第87話 交差する思い
ガシャン! プシッー! ガシャン! プシッー!
けたたましい機械音と、蒸気が噴き出す音が地下に響く……。
ここは地下室。
伯爵領のある場所に建てられた地下アジトだ。
広い空洞のような地下室ではあるが、機械や物が所狭しと並べられ、隣接した小部屋では幾人もの者が金色の鉄板に向かって報告と指示を飛ばしている。
「第16支部より入電。小麦相場12ポイント上昇。酒相場4ポイント上昇」
「そのまま買いを続けろ」
「第2支部からも入電です。小麦15ポイント上昇。酒、塩は3ポイント上昇です。追加融資の要請が出ています」
「第6支部の資金を充当しろ。今は徹底して買いだ」
「第10支部より倍額の小麦購入の申請あり。どう対応されますか?」
「6倍なら売ってやれ。現状の相場事情を知らぬ馬鹿には、実行部隊で対処せよ」
「ハッ!」
連絡員たちに指示を飛ばす男は、腹を弛ませた巨漢の男だ。
重い体をソファーに預け、テーブルに置かれた高級ワインをグラスに注ぐと一気に呷る。
そして、おもむろに懐から葉巻を取り出すと、端を切り落とし咥える。
巨漢の男は、キョロキョロと何かを探し始めた。
そこに「指」が差し出される。
巨漢の男は葉巻に指を当て、差し出された指に葉巻の先を近付けると……
ボッ! と音がし、葉巻に火が付いた。
指を差し出した男も、自分で咥える葉巻に火を付ける。
「ふー……。順調そうだな? 伯爵」
「貴様も相変わらずだな? サーヴェント」
「今は「ヴァルカン」だ」
「ヴァルカンか……。鍛冶の神ウルカヌスから取った名か?」
「よく知ってるな? 意外だぜ」
「このくらい常識だ。貴様の言葉で言えば、ワシを舐めてるな? フフ……」
「……一本取られたぜ! フフフ……」
二人は薄気味悪く笑い合う……。
そこに、黒いローブを着た者が来た。
「ヴァルカン! あなたも少しは働きなさいよ!」
「スピネルは野暮だなぁ。少しくらいゆっくりさせやがれってんだ」
「ヴァルカンも尻に敷かれるようになったか! ブハハハハ!」
「コイツと俺がか? ……馬鹿言うんじゃねえよ! 俺は世界中の美女という美女を抱く男だぜ?」
「あのねー……。男の付き合いだか何だか知らないけど、そろそろ出掛けるわよ」
「悪りぃな伯爵。仕事だ」
「第7支部の荒事だな? うまくやるんだな」
「なーに、貴族共が相手だろうと、妻子を拉致すれば済む話さ。俺としてはドッカンと、一発で終わらせてやりたいんだがなぁ」
「貴様らしいな。だが、出来る限り手傷は負わせるな。交渉がややこしくなる」
「分かってるさ。じゃあな」
ヴァルカンとスピネルと入れ替わりに、鵺が入ってきた。
「伯爵。万事順調そうだな?」
「……フゥーー」
伯爵は葉巻の煙を漂わせるだけで、返事をしようとしない。
伯爵にとって鵺は、すべてを奪った相手だからだ。
だが、心境は少し違った。
今の生活に不満はない。むしろ、遣り甲斐さえ感じていた。
唯一つの弊害と言えば、伯爵の「プライド」である。
金も地位も権力も持っていた伯爵だったが、満たされない日常だった。
口を開けば、「金」。
人付き合いにも、「金」。
コネにも、「金」。
伯爵の存在価値を「金蔓」としか見ない、そんな生活に飽きていたのだ。
それを鵺は、か細い糸のような方法で覆した。
すべてが罠。
足掻けば足掻く程に嵌まり込む、アリ地獄のような罠だった……。
地の底に引き摺り下ろされ、あとは死を待つだけという時……
天からではなく、地中深くから響いた悪魔の囁き。
その悪魔の甘言に乗ってしまえば、悲惨な運命が待ち構えていると思っていた……。
だが、開けてみれば違った。
決して華やかではないが、やり甲斐を感じられる世界。
仕事に没頭しながらも、自由がある世界。
そして、命令や制約で拘束されなくとも、ただ一つの目的のために連帯する集団。
それらは伯爵が追い求めた世界の一つではあったが、協力するに至る理由ではなかった。
鵺は返事をしようとしない伯爵に、現状報告をする。
「着工が始まった。再来月にも開催できる手筈だ」
「フフ……ブハハハハ! ついに来るか!! イノシシ狩りが!!」
「主との約束だからな」
「何を馬鹿な? 貴様がここの主ではないか?」
「私は貴様の上司でないのと同様に、ここの者たちも部下ではない」
「能書きはいい!! ワシは生き死にを賭けた闘技を見てみたいのだ! それ以外に興味ない!」
「私も貴様の野望には興味が無い。闘技場設立後は貴様に委任する。好きにするが良い」
「そうはいかんぞ鵺! 貴様だけ逃げるというのか?」
「私は闘技場の運営権に興味がないと言っているだけだ。それに、私も闘技に参加するからな」
「貴様がか? 何を馬鹿な!? ワシの権限で特等席を用意させるぞ? 貴様も共に観戦しようぞ!」
「……何か勘違いしてるな?」
「何がだ?」
「金を払えば安全に観覧できる闘技場ではない。『観戦者自身も命懸けの闘技』だ」
「なっ……何を馬鹿な!? そんな物、闘技場ではないぞ!?」
鵺はソファーに座り、葉巻を咥え火を付ける。
「フゥー……ゲハッ! ゴホゴホ!」
「慣れぬ事をするな。威厳が台無しだぞ?」
「紙巻タバコとは違うようだな……」
「紙巻? それは知らぬが、葉巻の煙を肺まで入れると死ぬぞ」
「……まぁいい。観覧者が命懸けになるのは「闘技が激し過ぎる」からだ。貴様も知っているヴァルカンのような者が訪れれば、観覧席も無事では済まない。ゆえに命懸けなのだ」
「なるほどな……。奴の手加減抜きの魔法では、観覧席は焼け焦げだろうな」
「対策はいくらか施すが、それでも絶対安全とは言えない。つまり、観覧者には金以外に、自らの命の危険も要求する」
「規則はどうする? 賭け試合というのも手だが?」
「そこは一任する。だが、「死が絶対の負け」というのは無しだ」
「それは不公平がないか? 観覧者は命懸けだというのに、闘技者が生き残れるというのはの?」
「防護壁を無くそうか?」
「そう来るか……」
「やるのは闘技であって、殺し合いではない。闘技者が強ければ死者も出るだろうが、承知の上での結果だ。だが、主催としてそれを容認してはならない。それに、行く行くは表に出る興行だ。裏闘技場ではない」
「表? まさか……」
「分かるか? さすがは伯爵閣下だ」
「だが……それを成すには大義名分が必要だぞ?」
「フフフ……それは既に下準備を済ませてある。あとひと月もすれば分かる」
鵺は葉巻の煙を中に漂わせると、次の話を切り出す。
「リグルドも良くやってるようだな?」
「「あんな物」が仕事になるとは想像に及ばなかったが……ワシは親として失格かもしれん」
「失格かどうかは別だが、需要があるなら立派な仕事だ」
「だが……奴隷調教に才があると言うのは……普通の感覚では異常だぞ?」
「異常なのは、「奴隷という制度を許容する世界」だ。だが、奴隷制があろうと無かろうと、人は人を辱める。奴隷となった者も同様だ。奴隷となったのは自身の愚考の結果であり、それを戒める制度だと考えれば決して悪い制度ではない。むしろ、戒めるべきは奴隷に引き込もうとする愚者と、奴隷を人として見ない民衆の心構えだろう」
「では、鈴蘭の者はどう説明する? 貴様が救ったのだろ?」
「救った? それはないな。奴らは私と契約し「自由を勝ち取った者たち」だ。努力し技能を獲得する気概もない者に、手を差し伸べるつもりは毛頭ない」
「鵺。貴様矛盾しておるぞ? 貴様は世界をひっくり返せる力を持ち、そのために動いている。だが、貴様は『世界を変える気がない』と言う。やってる事があべこべではないか」
鵺は、またゆっくりと葉巻の煙を漂わせる。
「フゥー……。伯爵は「混沌」という言葉をご存知か?」
「正と負が入り混じった状態を示す言葉だな」
「「世界は混沌に……」と聞くと酷く荒れ果てた世界を想像すると思うが、現実は表も裏も混沌だ。表を統べる貴族は「我に正義あり」と叫び、汚職を特権だと言い張り平然と行う。裏に暗躍する者は汚れ仕事をしながらも、自らを「悪」だと名乗る者は少ない。立場が違うだけで表も裏もない。ならば、表と裏の違い、正義を正義足らしめる根拠はなんだ?」
「……悪の存在だ。悪が居るから……まさか、貴様がそれをやると言うのか!?」
「さぁ……どうだろうな」
鵺は葉巻の火を始末し、立ち上がった。
「さて……世界を混沌に染めようか」
◇
所変わって、輸送車の襲撃地点に向かっているガルアの乗る荷馬車。
「隊長! まもなく報告にあった襲撃予想地点に到着します!」
「分かった! 皆警戒しろ! 近くに野盗が身を潜めてるかもしれん! 注意するのだ!」
ミゼル隊長の掛け声で、馬車に乗った兵士たちの顔付きが変わった。
そして、現場に到着すると班ごとに分かれ捜索を始める。
間もなくして襲撃された荷馬車は見つかった。
現場は森を切り開いた細い道だった。
奇襲を掛けるには、打ってつけの立地と言える。
しかし、焼け焦げた荷馬車は見付かったものの、護衛してた兵士たちの死体が見つからない。
「どういう事だ? 魔獣に死体を荒らされたにしては痕跡が無さ過ぎだ」
「拉致された可能性はないのでしょうか?」
痕跡を調べていたガルアが反論する。
「いや……血の痕はしっかり残っている。これは致死量の出血だ。無事とは思えないな」
ガルアは配慮無い言葉であった事に気付き、ミゼル隊長の様子を伺う。
ミゼル隊長は……今にも泣き出しそうな顔をしていた。
しかし、必死に指揮を取っている。
そこに森を捜索していた兵士から連絡が入った。
「隊長! 不信な痕跡を発見しました!」
「どこだ!?」
急いで現場に駆け付けると、こんもりと土を盛られた墓がいくつも並んでいた。
墓石に大きめの石が乗せられ、小さな花が添えられている。
簡素ではあるが、丁寧に作られている。
「数は……護衛していた人数と一致するな……。仏の確認をせよ!」
「止めなされ!」
突然、森の奥から声が聞こえ、しばらくするとローブを着込んだ者たちが現れた。
皆、白にローブに青い刺繍の入ったローブを着込んでいる。
どうやら教団の修道士のようだ。
「墓荒らしとは、人のする所業ではありませんぞ!」
「失礼致しました。私はこの兵団を率いるミゼルと申します。少々お尋ねしたいのですが……」
修道士の男は指を指す。
「この者たちは兵士のようでした。我らが丁重に弔って差し上げました。荷馬車の物は盗まれた後だったようですが、残った物と落ちていた物はそこの木箱に納めてあります」
兵士が木箱を改めると、中には武器や防具が収められていた。
僅かに残った物資なども一緒に収められ、修道士の言っている事が真実のようだ。
「この墓に……女はいたか? 数人は乗り込んでいたはずだ!」
「いえ。すべて男性の兵士でした。お力になれず、申し訳ございません」
「いや……いいのだ。よし! 捜索を続けるぞ!」
その時ガルアは……森の奥から異様な雰囲気を感じていた。
「ミゼル隊長! 捜索は中止だ!」
「ガルア殿? どうしたと言うのです? 早く娘を探さねば」
「いや……森の奥に魔獣がいる可能性がある。どうも……見られてる感じだ」
「分かりました。修道士の方々を近くの村までお送りしましょう。警戒を緩めず後退だ!」
「いや待て!!」
ガルアは後退する先からも嫌な雰囲気を感じていた。
「囲まれていやがる……。ミゼル隊長! 修道士たちを中心にして、密集隊形でゆっくり後退だ!」
修道士たちはゆっくり隊列の中心に向かい始める。
その時ガルアは、修道士の一人がニヤついたのを見逃さなかった。
「オルド! ゲルト! パターンD!!」
ガルアの掛け声で、ガルア、オルド、ゲルトが一斉に修道士に襲い掛かった。
血飛沫が上がり、修道士が倒れる……。
呆気に取られたミゼル隊長が止めに掛かろうとした瞬間――
ザクッ!
ミゼル隊長の背中に負ぶさるように、一人の修道士がナイフを突き立てた。
「なっ……なぜ……」
「コイツら全員、野盗だ!!」
意識が修道士たちに扮した野盗に向かった瞬間、兵士たちの背中を狙うように矢の雨が降り注ぐ。
虚を突かれ、打ち込まれた矢でバタバタと兵士たちが倒れていく……。
内と外の両面から攻撃を受け、兵士たちは完全にパニックに陥っている。
「フォーマンセル!! 密集隊形で防御陣形を組め!! オルド、ゲルト!! 俺たちはコイツらの処理と、退路を切り開くぞ!!」
「おう!」
「はい!」
ガルアの指示で兵士たちは四人一組で陣形を組み、前後左右から襲い来る矢の雨を防ぐ。
中央は、矢の雨が降り注ぐ中での死闘となった。
ガルアたちは矢傷を負いながらも、必死に応戦する。
ゲルトが野盗の一人にトドメを刺し、次の標的に向かおうとした時――
ガルアは叫ぶ!
「ゲルト!! 離れろ!!」
――ドッガーン!!
隊中央に火柱が上がり、モウモウと煙が立ち込めた……。
野盗の一人が自爆したのだ。
爆風に煽られ、近くにいた兵士たちにも被害が出た。
ゲルトは……間一髪で爆発を回避していたが、倒れている……。
「オルドオォォォ!!」
ゲルトの声が戦場に響く。
ゲルトはボウガンに武器を持ち変えると、森に潜む野盗に向かって矢を放ち始める。
「中央の野盗は片付いた!! 隊列変更!! 密集隊形で負傷者を運ぶぞ!!」
その時……
森の奥に潜んでいた、全身に火傷痕のある野盗がブツブツと呟く……。
「チッ! アイツ邪魔だな……。形状矢。能力遅延爆発……」
魔力が炎の矢を形成し始めた。
ガルアは叫ぶ!
「全員走れ!! ここは――」
炎の矢は、ガルアの右腕を貫いた!
その矢を見たガルアは……すぐに「それが何か」を察知する。
それは、あの裁判で『マサユキの胸を貫いた矢』。
それを思い出したガルアは、隊とは逆方向に走り出す。
「ガルアさん!!」
「気にするな!! お前らは引け!!」
ガルアは手を焼きながらも、炎の矢を強引に引き抜き、森の奥へと投げる。
それと同時に、炎の矢は大爆発を起こした。
爆発に巻き込まれ森に潜む野盗が何人か倒れたが、まだ野盗の数は多い。
炎の矢は再びガルアを襲う。
高速で飛来する矢と炎の矢を剣でなぎ払いながら、ガルアは叫ぶ!
「見つけたぞオカマ野郎!! 切り刻んでやる!!」
「…………」
応答は無い。
遠くから口笛が聞こえ、野盗たちは森の奥へと消えていく……。
ガルアは追い掛けたい衝動に刈られながらも、警戒しつつ後退した……。
◇
乗ってきた馬車のある地点まで後退すると、襲撃に警戒していたゲルトが気付いた。
「ガルアさん!! 大丈夫ですか!?」
「気にするな。それより、オルドやミゼル隊長の容態はどうだ?」
「オルドは全身火傷で重体です。ミゼル隊長は出血が酷いですが、意識は保っています」
状況を確認すると、多くの兵士たちが傷を負っていた。
亡くなった者にすがり付く者、重傷を負いながらも皆を鼓舞する者、必死に心肺蘇生をする者。
奇襲を回避できなかった痛手は、予想以上に大きかった……。
これ以上の捜索は無理だと判断できる。
ガルアは痛みに唸るミゼル隊長の元に行くと、対応を提案する。
「ミゼル隊長。ここは撤退だ」
「そうは……ウグッ! 娘を救わねば……」
「ここは堪えてくれ。このままじゃ隊員に死者が増える」
「クッ……」
「ゲルト。お前は治療に当たれ」
「で、でも……僕は……」
「お前なら出来る! お前の器用さは俺が保障してやる! だから、やるんだ!」
「……はい!」
「よし! 皆聞け!! 近くの村に着いたら村人に協力を仰げ! 治療の執刀はゲルトが行う! 皆手を貸してやってくれ! それと特領府に早馬を飛ばせ!」
「あの……ガルアさん?」
「俺はヤツらを追う」
「えっ!? でも、腕が……」
「気にするな。このくらいメルディ姉さんの受けた傷に比べたら大した事ない。それより、急げ!」
そう言うと、ガルアは負傷者を馬車に運び始めた。
そして、全員が乗り込んだ馬車から木箱と棒状の包みを下ろすと、馬車を見送る。
馬車が見えなくなると体の治療を始め、治療を終えると木箱と包みを抱え歩き始める。
ガルアは小さく呟く。
「誰がアイツを狙ったか……吐かせてやる」
次回、水曜日
2015/3/18/7時の掲載予定です。




