反動で三人は――」
呼び掛けを無視しされ、ヴァルカンは怒り任せに≪フレイムバレット≫を……
――ジャラッ!
金属音がし、何かがヴァルカンに向けて投げられた。
すると、一瞬にして≪フレイムバレット≫は消失する……。
投げられたソレは、≪レジスト≫の能力が込められた銀貨。
先の実験で確認したように、一定以上の魔力を放出する対象に当たれば「魔力の拡散」という能力が発動する。
しかも、≪フレイムバレット≫40発以上の魔力量を掻き消す能力である。
ヴァルカンの≪フレイムバレット≫はそれによって消失したのだ。
「ヴァルカン! いや、サーヴェントさん! 納得しないのなら≪マグナムバレット≫を使ってください! 俺にはそれを止められませんから!」
「考えて物を言いやがれ!! 俺が撃たねえとでも思ってやがるのか!?」
「覚悟の上です! それでも、サーヴェントさんには最後まで聞いて頂きたい話なんです!」
ヴァルカンはしばらく「その言葉」と葛藤したが……強引に衝動を押さえ込み、その場に座り込んだ。
「お騒がせしてすみません」
「回りくどいのはいいわ。結論を話しなさい」
「壮大なストーリーに仕上げたかったんですが……まぁいいです。結論は、「事故」です」
「オマエ……いい加減にしやがれ……。「あれ」をどう事故だと言うんだ!!」
「事故ですよ事故。誰にでも起こり得る事故です」
「馬鹿言いやがるな!! 俺のせいで……俺たちのせいで……村は消えたんだぞ!!」
「いえ。「魔力の暴走」に因る天災です。火事と何ら変わりません」
ヴァルカンは鵺の胸倉を掴むと、仮面越しにも分かる険悪な顔を近づける。
「いい加減にしやがれ!! お前は俺たちの理解者だと思っていたが……とんだ見当違いだった!!」
「何度も言いますが、「事故」です。むしろ、事故程度で済んで良かったんですよ」
「…………あれが事故程度だと?」
「ええ。「魔獣の大群が押し寄せた」とか「突然村が消えた」という話をよく聞きますが、あれは「魔力の暴走」に因る物が多いんですよ」
「…………ちょっと待て……そりゃ……」
ヴァルカンの掴み掛かりが緩み、腕を解くと話を続ける。
「変だなって思ってたんですよ。なぜ、魔術師が少ないのかなと」
「…………随分話がブッ飛びやがるな……。俺たちみたいなのは例外だが、修行しねえと身に付かねえからだろ?」
「それは間違いではありません。ただ、食べ物や飲み物、大気中にも魔力は存在します。膨大な魔力を保有するサーヴェントさんが「たった一晩」で全快出来る程の魔力量が存在する環境下で、条件が違えど魔術を使える者が極端に少ない。……これ、変だと思いませんか?」
「それ言うとよ、兄ちゃんも変じゃねえか? 兄ちゃんの使える魔力は俺とは比較にすらならねえ程少ねえ。だが、回復に掛かる時間はそう変わらねえ。大気中に大量の魔力があるって言うなら、回復に掛かる時間も短縮されてねえと成立しねえ話だろ?」
「はい。そこは矛盾します。ですが、前提として「魔力が扱えるのなら」です」
「兄ちゃんよ……。回りくどい話は止めようぜ? 俺もそうだが、譲ちゃんもうんざりって顔だぜ?」
少女の顔を見るが……無表情で分かりにくい。
ともかく、ヴァルカンが話を聞く姿勢になった。
「ここからは妄想とも言える推論ですが……」
「いいから言え!」
「は、はい! ……魔術を使うには、「精霊の加護」が必要なのだと思います」
「……せ、精霊?」
「仮に精霊が存在し、「精霊の種類」によって魔力の強弱が変わるのなら、魔力量の違いにも説明が付きます。属性の違いや固有の特性にも説明が付きます。そして、大き過ぎる力を受け入れてしまえば「魔力の暴走」にも繋がる。仮に魔力の特異点のような物が存在し、一定周期毎に大量の魔力が開放されるとしたら……偶発的に「魔力の暴走」が起こる事もある。つまり、地震や山火事なんかと同じで、誰にでも起き得る事故みたいな物って事なんです」
「詭弁だ! 在りもしない話で誤魔化しやがるな!」
――パタン。
本を閉じる音が牢屋に響く……。
「貴方の推論だけど……外れね」
少女は静かに顔を向け、そう答えた。
「そうですか……。なら、また調べてきます」
「懲りない子ね? ……まるで「坊や」みたい」
彼女が言う「坊や」とは……誰の事だろうか?
彼女は「始祖」と呼ばれる存在でありながら、幼さを感じられる程若々しい姿をしている。
「不老不死」の存在と言ってしまえば少しは納得するが、現実にそれ実在するのは……いささか疑問でもある。
だが、魔術に対する高い知識と落ち着き払った雰囲気からは、それを納得せざる得ない。
となると、彼女の言う「坊や」とは、年齢は関係なく、一目置く者という事だろうか……。
「まさかですが…………リンツ様の事を仰っているのでしょうか?」
「あら? 知ってたのね」
「…………驚きました。監房への入出記録にリンツ様の名がありまして、適当に言い当てただけでしたが、そうでしたか……」
「なら、私ではなく坊やに聞けば済む話ではなくて?」
「お恥ずかしながら、リンツ様とは敵対関係にありまして……」
「ふーん……」
隣に居たヴァルカンは、先の見えない会話に苛立ちの声を上げる。
「結局、お前は何が言いてえんだ!? コイツは関係ねえって言ってるじゃねえか!?」
「関係はあるわ」
少女はアッサリと答えたが、鵺もヴァルカンも少女の言葉の意味を理解できず沈黙した……。
「貴方の推論は的外れではないけど、「推論止まり」という意味で、外れ」
「じゃあ、アレは事故だったとでも言うのか!?」
「その表現が適切かは、貴方次第ね。……ただ、貴方が被害者である事には変わりないわ」
「……さっぱり話が見えねえ! 兄ちゃんも兄ちゃんだが、二人して俺をおちょくってるのか? 分かるように話しやがれ!!」
「私は儀式で魔力の泉、「魔欠」を開いた。そこに貴方たちが巻き込まれた。私が「魔欠」を制御できず、貴方たちは魔力に当てられ魔人化してしまった。……結果はお分かりの通りね?」
「つまり……それは……」
ヴァルカンの手に魔力が込められていく。
それを見た鵺は、炎を宿すヴァルカンの手を抑えた。
手は炎に焼かれ、火耐性のない篭手が真っ赤に熱せられていく……。
「ば、馬鹿野郎!!」
ヴァルカンは慌てて炎を止めたが、鵺はその手を離さない。
手は炎で焼け爛れている。
熱せられた篭手が容赦なく腕を焼き、黒煙を上げ、嫌な匂いが漂ってくる。
ヴァルカンは高熱を放つ鵺の篭手を強引に剥がすと、水で濡らした布で患部を冷やし始めた。
鵺は強烈な痛みに脂汗を掻きながらも、必死に手当をするヴァルカンに声を掛ける。
「サーヴェントさん……落ち着いてください……」
「黙ってろ!! 今はそれどころじゃねえ!!」
「この方は……本当の事を話していません」
「だから黙ってろ!!」
「俺はあなたの友人として――」
「うるせえ!!」
少女は立ち上がると、華奢な体を押し付けるようにヴァルカンを押し退けた。
そして、塗れた布に手を当てる。
すると……手に青い光が宿り、塗れた布が凍り始めた……。
「貴方の体の構成原理までは分からないけど、これで少しは痛みが和らぐはずよ」
「何度もお見苦しい物を――」
「お黙りなさい!」
少女にも一括され、鵺は黙り込んだ……。
◇
しばらくすると、腕の痛みは和らいできた。
水を冷却する魔術と、治癒の魔術を同時進行で行っていたようである。
治療に一区切り付いたのか、少女は再び元居た場所に座り込んだ。
「貴方……なぜ彼を止めたの?」
「貴方様が「憎むべき相手ではない」からです」
「私が犯人で、彼が被害者。十分な理由じゃなくて?」
「なら――」
鵺は途中で言葉を飲み込んだ。
「貴方の行動は、まるで死を望むもの。であれば、なぜ自ら実行しないのでしょうか?」 そう言おうとしたからだ。
これまで鵺は、「先手を取る事」に重点を置き、「弱点を突く事」で相手をねじ伏せてきた。
だがそれは「手段を選ぶ余裕が無かった」からであり、自身の弱さを補うための苦肉の策でもあった。
しかし……それは冷酷で卑劣極まりない手段。
相手がどうなろうと、自身がどうなろうと構わないとでも言うような「諸刃の言葉」だ。
つい話に乗せられ、心無い言葉を口に出そうとしてしまったが……「事故の原因が彼女ではない」と鵺は思っている。
彼女が牢屋に居たがる理由も、ヴァルカンを煽る言動にも、何か深い自責の念のような物が感じられるからだ。
鵺は彼女の「不可解な行動」の調査していた。
手始めに収監記録を調べたが、「大罪を犯した罪」としか記されておらず詳細までは不明だった。
看守に聞いても分からなかった。
そこで、収監された時期に起きた事件や事故を一つ一つ調べ、更には伯爵閣下と懇意にしている商人たちにも協力を仰ぎ、食料品などの売買交渉のついでに情報を集めさせていた。
結果、複数の類似事件が浮かび上がり、「魔力の暴走」という結論に行き着いたのだ。
そこまでは確証のある推論ではあったのだが……彼女とサーヴェントたちの関係は根拠の無い邪推であり、「一種のブラフ」として切り出したに過ぎない。
だが、その邪推が思わぬ形で的中してしまった……。
これ以上の問答は、彼女を追い込む以外の結論は見出せず、サーヴェントとの仲にも亀裂を作ってしまう。
相手を傷付けず、納得のいく答えを見出すためには……。
静かに考えを巡らせた後……鵺は覚悟を決めた。
「一つ提案があります。お聞き頂けないでしょうか?」
「覚悟を決めた眼ね……。彼のため?」
「いえ。私のためです」
「ふ~ん……。貴方の中には「破滅」という魔物が潜んでいるようね?」
「よく言われます。ですが、私の疑念を証明するには必要な事だと思っています」
「つまり……「魔欠を開け」と言うのね?」
「はい」
――ドカッ!
ヴァルカンが突然鵺を殴り付けた。
「オマエ分かって言ってやがるのか!? 俺がソレを許す訳ねえだろが!!」
ヴァルカンは何度も殴り付ける。
鵺の顔は見る間に晴れ上がり、血を垂れ流す。
だが、何度殴り付けられようとも鵺は抵抗しなかった……。
「はぁはぁはぁ……。とにかく……止めてくれ……。頼む……」
「……駄目です」
「何故だ!? なぜそこまでして……「力」が欲しいってのか!?」
「違います」
「じゃあ何だってんだ!?」
鵺は起き上がろうともがく。
だが、体が思うように動かず、寝そべったまま話を続ける事にした。
「もし、話の通り「魔欠」を開く事で「魔力の暴走」が起きるのであれば、このお方の証言を証明する事ができます。それに、被験者は俺だけでいいです。被害の少ない場所でやればいいだけの話です」
「馬鹿言いやがるな!! オマエが居なくなったら……「計画」はどうするんだ!?」
「「計画」は俺が居なくても進行可能です。交渉相手は恐らくリンツ様になると思いますが、優位に交渉は進められると思います」
「なら、ミイティアちゃんにはどう説明するんだ!?」
「……ミイティアなら分かってくれると信じています」
「この分からず屋が!!」
ヴァルカンが再び拳を振り下ろそうとした時、少女はボソリと言う。
「若いっていいわね。それから外にいる子。その子が「ミイティアちゃん」なのかしら?」
牢屋の外、廊下側を見ると……ミイティアが居た。
ミイティアは静かだった。
ミイティアはゆっくり牢屋に入ってくると、鵺の傍らに腰を落す。
「兄様、私も一緒に行きます」
「……話を聞いてたの?」
「今着たばかりで何も……。でも、連れて行ってくれますよね?」
「……確実に死ぬ。いや、殺されると思うけど……いいの?」
「はい」
ミイティアの応えに、鵺はミイティアの手を握り無言で応えた。
ミイティアもその意味を理解すると、腕を引き、鵺が起き上がるのを手伝う。
鵺は起き上がると、ヴァルカンと向き合う。
「サーヴェントさん。もしもの時は……頼みます」
ヴァルカンは何も言い返さない。
さっきまでの荒れ狂いようが嘘であるかのように静かだ……。
ヴァルカンは察していた。
鵺の言葉の意味と、その決意の固さを。
言い出したら聞かない奴であり、仲間のためなら平然と無茶を行う。
それがどんなに困難な事だろうと、例え命を失う危険があろうとも……。
時折、的外れな馬鹿をするのが玉に瑕ではあるが、性格も生き方も境遇さえも違う鵺に、自分と近しい物を感じていた。
そして、その真っ直ぐな生き方に憧れていた。
だからこそ、鵺を止めようと必死ではあったのだが……。
ヴァルカンは牢屋の外に出ると葉巻を取り出し、ゆっくりと煙を漂わせ始めた。
鵺はその姿を少し眺めると、ゆっくりと頭を下げる。
体を戻し、再び少女に目線を向けた。
「儀式は場所はここでも可能でしょうか?」
「出来ないわ」
「必要な物があるのでしょうか? それとも場所が問題だった――」
「あのねー」
少女は少し不貞腐れるように答える。
「出来ない物は出来ないの! お分かり?」
「では、サーヴェントさんたちが魔人化したのは「故意ではない」のですね?」
「…………」
少女はただジッと床を見詰めるだけで、その真意を答えようとしない。
だが、的外れな問い掛けに押し黙っている訳ではないようだ。
ここまでの話を総合すれば……
何かの目的のために「魔欠」を開き、結果「魔力の暴走」という事故を引き起こした。
「魔力の暴走」はサーヴェントさんたちを魔人化させ、「魔獣の襲来」という未曾有の危機の原因にも発展してしまった。
それが故意であろうとなかろうと、大きな被害を出してしまった事実は拭い去れない。
その結果に自責の念を募らせているのなら、「大罪を犯した罪」という自供にも納得がいく。
納得できるだけの推論結果を得られた鵺は……突然笑い出した。
次回、水曜日2015/5/6/7時です。