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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第76話 不審な報酬

 魔獣が襲来してから、1週間が経過した。

 あれ以来魔獣の襲撃はなく子供たちの怪我も完治し、いつも通りの平穏な日常が戻っている。


 倒した魔獣はその日の内に素材に加工され、戦利品として子供たちの防具に仕立てられた。

 そして、懸念されていた魔獣の病原菌はラミエールを中心に抗体薬や対処法の研究が進められている。

 マサユキが懸念していた魔獣への対策も行われた。


 まず、近隣の村々と協議し、連絡体制の確立と連携した見回りの強化を提案した。

 連絡には新たに開発した通信機を提供し、情報交換や緊急時の招集に利用してもらうようにした。

 見回りにおいては森に詳しい猟師たちに協力を仰ぎ、魔獣の足跡から危険を喚起できるようにした。


 武器に関しては親方さんと各村長の信任者に限られるが、硬質で切れ味のよい武器を与え、格安でメンテナンスを受けられるようにした。

 また、不用意に魔獣に近づき怪我を負わないよう、刺又さすまたと呼ばれる捕具も提供した。


 刺又とは、棒の先に二又に分かれた金具が付いた槍のような物だ。

 主に犯人検挙に使われる道具ではあるが、時間稼ぎとしては良い道具である。

 時間稼ぎさえできれば応援に駆け付ける事もでき、怪我人も増えなくて済む。


 これらの対策に、マサユキは私財の殆どを使ってしまっていた。

 だが、彼はその事を気にも掛けず、満足していた。

 


 マサユキは、いつものようにハンマーを振るう。

 それはいつもの事ではあるが、隣にはサーヴェントさんもいる。

 その理由は、魔動エンジンの開発に着手したからだ。


 魔動エンジン。聞こえは良いが、その開発には四苦八苦していた。

 手始めに蒸気機関を作り上げ、それを元に内燃機関エンジンの開発に着手した。

 しかし、ガソリンのように燃焼率の高い燃料を確保できなかったため、持っていたエンジン理論が成立しない。

 そこでサーヴェントさんに協力を仰ぎ、火系統魔法でピストンを動かす仕組みを開発している最中だ。


 サーヴェントさんは作り上げた魔法剣を眺めながら、問う。


「兄ちゃん。魔動エンジンの開発のためとはいえ、魔法剣コイツはどうするんだ?」

「うっ……」


 サーヴェントさんに痛い所を指摘され、どうにも言い返せない。


 この試作魔法剣3号は、「魔法発動」に特化した鋼鉄製の両刃剣だ。

 利点は、「剣に魔力を込めるだけで、登録した魔法を発動できる」点だ。

 問題は……この魔法剣の『使い手がいない』事だ。


 魔法剣を使うためには、相応の魔力が必要になる。

 つまり、魔力を扱える魔術師にしか使えない。

 しかし、剣も使える魔術師は殆ど居ないらしい。

 その理由は、魔術師の戦い方が関係している。


 魔術師は言ってみれば、移動型の高威力砲台だ。

 重武装の前衛で周りを固めれば、そこは攻撃力と防御力を兼ね備えた要塞となる。

 これは確実に勝利を収める戦術であり、当然、敵対する相手も同じ方法を取って来る。

 そうなると、攻撃の主力となる魔術師の力量差で優劣が決まる。

 そのため、魔力を高める訓練が重要になり、剣術の必要性が生まれないのだ。


 更に追い打ちを掛ける理由もある。

 魔法剣に込められる魔法は一種類に限定されるため、状況に合わせた使い分けができない事だ。

 詠唱が長い高威力魔法を込め、詠唱を省略して連発する事も可能だが、消費魔力が軽減される訳ではないので、使い所を誤ればたちまち魔力切れになってしまう。

 大量に魔力を保有した者でなければ、使い道すらない武器なのだ。


 マサユキはいい訳をするかのように話を反らす。


「魔法のメカニズムが分かれば改善はできると思いますけど……もう忘れましょ。それより、魔動エンジンの方を考えましょうよ?」

「いや、これはこれでスゲー武器じゃねえか。≪ブレイズランス≫が連発できるとか、無敵じゃね?」

「そりゃあまぁ……でも、失敗作です。親方さんの意匠の方が高性能ですよ」

「そうか? 面倒な詠唱を無くせるんだぜ?」

「そこは利点ですけど、遠距離魔法に剣ってのは……ちょっとチグハグ過ぎません?」

「杖とか篭手でもいいかもな。ブーツに付けて、空をカッ飛ぶってのもいいかもな?」

「ふふふ、それは無理ですよ。いくらサーヴェントさんに火耐性があるからと言ってもブーツは皮ですからね。燃えちゃいますよ」

「そこはこう……なんとかできねえのか?」

「できるとは思いますけど……思い付かないですね。諦めてください」

「んくぅ……」


 サーヴェントさんは未練がましく剣を眺め、何とかできないかと頭を捻る。


 サーヴェントさんには無理だとは言ったが、一応考えはある。

 要は、切り替えができればいいだけの話だ。

 以前ガルアに作った大剣のように、意思だけで発動切り替えができる仕組みを作れればいいし、スイッチやトグルで切り替えるのも手だろう。


 ただその為には、魔力と魔法を制御する『魔力回路』を作れるようにならなければならない。

 今やっている作業も、言い換えればそれに関連する。


 魔動エンジンを動かすには、複数の魔力回路が必要になる。

 ピストン内で小爆発を起こす魔力回路。

 魔力の流れを制御する魔力回路。

 魔力をストックする魔力回路。

 大まかに三つではあるが、これら魔力回路を作り上げられれば、魔動エンジンは魔力で動かせるようになる。

 その技術を応用すれば、魔法剣を完成させる事も可能だ。


 ≪レジスト≫の技術を確立できれば、燃える可能性のあるブーツに火耐性を付与し、サーヴェントさんの言う「空飛ぶブーツ」も製作可能だと思う。

 だが……飛べたとしても、制御できるかは別の話だと思う。


 思い出したかのように天窓を眺め、差し込む光の角度を見る。

 まだ昼過ぎで、夕方には早いが……


「そういえば、今日あたりにジールさんが来るんでしたよね? 夕方か、明日の朝には到着すると思いますけど」

「そうだっ……けな? 何か急ぎの用事でもあるのか?」

「いえ。作った義手を試してもらいたいんですよね」

「あの鉄の腕か? そういや何で木でなく鉄で作ったんだ?」

「魔力回路を組み込むためですよ。前にも話ましたが、材質によって付与できる力が変わるんです。木より鉄の方が付与し易いですし、耐久性もありますからね」

「……まさかと思うが、動くってか?」

「ええ。思惑通りなら動きますね」

「それも魔力回路ってヤツか?」

「はい。その通りです。うまく行くかは分かりませんが、意識と魔力回路がリンクすれば、思い通りに動かせると思います。もし成功すれば、魔動エンジン開発と魔法剣開発も進みますね」

「つくづく思うが……規格外だな? 発想が能力の幅を広げてるのか、能力がそこまで可能なのか? ……はたまたバケモノなのかってか? クフッ、クフフフフ……」

「バケモノは……勘弁してください」


 入口の方から声が聞こえる。


「こんちゃーッス! お届け物ッス!」


 ドレンさんのようだ。

 工房員たちは手を止め、久々の再開にドレンさんの背中やら頭をバンバン叩いている。

 なんとも痛々しい出迎えだが、ドレンさんもまんざらでもないようだ。


 外の方では荷物の積み下ろしが始まったようだ。

 指示を終え、ジールさんも工房に入って来る。


「おーい旦那! 依頼完了しましたぜ!」

「お疲れ様です。王都はどうでしたか?」

「いやー、いつ見ても王都は華やかだぜ! お姉ちゃんは綺麗だし、店は男爵領そのものだったぜ!」

「やはりですか……。商売方法を盗まれましたね」

「仕方ねえんじゃねえか? 儲かるやり方をやってれば、誰だって真似るだろうよ」

「店には入られたんですか?」

「……黙ってろよ?」

「ええ……」

「入ったには入ったが、ありゃ駄目だぜ。なんつーか……真似してるだけで面白みがねえんだ」

「何の店です?」

「そりゃー風俗の話だぜ」

「なるほど……」


 「黙っておけ」の意味がやっと分かった。

 フーリアさんに黙っておけという意味だったらしい。

 俺は黙っているつもりだけど……気付かないような人ではないと思う。


「で、どうでした?」

「綺麗に着飾って美人揃いなのによ、傲慢チキっていうか、態度がデケーったらありゃしねーぜ! 奴ら、俺らを田舎者だと馬鹿にしやがるんだぜ? しまいにゃ男共が出て来るしよ。大立ち回りかと思ったら、どこぞのお偉いさんが止めに入ってよ、面白くねえからさっさと店を出たんさ。気分直しで入ったメシ屋も似たような物だったぜ。見た目だけで、味がトンチンカンでよ……」


 ジールさんの愚痴はしばらく続いた。

 だが、お陰で一番重要なサービスの極意までは盗まれていない事が分かった。

 これなら、ガトリール地方の再生はうまくいくだろう。


「――でよ、行く先々で顔がコエーとか、腕がねえから気味悪いとか、俺を何だと思ってやがるんだって感じだ!」

「あっ! その話でジールさんにお願いがあるんですよ。ちょっと待っててください」


 一端工房の倉庫に行き、包を持ってくる。


「これです」


 包を取ると、義手が出てくる。

 義手は左肘の少し上から手先までの物で、フレームは鉄で出来ている。

 内部には機械仕掛けが施され、各部の稼働には魔獣の素材が使われている。

 ただ、前提として魔力回路がジールさんの腕とリンクしなければ動かない代物であり、リンクしなければ少し見た目の良い義手に過ぎない。


「まさか……俺のために?」

「ええ。失った左腕の代わりになればと思いまして。動作するかは分かりませんが、試して欲しいんです」

「い、いや……ここまでしてもらう必要はねえんだぞ? 俺たちは金で雇われて――」

「はいはい。いいですから着けてみてください」


 半ば強引に話を打ち切り、ジールさんの左腕に義手を装着する。


「どうですか?」

「なんつーか……腕だな?」

「そりゃー腕ですけど……」

「そうじゃねえんだ! 本当に自分の腕みたいに動きやがるんだ!」


 どうやら実験は成功したようだ。

 ジールさんは手を開いたり閉じたり、仲間たちと握手したり、物を掴んでは置いたりと、自在に動く左腕に興奮が収まらない。

 事前に実物を見ていたサーヴェントさんも興味津津のようだ。

 しきりに「もっと見せろ」と要求し、ジールさんを離さない。


「まあまあ、そんなに興奮しないでくださいね」

「旦那、そいつぁ無理だぜ! 興奮しねえ奴がどうかしてるぜ!」

「兄ちゃん質問だ。コイツは魔力を使ってねえんだよな?」

「使ってないと思いますよ?」

「じゃあ、『魔力』回路って言うのは変じゃねえか?」

「なるほどね。そういう意味なら使ってますね」

「じゃあ、魔力切れの可能性はあるって事か?」

「無いですよ。俺が言う『魔力』とは、『人の持つ魔力輻射』の事です。魔力輻射は感情で微細に変化する物らしいので、それを読み取って義手に命令を送っています。義手は俺の能力で作ってますので、稼働には魔力を使用していないという訳です」

「……なるほどな。つまり、コイツは壊れるまで魔力を使わず動けるって事か」

「そうなりますね」

「極端な話だけどよ。手足をコレに置き換えるとかできるってか?」


 この質問には戸惑った。

 ロボットを作れるという意味ではなく、『都合よく手足を交換できないか』という意味にも捉えられるからだ。


「都合よく手足の交換という話なら、お受けしませんよ」

「いや、そうじゃねえよ。腱が切れて動かねえ奴とか、足の不自由な奴に使えないかって話だ」

「その場合、可能な限り肉体再生を試みるべきでしょうね。絶対に治せるなんて事はいいませんけど、魔法にはそれだけの可能性があります。腱や神経の再生はまだ研究中ですけど、いずれは実現してみたい夢ですね」

「旦那。本当に可能なんですかい?」

「不可能と思ったらそれまでです。少なくとも、俺は失った心臓を再生できました。リンツ様やラミエールたちの力があってこそですが、不可能を可能にしたんです。不可能だと投げ出すのは安易ですよ」


 だが、マサユキは自身の言葉に矛盾を感じていた。

 炎の矢で胸を貫かれたあの時、自身は助からないと思っていたからだ。


 飛躍し過ぎた話を元に戻す。


「ジールさん。その腕には気を許さないで下さい。思わぬ事で誤作動する可能性があります」

「っていうと、何か心当たりがあるんですかい?」

「魔力輻射は感情の起伏で変化します。怒りや憎しみが強くなれば、無意識で動き出すかもしれないからです。意思を持つ魔剣と同等に扱うべきだと思っています」

「なるほどな……」

「それに言い忘れていましたが、この腕は俺の実験でもあります。都合良くジールさんを利用し、危険性も孕んでいます。ですから、気に沿わないなら使わない方がいいかもしれません」


 ジールさんは腕を眺め、しばらく考え込む。

 そして、答えを出す。


「いや。俺は使うぜ。この腕に意識があるかは分からねえが、俺の左腕として働いてくれるんだ。文句どころか感謝だぜ。だから旦那。気にするなって」


 ジールさんは義手をゆっくり動かし、感慨深い顔をしている。


「分かりました。でも、何かあれば外してくださいね」

「分かってるって」

「それと……メーフィスに代わり、感謝致します」

「いやいや! これは俺の失態だ! 俺たちがもっとしっかりしてれば……」


 ジールさんたちは俯き、あの瞬間を思い起こしているようだ。

 たった100人で、1000人もの兵士を抑える。

 それは、想像を絶する死線だったはずだ。


 地形的有利さもない。

 事前準備もない。

 退路もない。


 この状況で生き残った事自体、奇跡とも言えるからだ。

 それでも失われた命は多い。

 その重みが分かるからこそ、俺は出来る事で報いなければならないと思っている。


「伯爵閣下はやり手ですからね。もうあの方を敵には回したくありません」

「妙に的確だったらしいな?」

「伯爵閣下は広い戦場をよく把握されていましたし、対抗策を立てるのも早かったです。完全に虚を突いたと思っていたのに、最後の最後まで引きませんでしたからね」

「……そういや、伯爵の奴はどうなったんだ?」

「今は特別自治領にいるはずですけど、会議には出てないみたいですね」

「それってどうなんだ? 死ぬのを待ってるとしか思えねえぜ?」

「そうなんですよねぇ……」


 伯爵閣下は引き籠っているらしい。

 引き籠ると言っても、会議に参加してこないだけの話だ。

 この事態は予想してはいたが、伯爵閣下抜きで特別自治領を成立させるのは難しいだろう……。


「伯爵閣下には俺から出向こうと思ってます。表の俺もいるので、顔は隠すと思いますけどね」

「その時は言ってくれ。護衛なら任せろってんだ!」

「仕事がかち合わないならお願いしますよ」

「まあいいさ。今回の売上を受け取ってくれ」


 そう言うと、やたらデカイ箱をいくつか渡してくる。


「やけに……大きいですね? それに数も多いです」

「俺達も中身を知らねえんだ」

「それ本当ですか? いくら受け取ったかも分からないって事になりません?」

「いや、金貨3万枚ってのは聞いてるが……「開けるな」って言うんだ」

「どういう事です?」

「どうもこうもないぜ! 開けるなの一点張りだ!」

「……一応、警戒した方がいいかもしれませんね」

「罠か?」

「断定はできませんが、可能性はあります」

「よし! それなら俺が開けるぜ!」

「いやいや、適任がいますのでご心配なく」

「適任?」


 ポンと手を打ち、サーヴェントさんが思い当たる人物を言う。


「ビードラか?」

「はい。土人形なら負傷の心配はありませんし、防護壁も作れますからね」

「なら、さっそく呼んでくるぜ」

「帰って来てからでいいですよ。それより、久々に集まった面々で飲みましょう!」

「……それもそうだな。じゃあ、親方を呼んで来るぜ!」


 サーヴェントさんは親方さんを探しに工房の奥へ行く。

 そして、ジールさんが一通の手紙を差し出してきた。


「これは王都にいる『鈴蘭』の連中からの情報だ。キナ臭い動きがあるらしいぜ」


 鈴蘭というのは、陽炎かげろうの新しい名称だ。

 鈴蘭の花言葉は、『幸福の再来』。

 再出発としてはいい名前だと思っている。


「分かりました。さっそく確認しましょうか」


 俺たちは休憩所の方に歩き出した。



 ◇



 ビードラさんに手伝ってもらい箱は開けたが……特に仕掛けなどはなかった。

 それどころか、箱には3万枚以上の金貨が入っていた。

 現在集計中だが、倍近く入っていそうだ。


「どうにも意味が分からねえぜ! なんで3万枚だと言ってやがったんだ? 領収書にも3万って書かれてるしよ……」

「他に受け取った物はありませんか?」

「いや……ないな。箱と領収書だけだな」

「親方さんはどう思います?」

「んー……あの人の差し金ではないと思う。まどろっこしい事をせん人だからな」

「となると……箱に仕掛けでもあるのかな?」


 箱を丹念に調べる。

 蓋の裏に隠し蓋がある訳でもなく、二重底でもない。

 領収書を調べても特に不信な点はない。 

 馬鹿な発想だが、箱に入れた物が2倍になるという都合のいい話もなかった。


「なんだかなぁ……。金が増えて嬉しい話なのに、しっくりこねーぜ」


 ジールさんは「ピンッ」と金貨を指で弾く。

 その時……俺はある事に気付いた。

 実に巧妙で、注意していても気づけない事柄に。

 そして、その裏に潜むとてつもなく危険な事にも……。


次回、水曜日2015/1/7/7時です。

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