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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
77/117

[特別枠] 2015年1月1日号(本編とは時系列が異なります)

新年明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い致します。



今回、新年という節目に何かできないかと思い、急遽1話書き上げました。

タイトル通り、これは本編の時系列とは異なった話になります。


一応、本編とも整合性を保つよう書き上げました。

しかし、必ずしもその通りに物語が続くとは限りません。

というのは、「第75話 魔術理論とクレイビースト」は大体9~10月頃の話であり、今回の話はその2ヶ月後に当たります。


話の展開としてここに結び付くよう持っていくつもりですが、現時点では断言できそうにありません。

ですので、ある種の短編小説と捉えて頂ければと思っています。


内容としては、初笑いの意味を込め、少しボキャブラリーに富んだ内容にしています。

面白可笑しく笑って頂けたらと思っています。

「新年明けまして、おめでとうございます」


 挨拶し、マサユキは深々と頭を下げる。

 ダエルさん、リーアさん、ミイティア、メルディも合わせて挨拶する。


「おう! おめでとうマサユキ」

「マサユキおめでとう」

「兄様。おめでとうございます」

「マサユキ様。新年明けまして、おめでとうございます」


 この世界では珍しい挨拶とあって、皆少し、挨拶がたどたどしい。

 というのも、この世界の年のこよみが変わるのは雪解けの頃合いであって、雪深いこの季節に新年を祝うという習慣がないからだ。


 この日を新年と断定できているのは、リンツ様の助言に因るものだ。

 星の動きはこの世界でも同様であり、天文学にも精通するリンツ様に教えてもらったのだ。


「くぅ~ん」


 フェインが少し悲しそうな顔で擦り寄ってくる。

 マサユキは腰を下ろし、フェインの首元のモフモフに手を伸ばす。


「お前も忘れてないぞ~。明けましておめでとう。フェイン」

「ワフ!」


 フェインは元気に吠え、嬉しそうに尻尾を振る。


 フェインは大分大きく成長した。

 まだまだ小さい方ではあるが、母親譲りの銀色の毛並みは益々美しく輝く。

 あと半年もすれば成体となるのだろう。

 ただ、体の大きさは現世の狼とは違うので、同じ程度の期間で成体になれるのかは分からない。

 だが……このモフモフだけは変わらずあって欲しい……。


 マサユキは夢中でフェインのモフモフを堪能する。


「に、兄様……顔が弛み切ってますよ?」

「い、いいじゃないか! このモフモフの魅力に勝てる奴がいるとは思えないし!」


 と平然を装い言い返すが……その顔に威厳の欠片はない。

 

「よだれを垂らす程夢中になってたのに? フフフフ」


 ミイティアに指摘され口元に手を当てると、ヌメっという感覚が伝わってくる。

 グシグシと服の裾で口元を拭う。

 しかし、しっかり拭えていなかったのか、メルディがハンカチで拭いていれた。

 そしてメルディは……平然と追い打ちを掛ける。


「マサユキ様。新年初日にした事は、一年中してしまうのでしたわよね?」

「うっ……」

「そうなると……私はマサユキ様のよだれを、一年中拭いてさし上げられるという事ですわね」


 「新年初日にした事は、一年中してしまう」とは、マサユキが両親から教えられてきた迷信である。

 4年以上前に余談として話した内容ではあったが、メルディはしっかり覚えていたのだ。

 メルディの話を聞き、ミイティアも反応する。


「えっ!? そうなの? ……じゃあ!」


 ミイティアは勢いよく飛び付き、マサユキを押し倒す。

 そして、至福の表情を浮かべながら胸元に顔を摺り付ける。

 

 メルディはミイティアの大胆な行動に一瞬硬直していたが、マサユキの頭側に回ると、頭を持ち上げ膝枕の格好にする。

 そして、優しくマサユキの髪を撫でる。


「マサユキ様の髪、とても触り心地が良いですわ。これで私は一年中膝枕できますわね」

「姉さまズルイ! 私も!」


 ミイティアは腕だけ姿勢を変え、マサユキの髪をグニグニと触ってくる。

 少し無理な体勢ではあるが、満面の笑みを浮かべている。


 その時マサユキは……欲望と葛藤していた。

 美女2人に言い寄られるのは「嬉しい」の一言に尽きるのだが……後頭部からはメルディの柔らかで心地よい太もも感覚が、腹部からはミイティアの胸がグイグイと押し当てられている。

 それらの「強烈な誘惑」が本能を呼び覚まし、急激な速度で加速していくのを感じていた。


 だが同時に、「年中同じ事をしてしまう」という迷信通りには成りたくはないという思いと、ダエルさんとリーアさんの前で「新年初日から『馬鹿』をやりたくない」という思いが、彼の理性を繋ぎ止めていた。 


 だが、それは時間の問題。

 何とかしなければ、この「甘く強烈な誘惑」は容易く理性を破壊してしまうだろう。


 チラッとダエルさんリーアさんを見ると……2人してニヤニヤと笑っている。


「あらあら。今年は初孫が期待できそうね?」

「孫か~。できれば男がいいな! その方がバランス取れるし、一緒に狩りにも行ける! あーでも、娘でもいいな! 2人とも美人だし、娘も美人間違いなしだしな! ハッハッハッハッハッハ!」

「そうね。フフフフ」


 2人が期待する気持は分かるし、俺もそうありたいと思う……。

 だが、期待を一方的に押し付けられるのは釈然としない。


 少し言い返してやろうと思い、ミイティアとメルディに良いようにされながらも応戦する。


「ダエルさんとリーアさんの子の方が、先に生まれるんじゃないですか?」

「え? そうなの?」


 ミイティアはリーアさんのお腹を見詰める。

 だが、納得のいかない不思議そうな顔をする。

 それは、いつもと変わりない体型のリーアさんに「子供が生まれる」という気がしないためだ。


「まだ分からないわ。アクトバー先生にも診て頂いたけど、まだまだ先になりそうよ」

「俺も頑張ってるんだがなぁ……」

「いいじゃないの。私たちには3人も子供が……」


 突然、リーアさんが表情を変える。

 口元に手を当て、吐き気を抑えるような格好をしている。


「リーア?」


 ダエルさんもリーアさんの容態の変化に気付いたようだ。

 マサユキは頭を少し上げ、メルディが動けるスペースを作る。

 メルディも『それ』が何を意味するか察すると、すぐにリーアさんの元に行く。

 そして、リーアさんの背中をゆっくり摩る。

 

「え? ……え? え?」


 ダエルさんの落ち着きがない。

 俺も初めての経験する事なのでハッキリとは分からないが、妊娠の兆候なのかもしれない。

 

 体に圧し掛かっているミイティアにお願いをする。


「ミイティア。通信機で連絡を入れておくから、ラミエールを迎えに行ってくれないか?」

「はい、分かりました!」


 ミイティアは立ち上がると、準備をしに二階に駆け上がっていく。

 そして、フェインを連れて出掛けて行った。



 ◇



 ラミエールに連絡を入れ、リビングに戻って来たのだが……やはりダエルさんの落ち着きはない。


「ダエルさん、落ち着きましょ」

「いやだが! 俺にできる事はねえのか?」

「すぐにラミエールが来ます。あとは彼女に任せましょ」

「そ、そうか……」


 しばらくすると、ミイティアがラミエールを連れて帰ってきた。


「お邪魔しますわ」

「いらっしゃい。さっそくだけど頼むよ」

「分かりましたわ」


 ラミエールがリーアさんの診察を始めた。

 男衆であるダエルさんとマサユキは席を外し、表に出る。


 外は一面雪の、銀世界だ。

 空は晴れ渡り、日光が反射して雪がキラキラと輝いている。

 そして……とても静かだ。


 ダエルさんとマサユキは玄関の脇にある木造のベンチに座り、静かに診察結果を待つ。

 マサユキは、落ち着く様子がないダエルさんに声を掛ける。


「ダエルさん、大丈夫ですよ。こういうのは受け入れる事が肝心です」

「とは言ってもなぁ……。マサユキは経験があるのか?」

「俺は……無い訳じゃないんですけど、その場に立ち会えませんでした」

「そうか……。女ってスゲーよな? 度胸が違うぜ」

「そうですね。男はこういう場面、何もできませんからね」


 フォローを入れようと答えたつもりではあったが、マサユキ自身、どうして良い物か分からない。

 今できるのは、心の支えになってあげる事だけだと思っている。


 しばらくし、ラミエールの診察が終わった。


「ダエルさん。マサユキさん。リーアさんはご懐妊されてます」

「ほ、本当か!?」

「良かったですね。待望の子供ですよ」

「ああ! 考えてたより衝撃的だったぜ!」


 ダエルさんは子供のようにはしゃぎ、喜ぶ。

 長い間、願っても手に入れられなかった子供を授かったのだ。

 それが分かっているから、マサユキも嬉しかった。


 マサユキは肝心な事をラミエールに聞く。


「で、ラミエール。子供は順調そうなのかな?」

「ええ。何の問題もありませんわ。……これは忠告ですけど、安定期に入るまでは夜の営みはお控えくださいませ」

「あ、ああ……」


 ダエルさんは少し顔を赤らめてはいるが、診察結果を受け、落ち着きを取り戻している。

 マサユキは立ち上がり、ラミエールに感謝を述べる。


「ラミエールありがとう。それと……新年明けましておめでとう」

「おめでとうございますですわ。今年も宜しくお願いしますわ」


 そして何を思ったのか、ラミエールが抱き付いてくる。


「温かいですわ~」

「……何、してるの?」

「凍えた体を温めてますの。まさか! こんな寒い中を歩かせて、暖を取らせてもくれないのですの?」

「そうではないけど……それ、へ理屈だよね?」

「気にしてはいけませんわ。それに……(これで一年中マサユキさんを抱き締められますもの)」

「な、何か言ったかな?」

「いいえ。気のせいですわ」


 無下に突放す訳にもいかず、良いように抱き締められ続ける。

 そこに……


「相変わらずだな?」


 ぶっきら棒に声を掛けてきたのは、ガルアだ。

 アンバーさんと奥さんも一緒だ。


「き、気にしないでくれ……って、連絡入れたっけ?」

「何の話だ?」

「いや、リーアさんに子供が出来てね、ラミエールに診察してもらってたんだよ」

「ほほー! そいつはめでたいな! ダエルおめでとう!」


 アンバーさんがダエルさんの肩を叩き、祝辞を述べた。

 奥さんも嬉しそうに声を掛ける。


「ありがとうなアンバー。それから、新年おめでとう」

「おめでとうダエル」


 挨拶を済ませると、ガルアを残し皆家に入っていく。

 家の中は騒がしくなったが、ここだけは静かだ。

 再びベンチに腰掛け、ガルアも横に座る。


 何と言うか……言葉が続かない。

 無理やり話をする必要もないとも言うが……。


 その静寂を破り、口を開いたのはガルアだった。


「で、今年は何をするよ?」

「そうだなぁ……」


 去年は色々あり過ぎた。

 4年の眠りから目覚め、化粧品を開発し、男爵様との決戦に挑んだ。

 男爵領に出向き、シドさんらと共に戦争を戦い抜いた。

 特別自治領という前代未聞の政策にも関わった。


 1年にも満たない日々が、思い返せば一瞬の出来事のようにも感じる。

 ガルアが言いたいのはそれらの事ではなく、もっと先の話だろう。


「ずっと昔から思ってたけど、世界を旅してみたいかな。アルテシア聖王国は広いし、隣のクロイセン王国やドラレス帝国にも行ってみたい。もっと遠くでもいいね」

「旅か……そいつは面白そうだな? ダンジョンには行かねえのか?」

「それもいいかもしれないね。でも、旅は「風の吹くままに」って言うし、あまり目的を持ってやりたくはないかな」

「「風の吹くままに」か……」

「ガルアはやってみたい事ないの?」

「そうだなぁ……「海」って奴を見てみたいな。船を借りて、それこそ「風の吹くままに」でもいいかもな」

「それもいいね。海にはロマンが詰まってる気がするよ」

「やっぱ、海にも魔獣がいたりするのか?」

「いるんじゃない? 海上輸送は護衛団が必須って聞くし」

「そうかぁ……楽しみだな!」

「それは「海の魔獣と相対したい」って意味か?」

「そりゃそうだろ? どんなつえー奴がいるか考えるだけで、ワクワクしてきやがるぜ!」

「海と言えば魚だな。醤油とワサビがあれば尚良しだ!」

「醤油は知らねーが、ワサビなら似た物があったと思うぜ?」

「そいつは知らないな。今度教えてくれよ?」

「構わねえぜ。今から行くか?」

「……ワサビって、冬でも採れるのか?」

「知らねーけど……群生地を見に行くだけでもいいんじゃねえか?」

「そうだなぁ……」


 どうしようか考え込んでいると、目の前が薄暗くなる。

 顔を上げると、ミイティアがいた。


「何の話をしてるの?」

「いや……ワサビの話をしててね。群生地を見に行こうかって話してたんだよ」

「こんな雪の中を?」

「そうなんだよね~。天候が良いとはいえ、雪の中を遠出するのは気が引けるからね」

「別に遠くねえぞ?」

「……ガルアの距離感は当てにできないからなぁ~」

「テメェがナヨっこいだけだろ!? それに川を遡った上流にあるだけだしよ。 別に遠くねえぞ?」

「なら、行けなくもないか……」

「じゃあ兄様。準備してきますね」

「って、ミイティアも行くの?」

「行きます! 私は兄様の護衛ですから!」

「アハ、アハハハハハ……」



 ◇



 準備を整え、マサユキたちは出発した。

 メルディはリーアさんに付き添うとの事で家に残ったが……なぜかラミエールまで付いてきた。


「マサユキさん。私はお邪魔ですの?」

「い、いや……まさかラミエールまで付いて来るとは思ってなかったんだ」

「いいのです! 気にしてはいけませんわ!」

「なんか……メルディに似てきたね?」

「そ、そうかしら? 私は薬草を集める良い機会だと思ってるだけですわ!」

「まぁ……そういう事にしておくよ」


 積った雪を掻き分け、マサユキたちは進む。

 先頭はフェインが走り、続いてガルア、ミイティアが続いている。

 その後を、マサユキとラミエールが追い掛けている形だ。


 雪は深いが、思いのほか軽い。

 パウダースノーと言うようにサラサラとした雪であり、掻き分ける度に綺麗に舞い上がる。

 生命力溢れる木々と、銀色に輝く雪とのコントラストも素晴らしい。

 幻想的銀世界。

 その一言に尽きる道なき道を、切り開くように進んで行く感覚が無性に冒険心を掻き立てる。


 大分上流の方まで来た。

 川幅は狭くなり、水量も減ってきている。

 ワサビの群生地も近い気がする。


 予感を確認するため、先導しているガルアに声を掛ける。


「ガルア。そろそろ着く?」

「もうちょい先だったと思うぜ」


 もうちょい先?

 あと何百メートル先の話をしてるんだ?


 思っていた以上の距離と雪深さに、ラミエールもガルアに声を掛ける。


「ガルアー! まだなの!?」

「だから、もうちょいだって!」

「アンタの「もうちょい」は、ホント当てにならないわ!」

「うるせえよ! もうちょいは、もうちょいなんだよ!」


 ガルアは足を止め、川の上流辺りを指差す。


「大体あの辺りだ」


 ガルアの指し示す方向には、雪しか見えない。

 「本当にそこにあるのか?」 と疑ってしまう程にだ。


 目的地周辺に到着すると、ガルアは剣を地面に突き刺し、雪を掻き分け始める。

 マサユキとミイティアも一緒に雪を掻き分け始め、ラミエールはその場にへたり込み休憩に入った。


 すると……雪の下から緑の葉っぱが顔を出す。

 そのまま根元まで掻き分けると、茶色掛かった緑色の根っこが出てくる。

 根っこを引き抜き、地面に沿って流れる水で土を洗い落とすと、ゴツゴツとしながらも立派に成長した「ワサビらしき物」が出てきた。


「どうだ? 話に聞いてたワサビって奴じゃねえか?」

「ちょっと待ってね」


 腰のナイフを取り、ゴツゴツとした表面を削る。

 そして、薄く切った断片を口に運ぶと……


「うぐぉおおおお!」


 鼻を突き抜けるような強烈な刺激が走り、思わず叫んでしまった。


「おい! 大丈夫か!?」

「兄様!?」

「ふ、ふぅ……大丈夫。これは間違いなくワサビだ。まさか本当にあるとはね……」


 ガルアとミイティアも口してみる。

 言うまでもないが、二人は悶えた。


「うぐあああ! 何だこれ!?」

「に、兄様……鼻が痛いです」

「これはこういう物なんだよ。普通、魚の刺身に醤油を付けて、少しだけワサビを付けて食べる物なんだ。これ単品で食べる物ではないけど、り下ろし方を工夫すると刺激が減る物なんだ」

「ジャガイモの時もそうだったけどよ……先に味を聞いとけば良かったぜ」

「いいじゃない。斬新な体験ができたと思えば」

「お前のSッ気は、いつもドキツイんだよ!」

「見つかったのですの?」


 Sの代名詞が声を掛けてきた。


「うん。なかなか刺激的な味だよ。ラミエールもどう?」

「何ですのその……気持ち悪い笑みは?」

「いやいや、なかなか行けるよ。俺はこれが好きなんだ」

「へー……。ミイティアどうでしたの?」

「わ、私は……美味しかったわ」


 ミイティアの目は泳いでいる。


「ふーん……。ガルアは……嫌そうな顔をしてますわね?」

「う、旨かったぜ! ラミエールも食えよ」

「そう……。なら、マサユキさんがアーンしてくれたらいいですわ」


 つくづくSッ気が強い娘だ。

 少し意地悪をしてやろうと思い、地面を探る。

 適当な大きさのゴツゴツとした石を見付けると、グリグリと力を入れてワサビをる。

 そして出来た磨りワサビをひと摘み取り、ラミエールの口に運ぶ。

 もう少しで口に入るという時、間にラミエールの手が割り込んできた。


「まずはマサユキさんが食べてくださいの。さっきとは違った方法で食べるようですし」


 す、鋭い。

 だが、ここでそれに従ってしまえば、ラミエールの思う壺だ。

 なので、こういう提案をしてみる。


「お互いアーンすればいいんじゃない?」

「……じゃあ、先にマサユキさんが」

「一緒にやろうよ。先でも後でも同じでしょ? それとも止めとく? ニヒ」

「……いいえ! 食べますわ! さあ、やりますわよ!」


 「せーの」で、お互いの口に磨りワサビを突っ込む。


「ん……ん…………んんんんんんんんんんん!!」

「んがああああ!!」


 マサユキとラミエールは悶える。

 本わさびは比較的刺激が少ない物ではあるが、荒く磨り下ろすと刺激が強くなる性質があるのだ。

 ワサビの強い刺激に悶える二人の姿に、ガルアとミイティアの盛大な笑い声が山に響く……。


 水を飲み、やっと痛みが和らいできた。

 マサユキは慣れているとはいえ、意図的に辛くしたワサビで舌がジンジンと痛む。

 ラミエールに至っては、半ベソである。


 自業自得で痛い目にあったマサユキではあったが、思わぬ収穫に喜んでいた。


「これで、あとは醤油があれば完璧なんだよなぁ」

「醤油ってのは、簡単に作れねえんだろ?」

「難しいね。醤油は大豆で作れるんだけど、酵母が必要だし、作るにしても1年近く掛かったと思うんだ」

「何か代用できる調味料とかねえのか?」

「どうだろ? こればかりは探さないと分からないね。でもまぁ……食べる以外にも、殺菌効果を利用して食料保存にも役立てられるよ」

「マサユキさん。それは薬にも使えたりしないのですか?」

「んー……殺菌力が強過ぎるから向いてないかもね。研究題材としては面白いかも――」


 突然、フェインが唸りを上げる。

 その唸りは、近くに魔獣がいる可能性を示している。


「ちょっと数が多そうだな」


 ガルアはキョロキョロと周りを見回し、警戒感を強める。

 とはいえ、このメンバーなら10匹20匹相手だろうと余裕な気がする。

 なので、警戒は任せつつ、ワサビの収穫に取り掛かる。



 ◇



 しばらくすると、森の奥から『奴ら』が現れた。

 現れた魔獣は……魔獣は? ……魔獣なのか?


 現れた魔獣は、どう見てもウサギ。

 人の倍はある白いウサギという感じで、モッサリとした着ぐるみのようで、魔獣独特の危険さは感じない。


「ウサギだよな?」

「ああ」

「ウサギって……温厚な動物じゃなかったか?」

「例外がいるんだよ」

「でも、所詮ウサギだろ?」

「お前馬鹿か!? 白い悪魔と言われる「人食いウサギ」だ!」

「人食い……ねえ?」


 ズシン。

 足音は重々しいが……見れば見るほどマサユキの顔はニヤけていく。


 短足ながらも、愛らしい大きな足。

 丸みを帯び、柔らかそうな胴体。

 体の大きさとは対照的な小さな瞳。


 そして、耳!

 ウサギと言えば耳!

 

 特徴的でありながらも温かく柔らかそうな耳は、愛らしさ全開である!!

 危険を顧みず「抱き付きたい!」 という衝動に駆られて……しまう?

 何だ……この温かな……モフモフは……


「オイ?」

「兄様?」

「大胆ですわ……」


 ふと見上げると、大きな白くモフモフとしたウサギの頭が目に飛び込んでくる。

 マサユキは、無意識のままにウサギに抱き付いていたのだ。


 ウサギは太い腕でマサユキをひっしり抱き締めると、大きく口を開け……ギラリと光る鋭い前歯で噛み付こうとしてくる!


「おわわわわ!!」


 慌てて抜け出そうとするが、なかなか抜け出せない。

 むしろ、締め付けが一段と強くなった気がする。


「おい、待ってろ!」


 ガルアが距離を詰めようと飛び出すが、他のウサギたちに進路を妨害され、なかなかマサユキの元に辿り付けない。 

 ミイティアもラミエールも同様だ。


 マサユキは体を捻るように動かし、僅かに開いた隙間から腕を出す。

 すると……絶対絶命の危機にあるにも関わらず、ニヤ付く。

 そして、叫びながら腕を伸ばす!


「こいつを『喰らえ』!!」


 手に持っていたワサビを、ウサギの口の中に放り込んだのだ!

 ウサギは、放り込まれたワサビを平然とモグモグと食べていたが……突然顔色を変え、悲痛な叫び声を上げながら転げ回る。


 やっとの事でマサユキは解放された。

 しかし、刀を抜こうとしない。

 それどころか……転げ回るウサギを、気持ち悪い表情を浮かべながら見下ろす。


 そして、持っていたワサビを……

 ウサギの口に、突っ込む! 突っ込む! 突っ込む!!


 これでもかとワサビを口に詰めたところで、ウサギは白目を剥き、動かなくなった……。


 マサユキの呆れた行動に、戦闘中のガルアもミイティアもあんぐり口を開けている。

 ラミエールだけが冷静にコメントする。


「命名するなら、必殺「ウサギ転がし」ですわね」


 笑い声が混じりながらも戦闘は続いた……。



 ◇



 やっと討伐が終わった。

 倒した数は25体。残りは逃亡してしまった。


 戦闘の感想をラミエールとガルアが述べる。

 

「『最初の一体』以外は、いつも通りでしたわね」

「そうだな。 『最初の一体』だけは例外だ」


 ミイティアはマサユキを引っ張りながら叫ぶ。


「兄様! いい加減、抱き付くのを止めてください!」

「やだよ~。これ最高なんだもの」


 マサユキは動かなくなったウサギにへばり付いている。

 触り心地が最高で、夢心地の気分なのだ。


「あの馬鹿は放っておいて、コレどうするよ? 流石に運べねえぜ?」

「一旦帰って、村人たちにお願いしましょう。マサユキさんが絶賛するほどの触り心地ですし、いい布団になりますわ」

「そうね。って、兄様!」


 ミイティアはマサユキをウサギから引き離そう引っ張るが、なかなか離れない。

 ラミエールがミイティアの肩に手を当て、『ある物』を見せる。

 ミイティアは「なるほど」と頷き、ガルアもその意味を察した。


「え!? え!? 何?」


 一人状況を掴めぬままガルアに体を抑えつけられ、ミイティアに口をこじ開けられる。

 そして、ラミエールは叫ぶ!


「必殺「ウサギ転がし」!!」


 磨りワサビを口一杯に突っ込まれ、マサユキの悲鳴は山々に木霊した……。


次回は、土曜日2015/01/03 7時です。

「第75話 魔術理論とクレイビースト」の続編となります。

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