第77話 気付きの証明
マサユキは席を立ち、金貨を集計しているテーブルに向かうと、無造作に金貨を一掴み取る。
集計をしていた者たちは「何事か?」 と問い掛けるが、マサユキは反応しない。
マサユキは、『ある事柄』に違和感を感じていた。
そして、その原因を調べるのに必死で周りの声が耳に入らないのだ。
マサユキはジッと金貨を見詰めていたかと思うと、金貨を指で弾く。
それを何度もやったかと思うと、次はカチカチと金貨同士で叩く。
そして口元に手を当て、ブツブツと独り事を言いながら考え耽る……。
何か思い付いたのか、部屋の隅にある棚へと小走りで向かった。
棚から天秤や定規、ノギスなどを引き出すと、再び金貨の元に戻り計測を始める……。
◇
一通り作業が終わった。
計測結果を書き出した紙には、マサユキの直感を裏付ける十分な数値が詰まっていた。
そこには、マサユキにとって『不都合以外の何物でもない結果』が詰まっていた。
心を落ち着かせ、話を切り出す。
「皆さん、冷静に聞いてください」
休憩室が静まり返り、皆の注目がマサユキに集まる。
金貨を皆に見せるように持ち、信じられない一言を言い放つ。
「これは、『偽造貨幣』の可能性があります」
「……はぁ!? う、嘘だろ?」
皆は目を見開き、机の上の金貨の山を凝視する。
金貨を手に取り調べ始めるが、さっぱり分からない様子だ。
親方さんは太い指でマサユキの持つ金貨を掴むと、紙に書き出した数値と照らし合わせ始めた。
だが、親方さんですらその数値の示す意味を理解できなかった。
「坊主。ワシにはこれだけでは判断が付かん。何が違うんだ?」
「まず、金貨を指で弾いた時の『音』が違います」
机に並べられた「送り付けられた金貨」を一枚取ると、指で弾く。
次に、「自前の金貨」を弾く。
僅かに音色が違うようにも聞こえるが、その違いは微妙であり、ハッキリとは分からない。
「微妙に違う気はするが……ワシには聞き分けられん音だな。坊主には分かるのか?」
「感覚が鋭敏になったおかげだと思います。もっと明確に分かる方法もあります」
準備に取り掛かる。
持って来たのは、ビーカーとメスシリンダー。そして皿。
皿の上にビーカーを置き、表面張力ギリギリまで水を注ぐ。
次に、「送り付けられた金貨」を1枚ずつ静かにビーカーに落し込んで行く。
ビーカーから水が溢れ、皿に水が溜まっていく。
そして、溜まった水をメスシリンダーに移す。
同じ作業を「自前の金貨」でも行う。
「結論から言いますと、『金貨の大きさ』が違います。このメスシリンダーは水の分量を正確に測る装置です。同一の大きさなら、溢れ出る水の量も同じはずです。しかし、コレを見ても分かるように「送り付けられた金貨」の方が溢れ出た水の量が多いです。この結果は、『金貨の大きさが異なっている』事を意味しています」
「旦那? つまりそいつはデカイって事だろ? その分得なんじゃねえのか?」
ジールさんの言い分は分からなくもない。
だが、得どころか損しているのだ。
「次の結果を見てください」
天秤を用意する。
片方に「送り付けられた金貨」10枚を置き、もう片方に「自前の金貨」10枚を置く。
すると、僅かに差があるものの、ほぼ釣り合う。
「片方には「送り付けられた金貨」を置きました。もう片方は俺の持っていた金貨です。見てのように重さは均等を保っています。金貨の重さが同じなのに大きさが違う。これが意味する所は、『金貨に含まれる金の分量が異なる』って事です」
「……イマイチ分からねえんだが……何が問題なんだ?」
「それも説明しますね」
「自前の金貨」を更に10枚取り出し、天秤に載っていた「送り付けられた金貨」と置き換える。
「自前の金貨」が10枚ずつ両端に乗っているので、当然天秤は同一の重さを示す。
片方から金貨3枚を取り、作業場に落ちていた「鉄の断片」を代わりに置き、天秤の均等を保つ。
鉄の断片に置き換えた側は、露骨なまでに「鉄の断片」が盛られている。
「見ての通り「鉄の断片」が山盛りになっています。しかし、天秤は均等を保っています。この現象は『金属の比重が異なる』事で起きます。比率で言えば、金1に対し、鉄は2。仮に金貨7枚とこの「鉄の断片」で金貨10枚を作ったとします。すると、重さは同じなのに通常より大きい金貨が出来ます。「送りつけられた金貨」には、この細工が施されている可能性があります」
「ま、まさか……信じられねえ……」
皆マサユキの理屈には納得したようだが、信じられないという顔をしている。
「坊主。ちょっと待ってろ」
親方さんが突然席を立ち、休憩室を出て行った。
しばらくして戻って来ると、綺麗な箱を持って帰ってきた。
親方さんは箱を開けながら説明する。
「これはあの人に貰った記念硬貨で、一度も使ってない新品だ。坊主のは使いこまれているからな。比較ならコレがいいと思うぜ」
「ありがとうございます」
「送り付けられた金貨」の山から、なるべく綺麗な金貨を探す。
記念硬貨を天秤に置き、比較してみる。
天秤は……重さが釣り合っている。
続けて、メスシリンダーで体積の確認をする。
この結果も「送り付けられた金貨」の方が大きい。
「なるほどな……。確かに坊主の理論が成立する。坊主、よく気付いたな?」
「ジールさんが金貨を指で弾いていたのがヒントです。以前、金貨風の道具を作ったじゃないですか? あれで散々鳴らしていたので気付けました」
「そういや……。あの金貨で俺たちはやられたんだったな……」
ジールさんは金貨を眺め、あの時を思い出す。
「……すみません」
「いいって事よ! そのお陰で今があるんだしよ!」
ジールさんは気にしないと言うが、マサユキは釈然としていなかった。
もっと別なやり方はあったのでは? と自身を責める。
嫌な思い出を振り払い、話を続ける。
「親方さん。これが新金貨の可能性は考えられますか?」
「それはないな。そういう場合、大々的に報じられるからな」
「やはりそうですか……」
「旦那。俺たちにも分かるように説明してくれよ」
マサユキは金貨の表をジールさんに向け、金貨に彫られたレリーフを指し示す。
「金貨のレリーフが同一なんです。刻印が同じ、と言えば分かるでしょうか?」
「確かに同じだけどよ……。すり減った金貨を作り直すって事はあんだろ?」
「金貨の価値を落しての再鋳造は在り得ません。……いや、在り得ないというのは表向きの話ですね。真面目に作り直す事もありますが、国策として金を回収している場合もあります」
「そいつが事実なら酷え話じゃねえか! 完全に搾取だろ?」
黙って話を聞いていたサーヴェントさんが、的確な指摘をする。
「仮にコイツがニセの金貨だとして、数で帳尻合わせたなら筋が通る。だが、目的が分からねえな?」
「その通りです。正規の金貨なら3万枚で事足ります。でも、偽造硬貨だった場合、3万枚だと言い張る理由が分かりません。……断定はできませんが、一種の『忠告』なんじゃないでしょうか?」
「忠告?」
「はい。大口取引が多い俺に対しての『忠告』です」
「つまり……国王は黙って3万渡さず、兄ちゃんに礼儀を尽くそうとしたって事か?」
「まぁ……恐らくですけどね。その路線なら、ジールさんたちに金貨を確認させなかった事にも納得がいきます」
ジールさんは酒の入ったグラスをドンと机に置き、愚痴を零す。
「おいおい! 俺たちはそんなに信用ねえのかよ!?」
「そうではありません。仮に、道中の宿で金貨を支払ったとします。見た目は同じ金貨なのに、価値が『倍は低い』金貨がある事を知っていれば、どう思います?」
「そうだなぁ……躊躇するかもしれねえ。もしくは、箱の金貨と交換するかもしれねえな」
「そういう事です。この金貨を使うという事は、偽造硬貨をバラ撒く事になります。たまたまボヤいて噂にでもなったら、それこそ大問題です。前の戦争どころではない大騒動になります。そうならないためにも伏せていた。と考えれば、納得いきません?」
「だがよ? そういう話なら手紙なり入れておけって話だ」
「そうなんですよねぇ……。とりあえず、書簡の準備をしましょう。こちらから問い合わせる前に、何かしら連絡が来ると思いますけど……」
親方さんはグビっと酒を飲み干し、臭い息を吐きながら聞いてくる。
「ぶはぁ! っで、何を書くんだ?」
「金貨の再鋳造権を限定的に許可して頂きます。このままでは金貨として使えませんからね。あと、ジールさんたちは優秀な傭兵で、信頼に足る人物だと付け加えたいです」
「そこまで書く必要はねえと思うぜ? 俺たちは所詮運び屋だ。特別扱いはいらねえぜ」
「そういう意味ではありません! こちらの考え方を知っていて欲しいという意味です! 本当に重要な書類は信頼に足る人物に任せればいい話であって、頭から信用されないのは嫌じゃないですか!」
「分からなくもないが……旦那は俺たちを信用し過ぎだと思うぜ?」
「いいんです!」
子供っぽく反論してしまった事に気付き、グラスの酒を一気に煽る。
偽造硬貨の問題は非情に深刻な問題だ。
単に再鋳造する事では解決しない。
万を超える偽造貨幣があるという事は、国内にはかなりの量が出回っている可能性がある。
国を挙げて金貨の再鋳造をする方法もなくはないが、根源を絶たない事には意味がない。
となると、偽造硬貨を判別する機械が必要になるかもしれない……。
どちらにしても、貨幣価値は大きく変動するだろうし、国家はガタつく。
慎重に慎重を重ねなければならないだろう。
「親方さん。金貨の成分と配合率って分かります?」
「さすがに分からんな。造幣局に聞くしかねえと思うぜ?」
「なるほど……。やはり、自分で調べる他ないようですね」
「鋳造権と一緒に聞けばいいんじゃねえのか?」
「いえ。再鋳造の権利については、これが「偽造硬貨だと断定できた」場合の交渉材料なんです。正規の金貨だった場合は更に問題ですけど、価値も分からないままには使えませんからね」
とは言うものの、この金貨が使えないとなると、ジールさんたちへの報酬や工房へのツケも支払えない。
「とにかく謝罪します。ジールさんへの依頼料が支払えません」
「気にするな! 旦那には十分金を貰ってるし、あと2~3年くらいは無給で働いても釣りが来るぜ」
「坊主、ワシも気にせんでいい。……だが、いつまでもこうしてる訳にはいかねえんだろ?」
「……そうですね」
「旦那。こういう場合どうやって問題を見極めるんだ?」
ジールさんのこの問い掛けには、少しビックリした。
「誰が犯人だ?」 とか、「どうするか?」 とか聞かれると思っていたからだ。
「まず、事態を正確に把握する必要があります。これが偽造硬貨なのか? それとも新硬貨なのか? そこの判断が重要です」
「……仮にこれが新硬貨だった場合、何が問題になるんだ?」
「インフレが起きます」
「インフレ?」
「簡単に言うと、金貨は余ってるのに物が買えない事態になります。物流は滞り、飢えに苦しむ人が増えます。最悪戦争も在り得ます」
「なんとなく分かったが……俺には難しいぜ」
「なるほどな。金の相場は変わってねえのに、金貨の価値が下がれば市場は混乱するな」
さすが親方さんだ。
現状、金の価値と金貨はほぼ同価値だ。
優秀な商人なら金貨の枚数ではなく、重さや質で支払い額を決める。
もしかしたら、一部の商人たちはこの問題に気付いているかもしれない。
「旦那。コイツは本当に偽造硬貨なのか? 色々説明されて納得はしちまったが、なんつーかこう……ピンッとこねえんだ」
「どの辺りがです?」
「そりゃー……この見分けも付かねえ金貨の山を見て、これ全部が偽造だって言われちゃよ。何を信じていいのか分からなくなってくるぜ……」
「全部偽造とは限りませんよ? どうやって見分けたかは分かりませんが、少なくとも金貨3万枚分の価値はあると思います」
「こう言っちゃあドヤされるかもしれねえが……このまま使うって選択肢はねえのか?」
「ないですね。これが正当な報酬で正規の金貨だったとしても、俺は代金以上は受け取りません。金貨3万枚ですら過分なんです。別に悟りに入ってるとか、金勘定に疎いという訳ではありませんけど、相応の対価としては不相応なんですよ」
「俺には十分悟りの域だと思うぜ? それによ。たった1回の取引でそれだけの金を引き出せる旦那は、スゲー奴って事じゃねえか! クフフ……」
皆して、ウンウン首を縦に振る。
これには……苦笑いしかできない。
狙ってやった事とはいえ、思っていた以上の反響に俺も戸惑っている。
貴族の奥様方の間では、俺の作った美容化粧品の噂で持ち切りらしい。
商人フェデルクが命名した「若返りの薬」という言葉が広まり、噂を聞き付けた奥様方が、国王陛下に直談判する始末となっている。
嬉しい悲鳴なのだが、それが国王陛下の仕事の邪魔になってたりもする。
国王陛下に謁見を申し出たメーフィスも、それが原因で何日も待たされていたそうだ。
今もまだそれが続いているかは分からないが……。
国中の美女が訪ねてくる状況は羨ま……いや、気にしない。
ともかく。現状、美容化粧品の増産はできない。
なので、購入を懇願されている奥様方には申し訳ないが、増産ができるまで待って頂く他ない。
その代わり、予約として優先販売される。
そしてかなり少量だが、試供薬として特級化粧品を提供し、肌に合うか試してもらっている。
とまぁ、増産するにしても数カ月は掛かるだろうし、それまでの繋ぎをどうするかは悩み所でもある。
「ジールさんの言い分も分からなくないんですけど、俺にしてみれば、そこまでの価値がある物なのかは分かりません。単に、成り金たちを相手に商売をしてるだけですからね」
「謙遜するなって! 俺たちも鼻高々なんだしよ! でもよ。こうも好調だと邪魔が入りそうだな?」
「ないとは言い切れませんが、国王陛下と親方さんが関わる仕事に、正面を切って突っ掛けてくる馬鹿はいないと思います。……これ以上は想像の域を出ませんね」
「結局、坊主はどうするんだ?」
「そうですねぇ……」
この金貨は意図が分からない限り使えない。
鋳潰して確認するにしても、その後の調査やらは表立って動く事になり、状況的にも良くない。
せめて、連絡があれば話が変わって来るのだが……。
「まず、この金貨は集計後に封印します。分析や再鋳造は報酬の意図が判明してからにしましょう。次に、偽造硬貨の根源を断つ対応策を考えます。これについては専門家の意見が必要です」
「専門家? ……なぜそんな奴が必要なんだ?」
「俺の考えがどこまで通用するか分からないからです。そのためにも専門家の客観的な意見を聞きたいんです。特に、今回の件は国策レベルの話です。俺個人で対処する問題ではありませんからね。それに……俺のやり方は過激ですからね」
「それでもうまく行くならいいと思うがな?」
「お、親方さんも過激ですね……」
「もう慣れたからな!」
「……呆れて何も言えません」
「気にするな! とりあえず坊主の意見を聞かせてみろ」
「……仕方ないですね。冗談半分で聞いてくださいね」
ペンを走らせ、対応策を練り始める。
この問題が現実に起こるとは思ってもいなかったが、起きてしまったからには対応せざる得ない。
と言うより、国王陛下の俺への扱いが雑になってる気がしてならない……。
まぁ本来なら、政治家や官僚が対応する問題を任されたと考えれば、やりがいのある仕事だとも言える。
もちろん……邪魔がなければという話だ。
俺たちの会議は夜遅くまで続けられた……。
次回、土曜日2015/1/10/7時です。