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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第91話 逆転、逆転。更に逆転

「ちょこまかと逃げやがって! よし! 連れて帰るぞ!」


 婦人とマリアーヌは追っ手に捕まっていた。

 必死に抗うが、屈強な男たちに押さえ付けられ身動き一つ取れない。

 マリアーヌに至っては抵抗すらできず、グッタリとしてしまっている。


 「もう駄目なのか」と思った時、草木を掻き分け2人の者が現れた。

 黒いマントを羽織ったヴァルカンと、黒いローブを纏ったスピネルである。


「悪いが、ソイツは俺たちの獲物だぜ?」

「はぁ? たった二人で何言ってやがる!? おいオマエら! この分からず屋をノシちまえ!」


 男の号令により戦闘が始まった。

 だが……男の威勢とは真逆の、静かな戦闘開始となった。


 号令で男たちが一斉に動き出したのは分かった。

 人数もそれなりに多いのも分かる。

 だが、姿が全く見えない。


 月灯りさえ差し込まない暗い森の中という事もあるが、巧みに闇に溶け込み姿を隠している。

 まるで、すべてが見えているかのように暗い森の中を動き回り、確実に距離を詰めてくる。

 時折木や草を揺さぶり、音を使った撹乱攻撃も仕掛けてくる。


 恐らくは、その道の玄人プロ

 場数と森を知り尽くした強者たちであると分かる。


 断片的な情報から、数的にも地理的にも不利な状況だと分かる……のだが、ヴァルカンとスピネルは余裕綽々といった笑みを浮かべている。


「いくぜ!」


 ヴァルカンの一声が響くと、体全体が炎の塊のように燃え上がった。

 炎は全身を覆おうように燃えており、溶鉱炉に近づいた時のようなピリピリとした熱が伝わってくる。

 そして炎は、暗闇に紛れていた男たちの姿をも露わにしていく。


「15、16……。16人だ! 打ち漏らすな!!」

「18よ! しっかり見なさい!」


 返事をしたのはスピネルではあるが、声は頭上から聞こえてくる。

 スピネルは浮遊術の詠唱を終え、既に木々の上空に待機していた。

 男たちの人数と位置を把握すると、空から魔法を打ち込み始める。


 男たちの後手必勝の構えが崩され、一瞬で形勢は逆転した……はずなのだが、男たちの士気は下がらない。

 それどころか、馬鹿にするかのような顔をしている。 


 その理由はすぐに分かった。

 婦人らを取り押さえていた男たちが「巻物」を取り出し、詠唱を始める。


「我と血の契約せし魔獣よ! 我が前に現れ出でよ!」


 詠唱を終えると、男たちの足元に赤い魔方陣が複数浮かび上がる。

 そして、魔方陣の中央に赤黒いマグマ溜りのような物が出来ると……何かが飛び出してきた!


 それは、狼型の魔獣。

 ただ、毛並みは赤く、全身に炎を纏っている。

 口からは煙のように炎を吐き出し、体格は異様に大きい。

 一目見て、通常とは違った炎系統の魔獣だと分かる。


「へっ! アンタが火の魔術師だとしても、コイツらの炎に勝てるか? おいオメェら!! コイツの相手は俺らが殺る!! もう片方を殺れ!!」


 逆転の逆転。

 再び窮地に落とされたにも関わらず、ヴァルカンは余裕である。


「へぇ? 珍しい巻物だな? いい土産ができそうだぜ」

「トチ狂いやがったか? 奴を食い殺せ!!」


 炎の魔獣らは命令を受けると、ヴァルカンに向かって一斉に飛び掛かった。

 俊敏な動きを見せる魔獣らはヴァルカンの炎に全く怖気ずかない。

 そして、一匹の炎の魔獣がヴァルカンの腕に噛み付いた。


 噛まれたのは篭手。

 頑丈なはずの篭手がギリギリと音を立て、噛み付きの強さが尋常でないと分かる。

 更に、噛み付いたまま時々口から炎を噴き、鎧ごと燃やし尽くそうともしてくる。


 男たちの切り札に状況は逆転してしまったのだが、ヴァルカンは落ち着いていた。

 魔獣らの攻撃を巧みにしのぎながら、一気に炎の火力を上げる。


「おい犬コロよ。俺の炎とお前の炎、どっちが上か勝負しようぜ」


 炎の魔獣は剥き出しの殺意だけを向けてくるだけだ。

 火力を上げたヴァルカンの炎にも、平気という顔をしている。


 ヴァルカンは更に魔力を込め、炎の火力を上げた。

 炎は勢いを増し、近くの枯葉や木々に燃え広がり始める。

 だが、一向に怯む様子を見せない炎の魔獣らに、ヴァルカンはもう一段階火力を上げる。


「ふむ……。なかなかいい勝負だが、これ以上は山火事になっちまうな」


 ヴァルカンは噛まれていない方の腕を炎の魔獣に向けると、詠唱を始めた。


形状シクリィ弾丸クゥスン 能力イエティネ爆炎パタマアレヴ…………」

「ヘッ! 火の魔術なんて効くかよ!」

「フフ……。さぁ、どうだろうな?」


 ヴァルカンは更に詠唱を続ける。


状態デブレッツ圧縮スキスティルマ


 3段階目の詠唱で炎が凝縮を始め、ソフトボール大の炎の弾が次第に小さくなっていく……。

 十分魔力が凝縮されると、ヴァルカンは叫んだ。


「≪マグナムバレット≫!!」


 ≪マグナムバレット≫が放たれると、弾は炎の魔獣を簡単に貫通した。

 貫通した弾はその先にいた魔獣をも貫通し、更には地面を大きく抉るように大爆発を起こした。

 爆風で炎の魔獣を召還していた男たちは吹き飛ばされ、進行方向にいた男たちは一瞬で消し炭となる。


「うわっちちち……」


 炎の魔獣を召還していた一人の男が熱さに悲鳴を上げている。

 だが、それはヴァルカンの炎に因る物ではなく、巻物が燃える火で負った物のようだ。

 そして巻物が燃えた為か、炎の魔獣が息絶えたためか、すべての炎の魔獣は消えた……。


 ヴァルカンは生き残った男たちの元に行くと、顔を近付ける。

 そして、クンクンと何かを嗅ぐ仕草をする。


「おい? 何か匂うぜ?」

「な、何がだ!?」

「何って、小物匂がプンプンしやがるぜ?」

「うるせえ! オマエに言われたくねえ!」


 ヴァルカンは男の顔に手を向けると、ドスを利かせた低い声で語り掛ける。


「なあ? ……もう一発いっとくか?」

「……よ、止してくれ! 女たちはアンタらにやる! だ、だから見逃してくれ!」

「ちっ! ……スピネル!! もう終わったか!?」


 ヴァルカンは空に向かって叫ぶと、スピネルが上空から降りてきた。


「とっくによ! というか……コレどうするの? 早く消し止めないと山火事になるわよ?」

「んー…………。とりあえず、燃えてる木は切り倒してくれ。団員総動員で消し止めるぞ」

「んもー! だから、火加減には注意してって、いつも言ってるのに!」


 スピネルは団員の元に向い、ヴァルカンは婦人たちの元に行く。


「マダム。怪我はないか?」

「い、いえ……」

「すまないな。怖い思いをさせちまったようだ」

「む、娘は? ケリーヌは無事なのですね!?」

「無事だぜ。にしても、いい娘さんに育てたな? あれは将来いい嫁になるぜ」

「ラーミリア家として当然の振る舞いですわ」

「そうか……って、おい!? そっちの娘さんの様子が変だぞ!?」


 ヴァルカンに言われてマリアーヌを見てみると、マリアーヌはグッタリと倒れていた。

 マリアーヌは荒く息をし、何か痛みに耐えているようだ。


「ちょっと診せてみろ! ……って、今は駄目だ。鎧の熱で火傷しちまう」

「医者は? 医者はいないのですか!?」

「多少の治療は団員も心得ている。すまねえが、娘さんを馬車まで連れてってくれ」


 婦人はマリアーヌを抱き抱えると、急いで馬車に向かって行った。

 ヴァルカンは静かに振り返ると、降参した男たちの前で仁王立ちする。


「おい、オマエ等!」

「は、はい!」

「俺は神でもねえし、国家の犬でもねえ! だから、お前らを裁く気はねえ!」

「み、見逃してくれるんでありますか?」

「見逃すか馬鹿!! どうせ同じ事を繰り返すだけだろ!? それなら殺すだけだ!!」

「そ、それって……裁いているのと同じでは……」

「あん?」

「い、いえ!! もうしません! ですから見逃してください!」

「そうだなぁ……」


 ヴァルカンは腕を組み少し考えを巡らせると、提案する。


「オマエ等にやってもらいたい事がある」

「……なんでございましょうか?」

「火の始末をしろ。火の勢いは強いが全力でやればまだ間に合う。それから……連れ出した女子供を元に戻せ! 人身売買なんてクソな商売は、すでに調べが付いてる!! 10日以内に終わらせろ!!」

「と、10日!? いくらなんでも――」

「俺は気が短い……。やるのかやらねえのか、どっちだ!?」

「や、やります!」

「じゃあ、また出向くからよ。全員ガン首揃えて待ってろや。居ない奴は……分かってるな?」

「へ、へえぇ!」

「じゃあ、さっさと掛かりやがれ!!」


 男たちは蜘蛛の子を散らすように走り出し、火の始末を始めた。



 ◇



 婦人が馬車の元に辿り着き、団員にマリアーヌの症状を診てもらっている。


「娘は、マリアーヌは助かりますか!?」

「……これはマズいです。高熱だけでなく、全身に発疹が出ています。下痢の症状もありますし……。何か変な物を口にされてはいませんでしょうか?」

「途中で出会った行商の者……。いえ、不貞の輩から食料を分けて頂いたのですが、それに何かが入っていたのかもしれませんわ」

「これはかなり特徴的な症状です。あなた方も食されたのであれば、同様の症状が出ても変ではないのですが……」


 婦人は心当たりを考えるが……なかなか思い当たらない。

 ケリーヌが声を上げる。


「お母様! もしかして、この小瓶ではありませんか?」

「小瓶……あっ!」

「見せてください」


 団員は小瓶を受け取り、観察を始める。

 小瓶には擦れた文字で何かが書かれているが、読み取る事はできない。

 匂いを嗅いでみるが、特に変わった匂いもしない。


「何かが残っていた可能性はありますが……これだけでは判断が付きません」

「水が原因という事はありませんでしょうか?」

「下痢の症状はそれが原因だと考えられます。溜池などの水は一見綺麗に見えても、雑菌などで汚れています。ろ過し、煮沸しないと下痢を催す事があります」

「それかもしれません! マリアーヌは水場でたくさん水を飲んでいました! それに、この小瓶の水も……」

「いつ口にされたのですか?」

「今日の昼ごろです」

「となると……既に体内に吸収され、全身に毒素が回っていると考えられます。小瓶に残っていた毒素、もしくは飲んだ水が原因で高熱と発疹が出ているのでしょう。とにかく、すぐに処置しなければ命に関わります!」


 野盗たちに指示を終え、馬車に戻ってきたヴァルカンが騒ぎを聞き付けやってきた。


「状況はどうだ?」

「非常にマズいです。高熱に発疹、下痢の症状も見られます。ここでは十分な処置はできません」

「持って何日だ?」

「……二日。いえ、半日かもしれません!」

「そうか……」


 婦人はヴァルカンにすがり付く。


「どうか! どうか娘だけはお救いください! 私はどうなっても構いません!」

「私からもお願いします! どうかマリアーヌをお救いください!」

「……絶対助かるなんて甘い方法でもないが……構わないか?」

「構いません! 代償が必要と仰るなら、私をお使いください!」

「私でも構いません! どうか、どうかお救いください!」

「……分かった。何度も言うが、絶対助かる保障はないからな」


 ヴァルカンはスピネルを呼ぶと、急いで空高く飛んでもらう。

 そして、本部との通信を始めた。

 しばらくし地面に降りてくると、状況を伝える。


「話は取り付けたわ。受け入れ準備をしておくって」

「分かった。じゃ、俺が連れて行くわ」


 ヴァルカンは婦人たちに説明する。


「今から娘さんを本部まで連れて行く。本部では医者たちが準備を進めているそうだ」

「ほ、本当なのですか!?」

「手は尽くすさ。それと、しばらく目を閉じていてくれないか?」

「目を? ……何のために?」

「鎧を脱ぐのさ。娘さんを抱えて移動するにも熱を帯びた鎧は邪魔だからな。俺の正体を隠すためにも必要な事だ」

「……分かりました。お願い致します」


 婦人は承諾したが、ケリーヌは食い下がる。


「私も付いて行って構いませんでしょうか?」


 ケリーヌの目からは、妹を思う必死さが伝わってくる。

 その願いを聞き入れるにはリスクが伴うのだが……ヴァルカンは一言だけ確認を取る。


「危険だぜ?」

「構いません! 妹に付いていてあげたいのです!」

「なら、俺の顔は見るな。約束できるか?」

「はい! お約束致します!」

「……分かった」


 婦人らが目を閉じると、ヴァルカンは鎧を脱ぎ始めた。

 そして、馬車から大きな板状の物を取り出すと、覆っていた布を取り外す。


 そこから現れたのは、飛行型のボード。

 マサユキと共に開発し、魔力を使って空を飛ぶ道具である。


 ヴァルカンはマリアーヌを抱き抱えると、ボードに乗る。

 そして、目を閉じたケリーヌを背中に抱き付かせた。


「おっ! なかなかデカイな?」

「何の事でしょうか?」

「…………いや、聞き流してくれ。それよりしっかり掴っていろ! 落ちたら死ぬぞ!」

「落ちる?」


 魔力を込めると、ボードは静かに浮遊を始めた。

 そして、一気に飛び出す!


 ケリーヌは振り落とされまいと必死にヴァルカンにしがみ付いていたが、体験した事のない浮遊感に目を開けた。

 そして、自らの置かれた状況に目を丸くする。


 ヴァルカンはボードを足で器用に操り、空を高速で飛行していた。

 世界が一転し、眼下には民家の灯かりが点在しているのが見え、雲が近くを通り過ぎていく。

 空を見上げると、満天の星空が視界に飛び込んでき、まるで鳥になったような気分である。


「す、すごいです!! まるで鳥になったようです!!」

「だろ!? 最高に気持ちいいだろ!?」

「はい!!」

「これなら1時間掛からずに本部に着くぜ! 辛いかもしれねえが、しっかり掴まってろよ!」

「はい!」


 上昇を終え、雲の上まで来ると……吹き付ける風が緩やかになった。

 そして、吹き付けていた風が少しだけ暖かくなったようにも感じられる。


 上空の大気は地上と異なり、真冬のように寒い。

 病に苦しむマリアーヌには耐えられない寒さであり、背中に捕まるケリーヌも寒さに凍えていた。

 だからヴァルカンは、スピネルの風魔法を込めた腕輪を使い、進行方向から吹き付ける風を切り裂いて、少しでも寒さを和らげられるよう配慮をしていた。


「あなた様は……本当にすごいお方です」

「……何の話か分からないが、それは違うぜ? すごいのはアンタだ」

「私がですか?」

「ああ! 家族を守るため、決死の覚悟で俺たちに立ち向かった。だから、その覚悟に俺も応えてやりたいって思っただけだ」

「私には力はありませんが……大切な家族のためなら命だって投げ出します。当たり前の事なのです」

「当たり前か……。貴族って奴は、面倒くせえな?」

「はい! とっても面倒くさいです!」

「フフフ……気に入ったぜ! アンタ、名は何と言った?」

「ケリーヌ。ケリーヌ・ラーミリアです。あなた様は?」

「俺はヴァルカンだ」

「ヴァルカン……。ヴァルカン様!」

「なんだ?」

「あの……その……」

「どうした!? 聞こえねえぞ!?」

「い、妹が、マリアーヌが元気になったら……もう一度、私を連れて空を飛んで頂けませんか?」

「構わねえぜ! だが、俺に惚れたら火傷するからな!」

「フフフ。(火傷もいいかもしれません)」

「えっ!? なんだって!?」

「いいえー! 何でもありませーん!」


 一時の飛行が終わり本部に到着すると、医療班にマリアーヌを預けた。

 すぐに治療が始められ、数時間後にはマリアーヌは危機を脱した。


次回、水曜日2015/4/15/7:00です。


2015/4/9/3:40

再チェックで少し表現を修正しました。

タイトルも大幅カットで意味不明になってしまったので、それも修正しました。

とはいえ、毎度の事ながらセンスのないタイトルで申し訳ないです。。。

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