第80話 再始動準備
ミイティアたちに相談するため学校に向かっていると、遠目でも分かる程激しい訓練が行われていた。
目に付いて激しいのは、カーネリアさんとミイティアの実戦訓練だ。
カーネリアさんの風魔で土や砂が吹き上げられ、茶色い竜巻が渦巻いている。
あの中では、息をするのも目を開けるのも辛いだろう。
轟音が鳴り響く状況なので、カーネリアさんが今までやっていた音を消す作業もいらない。
手加減なしで訓練をしている。という事だろう。
対するミイティアは、砂埃を吸い込まないようマスクをし、暴風で体を煽られながらも俊敏な動きを続けている。
よく見ると、目を閉じている。
それでいて、時折空を剣で斬ったり、何かを避けるような素早い回避運動も見せている。
これは勝手な予想なのだが……かまいたちのような『目に見えない攻撃』が襲い掛かっているのかもしれない。
それを目を閉じ避けているという事は、目を閉じたまま魔力輻射を感知し、攻撃を見極めているという事なのだろうか……。
俺が少し助言しただけなのに……まったく才能とは、羨ましくもあり怖い物だ。
ビードラさんと子供たちはっと……随分遠くで訓練をやっているようだ。
いつも通り、ビードラさんの≪クレイビースト≫を相手に訓練しているようだ。
今日の獲物は……この前出現したトカゲ型の魔獣のようだ。
しかも、二体も同時に相手している。
形状も少し違うようだ。
大きさは少し小さいが、頭には水牛のような角があり、尻尾の先には岩のような塊が付いている。
頭の角を振り回し、尻尾をハンマーのように振り回し攻撃している。
二匹が連携を取り、お互いの弱点をカバーし合っている。
子供たちも負けていない。
距離を取りつつヒット&アウェーを繰り返し、≪クレイビースト≫の意識を分散させつつ削っている。
っと、誰か吹き飛ばされたな?
ギルティスかな?
……どうやら無傷のようだ。
この前討伐した魔獣の素材から作った鎧のおかげかもしれない。
剣の強度や切れ味、弓の威力や矢の材質も改良してあるので、余裕を持って戦えているのだろう。
それらを見守るダエルさんの元に行く。
「ダエルさん。お疲れ様です」
「マサユキか。それにサーヴェントだっけ? どうかしたか?」
「ちょっと『動こう』と思いましてね」
マサユキの言葉を読み取り、ダエルさんの表情が変わった。
「お前らだけでか?」
さすがに危機感知が鋭い。
回りくどい説明はいらないのかもしれない。
「否定はしません」
「……この訓練はソレに関連してるって事か?」
「ダエルさんから見て、彼らの出来はどうですか?」
「ダメダメ。全然ダメだな」
サーヴェントさんが声を荒立てる。
「ちょっと待ってくれ! カーネリアやビードラもダメだってのか?」
「ダメだな。実戦経験が足らな過ぎる」
「威張る事じゃないが、俺たちは傭兵としてそれなりに修羅場を踏んでいる! アイツ等だって全力を出している訳じゃない! それでもダメって言うのか?」
「そうだなぁ……マサユキ。コイツは口で言って分かるタイプか?」
「俺はそう思ってますし、実力が欠けているとも思ってません」
「なら、お前もダメダメだな」
「それは、『出掛けるな』と言う意味ですか?」
「そうじゃねえ。マサユキが関わるヤベエ話は『この程度の実力で防げるのか』って事だ」
どうやら……俺の返答が適当過ぎだったようだ。
「別に戦争に行く訳じゃありません。綺麗事で済まされない交渉をしに行くだけです」
「そうか……。なら、その案件に「教団」や「赤槍」は絡んでいるか?」
「赤槍? どういった人物ですか?」
「赤槍は戦闘狂の集団だ。野盗や盗賊団じゃねえが、全員が赤黒い剣や槍を持ってやがって、キレたら手が付けられねえ。いいか? 絶対相手にするんじゃねえぞ」
サーヴェントさん状況の深刻さを語る。
「俺も噂くらいは聞いた事がある。なんでも、ドラゴンを討ち取ったとか? その手腕を買って、伯爵の野郎が手駒にしようとして返り討ちにあったとも聞いたぜ。もし奴らが戦争に加担してたら……間違いなく伯爵の野郎が勝ってやがったな」
「ふーん……面白そうですね」
マサユキの何げない感想に、ダエルさんが半ギレで怒鳴る。
「マサユキ!! フザけるな!!」
「フザけてません。仮に、赤槍が快楽殺人の集団なら討伐命令が出るはずですし、伯爵閣下が手駒にしようとも思わないはずです。噂は所詮噂。なら、ドラゴン討伐を成功させた功績は「面白い」と評価してもいいじゃないですか?」
「まったく……マサユキを相手にしてると、俺の方が馬鹿なのかと思ってくるぜ」
「同感だ」
「あのですね……」
ダエルさんもサーヴェントさんも脱力し、マサユキの言い訳を聞き入れようともしない。
ともかく話を進める。
「赤槍は今回の件には関連がないと思います。むしろ、教団の方が可能性が高いですね」
「それが分かって関わるのか?」
「関わるも何も、偽造硬貨の発行元だと踏んでます」
「まさか……。可能性がない訳じゃないが、なぜそう思うんだ?」
「単なる可能性ですよ。調べないと分かりません。だけど、偽造硬貨は作ろうと思っても簡単には作れません。人手も資材も専門知識も必要です。そして、口が固い事が大前提です。信仰心の高い信徒が関わっているなら可能ですし、信仰心を盾に裏付け調査をさせない事も可能です。……でも、一番怖いと思ってるのは、『国外からの攻撃』だった場合です」
「ドラレス帝国かクロイセン王国って事か?」
「これも可能性の問題です。仮にそれが真実だった場合、国内の貨幣価値を下げる事で国家を転覆させる事が可能だからですからね」
「じゃあ、貿易でやられてるってのか?」
「それはありません。国外との貿易には自国の金貨ではなく、物々交換、もしくは金の延べ棒や宝石類など、両国で通用する物で取引されます。国境の商人の出入りには厳重な監査がありますし、下手を打てば死罪。抜け道がない訳ではないですが、この方面からの可能性は低いですね」
「じゃあ、国外は問題ねえんじゃねえのか?」
「いいえ。人は送り込めます。国内で商いをして金を溜め、それを偽造すればいい話です」
「なるほど……。問題は国内で起きてるって事か。だが、なぜ教団なんだ?」
「そのままお返ししますが、なぜ「教団に関わるな」と言ったのですか?」
「それは……」
ダエルさんは頭を掻き、少し嫌そうな顔をしながら説明する。
「俺は奴らが分からねえ。信仰心だと抜かす割には、口を開けば金の話だ。そういうのに関わって欲しくねえんだ」
「信仰にも金は掛かりますからね。俺は必要なら金は出しますが、自立する気がなければ金は出しません。信仰心もありませんしね」
「奴らを甘く見るなよ? 信仰のためなら命すら捨てる奴らだ」
「そういうのはよく知ってます。俺の……」
危うく口を滑らせるところだった。
サーヴェントさんは直感で察しているようだが、現世から転移した事は伝えていない。
信頼の問題ではなく、心構えとして言いたくないのだ。
「兄ちゃん気にするな。言わなくていいぜ」
「……ありがとうございます。ともかく、そういう危険性は十分承知の上で、交渉に出向きたいんです」
「んまぁ、それならそれでいいが……どこに行くんだ?」
「特別自治領です。少し寄り道もしますけどね」
「リンツとのあの話か。俺も行こうか?」
「うーん……」
ダエルさんにはここに居てもらいたい。
リーアさんのためでもあるし、ここの仕事を放ったらかしにもできないからだ。
「ダエルさんはここに居てください。俺は自分だけでもやれると思って行くんですから」
「まったく……」
ダエルさんはマサユキの頭に手を伸ばし、満足気な顔をしながら撫でてくる。
「分かった。あとは任せろ」
そう言って、作業現場の方に向かって行った。
さて……ここからが本番だな。
◇
訓練を一端中止させ、子供たちには休憩を取らせている。
マサユキたち5人は家のソファーに座り、相談を始める。
「突然押し掛けてすみません」
「全然構わないわ~。ミイちゃんとの相手は疲れるしね~。ちょうどいい休憩よ」
火照った体を涼めるためか、これ見よがしに胸元をパタパタと仰いで見せ付けてくる。
どうしても……本能的に……その下に隠された豊満な山脈を想像せずにはいられないが……顔をバチンバチン叩いて煩悩を絶ち切る。
「えーっと。俺はしばらく村を離れようと思います。その事前連絡をしにきました」
「兄様! 私も連れてってくれますか?」
「その……ちょっと迷ってる。約束を反故にする気はないんだけど……ミイティアの変装をどうするかってね」
「仮面を付けて、服装を変えればいいんじゃないの?」
マサユキはミイティアの耳を指さす。
「例えば、その特徴的な長い耳。そんな耳をした人はいないからね」
ミイティアは両手で耳を押さえ、すぐさま言い返す。
「なら、フードを被ればいいでしょ?」
「それもいいけど、視界を奪ちゃうでしょ? 魔力輻射はフード越しでも見えるかもしれない。でも、物理攻撃に反応し辛いしよね?」
「……結局、私は連れてってもらえないの?」
「俺との約束は覚えてる?」
「……はい」
「その結果次第ではあるけど、連れていくつもりだから悩んでいるんだよ」
ミイティアは自信なさげに下を俯いた。
「ねえ?」
カーネリアさんは美しい足を見せ付けるかのように足を組換え、少し上目遣いで問い掛けてくる。
「私とミイちゃんとの勝負、どうなるの?」
「あと一週間ほどで期限でしたね。勝敗はどうなんですか?」
「私が7勝差で勝ってるわ。このままなら私の勝ちね」
勝ち誇ったカーネリアさんを睨み付け、ミイティアは言い返す。
「ま、まだ一週間あります! 逆転できます!」
「あらそぉ? あと6回までなら負けてあげるわよ。でも、最後は私の勝ちね」
「んぐぅぅぅううう! 負けません! ゼェェェエエッタイ、勝ちます!!」
二人は睨み合い、いつものいがみ合いを始めてしまった。
あと一週間と言わず、三週間もあれば逆転できると思う。
でも、期限を伸ばしたり、ミイティアが勝つような小細工をするつもりはない。
なぜなら、最初から「ミイティアが負ける前提」で組まれた勝負だからだ。
別にカーネリアさんに肩入れしているつもりはない。
ただ……カーネリアさんは時折脆い部分を見せる。
人に頼られたい、頼りたい。人を愛したい、愛されたい。
ミイティアが初めて1勝を挙げた時に見せた涙も、その脆さに関連する物だと思っている。
その本質に気付いたのは、濃霧の激突の時だ。
あの時、俺たちは一人でビードラさんを探すカーネリアさんを捕縛した。
彼女は自身の命と引き換えに、ビードラさんの解放とサーヴェントさんの見逃しを要求してきた。
その懇願は単に仲の良い三人組という意味ではなく、家族愛に近いと思った。
だから、俺はカーネリアさんと取引をした。
俺の目的を伝え、剣を抜かない事を約束をし、約束を反故にしたら攻撃できるように拘束具を緩めてやった。
あの戦況下で、約束を守り通した胆力には正直感服した。
だから、今度は俺が約束を守る番だと思っている。
カーネリアさんは「ミイティアを自分の所有物にしたい」と言っている訳ではないし、訓練を見てもミイティアに対する思いやりは十分感じられる。
勝負を終えた後に約束を屈折させる事があれば承諾しないと思うが、強い繋がりを持ちたいという想いには応えてやりたいのだ。
「とにかく、作戦の概要を説明するね」
鞄から紙とペンを取り出し、説明を始める。
「まず今回の作戦目的は、『特別自治領の既成事実化』と『偽造貨幣の対処』の2つだ。これを同時並行で対応する。最終目的地は特別自治領だが、特別自治領には表の俺がいる。前にも話したが、俺は『観察処分』の身の上だ。個人の分を超えた戦力を持っていれば、俺は危険因子として処分されるだろう。だから、手出しできない次元まで戦力を増強する。それと、偽造貨幣の問題の対処もここで行う。つまり、戦力強化を図り、その上で特別自治領に殴り込みを掛けるって事だ」
「……ウヒ!」
サーヴェントさんが今にも爆発しそうな笑いを堪えて、変な声を出している。
過激な発言を平然と言ってのけたのだ。無理もないだろう。
「とまぁ、この戦力という部分にサーヴェントさん、カーネリアさん、ビードラさん、そしてミイティアを加えたいと思っている」
「だから俺たちを引き込んだのか?」
「分かって聞いてますよね?」
「あえて確認させてくれ。俺たちはそのためにここにいるのか?」
「いいえ。不服があるなら外れて頂いても問題ありません」
「なら、いいんじゃね? だろ?」
「そうね。サーヴェントがそう言うならいいんじゃない? 私はミイちゃんと一緒にいられるなら構わないし~」
「俺もッス! 最初は嫌々学校に来てたッスけど、ここは気分がいい所ッス! 力になりたいッス!」
「ありがとうございます。で、これからなんですけど……」
それぞれの役割を決め、予定を詰めて行く……。
◇
「よーっし! 俺は工房に戻るわ! 急がねえと間に合いそうにねえからな! じゃあな!」
サーヴェントさんは駆け足で家を出て行く。
「じゃあ、俺も行くッス! 子供たちに仕事について説明しないとならないッスから」
ビードラさんも子供たちの元に向かっていった。
さて……残った俺たちは……。
「私はどうすればいい? ミイちゃんとゴロゴロしてるのだったら最高ね!」
そう言ってミイティアにしがみ付き、体を弄り始めてしまう……。
「カーネリアさん止めてください! 私たちは勝負があるじゃないですか!」
「んもぉ~。もうちょっとハグさせてよ~」
「ダメです!」
ミイティアは、カーネリアさんを引きずるように外に連れ出そうとする。
「えーっと、二人は工房に付いてきてくれないですか? 途中作業現場にも寄って、ビードラさんの仕事への参加を交渉します」
「うん。いいけど……なんで工房に?」
「変装用の服や装備を作るために体の寸法を図りたいんだ」
「脱いだ方がいいのかしら?」
そう言うと、平然と服を脱ぎ……。
胸が露わになる所まで魅入ってしまったが、無理矢理体を捻り顔を背ける。
「と、とにかく服を着てください! 寸法は工房にいる鈴蘭の人たちにお願いします!」
「ちぇ~」
カーネリアさんは渋々と服を着直し始めた。
心臓がバックンバックンいっているが、ちょっと様子がおかしい。
いつもならミイティアのお怒りが……あるはずなのだが……。
チラッとミイティアを見ると、ミイティアは顔を赤くしているだけだった。
「ミ、ミイティア? どうかした?」
「んーっと……兄様は胸が大きい人の方が好きなの? 私のはカーネリアさんのと比べて小さいから……」
胸元に手を当て、クイクイと胸を寄せている。
ミイティアは小さいというが、別にそんな事はない。
大きくて綺麗な胸にはロマンを感じるが……いやいや、イカン!
「い、いや、好きと嫌いとかは、「そこ」で決めてないよ」
カーネリアさんは不敵な笑いをする。
「フフフフ……やっぱり!」
何がやっぱりなんだ?
カーネリアさんは俺の思考もお構いなく、豊満な山脈をグイグイと顔に押し付けてくる。
俺も抗うが、この魔力の塊には……理性が崩壊しそうで……。
「ほ~ら、お兄ちゃんは私の胸に興奮してるみたいよ! ミイちゃんには……まだまだ無理かもね?」
「に、にぃぃさまぁぁああああ!」
「ウヒィィイイイイ!」
俺がミイティアにもみくちゃにされながらも、カーネリアさんは抱き付きを弱めない。
その微笑ましい姿を、リーアさんはニコニコと眺めるだけだ。
もう色んな意味で……誰か助けてくれぇぇぇ!!
次回、水曜日2015/1/28/7時です。




