第76話 不審な報酬
魔獣が襲来してから、1週間が経過した。
あれ以来魔獣の襲撃はなく子供たちの怪我も完治し、いつも通りの平穏な日常が戻っている。
倒した魔獣はその日の内に素材に加工され、戦利品として子供たちの防具に仕立てられた。
そして、懸念されていた魔獣の病原菌はラミエールを中心に抗体薬や対処法の研究が進められている。
マサユキが懸念していた魔獣への対策も行われた。
まず、近隣の村々と協議し、連絡体制の確立と連携した見回りの強化を提案した。
連絡には新たに開発した通信機を提供し、情報交換や緊急時の招集に利用してもらうようにした。
見回りにおいては森に詳しい猟師たちに協力を仰ぎ、魔獣の足跡から危険を喚起できるようにした。
武器に関しては親方さんと各村長の信任者に限られるが、硬質で切れ味のよい武器を与え、格安でメンテナンスを受けられるようにした。
また、不用意に魔獣に近づき怪我を負わないよう、刺又と呼ばれる捕具も提供した。
刺又とは、棒の先に二又に分かれた金具が付いた槍のような物だ。
主に犯人検挙に使われる道具ではあるが、時間稼ぎとしては良い道具である。
時間稼ぎさえできれば応援に駆け付ける事もでき、怪我人も増えなくて済む。
これらの対策に、マサユキは私財の殆どを使ってしまっていた。
だが、彼はその事を気にも掛けず、満足していた。
マサユキは、いつものようにハンマーを振るう。
それはいつもの事ではあるが、隣にはサーヴェントさんもいる。
その理由は、魔動エンジンの開発に着手したからだ。
魔動エンジン。聞こえは良いが、その開発には四苦八苦していた。
手始めに蒸気機関を作り上げ、それを元に内燃機関の開発に着手した。
しかし、ガソリンのように燃焼率の高い燃料を確保できなかったため、持っていたエンジン理論が成立しない。
そこでサーヴェントさんに協力を仰ぎ、火系統魔法でピストンを動かす仕組みを開発している最中だ。
サーヴェントさんは作り上げた魔法剣を眺めながら、問う。
「兄ちゃん。魔動エンジンの開発のためとはいえ、魔法剣はどうするんだ?」
「うっ……」
サーヴェントさんに痛い所を指摘され、どうにも言い返せない。
この試作魔法剣3号は、「魔法発動」に特化した鋼鉄製の両刃剣だ。
利点は、「剣に魔力を込めるだけで、登録した魔法を発動できる」点だ。
問題は……この魔法剣の『使い手がいない』事だ。
魔法剣を使うためには、相応の魔力が必要になる。
つまり、魔力を扱える魔術師にしか使えない。
しかし、剣も使える魔術師は殆ど居ないらしい。
その理由は、魔術師の戦い方が関係している。
魔術師は言ってみれば、移動型の高威力砲台だ。
重武装の前衛で周りを固めれば、そこは攻撃力と防御力を兼ね備えた要塞となる。
これは確実に勝利を収める戦術であり、当然、敵対する相手も同じ方法を取って来る。
そうなると、攻撃の主力となる魔術師の力量差で優劣が決まる。
そのため、魔力を高める訓練が重要になり、剣術の必要性が生まれないのだ。
更に追い打ちを掛ける理由もある。
魔法剣に込められる魔法は一種類に限定されるため、状況に合わせた使い分けができない事だ。
詠唱が長い高威力魔法を込め、詠唱を省略して連発する事も可能だが、消費魔力が軽減される訳ではないので、使い所を誤ればたちまち魔力切れになってしまう。
大量に魔力を保有した者でなければ、使い道すらない武器なのだ。
マサユキはいい訳をするかのように話を反らす。
「魔法のメカニズムが分かれば改善はできると思いますけど……もう忘れましょ。それより、魔動エンジンの方を考えましょうよ?」
「いや、これはこれでスゲー武器じゃねえか。≪ブレイズランス≫が連発できるとか、無敵じゃね?」
「そりゃあまぁ……でも、失敗作です。親方さんの意匠の方が高性能ですよ」
「そうか? 面倒な詠唱を無くせるんだぜ?」
「そこは利点ですけど、遠距離魔法に剣ってのは……ちょっとチグハグ過ぎません?」
「杖とか篭手でもいいかもな。ブーツに付けて、空をカッ飛ぶってのもいいかもな?」
「ふふふ、それは無理ですよ。いくらサーヴェントさんに火耐性があるからと言ってもブーツは皮ですからね。燃えちゃいますよ」
「そこはこう……なんとかできねえのか?」
「できるとは思いますけど……思い付かないですね。諦めてください」
「んくぅ……」
サーヴェントさんは未練がましく剣を眺め、何とかできないかと頭を捻る。
サーヴェントさんには無理だとは言ったが、一応考えはある。
要は、切り替えができればいいだけの話だ。
以前ガルアに作った大剣のように、意思だけで発動切り替えができる仕組みを作れればいいし、スイッチやトグルで切り替えるのも手だろう。
ただその為には、魔力と魔法を制御する『魔力回路』を作れるようにならなければならない。
今やっている作業も、言い換えればそれに関連する。
魔動エンジンを動かすには、複数の魔力回路が必要になる。
ピストン内で小爆発を起こす魔力回路。
魔力の流れを制御する魔力回路。
魔力をストックする魔力回路。
大まかに三つではあるが、これら魔力回路を作り上げられれば、魔動エンジンは魔力で動かせるようになる。
その技術を応用すれば、魔法剣を完成させる事も可能だ。
≪レジスト≫の技術を確立できれば、燃える可能性のあるブーツに火耐性を付与し、サーヴェントさんの言う「空飛ぶブーツ」も製作可能だと思う。
だが……飛べたとしても、制御できるかは別の話だと思う。
思い出したかのように天窓を眺め、差し込む光の角度を見る。
まだ昼過ぎで、夕方には早いが……
「そういえば、今日あたりにジールさんが来るんでしたよね? 夕方か、明日の朝には到着すると思いますけど」
「そうだっ……けな? 何か急ぎの用事でもあるのか?」
「いえ。作った義手を試してもらいたいんですよね」
「あの鉄の腕か? そういや何で木でなく鉄で作ったんだ?」
「魔力回路を組み込むためですよ。前にも話ましたが、材質によって付与できる力が変わるんです。木より鉄の方が付与し易いですし、耐久性もありますからね」
「……まさかと思うが、動くってか?」
「ええ。思惑通りなら動きますね」
「それも魔力回路ってヤツか?」
「はい。その通りです。うまく行くかは分かりませんが、意識と魔力回路がリンクすれば、思い通りに動かせると思います。もし成功すれば、魔動エンジン開発と魔法剣開発も進みますね」
「つくづく思うが……規格外だな? 発想が能力の幅を広げてるのか、能力がそこまで可能なのか? ……はたまたバケモノなのかってか? クフッ、クフフフフ……」
「バケモノは……勘弁してください」
入口の方から声が聞こえる。
「こんちゃーッス! お届け物ッス!」
ドレンさんのようだ。
工房員たちは手を止め、久々の再開にドレンさんの背中やら頭をバンバン叩いている。
なんとも痛々しい出迎えだが、ドレンさんもまんざらでもないようだ。
外の方では荷物の積み下ろしが始まったようだ。
指示を終え、ジールさんも工房に入って来る。
「おーい旦那! 依頼完了しましたぜ!」
「お疲れ様です。王都はどうでしたか?」
「いやー、いつ見ても王都は華やかだぜ! お姉ちゃんは綺麗だし、店は男爵領そのものだったぜ!」
「やはりですか……。商売方法を盗まれましたね」
「仕方ねえんじゃねえか? 儲かるやり方をやってれば、誰だって真似るだろうよ」
「店には入られたんですか?」
「……黙ってろよ?」
「ええ……」
「入ったには入ったが、ありゃ駄目だぜ。なんつーか……真似してるだけで面白みがねえんだ」
「何の店です?」
「そりゃー風俗の話だぜ」
「なるほど……」
「黙っておけ」の意味がやっと分かった。
フーリアさんに黙っておけという意味だったらしい。
俺は黙っているつもりだけど……気付かないような人ではないと思う。
「で、どうでした?」
「綺麗に着飾って美人揃いなのによ、傲慢チキっていうか、態度がデケーったらありゃしねーぜ! 奴ら、俺らを田舎者だと馬鹿にしやがるんだぜ? しまいにゃ男共が出て来るしよ。大立ち回りかと思ったら、どこぞのお偉いさんが止めに入ってよ、面白くねえからさっさと店を出たんさ。気分直しで入ったメシ屋も似たような物だったぜ。見た目だけで、味がトンチンカンでよ……」
ジールさんの愚痴はしばらく続いた。
だが、お陰で一番重要なサービスの極意までは盗まれていない事が分かった。
これなら、ガトリール地方の再生はうまくいくだろう。
「――でよ、行く先々で顔がコエーとか、腕がねえから気味悪いとか、俺を何だと思ってやがるんだって感じだ!」
「あっ! その話でジールさんにお願いがあるんですよ。ちょっと待っててください」
一端工房の倉庫に行き、包を持ってくる。
「これです」
包を取ると、義手が出てくる。
義手は左肘の少し上から手先までの物で、フレームは鉄で出来ている。
内部には機械仕掛けが施され、各部の稼働には魔獣の素材が使われている。
ただ、前提として魔力回路がジールさんの腕とリンクしなければ動かない代物であり、リンクしなければ少し見た目の良い義手に過ぎない。
「まさか……俺のために?」
「ええ。失った左腕の代わりになればと思いまして。動作するかは分かりませんが、試して欲しいんです」
「い、いや……ここまでしてもらう必要はねえんだぞ? 俺たちは金で雇われて――」
「はいはい。いいですから着けてみてください」
半ば強引に話を打ち切り、ジールさんの左腕に義手を装着する。
「どうですか?」
「なんつーか……腕だな?」
「そりゃー腕ですけど……」
「そうじゃねえんだ! 本当に自分の腕みたいに動きやがるんだ!」
どうやら実験は成功したようだ。
ジールさんは手を開いたり閉じたり、仲間たちと握手したり、物を掴んでは置いたりと、自在に動く左腕に興奮が収まらない。
事前に実物を見ていたサーヴェントさんも興味津津のようだ。
しきりに「もっと見せろ」と要求し、ジールさんを離さない。
「まあまあ、そんなに興奮しないでくださいね」
「旦那、そいつぁ無理だぜ! 興奮しねえ奴がどうかしてるぜ!」
「兄ちゃん質問だ。コイツは魔力を使ってねえんだよな?」
「使ってないと思いますよ?」
「じゃあ、『魔力』回路って言うのは変じゃねえか?」
「なるほどね。そういう意味なら使ってますね」
「じゃあ、魔力切れの可能性はあるって事か?」
「無いですよ。俺が言う『魔力』とは、『人の持つ魔力輻射』の事です。魔力輻射は感情で微細に変化する物らしいので、それを読み取って義手に命令を送っています。義手は俺の能力で作ってますので、稼働には魔力を使用していないという訳です」
「……なるほどな。つまり、コイツは壊れるまで魔力を使わず動けるって事か」
「そうなりますね」
「極端な話だけどよ。手足をコレに置き換えるとかできるってか?」
この質問には戸惑った。
ロボットを作れるという意味ではなく、『都合よく手足を交換できないか』という意味にも捉えられるからだ。
「都合よく手足の交換という話なら、お受けしませんよ」
「いや、そうじゃねえよ。腱が切れて動かねえ奴とか、足の不自由な奴に使えないかって話だ」
「その場合、可能な限り肉体再生を試みるべきでしょうね。絶対に治せるなんて事はいいませんけど、魔法にはそれだけの可能性があります。腱や神経の再生はまだ研究中ですけど、いずれは実現してみたい夢ですね」
「旦那。本当に可能なんですかい?」
「不可能と思ったらそれまでです。少なくとも、俺は失った心臓を再生できました。リンツ様やラミエールたちの力があってこそですが、不可能を可能にしたんです。不可能だと投げ出すのは安易ですよ」
だが、マサユキは自身の言葉に矛盾を感じていた。
炎の矢で胸を貫かれたあの時、自身は助からないと思っていたからだ。
飛躍し過ぎた話を元に戻す。
「ジールさん。その腕には気を許さないで下さい。思わぬ事で誤作動する可能性があります」
「っていうと、何か心当たりがあるんですかい?」
「魔力輻射は感情の起伏で変化します。怒りや憎しみが強くなれば、無意識で動き出すかもしれないからです。意思を持つ魔剣と同等に扱うべきだと思っています」
「なるほどな……」
「それに言い忘れていましたが、この腕は俺の実験でもあります。都合良くジールさんを利用し、危険性も孕んでいます。ですから、気に沿わないなら使わない方がいいかもしれません」
ジールさんは腕を眺め、しばらく考え込む。
そして、答えを出す。
「いや。俺は使うぜ。この腕に意識があるかは分からねえが、俺の左腕として働いてくれるんだ。文句どころか感謝だぜ。だから旦那。気にするなって」
ジールさんは義手をゆっくり動かし、感慨深い顔をしている。
「分かりました。でも、何かあれば外してくださいね」
「分かってるって」
「それと……メーフィスに代わり、感謝致します」
「いやいや! これは俺の失態だ! 俺たちがもっとしっかりしてれば……」
ジールさんたちは俯き、あの瞬間を思い起こしているようだ。
たった100人で、1000人もの兵士を抑える。
それは、想像を絶する死線だったはずだ。
地形的有利さもない。
事前準備もない。
退路もない。
この状況で生き残った事自体、奇跡とも言えるからだ。
それでも失われた命は多い。
その重みが分かるからこそ、俺は出来る事で報いなければならないと思っている。
「伯爵閣下はやり手ですからね。もうあの方を敵には回したくありません」
「妙に的確だったらしいな?」
「伯爵閣下は広い戦場をよく把握されていましたし、対抗策を立てるのも早かったです。完全に虚を突いたと思っていたのに、最後の最後まで引きませんでしたからね」
「……そういや、伯爵の奴はどうなったんだ?」
「今は特別自治領にいるはずですけど、会議には出てないみたいですね」
「それってどうなんだ? 死ぬのを待ってるとしか思えねえぜ?」
「そうなんですよねぇ……」
伯爵閣下は引き籠っているらしい。
引き籠ると言っても、会議に参加してこないだけの話だ。
この事態は予想してはいたが、伯爵閣下抜きで特別自治領を成立させるのは難しいだろう……。
「伯爵閣下には俺から出向こうと思ってます。表の俺もいるので、顔は隠すと思いますけどね」
「その時は言ってくれ。護衛なら任せろってんだ!」
「仕事がかち合わないならお願いしますよ」
「まあいいさ。今回の売上を受け取ってくれ」
そう言うと、やたらデカイ箱をいくつか渡してくる。
「やけに……大きいですね? それに数も多いです」
「俺達も中身を知らねえんだ」
「それ本当ですか? いくら受け取ったかも分からないって事になりません?」
「いや、金貨3万枚ってのは聞いてるが……「開けるな」って言うんだ」
「どういう事です?」
「どうもこうもないぜ! 開けるなの一点張りだ!」
「……一応、警戒した方がいいかもしれませんね」
「罠か?」
「断定はできませんが、可能性はあります」
「よし! それなら俺が開けるぜ!」
「いやいや、適任がいますのでご心配なく」
「適任?」
ポンと手を打ち、サーヴェントさんが思い当たる人物を言う。
「ビードラか?」
「はい。土人形なら負傷の心配はありませんし、防護壁も作れますからね」
「なら、さっそく呼んでくるぜ」
「帰って来てからでいいですよ。それより、久々に集まった面々で飲みましょう!」
「……それもそうだな。じゃあ、親方を呼んで来るぜ!」
サーヴェントさんは親方さんを探しに工房の奥へ行く。
そして、ジールさんが一通の手紙を差し出してきた。
「これは王都にいる『鈴蘭』の連中からの情報だ。キナ臭い動きがあるらしいぜ」
鈴蘭というのは、陽炎の新しい名称だ。
鈴蘭の花言葉は、『幸福の再来』。
再出発としてはいい名前だと思っている。
「分かりました。さっそく確認しましょうか」
俺たちは休憩所の方に歩き出した。
◇
ビードラさんに手伝ってもらい箱は開けたが……特に仕掛けなどはなかった。
それどころか、箱には3万枚以上の金貨が入っていた。
現在集計中だが、倍近く入っていそうだ。
「どうにも意味が分からねえぜ! なんで3万枚だと言ってやがったんだ? 領収書にも3万って書かれてるしよ……」
「他に受け取った物はありませんか?」
「いや……ないな。箱と領収書だけだな」
「親方さんはどう思います?」
「んー……あの人の差し金ではないと思う。まどろっこしい事をせん人だからな」
「となると……箱に仕掛けでもあるのかな?」
箱を丹念に調べる。
蓋の裏に隠し蓋がある訳でもなく、二重底でもない。
領収書を調べても特に不信な点はない。
馬鹿な発想だが、箱に入れた物が2倍になるという都合のいい話もなかった。
「なんだかなぁ……。金が増えて嬉しい話なのに、しっくりこねーぜ」
ジールさんは「ピンッ」と金貨を指で弾く。
その時……俺はある事に気付いた。
実に巧妙で、注意していても気づけない事柄に。
そして、その裏に潜むとてつもなく危険な事にも……。
次回、水曜日2015/1/7/7時です。




