[特別枠] 2015年1月1日号(本編とは時系列が異なります)
新年明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
今回、新年という節目に何かできないかと思い、急遽1話書き上げました。
タイトル通り、これは本編の時系列とは異なった話になります。
一応、本編とも整合性を保つよう書き上げました。
しかし、必ずしもその通りに物語が続くとは限りません。
というのは、「第75話 魔術理論とクレイビースト」は大体9~10月頃の話であり、今回の話はその2ヶ月後に当たります。
話の展開としてここに結び付くよう持っていくつもりですが、現時点では断言できそうにありません。
ですので、ある種の短編小説と捉えて頂ければと思っています。
内容としては、初笑いの意味を込め、少しボキャブラリーに富んだ内容にしています。
面白可笑しく笑って頂けたらと思っています。
「新年明けまして、おめでとうございます」
挨拶し、マサユキは深々と頭を下げる。
ダエルさん、リーアさん、ミイティア、メルディも合わせて挨拶する。
「おう! おめでとうマサユキ」
「マサユキおめでとう」
「兄様。おめでとうございます」
「マサユキ様。新年明けまして、おめでとうございます」
この世界では珍しい挨拶とあって、皆少し、挨拶がたどたどしい。
というのも、この世界の年の暦が変わるのは雪解けの頃合いであって、雪深いこの季節に新年を祝うという習慣がないからだ。
この日を新年と断定できているのは、リンツ様の助言に因るものだ。
星の動きはこの世界でも同様であり、天文学にも精通するリンツ様に教えてもらったのだ。
「くぅ~ん」
フェインが少し悲しそうな顔で擦り寄ってくる。
マサユキは腰を下ろし、フェインの首元のモフモフに手を伸ばす。
「お前も忘れてないぞ~。明けましておめでとう。フェイン」
「ワフ!」
フェインは元気に吠え、嬉しそうに尻尾を振る。
フェインは大分大きく成長した。
まだまだ小さい方ではあるが、母親譲りの銀色の毛並みは益々美しく輝く。
あと半年もすれば成体となるのだろう。
ただ、体の大きさは現世の狼とは違うので、同じ程度の期間で成体になれるのかは分からない。
だが……このモフモフだけは変わらずあって欲しい……。
マサユキは夢中でフェインのモフモフを堪能する。
「に、兄様……顔が弛み切ってますよ?」
「い、いいじゃないか! このモフモフの魅力に勝てる奴がいるとは思えないし!」
と平然を装い言い返すが……その顔に威厳の欠片はない。
「よだれを垂らす程夢中になってたのに? フフフフ」
ミイティアに指摘され口元に手を当てると、ヌメっという感覚が伝わってくる。
グシグシと服の裾で口元を拭う。
しかし、しっかり拭えていなかったのか、メルディがハンカチで拭いていれた。
そしてメルディは……平然と追い打ちを掛ける。
「マサユキ様。新年初日にした事は、一年中してしまうのでしたわよね?」
「うっ……」
「そうなると……私はマサユキ様のよだれを、一年中拭いてさし上げられるという事ですわね」
「新年初日にした事は、一年中してしまう」とは、マサユキが両親から教えられてきた迷信である。
4年以上前に余談として話した内容ではあったが、メルディはしっかり覚えていたのだ。
メルディの話を聞き、ミイティアも反応する。
「えっ!? そうなの? ……じゃあ!」
ミイティアは勢いよく飛び付き、マサユキを押し倒す。
そして、至福の表情を浮かべながら胸元に顔を摺り付ける。
メルディはミイティアの大胆な行動に一瞬硬直していたが、マサユキの頭側に回ると、頭を持ち上げ膝枕の格好にする。
そして、優しくマサユキの髪を撫でる。
「マサユキ様の髪、とても触り心地が良いですわ。これで私は一年中膝枕できますわね」
「姉さまズルイ! 私も!」
ミイティアは腕だけ姿勢を変え、マサユキの髪をグニグニと触ってくる。
少し無理な体勢ではあるが、満面の笑みを浮かべている。
その時マサユキは……欲望と葛藤していた。
美女2人に言い寄られるのは「嬉しい」の一言に尽きるのだが……後頭部からはメルディの柔らかで心地よい太もも感覚が、腹部からはミイティアの胸がグイグイと押し当てられている。
それらの「強烈な誘惑」が本能を呼び覚まし、急激な速度で加速していくのを感じていた。
だが同時に、「年中同じ事をしてしまう」という迷信通りには成りたくはないという思いと、ダエルさんとリーアさんの前で「新年初日から『馬鹿』をやりたくない」という思いが、彼の理性を繋ぎ止めていた。
だが、それは時間の問題。
何とかしなければ、この「甘く強烈な誘惑」は容易く理性を破壊してしまうだろう。
チラッとダエルさんリーアさんを見ると……2人してニヤニヤと笑っている。
「あらあら。今年は初孫が期待できそうね?」
「孫か~。できれば男がいいな! その方がバランス取れるし、一緒に狩りにも行ける! あーでも、娘でもいいな! 2人とも美人だし、娘も美人間違いなしだしな! ハッハッハッハッハッハ!」
「そうね。フフフフ」
2人が期待する気持は分かるし、俺もそうありたいと思う……。
だが、期待を一方的に押し付けられるのは釈然としない。
少し言い返してやろうと思い、ミイティアとメルディに良いようにされながらも応戦する。
「ダエルさんとリーアさんの子の方が、先に生まれるんじゃないですか?」
「え? そうなの?」
ミイティアはリーアさんのお腹を見詰める。
だが、納得のいかない不思議そうな顔をする。
それは、いつもと変わりない体型のリーアさんに「子供が生まれる」という気がしないためだ。
「まだ分からないわ。アクトバー先生にも診て頂いたけど、まだまだ先になりそうよ」
「俺も頑張ってるんだがなぁ……」
「いいじゃないの。私たちには3人も子供が……」
突然、リーアさんが表情を変える。
口元に手を当て、吐き気を抑えるような格好をしている。
「リーア?」
ダエルさんもリーアさんの容態の変化に気付いたようだ。
マサユキは頭を少し上げ、メルディが動けるスペースを作る。
メルディも『それ』が何を意味するか察すると、すぐにリーアさんの元に行く。
そして、リーアさんの背中をゆっくり摩る。
「え? ……え? え?」
ダエルさんの落ち着きがない。
俺も初めての経験する事なのでハッキリとは分からないが、妊娠の兆候なのかもしれない。
体に圧し掛かっているミイティアにお願いをする。
「ミイティア。通信機で連絡を入れておくから、ラミエールを迎えに行ってくれないか?」
「はい、分かりました!」
ミイティアは立ち上がると、準備をしに二階に駆け上がっていく。
そして、フェインを連れて出掛けて行った。
◇
ラミエールに連絡を入れ、リビングに戻って来たのだが……やはりダエルさんの落ち着きはない。
「ダエルさん、落ち着きましょ」
「いやだが! 俺にできる事はねえのか?」
「すぐにラミエールが来ます。あとは彼女に任せましょ」
「そ、そうか……」
しばらくすると、ミイティアがラミエールを連れて帰ってきた。
「お邪魔しますわ」
「いらっしゃい。さっそくだけど頼むよ」
「分かりましたわ」
ラミエールがリーアさんの診察を始めた。
男衆であるダエルさんとマサユキは席を外し、表に出る。
外は一面雪の、銀世界だ。
空は晴れ渡り、日光が反射して雪がキラキラと輝いている。
そして……とても静かだ。
ダエルさんとマサユキは玄関の脇にある木造のベンチに座り、静かに診察結果を待つ。
マサユキは、落ち着く様子がないダエルさんに声を掛ける。
「ダエルさん、大丈夫ですよ。こういうのは受け入れる事が肝心です」
「とは言ってもなぁ……。マサユキは経験があるのか?」
「俺は……無い訳じゃないんですけど、その場に立ち会えませんでした」
「そうか……。女ってスゲーよな? 度胸が違うぜ」
「そうですね。男はこういう場面、何もできませんからね」
フォローを入れようと答えたつもりではあったが、マサユキ自身、どうして良い物か分からない。
今できるのは、心の支えになってあげる事だけだと思っている。
しばらくし、ラミエールの診察が終わった。
「ダエルさん。マサユキさん。リーアさんはご懐妊されてます」
「ほ、本当か!?」
「良かったですね。待望の子供ですよ」
「ああ! 考えてたより衝撃的だったぜ!」
ダエルさんは子供のようにはしゃぎ、喜ぶ。
長い間、願っても手に入れられなかった子供を授かったのだ。
それが分かっているから、マサユキも嬉しかった。
マサユキは肝心な事をラミエールに聞く。
「で、ラミエール。子供は順調そうなのかな?」
「ええ。何の問題もありませんわ。……これは忠告ですけど、安定期に入るまでは夜の営みはお控えくださいませ」
「あ、ああ……」
ダエルさんは少し顔を赤らめてはいるが、診察結果を受け、落ち着きを取り戻している。
マサユキは立ち上がり、ラミエールに感謝を述べる。
「ラミエールありがとう。それと……新年明けましておめでとう」
「おめでとうございますですわ。今年も宜しくお願いしますわ」
そして何を思ったのか、ラミエールが抱き付いてくる。
「温かいですわ~」
「……何、してるの?」
「凍えた体を温めてますの。まさか! こんな寒い中を歩かせて、暖を取らせてもくれないのですの?」
「そうではないけど……それ、へ理屈だよね?」
「気にしてはいけませんわ。それに……(これで一年中マサユキさんを抱き締められますもの)」
「な、何か言ったかな?」
「いいえ。気のせいですわ」
無下に突放す訳にもいかず、良いように抱き締められ続ける。
そこに……
「相変わらずだな?」
ぶっきら棒に声を掛けてきたのは、ガルアだ。
アンバーさんと奥さんも一緒だ。
「き、気にしないでくれ……って、連絡入れたっけ?」
「何の話だ?」
「いや、リーアさんに子供が出来てね、ラミエールに診察してもらってたんだよ」
「ほほー! そいつはめでたいな! ダエルおめでとう!」
アンバーさんがダエルさんの肩を叩き、祝辞を述べた。
奥さんも嬉しそうに声を掛ける。
「ありがとうなアンバー。それから、新年おめでとう」
「おめでとうダエル」
挨拶を済ませると、ガルアを残し皆家に入っていく。
家の中は騒がしくなったが、ここだけは静かだ。
再びベンチに腰掛け、ガルアも横に座る。
何と言うか……言葉が続かない。
無理やり話をする必要もないとも言うが……。
その静寂を破り、口を開いたのはガルアだった。
「で、今年は何をするよ?」
「そうだなぁ……」
去年は色々あり過ぎた。
4年の眠りから目覚め、化粧品を開発し、男爵様との決戦に挑んだ。
男爵領に出向き、シドさんらと共に戦争を戦い抜いた。
特別自治領という前代未聞の政策にも関わった。
1年にも満たない日々が、思い返せば一瞬の出来事のようにも感じる。
ガルアが言いたいのはそれらの事ではなく、もっと先の話だろう。
「ずっと昔から思ってたけど、世界を旅してみたいかな。アルテシア聖王国は広いし、隣のクロイセン王国やドラレス帝国にも行ってみたい。もっと遠くでもいいね」
「旅か……そいつは面白そうだな? ダンジョンには行かねえのか?」
「それもいいかもしれないね。でも、旅は「風の吹くままに」って言うし、あまり目的を持ってやりたくはないかな」
「「風の吹くままに」か……」
「ガルアはやってみたい事ないの?」
「そうだなぁ……「海」って奴を見てみたいな。船を借りて、それこそ「風の吹くままに」でもいいかもな」
「それもいいね。海にはロマンが詰まってる気がするよ」
「やっぱ、海にも魔獣がいたりするのか?」
「いるんじゃない? 海上輸送は護衛団が必須って聞くし」
「そうかぁ……楽しみだな!」
「それは「海の魔獣と相対したい」って意味か?」
「そりゃそうだろ? どんなつえー奴がいるか考えるだけで、ワクワクしてきやがるぜ!」
「海と言えば魚だな。醤油とワサビがあれば尚良しだ!」
「醤油は知らねーが、ワサビなら似た物があったと思うぜ?」
「そいつは知らないな。今度教えてくれよ?」
「構わねえぜ。今から行くか?」
「……ワサビって、冬でも採れるのか?」
「知らねーけど……群生地を見に行くだけでもいいんじゃねえか?」
「そうだなぁ……」
どうしようか考え込んでいると、目の前が薄暗くなる。
顔を上げると、ミイティアがいた。
「何の話をしてるの?」
「いや……ワサビの話をしててね。群生地を見に行こうかって話してたんだよ」
「こんな雪の中を?」
「そうなんだよね~。天候が良いとはいえ、雪の中を遠出するのは気が引けるからね」
「別に遠くねえぞ?」
「……ガルアの距離感は当てにできないからなぁ~」
「テメェがナヨっこいだけだろ!? それに川を遡った上流にあるだけだしよ。 別に遠くねえぞ?」
「なら、行けなくもないか……」
「じゃあ兄様。準備してきますね」
「って、ミイティアも行くの?」
「行きます! 私は兄様の護衛ですから!」
「アハ、アハハハハハ……」
◇
準備を整え、マサユキたちは出発した。
メルディはリーアさんに付き添うとの事で家に残ったが……なぜかラミエールまで付いてきた。
「マサユキさん。私はお邪魔ですの?」
「い、いや……まさかラミエールまで付いて来るとは思ってなかったんだ」
「いいのです! 気にしてはいけませんわ!」
「なんか……メルディに似てきたね?」
「そ、そうかしら? 私は薬草を集める良い機会だと思ってるだけですわ!」
「まぁ……そういう事にしておくよ」
積った雪を掻き分け、マサユキたちは進む。
先頭はフェインが走り、続いてガルア、ミイティアが続いている。
その後を、マサユキとラミエールが追い掛けている形だ。
雪は深いが、思いのほか軽い。
パウダースノーと言うようにサラサラとした雪であり、掻き分ける度に綺麗に舞い上がる。
生命力溢れる木々と、銀色に輝く雪とのコントラストも素晴らしい。
幻想的銀世界。
その一言に尽きる道なき道を、切り開くように進んで行く感覚が無性に冒険心を掻き立てる。
大分上流の方まで来た。
川幅は狭くなり、水量も減ってきている。
ワサビの群生地も近い気がする。
予感を確認するため、先導しているガルアに声を掛ける。
「ガルア。そろそろ着く?」
「もうちょい先だったと思うぜ」
もうちょい先?
あと何百メートル先の話をしてるんだ?
思っていた以上の距離と雪深さに、ラミエールもガルアに声を掛ける。
「ガルアー! まだなの!?」
「だから、もうちょいだって!」
「アンタの「もうちょい」は、ホント当てにならないわ!」
「うるせえよ! もうちょいは、もうちょいなんだよ!」
ガルアは足を止め、川の上流辺りを指差す。
「大体あの辺りだ」
ガルアの指し示す方向には、雪しか見えない。
「本当にそこにあるのか?」 と疑ってしまう程にだ。
目的地周辺に到着すると、ガルアは剣を地面に突き刺し、雪を掻き分け始める。
マサユキとミイティアも一緒に雪を掻き分け始め、ラミエールはその場にへたり込み休憩に入った。
すると……雪の下から緑の葉っぱが顔を出す。
そのまま根元まで掻き分けると、茶色掛かった緑色の根っこが出てくる。
根っこを引き抜き、地面に沿って流れる水で土を洗い落とすと、ゴツゴツとしながらも立派に成長した「ワサビらしき物」が出てきた。
「どうだ? 話に聞いてたワサビって奴じゃねえか?」
「ちょっと待ってね」
腰のナイフを取り、ゴツゴツとした表面を削る。
そして、薄く切った断片を口に運ぶと……
「うぐぉおおおお!」
鼻を突き抜けるような強烈な刺激が走り、思わず叫んでしまった。
「おい! 大丈夫か!?」
「兄様!?」
「ふ、ふぅ……大丈夫。これは間違いなくワサビだ。まさか本当にあるとはね……」
ガルアとミイティアも口してみる。
言うまでもないが、二人は悶えた。
「うぐあああ! 何だこれ!?」
「に、兄様……鼻が痛いです」
「これはこういう物なんだよ。普通、魚の刺身に醤油を付けて、少しだけワサビを付けて食べる物なんだ。これ単品で食べる物ではないけど、磨り下ろし方を工夫すると刺激が減る物なんだ」
「ジャガイモの時もそうだったけどよ……先に味を聞いとけば良かったぜ」
「いいじゃない。斬新な体験ができたと思えば」
「お前のSッ気は、いつもドキツイんだよ!」
「見つかったのですの?」
Sの代名詞が声を掛けてきた。
「うん。なかなか刺激的な味だよ。ラミエールもどう?」
「何ですのその……気持ち悪い笑みは?」
「いやいや、なかなか行けるよ。俺はこれが好きなんだ」
「へー……。ミイティアどうでしたの?」
「わ、私は……美味しかったわ」
ミイティアの目は泳いでいる。
「ふーん……。ガルアは……嫌そうな顔をしてますわね?」
「う、旨かったぜ! ラミエールも食えよ」
「そう……。なら、マサユキさんがアーンしてくれたらいいですわ」
つくづくSッ気が強い娘だ。
少し意地悪をしてやろうと思い、地面を探る。
適当な大きさのゴツゴツとした石を見付けると、グリグリと力を入れてワサビを磨る。
そして出来た磨りワサビをひと摘み取り、ラミエールの口に運ぶ。
もう少しで口に入るという時、間にラミエールの手が割り込んできた。
「まずはマサユキさんが食べてくださいの。さっきとは違った方法で食べるようですし」
す、鋭い。
だが、ここでそれに従ってしまえば、ラミエールの思う壺だ。
なので、こういう提案をしてみる。
「お互いアーンすればいいんじゃない?」
「……じゃあ、先にマサユキさんが」
「一緒にやろうよ。先でも後でも同じでしょ? それとも止めとく? ニヒ」
「……いいえ! 食べますわ! さあ、やりますわよ!」
「せーの」で、お互いの口に磨りワサビを突っ込む。
「ん……ん…………んんんんんんんんんんん!!」
「んがああああ!!」
マサユキとラミエールは悶える。
本わさびは比較的刺激が少ない物ではあるが、荒く磨り下ろすと刺激が強くなる性質があるのだ。
ワサビの強い刺激に悶える二人の姿に、ガルアとミイティアの盛大な笑い声が山に響く……。
水を飲み、やっと痛みが和らいできた。
マサユキは慣れているとはいえ、意図的に辛くしたワサビで舌がジンジンと痛む。
ラミエールに至っては、半ベソである。
自業自得で痛い目にあったマサユキではあったが、思わぬ収穫に喜んでいた。
「これで、あとは醤油があれば完璧なんだよなぁ」
「醤油ってのは、簡単に作れねえんだろ?」
「難しいね。醤油は大豆で作れるんだけど、酵母が必要だし、作るにしても1年近く掛かったと思うんだ」
「何か代用できる調味料とかねえのか?」
「どうだろ? こればかりは探さないと分からないね。でもまぁ……食べる以外にも、殺菌効果を利用して食料保存にも役立てられるよ」
「マサユキさん。それは薬にも使えたりしないのですか?」
「んー……殺菌力が強過ぎるから向いてないかもね。研究題材としては面白いかも――」
突然、フェインが唸りを上げる。
その唸りは、近くに魔獣がいる可能性を示している。
「ちょっと数が多そうだな」
ガルアはキョロキョロと周りを見回し、警戒感を強める。
とはいえ、このメンバーなら10匹20匹相手だろうと余裕な気がする。
なので、警戒は任せつつ、ワサビの収穫に取り掛かる。
◇
しばらくすると、森の奥から『奴ら』が現れた。
現れた魔獣は……魔獣は? ……魔獣なのか?
現れた魔獣は、どう見てもウサギ。
人の倍はある白いウサギという感じで、モッサリとした着ぐるみのようで、魔獣独特の危険さは感じない。
「ウサギだよな?」
「ああ」
「ウサギって……温厚な動物じゃなかったか?」
「例外がいるんだよ」
「でも、所詮ウサギだろ?」
「お前馬鹿か!? 白い悪魔と言われる「人食いウサギ」だ!」
「人食い……ねえ?」
ズシン。
足音は重々しいが……見れば見るほどマサユキの顔はニヤけていく。
短足ながらも、愛らしい大きな足。
丸みを帯び、柔らかそうな胴体。
体の大きさとは対照的な小さな瞳。
そして、耳!
ウサギと言えば耳!
特徴的でありながらも温かく柔らかそうな耳は、愛らしさ全開である!!
危険を顧みず「抱き付きたい!」 という衝動に駆られて……しまう?
何だ……この温かな……モフモフは……
「オイ?」
「兄様?」
「大胆ですわ……」
ふと見上げると、大きな白くモフモフとしたウサギの頭が目に飛び込んでくる。
マサユキは、無意識のままにウサギに抱き付いていたのだ。
ウサギは太い腕でマサユキをひっしり抱き締めると、大きく口を開け……ギラリと光る鋭い前歯で噛み付こうとしてくる!
「おわわわわ!!」
慌てて抜け出そうとするが、なかなか抜け出せない。
むしろ、締め付けが一段と強くなった気がする。
「おい、待ってろ!」
ガルアが距離を詰めようと飛び出すが、他のウサギたちに進路を妨害され、なかなかマサユキの元に辿り付けない。
ミイティアもラミエールも同様だ。
マサユキは体を捻るように動かし、僅かに開いた隙間から腕を出す。
すると……絶対絶命の危機にあるにも関わらず、ニヤ付く。
そして、叫びながら腕を伸ばす!
「こいつを『喰らえ』!!」
手に持っていたワサビを、ウサギの口の中に放り込んだのだ!
ウサギは、放り込まれたワサビを平然とモグモグと食べていたが……突然顔色を変え、悲痛な叫び声を上げながら転げ回る。
やっとの事でマサユキは解放された。
しかし、刀を抜こうとしない。
それどころか……転げ回るウサギを、気持ち悪い表情を浮かべながら見下ろす。
そして、持っていたワサビを……
ウサギの口に、突っ込む! 突っ込む! 突っ込む!!
これでもかとワサビを口に詰めたところで、ウサギは白目を剥き、動かなくなった……。
マサユキの呆れた行動に、戦闘中のガルアもミイティアもあんぐり口を開けている。
ラミエールだけが冷静にコメントする。
「命名するなら、必殺「ウサギ転がし」ですわね」
笑い声が混じりながらも戦闘は続いた……。
◇
やっと討伐が終わった。
倒した数は25体。残りは逃亡してしまった。
戦闘の感想をラミエールとガルアが述べる。
「『最初の一体』以外は、いつも通りでしたわね」
「そうだな。 『最初の一体』だけは例外だ」
ミイティアはマサユキを引っ張りながら叫ぶ。
「兄様! いい加減、抱き付くのを止めてください!」
「やだよ~。これ最高なんだもの」
マサユキは動かなくなったウサギにへばり付いている。
触り心地が最高で、夢心地の気分なのだ。
「あの馬鹿は放っておいて、コレどうするよ? 流石に運べねえぜ?」
「一旦帰って、村人たちにお願いしましょう。マサユキさんが絶賛するほどの触り心地ですし、いい布団になりますわ」
「そうね。って、兄様!」
ミイティアはマサユキをウサギから引き離そう引っ張るが、なかなか離れない。
ラミエールがミイティアの肩に手を当て、『ある物』を見せる。
ミイティアは「なるほど」と頷き、ガルアもその意味を察した。
「え!? え!? 何?」
一人状況を掴めぬままガルアに体を抑えつけられ、ミイティアに口をこじ開けられる。
そして、ラミエールは叫ぶ!
「必殺「ウサギ転がし」!!」
磨りワサビを口一杯に突っ込まれ、マサユキの悲鳴は山々に木霊した……。
次回は、土曜日2015/01/03 7時です。
「第75話 魔術理論とクレイビースト」の続編となります。




