第86話 奔走する会議室
特別自治領、特領府の会議室に怒鳴り声が響く。
「馬鹿者!! この地区で発生した強盗拉致事件は、まだ解決できないのか!?」
「申し訳ございません。なにぶん人手が足りないもので……」
「クッ! 検問を敷き、犯人を炙り出すのだ!」
「は、はい! さっそく――」
「いや、待たれよ!」
両手に書類を抱えたマードック殿が話に割り込んできた。
「犯人捜索は後回しにすべきです」
「どうしてです!? マードック殿は犯罪者を野放しろと申されるのですか!?」
「いえ。先ほど早馬で連絡があり、「被害者は無事保護できた」と言う事です。盗られた物も微々たる物で、犯人捜索を取り消して欲しいと言う事です」
「またでございますか? これで何度目だ……」
「不可解極まりない事ではありますが……犯罪がこれ以上起きないよう取り計らうべきでしょうな」
「確かにそうですが……。現状の人員では、これが限度という物です」
「ふむ……。町の者に協力を仰ぎ、自警団を組織させてはどうでしょう?」
「町の者にですか? いや……だが……」
「犯人探しや、実戦的な力を要求する物ではありません。犯罪抑止や揉め事の仲介をさせれば良いのです。ガトリール地方で組織された自警団はうまく機能しているようです。今は席を空けていらっしゃいますが、ユイル殿に一度相談されてみるのが良いでしょうな」
「なるほど……。さっそく相談してみましょう」
会議室の隅に置かれた書類箱を開けたり閉めたりと、何かを探している者がいる。
「クソォ……どこにあるんだ?」
「どうかされましたか?」
「あっ……マードック殿。申し訳ありません。竜関連の書類がどこにあるのか分からないのです」
「それなら28番の書類箱ですな」
「ありがとうございます」
「竜に関しては既に王都で対応済みという話です。詳細は書類に記載されています。もし不明な点があれば、申し付けてくだされ」
「分かりました」
書類を抱えた者がマードック殿の元に小走りで来た。
「マードック殿。バリスデン地方の孤児院より支援金の催促が来ております」
「それは支援したのではなかったか?」
「いえ。戦争の影響で孤児の数が増え、支給した支援金では不足するそうです。最近の急激な物価変動も起因してると思われます」
「ふむ……(必要な支援とはいえ、すべての支援を政府だけで賄うには限度があるか……。)暫定的に基準を設け、支援金の支出幅を制限する。その代わり、地元の有力商人に学校設立を提案し、「学童支援は優秀な人材を雇い入れられる好機だ」と提案するというのはどうだ?」
「なるほど……。さっそく支部で検討してみます」
会議室はさながら鉄火場だ。
意見が飛び交い、各領地から送られてくる報告を元に次々と判断が下されていく。
下された判断は早馬で各領地へ送られ、命令書を元に各支部の兵士たちが動く。
これは当たり前の流れのようにも思われるが、「通常のやり方」と比較すれば、雲泥の差の処理能力である。
例えば近隣の領地に協力を仰ぐ場合、通例として領主同士の会談が必要になる。
当然、会談に赴くには時間が掛かる。
時間を掛け現地に到着しても、協力を取り付けるには更なる時間と労力が必要になる。
特に問題となるのは、人員配置や物資に掛かる費用の問題だ。
懇意にする領主であっても、他領地の問題を無償で行う虫の良い話はないからだ。
それらの諸問題を片付け、やっと対応に移れる。
結果、問題が発生してから行動に移すまでに非常に時間が掛かるという訳なのだ。
事、特別自治領においては、それらは不要になる。
統領府が領主会談と同じ意味を持ち、特別自治領外との話し合いは外交官がその責を追う。
領地を統合した事で経験豊富な人材を活用でき、得意分野を活かした適切な判断が下せる。
物資の融通も計上処理だけで済ませられる。
ただ、デメリットも存在する。
「各領地から情報が到着するまでの時間」と、「指示を通達するまでに掛かる時間」の問題だ。
通信機が普及していないこの世界では、常に「距離の問題」が付き纏う。
特領府は近隣の領地との連絡時間は平均化されているが、リレー形式で早馬を用意したとしも2日は掛かるのが当たり前だ。
だがそれでも、煩わしい通例や交渉が省略できる事で「通常より数倍早く行動に移せる」のは大きなメリットと言える。
そして今、この処理能力の高い会議室が鉄火場の如く燃え上がっている。
問題の多くは、政情不安による反乱めいた犯罪の数々だ。
冬に向けての備蓄ができず、食料品を窃盗する者。
強盗に及ぶ者。殺人に及ぶ者。放火を行う者。
そして、頻発する謎の誘拐事件と、乱下高する物価相場。
それらはまるで示し合わせたかのように同時期に発生し、やっと稼動し始めた特領府を翻弄している。
計上処理を済ませたメーフィスがマードック殿に報告する。
「マードック殿、各支部の計上処理が終わりました。確認をお願いします」
「さすがはメーフィス殿です! 仕事が早いですな!」
「マードック殿に比べたら大した事はありません。単に計算しただけですし」
「ハハハハご謙遜過ぎますぞ! 普通は4~5人掛かりで10日は掛かる仕事です。僅か4日で、しかも一人で終える手腕は誇っても恥じぬ結果ですぞ?」
「勿体無いお言葉です」
メーフィスは、書類に目を通すマードック殿に質問する。
「マードック殿。この書類の事ですが……なぜ「銀貨換算」で計算する必要があるのでしょうか? 金貨の方が効率がいいと思うのですが……」
「市場に異変が起きている事はご存じでしょうか?」
「いえ」
「先週辺りからですが……金貨の交換比率が異様な動きを見せています。それに合わせ、小麦を中心とする作物や酒、衣料品に至るまで、急激な高騰と暴落を繰り返しています。そのため、「相場の安定しない金貨」より、「比較的変動が少ない銀貨」で計上した方が都合が良いと考えたからです」
「もしかして、噂に聞く偽造硬貨対策でしょうか?」
「いえ。王都からは何の指示も出ていません。商人たちが独自に行っているという話です」
「それって……問題ないのでしょうか?」
「由々しき問題です。しかし、対応するにしても王都からの指示なしには動けません。今我々にできる事は、早急な治安の回復なのです」
「ふむ……」
メーフィスには、それとなく心当たりがあった。
マサユキが裏で絡んでいると……。
だが、定期的に届く手紙には「それ」に関連する事は書かれていない。
それどころか、この所届く手紙には指示らしき文面はなく、単にメルディ宛の他愛無い日常ばかり綴られているのだ。
「金融関連はやはり伯爵閣下……ジェリロード殿にお願いされてはどうでしょうか?」
「閣下は……この所塞ぎ込まれていまして……」
「心中お察し致します。ですが、政府としては対応すべき問題のように感じます。ジェリロード殿は、バリスデン地方を中心とする有力商人と深い繋がりがあると伺っています。その手腕をお借りするのが得策ではありませんか?」
「そうなのですが……。リンツ様にお伺いを立てた所、「対応しなくて良い」と言われまして……」
「それはつまり「王都が対策に動いている」と、捉えて良いのでしょうか?」
「そのようです」
「……それ、変ではありませんか?」
「何がでしょうか?」
「「王都からは指示がない」と「王都が対策に動いている」は繋がりません。仮に「対策に動かれている」と言うなら、我々を関与させない理由が分かりません。関与すると問題が面倒になるのなら、その理由を説明すべきではありませんか?」
「その通り!」
話に割り込む声がし、振り返るとリンツ様がいた。
「メーフィスくんって言ったっけ? キミ、なかなかいい洞察力だね? 推測通り、キミらには関与して欲しくないんだ」
「どうしてでしょうか?」
「キミは、責任を取れるのかい?」
メーフィスは「その言葉」の意味を考える。
「責任」とは、一体なんだろうか?
「一介の商人見習いが関与すべき問題ではない」という意味ではないと思うけど、「対策の成否に関わる」という意味なら筋が通る。
だけど、これは『国家の大問題』だ。
王都の大臣様が秘密裏に動かれていても変ではないけど、「わざわざ通達をしない理由」が分からない。
考えてみれば……マサユキさんからの手紙が急に普通になった。
それと同時期に伯爵様を見掛けなくなった……。
……まさか!
リンツはメガネをクイッと上げ、メーフィスの心を見透かしたかのように告げる。
「フフ、その予想は正しいね」
「正しいって、じゃあ――」
「シー」
リンツはメーフィスの口元に人差し指を当て、発言を遮る。
その行動にマードック殿は首を傾げているが、メーフィスは肝を冷やしていた。
なぜなら……目の前にいるのは、『すべてを見透かす』リンツ様だからだ。
そして同時に、「得体の知れぬ不自然さ」も感じていた。
それは、『なぜ発言を止めたのか?』 という事だ。
マサユキさんと鵺が同一人物である事は、僕を含め『一部の者しか知らない』。
リンツ様が表のマサユキさんを「偽物」だと看破してる可能性は高いけど、鵺と同一人物という事までは知らないはずだ。
僕は、現在の鵺の動向は知らない。
だから、推測として関連があると予想した。
それをリンツ様は「予想が正しい」と言う。
いくら魔力輻射で感情を読み取れるとはいえ、心を見透かした発言には「反射的に反論」してしまう。
これが誘導尋問なら、ボロを出してしまう場面だろう……。
でも、リンツ様は「それ」をしなかった。
むしろ、口止めをしてきた。
その意味する所は……。
……いや、考えるのは止めよう!
とにかく僕は、僕の仕事をするだけだ!
心の整理ができたメーフィスはリンツ様を見据え、こう言う。
「僕には腹の探り合いは向いていません。だから、それはリンツ様たちにお任せしていいのですね?」
「うん。それでいいよ」
リンツはニヤニヤと笑みを浮かべながらも、素直にメーフィスの提案を受けた。
しかし……メーフィスの耳元に顔を寄せると、小さく囁く。
「(『たち』は……核心を突き過ぎだね?)」
僅かな失言。
メーフィスは顔を青くした。
アタフタとするメーフィスを他所に、リンツは間の抜けた事を言い出す。
「ねぇキミ? マヨネーズ持ってない?」
急に変な方向に話を向けられ、メーフィスは思考停止状態だ……。
「ボクはあの味が好きなんだよね~。あれ単体でもいいけど、パンとも野菜とも相性がいい。まだ試してないけど、ガトリール地方で評判のピザってのに付けても美味しそうなんだよね~。だから、もっと欲しいんだ! もう無いかな~?」
「ありますけど……この前差し上げた大瓶、もう使い切られたのですか?」
「ゼーンゼン足らないよ! 箱で欲しいくらいだね!」
「……分かりました。用意させます」
「ついでだけど、竜は対策した方がいいよ」
話を黙って聞いていたマードック殿が反応した。
「な、なぜでしょうか? 赤槍に討伐依頼をされたと聞き及んでおりますが?」
「赤槍は壊滅したみたいだよ。フフ……」
「なっ!!」
「当てにしてたのに残念だね~」
「そ、それは一大事ではありませんか!! 早急に手を打たねば!!」
マードック殿は慌ててテーブルに戻り、緊急招集を掛けた。
リンツ様は平然と慌てふためくマードック殿を見ていたが、会議に参加する事もなくテントを出て行ってしまった……。
あまりの急変に呆然としていたメーフィスは、呆れ顔で思う……。
マヨネーズが切れた事は、竜より重要なのかと……。
◇
「ガルア? ボーっとしてどうした?」
「ああ、お前か……。ちょっとな」
考え耽るガルアの表情は浮かない。
「どうにも腑に落ちねえんだ……。異端審問もそうだし、輸送車襲撃もそうだ。まるで……俺たちをバラバラにさせたいような、そんな策略が見え隠れしてる気がするんだ……」
浮かない表情のガルアに、マサユキは平然と答える。
「うん。それが相手の策略だとしても、ガルアは真っ直ぐ進むんだよ」
「言ってる意味分かってるのか!? それは……お前の危険を意味するんだぞ!?」
「それでいいよ。俺がこうするって決めた時、覚悟は決めたでしょ?」
「だがよ……」
マサユキはガルアの肩を掴み、グッと力を込める。
「ガルア。俺は、誰よりも仲間思いで、誰よりも勇敢に戦うガルアだから安心してられるんだ。だから、心の赴くままに前に進むんだ」
「…………」
ガルアは反論できず俯く。
そこに、ガシャガシャと鎧の音を立ててミゼル隊長が駆けてきた。
「ガルア殿! ここにいらっしゃったか! 私はこれより輸送車の捜索に出向きます。後をお任せして良いでしょうか?」
「急にどうした? ここの総隊長をやってるミゼル隊長が出向く事なのか?」
「輸送車には……私の娘が乗っていたようでして……。救出に向かうのです!」
「それなら――」
ガルアは途中で言葉を飲み込んだ。
「俺も付いていく」と言いたかったのだが、付いていけば「マサユキ」の護衛ができなくなる。
それは、「見えぬ敵の策略に乗ってしまう」事でもある。
だが、相手は間違いなく手強い。
輸送車には、特別自治領の警備の交代要員として、二個小隊50~60人はいたはずだからだ。
それらを物ともしない相手となると……ミゼル隊長の安否が気になって仕方ないのだ。
マサユキはガルアの肩を叩く。
「ガルア、行って来い」
「それは出来な――」
「ガルア!! 俺の事はいいから行ってこい!! もう決めた事だろ!?」
「……分かった。オルドとゲルトはお前の護衛に回す」
「それも不要だ。未知の敵と相対する場合、持ち得る戦力を惜しまない事が生還率を引き上げる。だから、二人も連れて行くんだ」
「ならお前も」
「いや。俺はここを離れられない。そろそろ始まる竜の対策会議に出なきゃならないんだよ」
「ますます状況が悪いじゃねえか……」
「気にするな! ここには護衛の兵もいるし、シドさんたちもいる。そう簡単に落とされるような拠点ではないよ」
「…………」
「さあさあ、行った!」
ガルアは押し出されるように救出隊の馬車に向かう。
馬車に乗り込み振り返ると、マサユキは手を振っていた。
それに見送られるかのように、馬車は走り出した……。
次回、水曜日
2015/3/11/7時の掲載予定です。




