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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第77話 気付きの証明

 マサユキは席を立ち、金貨を集計しているテーブルに向かうと、無造作に金貨を一掴み取る。

 集計をしていた者たちは「何事か?」 と問い掛けるが、マサユキは反応しない。

 マサユキは、『ある事柄』に違和感を感じていた。

 そして、その原因を調べるのに必死で周りの声が耳に入らないのだ。


 マサユキはジッと金貨を見詰めていたかと思うと、金貨を指で弾く。

 それを何度もやったかと思うと、次はカチカチと金貨同士で叩く。

 そして口元に手を当て、ブツブツと独り事を言いながら考え耽る……。


 何か思い付いたのか、部屋の隅にある棚へと小走りで向かった。

 棚から天秤や定規、ノギスなどを引き出すと、再び金貨の元に戻り計測を始める……。



 ◇



 一通り作業が終わった。

 計測結果を書き出した紙には、マサユキの直感を裏付ける十分な数値が詰まっていた。

 そこには、マサユキにとって『不都合以外の何物でもない結果』が詰まっていた。

 心を落ち着かせ、話を切り出す。


「皆さん、冷静に聞いてください」


 休憩室が静まり返り、皆の注目がマサユキに集まる。

 金貨を皆に見せるように持ち、信じられない一言を言い放つ。


「これは、『偽造貨幣』の可能性があります」

「……はぁ!? う、嘘だろ?」


 皆は目を見開き、机の上の金貨の山を凝視する。

 金貨を手に取り調べ始めるが、さっぱり分からない様子だ。


 親方さんは太い指でマサユキの持つ金貨を掴むと、紙に書き出した数値と照らし合わせ始めた。

 だが、親方さんですらその数値の示す意味を理解できなかった。


「坊主。ワシにはこれだけでは判断が付かん。何が違うんだ?」

「まず、金貨を指で弾いた時の『音』が違います」


 机に並べられた「送り付けられた金貨」を一枚取ると、指で弾く。

 次に、「自前の金貨」を弾く。

 僅かに音色が違うようにも聞こえるが、その違いは微妙であり、ハッキリとは分からない。


「微妙に違う気はするが……ワシには聞き分けられん音だな。坊主には分かるのか?」

「感覚が鋭敏になったおかげだと思います。もっと明確に分かる方法もあります」


 準備に取り掛かる。

 持って来たのは、ビーカーとメスシリンダー。そして皿。


 皿の上にビーカーを置き、表面張力ギリギリまで水を注ぐ。

 次に、「送り付けられた金貨」を1枚ずつ静かにビーカーに落し込んで行く。

 ビーカーから水が溢れ、皿に水が溜まっていく。

 そして、溜まった水をメスシリンダーに移す。

 同じ作業を「自前の金貨」でも行う。

 

「結論から言いますと、『金貨の大きさ』が違います。このメスシリンダーは水の分量を正確に測る装置です。同一の大きさなら、溢れ出る水の量も同じはずです。しかし、コレを見ても分かるように「送り付けられた金貨」の方が溢れ出た水の量が多いです。この結果は、『金貨の大きさが異なっている』事を意味しています」

「旦那? つまりそいつはデカイって事だろ? その分得なんじゃねえのか?」


 ジールさんの言い分は分からなくもない。

 だが、得どころか損しているのだ。


「次の結果を見てください」


 天秤を用意する。

 片方に「送り付けられた金貨」10枚を置き、もう片方に「自前の金貨」10枚を置く。

 すると、僅かに差があるものの、ほぼ釣り合う。


「片方には「送り付けられた金貨」を置きました。もう片方は俺の持っていた金貨です。見てのように重さは均等を保っています。金貨の重さが同じなのに大きさが違う。これが意味する所は、『金貨に含まれる金の分量が異なる』って事です」

「……イマイチ分からねえんだが……何が問題なんだ?」

「それも説明しますね」


 「自前の金貨」を更に10枚取り出し、天秤に載っていた「送り付けられた金貨」と置き換える。

 「自前の金貨」が10枚ずつ両端に乗っているので、当然天秤は同一の重さを示す。


 片方から金貨3枚を取り、作業場に落ちていた「鉄の断片」を代わりに置き、天秤の均等を保つ。

 鉄の断片に置き換えた側は、露骨なまでに「鉄の断片」が盛られている。


「見ての通り「鉄の断片」が山盛りになっています。しかし、天秤は均等を保っています。この現象は『金属の比重が異なる』事で起きます。比率で言えば、金1に対し、鉄は2。仮に金貨7枚とこの「鉄の断片」で金貨10枚を作ったとします。すると、重さは同じなのに通常より大きい金貨が出来ます。「送りつけられた金貨」には、この細工が施されている可能性があります」

「ま、まさか……信じられねえ……」


 皆マサユキの理屈には納得したようだが、信じられないという顔をしている。


「坊主。ちょっと待ってろ」


 親方さんが突然席を立ち、休憩室を出て行った。

 しばらくして戻って来ると、綺麗な箱を持って帰ってきた。

 親方さんは箱を開けながら説明する。


「これはあの人に貰った記念硬貨で、一度も使ってない新品だ。坊主のは使いこまれているからな。比較ならコレがいいと思うぜ」

「ありがとうございます」


 「送り付けられた金貨」の山から、なるべく綺麗な金貨を探す。

 記念硬貨を天秤に置き、比較してみる。


 天秤は……重さが釣り合っている。

 続けて、メスシリンダーで体積の確認をする。

 この結果も「送り付けられた金貨」の方が大きい。


「なるほどな……。確かに坊主の理論が成立する。坊主、よく気付いたな?」

「ジールさんが金貨を指で弾いていたのがヒントです。以前、金貨風の道具を作ったじゃないですか? あれで散々鳴らしていたので気付けました」

「そういや……。あの金貨で俺たちはやられたんだったな……」


 ジールさんは金貨を眺め、あの時を思い出す。


「……すみません」

「いいって事よ! そのお陰で今があるんだしよ!」


 ジールさんは気にしないと言うが、マサユキは釈然としていなかった。

 もっと別なやり方はあったのでは? と自身を責める。


 嫌な思い出を振り払い、話を続ける。


「親方さん。これが新金貨の可能性は考えられますか?」

「それはないな。そういう場合、大々的に報じられるからな」

「やはりそうですか……」

「旦那。俺たちにも分かるように説明してくれよ」


 マサユキは金貨の表をジールさんに向け、金貨に彫られたレリーフを指し示す。


「金貨のレリーフが同一なんです。刻印が同じ、と言えば分かるでしょうか?」

「確かに同じだけどよ……。すり減った金貨を作り直すって事はあんだろ?」

「金貨の価値を落しての再鋳造は在り得ません。……いや、在り得ないというのは表向きの話ですね。真面目に作り直す事もありますが、国策として金を回収している場合もあります」

「そいつが事実なら酷え話じゃねえか! 完全に搾取だろ?」


 黙って話を聞いていたサーヴェントさんが、的確な指摘をする。


「仮にコイツがニセの金貨だとして、数で帳尻合わせたなら筋が通る。だが、目的が分からねえな?」

「その通りです。正規の金貨なら3万枚で事足ります。でも、偽造硬貨だった場合、3万枚だと言い張る理由が分かりません。……断定はできませんが、一種の『忠告』なんじゃないでしょうか?」

「忠告?」

「はい。大口取引が多い俺に対しての『忠告』です」

「つまり……国王は黙って3万渡さず、兄ちゃんに礼儀を尽くそうとしたって事か?」

「まぁ……恐らくですけどね。その路線なら、ジールさんたちに金貨を確認させなかった事にも納得がいきます」


 ジールさんは酒の入ったグラスをドンと机に置き、愚痴を零す。


「おいおい! 俺たちはそんなに信用ねえのかよ!?」

「そうではありません。仮に、道中の宿で金貨を支払ったとします。見た目は同じ金貨なのに、価値が『倍は低い』金貨がある事を知っていれば、どう思います?」

「そうだなぁ……躊躇するかもしれねえ。もしくは、箱の金貨と交換するかもしれねえな」

「そういう事です。この金貨を使うという事は、偽造硬貨をバラ撒く事になります。たまたまボヤいて噂にでもなったら、それこそ大問題です。前の戦争どころではない大騒動になります。そうならないためにも伏せていた。と考えれば、納得いきません?」

「だがよ? そういう話なら手紙なり入れておけって話だ」

「そうなんですよねぇ……。とりあえず、書簡の準備をしましょう。こちらから問い合わせる前に、何かしら連絡が来ると思いますけど……」


 親方さんはグビっと酒を飲み干し、臭い息を吐きながら聞いてくる。


「ぶはぁ! っで、何を書くんだ?」

「金貨の再鋳造権を限定的に許可して頂きます。このままでは金貨として使えませんからね。あと、ジールさんたちは優秀な傭兵で、信頼に足る人物だと付け加えたいです」

「そこまで書く必要はねえと思うぜ? 俺たちは所詮運び屋だ。特別扱いはいらねえぜ」

「そういう意味ではありません! こちらの考え方を知っていて欲しいという意味です! 本当に重要な書類は信頼に足る人物に任せればいい話であって、頭から信用されないのは嫌じゃないですか!」

「分からなくもないが……旦那は俺たちを信用し過ぎだと思うぜ?」

「いいんです!」


 子供っぽく反論してしまった事に気付き、グラスの酒を一気に煽る。


 偽造硬貨の問題は非情に深刻な問題だ。

 単に再鋳造する事では解決しない。

 万を超える偽造貨幣があるという事は、国内にはかなりの量が出回っている可能性がある。

 国を挙げて金貨の再鋳造をする方法もなくはないが、根源を絶たない事には意味がない。

 となると、偽造硬貨を判別する機械が必要になるかもしれない……。

 どちらにしても、貨幣価値は大きく変動するだろうし、国家はガタつく。

 慎重に慎重を重ねなければならないだろう。


「親方さん。金貨の成分と配合率って分かります?」

「さすがに分からんな。造幣局に聞くしかねえと思うぜ?」

「なるほど……。やはり、自分で調べる他ないようですね」

「鋳造権と一緒に聞けばいいんじゃねえのか?」

「いえ。再鋳造の権利については、これが「偽造硬貨だと断定できた」場合の交渉材料なんです。正規の金貨だった場合は更に問題ですけど、価値も分からないままには使えませんからね」


 とは言うものの、この金貨が使えないとなると、ジールさんたちへの報酬や工房へのツケも支払えない。


「とにかく謝罪します。ジールさんへの依頼料が支払えません」

「気にするな! 旦那には十分金を貰ってるし、あと2~3年くらいは無給で働いても釣りが来るぜ」

「坊主、ワシも気にせんでいい。……だが、いつまでもこうしてる訳にはいかねえんだろ?」

「……そうですね」

「旦那。こういう場合どうやって問題を見極めるんだ?」


 ジールさんのこの問い掛けには、少しビックリした。

 「誰が犯人だ?」 とか、「どうするか?」 とか聞かれると思っていたからだ。


「まず、事態を正確に把握する必要があります。これが偽造硬貨なのか? それとも新硬貨なのか? そこの判断が重要です」

「……仮にこれが新硬貨だった場合、何が問題になるんだ?」

「インフレが起きます」

「インフレ?」

「簡単に言うと、金貨は余ってるのに物が買えない事態になります。物流は滞り、飢えに苦しむ人が増えます。最悪戦争も在り得ます」

「なんとなく分かったが……俺には難しいぜ」

「なるほどな。金の相場は変わってねえのに、金貨の価値が下がれば市場は混乱するな」


 さすが親方さんだ。

 現状、金の価値と金貨はほぼ同価値だ。

 優秀な商人なら金貨の枚数ではなく、重さや質で支払い額を決める。

 もしかしたら、一部の商人たちはこの問題に気付いているかもしれない。


「旦那。コイツは本当に偽造硬貨なのか? 色々説明されて納得はしちまったが、なんつーかこう……ピンッとこねえんだ」

「どの辺りがです?」

「そりゃー……この見分けも付かねえ金貨の山を見て、これ全部が偽造だって言われちゃよ。何を信じていいのか分からなくなってくるぜ……」

「全部偽造とは限りませんよ? どうやって見分けたかは分かりませんが、少なくとも金貨3万枚分の価値はあると思います」

「こう言っちゃあドヤされるかもしれねえが……このまま使うって選択肢はねえのか?」

「ないですね。これが正当な報酬で正規の金貨だったとしても、俺は代金以上は受け取りません。金貨3万枚ですら過分なんです。別に悟りに入ってるとか、金勘定に疎いという訳ではありませんけど、相応の対価としては不相応なんですよ」

「俺には十分悟りの域だと思うぜ? それによ。たった1回の取引でそれだけの金を引き出せる旦那は、スゲー奴って事じゃねえか! クフフ……」


 皆して、ウンウン首を縦に振る。

 これには……苦笑いしかできない。

 狙ってやった事とはいえ、思っていた以上の反響に俺も戸惑っている。


 貴族の奥様方の間では、俺の作った美容化粧品の噂で持ち切りらしい。

 商人フェデルクが命名した「若返りの薬」という言葉が広まり、噂を聞き付けた奥様方が、国王陛下に直談判する始末となっている。

 

 嬉しい悲鳴なのだが、それが国王陛下の仕事の邪魔になってたりもする。

 国王陛下に謁見を申し出たメーフィスも、それが原因で何日も待たされていたそうだ。

 今もまだそれが続いているかは分からないが……。

 国中の美女が訪ねてくる状況は羨ま……いや、気にしない。


 ともかく。現状、美容化粧品の増産はできない。

 なので、購入を懇願されている奥様方には申し訳ないが、増産ができるまで待って頂く他ない。

 その代わり、予約として優先販売される。

 そしてかなり少量だが、試供薬として特級化粧品を提供し、肌に合うか試してもらっている。


 とまぁ、増産するにしても数カ月は掛かるだろうし、それまでの繋ぎをどうするかは悩み所でもある。


「ジールさんの言い分も分からなくないんですけど、俺にしてみれば、そこまでの価値がある物なのかは分かりません。単に、成り金たちを相手に商売をしてるだけですからね」

「謙遜するなって! 俺たちも鼻高々なんだしよ! でもよ。こうも好調だと邪魔が入りそうだな?」

「ないとは言い切れませんが、国王陛下と親方さんが関わる仕事に、正面を切って突っ掛けてくる馬鹿はいないと思います。……これ以上は想像の域を出ませんね」

「結局、坊主はどうするんだ?」

「そうですねぇ……」


 この金貨は意図が分からない限り使えない。

 鋳潰して確認するにしても、その後の調査やらは表立って動く事になり、状況的にも良くない。

 せめて、連絡があれば話が変わって来るのだが……。


「まず、この金貨は集計後に封印します。分析や再鋳造は報酬の意図が判明してからにしましょう。次に、偽造硬貨の根源を断つ対応策を考えます。これについては専門家の意見が必要です」

「専門家? ……なぜそんな奴が必要なんだ?」

「俺の考えがどこまで通用するか分からないからです。そのためにも専門家の客観的な意見を聞きたいんです。特に、今回の件は国策レベルの話です。俺個人で対処する問題ではありませんからね。それに……俺のやり方は過激ですからね」

「それでもうまく行くならいいと思うがな?」

「お、親方さんも過激ですね……」

「もう慣れたからな!」

「……呆れて何も言えません」

「気にするな! とりあえず坊主の意見を聞かせてみろ」

「……仕方ないですね。冗談半分で聞いてくださいね」


 ペンを走らせ、対応策を練り始める。

 この問題が現実に起こるとは思ってもいなかったが、起きてしまったからには対応せざる得ない。

 と言うより、国王陛下の俺への扱いが雑になってる気がしてならない……。

 まぁ本来なら、政治家や官僚が対応する問題を任されたと考えれば、やりがいのある仕事だとも言える。

 もちろん……邪魔がなければという話だ。


 俺たちの会議は夜遅くまで続けられた……。


次回、土曜日2015/1/10/7時です。

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