第83話 美しき浮遊演舞
工房に戻ると、ビッケルさんにお願いし部屋を用意してもらった。
奥さんのフィビアさんと、娘さんのオルラさんもそれを手伝う。
そして、マサユキはディグラさんの眼鏡を用意する。
「どうですか? 度は合ってますか?」
「これはすごい……。手のシワまでしっかり見えるぞ!」
ディグラさんは大喜びだ。
眼鏡は少し度の強い老眼鏡である。
目に不安を持つ者のために作った物ではあるが、見よう見真似で作った物なので、まだまだ完成度は低い。
「良かったです。では、説明を始めますね」
時計の説明を始める。
「これが先ほど話してた「日時計」です。この目盛は太陽の角度を一定時間毎に記録した物で、1つの目盛が1時間を表しています」
「ふむ……。コイツを機械仕掛けでか……」
「はい。作れそうですか?」
「難しいな……。それに道具もないしな」
「そうでしたね」
マサユキは別室に行き、箱を持って来るとディグラさんに渡す。
「これは当面の生活費と依頼料です。必要であれば専用の工場も用意しま――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
ディグラさんが箱の中身を見て、必死の形相で話を止めてきた。
「いくらなんでもコイツは貰い過ぎだ! 貰う義理もねえ! これで裏がないと言うのも変な話だが……旦那様は一体何者なんだ?」
「しがない商人ですよ。と言うより、金貨1000枚程度で驚いてたら駄目ですね。この仕事はもっと稼げる仕事なんですから」
「いや……いくらなんでもよ……」
「細かい話は追々で。それより、急ぎでお願いしたい事もあります」
ディグラさんの言い分を途中で切り、「銀の腕輪」を見せる。
それはカーネリアさんに渡した、≪フレイムバレット≫を撃てる腕輪と同型の物だ。
「ふむ……。出来はまあまあだが、作り込みが甘いな」
「ですよねぇ。素人にはそれが限界です」
「…………まさか、旦那様が作ったんですかい?」
「マサユキって呼んで頂けません? 「旦那様」ってガラじゃないですしね」
「そ、そうか……。マサユキが作ったのか?」
「ええ。お願いしたいのは「銀の腕輪」の作成です。それとは別件にはなりますが、風をイメージした鉄板の装飾もお願いしたいんです。期限3日で出来そうですか?」
「3日か……。材料はどうすればいい?」
「資材置き場にある物を自由に使ってください。必要な道具は俺が作ります。足りない物はどんどん依頼してください」
「ふむ……」
ディグラさんは銀の腕輪を入念に観察し始めた。
やる気が満ち、職人の目付きになっている。
「旦那さ……マサユキよ。腕輪は『ただの銀細工』でいいのか? この宝石の配置……何か意図があって付けてないか?」
「さすがですね! その通りです。その腕輪には魔法を込めます。火、風、土の3属性だけですけど、魔力を込めて魔法を撃てるようにします」
「ま、待て!! ワシは魔術道具なんて作った事ないぞ!? どうしろと!?」
「いえ、気にする必要はありません。重要なのは『完成度』です。出来が美しければ美しいほど、細工が細かければ細かいほど性能を発揮します。だから、職人の腕を振るってもらうだけで結構です」
「よく分からんが……最高の物を作ればいいんだな?」
「はい」
「となると……こいつは大仕事になるな。オルラにも手伝わせんとならんな」
「オルラさんも職人なんですか?」
「ワシからすればまだまだだが、なかなかいい腕をしている。造形や下絵を任せるくらいだ。オルラにも手伝わせても構わんか?」
「構いませんよ。じゃあ……まずは腹ごしらえしましょうか。お風呂と着替えも用意させますよ」
リトーネさんに料理の準備をお願いし、鈴蘭の者に服を用意させた。
ディグラさんと奥さんはなかなか気乗りしなかったが、オルラさんに押し負け、風呂と着替えを済ませると食事を取り始める。
皆お腹が空いていたためか、はたまた美味しかったためかは分からないが、涙を流さんばかりに食いついている。
マサユキはそれを眺めながら、一人静かに微笑んだ。
◇
食事を終え数時間経った頃、オルラさんがマサユキの作業場にやってきた。
「マサユキさん。下絵の確認をお願いします」
オルラさんが何枚かの下絵を見せてくる。
旋風のような絵、女神が描かれた絵、鳥を象った絵など、細部までディテールの利いた素晴らしい下絵の数々だ。
「いい造形ですね。俺にはないセンスを感じます」
「で、どれがいいでしょうか?」
「んー……」
なかなか選べない。
どれもいい絵なのだが……どうにもピンと来ないのだ。
「マサユキさん! 駄目なら駄目とハッキリ言ってください!」
「えっと……駄目かな……」
「その一言」でオルラさんは落ち込むと思ったが、体を乗り出し食い付いてくる。
「どこが駄目ですか!? 方向性が違ってましたか!?」
「んっと……これで「浮遊術が発動する」イメージが沸かないんだ」
「言われてみればそうよね……。浮遊術って言われてもピンと来ないのよ」
オルラさんの意見は最もだ。
俺は言葉と絵のイメージで説明していたが、どうにも説明が下手くそな上、絵は子供の落書きのような物だった。
そんな物で伝わる訳がない……。なら!
「じゃあ、実物を見てみましょうか?」
「え? あ、はい! お願いします!」
「もうすぐ夕方です。そろそろ帰ってくる頃だと思うのですが……」
クシュン!
入口の方からくしゃみをする声が聞こえ、カーネリアさんが工房に入ってきた。
「お兄ちゃん? 私の噂してなかった?」
「こういう事もあるんですね……。ちょうどカーネリアさんの噂をしてました」
「で……その女、誰?」
カーネリアさんはオルラさんを睨み付ける。
「銀細工職人のオルラさんです。ご両親と一緒にここで生活する事になります。仲良くしてあげてください」
「なんかお兄ちゃんの周りって……妙に女ばかり集まるわよねぇ?」
「き、気のせいです……」
「そう? その子が可愛いから雇ったんじゃないの?」
「本気でそんな事すると思います?」
「その子も満更じゃないみたいだけど?」
振り向くと、オルラさんの顔が赤かった。
これまでの事を考えれでば自然ではあるが、それを認めてしまっては今までと変わらない。
なので……
「オルラさん。今は紹介できないんですけど、俺には奥さんがいます。なので、変な気起こさないでくださいね?」
「お、奥さんいるの!? い、意外……でもないか。こんな優しくて頼りがいのある方なら、奥さんが居ても変じゃないわよね……」
オルラさんは少し残念そうにしている。
とりあえず釘も刺せたので、本題に話を戻す。
「カーネリアさん。浮遊術を見せて頂けませんか?」
「やーよ! どうせその女のためでしょ? それに最近のミイちゃんの相手は大変なの。疲れてるのよ!」
「手伝って頂けるなら、肩揉みしますよ?」
カーネリアさんはツンとし、そっぽを向いている。
「なら、野イチゴと生クリームたっぷりのケーキをご馳走します」
少しピクリと反応した。
「じゃあ、新しいブーツではどうでしょうか?」
「私と夜の相手をしてくれるならいいわよ」
「それは駄目です」
「じゃあ駄目よ」
「あの、マサユキさん?」
オルラさんは腕を組み、マサユキを睨んでいる。
顔が……怖い。
「いつもこんな事してるんですか?」
「い、いえ……。疲れてる所に無理なお願いをするんです。このくらいの交渉は仕方ない――」
「マサユキさん!!」
オルラさんはマサユキに詰め寄る。
「御恩のある方にこう言うのは恩知らずかもしれませんけど、あなたは甘過ぎます! 何が「上下関係を作りたくない」ですか!? 私たちへの依頼も時間がないんでしょ!? だったら、手段を選んでる場合じゃないでしょ!?」
「アンタ何様よ!! 分かったような口を聞かないでくれない!?」
「何よ!? やるって言うの!?」
カーネリアさんとオルラさんは言い合いを始めてしまった。
取っ組み合いを始める前に二人の間に割り込み、オルラさんに事情を説明する。
「オルラさん。俺は「カーネリアさんにお願いすれば」とは言いましたが、カーネリアさんは俺の部下ではありません。友人です。ですので、「依頼」という形でお願いするのが筋なんですよ」
「マサユキさん! あなたは商人なんでしょ!? なぜ、そんな効率の悪い事をするんですか!?」
「効率が悪いのは承知の上です。ですが、やりたくない事に「やりたくない」と言えない組織なんて、くだらなくて作りたくないんですよ」
「じゃあ! 私は依頼を断るわ!」
「構いません。元々「3日で作ってくれ」なんて無理過ぎるお願いでした。ディグラさんへの依頼も中止しましょう。あちらも3日は厳し過ぎますしね」
「えっ!? それだと……仕事が無くなっちゃうわ……」
「無くなりませんよ? 時計の製作依頼は引き続きお願いしますからね」
「そうかもしれないけど……」
続けてカーネリアさんに謝罪する。
「カーネリアさん。疲れてるところ申し訳ありませんでした。魔術道具の装飾のために浮遊術を見せてもらおうと思っていましたが、お聞きになったように中止となりました。また別件でお願いするかもしれませんが、その時は改めて交渉させてください」
「……う、うん」
熱が引き、静かな雰囲気になった。
オルラさんは自身が担当する仕事がなくなってしまったためか、酷く落ち込んでいる。
カーネリアさんは落ち込むオルラさんをジッと見詰めている。
これ以上進展がなければ作業に戻ろうと思った時、カーネリアさんがボソリと言う。
「サーヴェントのためなのよね?」
「……ええ、そうですね」
「ならやるわ! でも勘違いしないで!! これはサーヴェントのためであって、この女のためじゃないわ!」
カーネリアさんはマサユキらの返事も聞かず、一人でさっさと裏口に向かって歩き出した。
マサユキはその意図を察し、オルラさんの手を引きカーネリアさんの後を追う。
外は日が落ち、すっかり夜になっていた。
裏庭は工房内部から漏れる光で照らされてはいるが、それでも薄暗い。
マサユキは篝火の材料を取りに倉庫に走り、両手一杯に機材を持って来ると設置を始める。
マサユキは、可能な限り裏庭全体を照らせるよう篝火を用意していた。
それはカーネリアさんの浮遊術に必要な空間を大幅に超えた物ではあったが、カーネリアさんのやる気に応えるためには必要な事だと思っていた。
カーネリアさんもマサユキのやりたい事の意図を読み取り、鞄の中を漁り始める。
準備が整った。
カーネリアさんは帯状の布を握り締め、息を整えると浮遊術の詠唱を始める。
「形状:籠。能力:浮遊。風よ舞え! ≪ウインドレビテーション≫」
カーネリアさんの体が一瞬緑色の光に包まれると、足元に風が集まり始め、ゆっくりと浮遊を始めた。
地上から30cmも浮遊すると、水平方向に移動を始める。
地面の上を音も無く滑らかに滑り、篝火の間をスラロームの要領で駆け抜けていく。
時折飛び跳ね、クルクルと回転技も極める。
その姿はまるで、氷上の妖精。
フィギアスケートのように優雅に空中を舞っている。
手に持った帯状の布が新体操のリボンのように空中を滑らかに舞い、闇夜を照らす篝火の火の粉が、布の通った軌跡を追うかのよう舞い上がる。
ひとしきり浮遊術を見せ終わると、カーネリアさんは静かに地面に降り立った。
「これでいいかしら?」
「カーネリアさん……」
オルラさんはカーネリアさんにヒッシリと抱き付いたかと思うと……
「あなた凄いわ!! 魔法なんて初めて目にするけど、とても綺麗で! 優雅で! まるで精霊が舞い踊っているようだったわ!」
賛美! 賛美! 賛美!
オルラさんの賛美の連打が飛び出した。
カーネリアさんは、オルラさんの変貌ぶりに顔を引き攣らせている。
「で……どうなのよ?」
「十分です!! 最高の下絵が描けそうです!!」
そう言い残し、オルラさんは工房に駆けて行った……。
「騒々しい子ね? お兄ちゃんは「あんな」のが好みなの?」
「ハハハ、どうでしょうね? さ、お風呂に入ってきてください。終わったらマッサージしますよ」
「……夜の相手もしてくれるのかしら?」
「駄目です。さて、俺は作業に戻りますね」
マサユキが工房に向かおうとすると、カーネリアさんが呼び止める。
「お兄ちゃん、ちょっと待って」
「はい?」
「さっきの事だけど……」
「気にしないでください。オルラさんも気にしてないと思いますよ」
「そうじゃなくて……ミイちゃんとの訓練の話。ミイちゃん……期限までに私を負かせるとは思えないの……」
「別に問題ないんじゃないですか?」
「で、でも……いいの? 私が勝ったらミイちゃん貰っちゃうのよ?」
「俺は「その約束の意味」、理解してつもりですよ?」
「やっぱり……分かってたのね……」
「ミイティアと仲良くなりたいってのは感じてましたからね。でもまぁ、本人の意思を捻じ曲げるやり方なら「奪い返すだけ」とも考えてました」
「随分自信あり気に言うけど……私に勝てると思ってるの?」
「逆に聞きますけど、『俺』に勝てます?」
カーネリアさんは顔を強張らせた。
それはマサユキの凄みある言葉に因る物ではなく、目に宿る『覚悟』に因る物だ。
「や、やってみなきゃ分からないじゃない!」
「その通りです。その時は、腕一本切り落とすつもりで掛かって来てくださいね?」
マサユキは笑いながら工房に戻っていく。
残されたカーネリアさんは、まるで捨て台詞を吐かれたような気分だ。
カーネリアさんは仕方なく、モヤモヤした気分を晴らすべく風呂場に向かった。
◇
約束の日がやってきた。
約束の日とは、「ミイティアとカーネリアさんの勝負結果を示す日」と「ミイティアとマサユキの勝負の日」である。
休憩室の入り口の方が騒がしい。
カーネリアさんがミイティアを引っ張り、声を荒げる。
「いいからいらっしゃい!」
「駄目よ……。もう……兄様とは一緒に居れないし……」
「だから、それは私の約束とは別の話でしょ? 私の約束にそんな意味はないわ」
「じゃあ……どんな意味だったの?」
「そ、それは……いいからいらっしゃい!」
半ば強引だが、マサユキの前にミイティアを連れて来た。
しょんぼり俯くミイティアを放っておき、カーネリアさんに結果を聞く。
「では、結果を教えてください」
「30日間。1日2~3回戦って、私が21勝先行してるわ」
「前よりミイティアの負けが増えましたね?」
「貰ったこの腕輪、私と相性が良かったせいかもね? ミイちゃんも頑張ってたけど、さすがに対応し切れてないわ」
「まぁいいですよ。で、どうするんですか?」
「私に聞く必要ある? ミイちゃん次第でしょ?」
「そうかもしれませんけど……ミイティア気付いてませんよ?」
「……何の話?」
ミイティアは目元を赤くしながら聞いてくる。
どうも話が飲み込めていないようだ。
「ミイティア。この30日間はどうだった?」
「強かったです。手も足も出ませんでした……」
「そうじゃなくて、カーネリアさんと仲良くできた?」
「仲良く? ……話が見えないんだけど?」
「あの約束、カーネリアさんとミイティアが仲良くなるための物だったんだ。勝負の話も場を盛り上げる意味しかなかったんだよ」
「…………私、兄様と一緒に居てもいいの?」
「それ、別の約束じゃない?」
「……で、でも、私がカーネリアさんに勝たないと兄様と――」
どうやら2つの約束を混同していたようだ。
カーネリアさんとの約束は「仲良くなるため」の物であり、結果を示したカーネリアさんにアドバンテージがあるものの、それ自体に強制力はない。
俺との約束は、それとは別件だ。
鵺としてミイティアを連れて行くかの試験であって、実力がなければ連れて行けない。
それを、「30日間戦って勝ったら、連れて行く」と混同していたのだ。
「――という訳。ミイティアを連れて行くかは、これから試験するよ」
「なんか……騙された気分……。どうして教えてくれなかったんですか!?」
「だって、やる気出たでしょ? この試験にしたって実力を求める物だし、力を付けるためには必要だっただろうしね」
「そうかもしれないけど……なんかズルいわ!」
「褒め言葉かな? まあいいよ。行こうか」
マサユキたちは勝手口から裏庭に出ると更に奥に進み、裏門から外に出る。
そこには、親方さん、サーヴェントさん、ジールさんたち、鈴蘭の者たちが待機していた。
皆静かにマサユキたちを見詰め、成り行きを見守っている。
「さあ、ミイティアの準備をしてくれ」
鈴蘭の者がミイティアの元に集まり、布で簡単な仕切りを付けると着替え始める。
マサユキも準備を始める。
次回、水曜日2015/2/18/7時です。




