第73話 苦悩の涙
あれから、1週間経過した。
木々が赤く色付き始め、山は秋の様相を見せ始めている。
ここに金色の小麦畑があれば最高なのだが……既に収穫は終わり、茶色い坊主畑が広がっている。
少し残念なのは、療養と称して工房に引き籠っていたせいで、楽しみにしていた刈り入れ作業に参加できなかった事だ。
作業がある事を知っていれば、例え体を引きずってでも行ったと思う。
きっと引き留められるだろうし、迷惑を掛けるだろう。
だけど、子供たちの善意に甘えてばかりいる俺自身が許せないのだ。
今はそんな事を想い耽りながら、ゆっくりランニングをしている。
体の調子が上向いて来た事もあり、ラミエールに許可を取って軽めのランニングをしている最中だ。
畑の方に人が見える。
こんな早朝だというのに、もう仕事を始めているようだ。
挨拶がてらに声を掛ける。
「おはようございます。随分早いですね?」
「おっ! ダエルさんとこの坊ちゃんじゃないですか。もう体の方は良いんですかい?」
「ええ、お陰さまで。それにダエルさんの息子ですからね。このくらいじゃ死にませんよ」
「ダッハッハッハッハ! なんにしても良かったじゃねえか! 俺もそれくらい元気が欲しいぜ」
そう言って、意味深に腰を前後に振る。
「と、ところで……随分朝早い畑仕事ですね? もう刈り入れも終わったっていうのに」
「ああ。最近コソ泥が出てやがってな。持ち回りで見回りしてるんだ。まぁ……もう盗む物はねえと思うけどな?」
コソ泥か……。
あの戦争で住む所を失った人がやったのなら……俺にも責任があるかもしれない。
だけど、早期に終結させた事で影響は最小だったはずだ。
元男爵領のガトリール地方は建設ラッシュだし、猫の手を借りたいほど仕事が溢れている。
元伯爵領のバリスデン地方は、新条例に向けて商人が流出しているという話も聞くが、中流以下の庶民は事態を見守っているそうだ。
となると……あの戦争の影響とは考えなくても良いいのかな?
「なるほどです。今やってるのって、越冬野菜の準備ですか?」
「ああそうだ。ここにはカブを植えて、他にもニンジンやジャガイモを植える予定だ。あと、ヤマイチゴも植えようと思ってる」
「……イチゴって越冬できましたっけ?」
「できるんじゃねえか? 春先の雪の中でも実を付けてるしな。とまぁそう言っても、魔獣の好物だから普通は育てたりしねえな。今年は魔獣が少ねえしよ、村の特産として挑戦してみようと思ったまでさ」
「それはいい試みです。小麦の出来はどうでした?」
「最高だな! 穂の付き具合といい香りといい、今年は最高の出来だぜ! 雨季に土が流されなかったのが良かったのかもしれねえな?」
「そう言えば、川の堤防が頑丈になってましたね」
「元は坊ちゃんが提案した事だって聞いてるぜ? でもまっ、あれは暇潰しって感じだったしな。……そうだ! 今年は何かする事があるか? ここの作業が終わったら暇になっちまうんだよ」
「んー……。まだやると決めてませんけど、校舎の建設と宿の建設。あと、村の区画整理を依頼するかもしれません」
「それは温泉宿の話か?」
「フフフ、気が早いですね。温泉宿の話とは別件で、この村に来るお客さん用の宿を用意したいと思っているんです。区画整理の延長線上には温泉宿の計画もありますけど、好き勝手に家を建てないようにする意味が強いです」
「まっ、その辺は任せるさ。やるならやるで早めに声を掛けてくれよな?」
「ええ。考えてみますね」
「よろしくな」
適当に挨拶を済ませ、再びランニングを始める。
今のところ、体の調子はまずまずだ。
だが、体の変化には戸惑っている。
まず、体の治癒能力の高さは異常だ。
重体の危篤状態から約2週間で歩けるようになり、3週間目で軽めのランニングができてしまっている。
いくら魔法という奇想天外な事象があるとはいえ、普通に在り得る状況とは言えない。
ラミエールの診断でも、常人なら数ヶ月は掛かると言っていた。
それを、たった3週間でここまで回復させたのは……もはや人ではないらしい……。
これにはラミエールも呆れ返り、「医者を辞めたい」と言い出してしまうほどだ。
それから、俊敏性や知覚能力もかなり向上している。
かなり抑え目に走っているのだが、ほとんど息切れしないし、疲労感も少ない。
視覚には捉えられない、木陰や草木に隠れた小動物たちの位置さえ分かってしまう。
だが……俺はこの能力を十分発揮できているとは思っていない。
一番の理由は、体の反応に頭が追い付いていない事だ。
初めて車を運転した時のように、体感した事のない速度に頭が拒否反応を起こす感じだ。
それと、馬力があり過ぎる事も課題だ。
少し速度を上げただけで関節や腱がキリキリと痛み、かなりの負荷が掛かっている事が分かる。
例えるなら、普通乗用車にドラッグレース用の高馬力のエンジンを積まれたような物で、車体である肉体が分解寸前という感じだ。
この状況を改善するには……高馬力のエンジンに耐えられる肉体に仕上げるか、補強するしかない。
補強するにも、肉体のスペックを正確に把握する必要があり、単純に能力で補強できる状況ではない。
一応算段は立てているが……しばらくは、出力を抑えながらの運転で調子を見つつというところだろう。
村を一周して工房に戻って来ると、ラミエールが診察の準備をして待っていた。
「調子はどうですの?」
「まずまず……かな? 全力で走ると、体が分解しそうになるけどね」
「壊れた端から治って行きそうですけどね?」
「んまぁ……筋肉と違って関節や腱は鍛えられないからね。どこかで折り合いを付ける必要がありそうだよ」
受け取った布で汗を拭い、ラミエールに体を診察してもらう。
「足の腱の張り具合がよろくしありませんわね……」
「息切れや疲労感が少ないせいかもしれないけど、少し張り切り過ぎたかもね」
「でも……羨ましいですわ。私もそれくらい楽に動きたいですわ」
「前線を走り回れる医者にでも成りたいの?」
「いいえ! 遠くまでの回診が楽になるからです!」
「移動手段か……。それなら方法もなくはないよ?」
「なら、さっそくお願いしますわね。はい、これを背負って」
ラミエールは、荷物の入ったカバンをマサユキに背負わせる。
そしてマサユキの肩に腕を回すと、ラミエールを抱えあげる態勢にさせる。
「さあ、レッツゴー!」
「……な、ナニコレ?」
「見たままですわ。マサユキさんに抱き抱えられて移動するんです。このままベットに直行でも構いませんわ」
「あのなぁ……」
ぼやきつつもラミエールを抱え、工房に用意された診療所の方に向かう。
「気分いいですわ~。やはり、私専用の移動手段になっておしまいなさいな」
「その話だけど、内燃機関を作れば馬より速い乗り物が作れるよ。でもまぁ……あまり作りたくないんだけどね」
「さらりとスルーですか……。なぜ作りたくないのですの?」
「良くも悪くも、技術が軍事転用されるからだよ」
「……発想が飛躍し過ぎてて、よく分かりませんわね。何が問題ですの?」
「そうだなぁ……。究極的には、空を飛べるよ」
「飛ぶ? 空をって……飛竜やグリフォンのようにですの?」
「そんなの目じゃないくらい速いよ。例えば、ここから王都まで数時間で到着するだろうね」
「速過ぎますわ……」
「移動だけに限れば問題ない話だけど、武器や兵員を載せたりすると、たちまち兵器になっちゃうんだよね。爆弾を積めば上空から空爆できるし、飛竜より速いから迎撃もできない。前の戦争なんて、一方的展開で終わってただろうね」
「恐ろしい話ですわ……」
「剣や薬と同じだよ。使い手次第って事」
「でも、作られるんでしょ?」
「んー……。真似されない方法を確立して、使用を制限すれば……かな?」
「期待しつつ待ちますわ。……ここでいいですわ」
ラミエールを下ろすと、湿布などの治療を施してくれる。
治療を終えると、ラミエールはマサユキの背中をバチンと叩いた。
「はい、終わり!」
「イッチィィ! 攻撃力高い平手だなぁ……。腕力上がった?」
「もっと強目がご希望ですの?」
水筒を手渡してくるラミエールの目が……怖い。
水筒を受け取り、水を飲みつつ別の話題を振る。
「そ、そう言えば、リトーネさんの方はどう?」
「良好ですわ。新しく作った薬は以前と遜色なく効いています。でも……あれで良かったんですの?」
「あれって……アレの話だよね?」
「淑女に言わせるおつもりですの?」
「いや……淑女である前に、ラミエールは医者でしょ?」
「……まぁいいですわ。あと4~5日もすれば退院できそうですわ。あとはリトーネさん次第でしょうね」
「心配する必要はないよ。むしろ、あのままの方がいいと思う」
「経験豊富な方が仰ると、重みある台詞に聞こえますわね?」
ラミエールは、顔をググイっと近づけ迫って来る。
成長目まぐるしい年頃という事もあるが、もう少し色気が出てきたら……間違いを起こしそうで、怖い……。
「ふ、深くは考えない。考えないでね」
「大丈夫ですわ! もし失敗しても、マサユキさんに引き取って頂く予定ですから!」
「ぶはっ!」
突拍子もない発言に、口に含んでいた水を盛大に撒き散らしてしまった。
「ゲホゴホ……。じょ、冗談きついなぁ……」
「冗談じゃありませんのよ」
「それはいいとして……」
「んもー! スルー禁止ですわ!」
「ちょっと重要な話があるんだ」
「……は、はい」
「美容化粧品の生産の方だけど、俺が作らなくても良くなりそうなんだ。能力を付与した道具で生産してもらう感じになると思ってる」
「それは構いませんけど……なぜそんな事を?」
「俺に一極化してる仕事を分散したいと始めた事だけど、その道のプロを作るには仕事を任せる必要があると思うからだよ。ラミエールは医者の仕事があるから誰かに――」
「やりますわ!」
「別にラミ――」
「私がやります! いいです? 私がやります!」
「わ、分かった……頼むよ」
美容化粧品の生産は、最重要案件だと考えている。
大金を稼ぐ手段という意味もあるが、ブランドとして確固たる地位と信用を築く意味合いが強い。
そのためには安定供給が不可欠だ。
材料となる薬草は栽培すればするだけ増える。
だが、生産が俺だけに限定されているようでは供給もままならない。
高品質・少量生産という考え方は変えないつもりだが、実現すれば俺の仕事は減るし、その道にプロの育成もできる。
一石二鳥という訳だ。
「今日は家に顔を出してくるよ。そろそろミイティアが根を上げていそうだからね」
「分かりましたわ」
準備を整え、家に向かう。
◇
家が見えてきた。
そして家の前では、一心に剣を振るう銀色の髪を靡かせる女の子がいる。
だが……いつもの凛とした雰囲気はない。
俺はその姿を、ただ静かに……見守り続けた。
やっとミイティアが俺に気付いた。
でも……静かだ。
「兄様……」
「ミイティア。剣を構えて」
「兄様何を? ……はい」
ミイティアは剣を抜き、構える。
マサユキも刀を抜く。
「来い!!」
「はい!!」
ミイティアの剣撃が低めから飛び込んでくる。
一歩踏み込みつつ、下段から剣を払い上げる。
その勢いのまま、刀を回すように上段から切り掛かる。
ミイティアは剣でその攻撃を受けつつ、サイドステップを踏み反撃する。
剣と刀が交わる度に小さな閃光を放ち、高速でありながらも、淀みなく攻防が続く……。
◇
「はぁはぁはぁ……」
マサユキもミイティアも肩で息をし、一時の沈黙が訪れた……。
決着は……この一言で終わりを迎える。
「ここまでにしよう」
言い出したのはマサユキだ。
「……はい。ありがとうございました」
刀を収めると、ドッと疲れが溢れ出す。
体中が痛み、手足が捩じ切れそうな痛みを放つ。
しかし、その痛みを強引に抑え込み、ミイティアに向き合う。
「何を迷ってる? 剣筋が曇ってるよ」
「その……どうしたらいいのか分かりません」
「そうだなぁ……」
腕を組み少し考えた後、手を前にかざす。
「ミイティア。俺に対して合気を使ってみて」
「……分かりました」
マサユキがミイティアの手を掴むと、ミイティアは合気の小手返しをしてくる。
しかし、マサユキはそれを返し手で払い除け、逆にミイティアのバランスを崩した。
「よし。次はミイティアが返し手をするんだ」
「はい」
ミイティアが掴んで来た手に対し、マサユキは小手返しをする。
ミイティアはマサユキと同じように返し手を使うが、マサユキは体の重心をずらし、返し手の返し手でミイティアのバランスを崩す。
このやり取りを何度も行った……。
「兄様……もう止めてください」
ミイティアはマサユキの手を握ったまま下を俯き、完全に自信を失っている。
そんな彼女を目の前にしながらも、マサユキは平然と答える。
「もう分かったの?」
顔を上げたミイティアの目には、涙が溜まっていた。
そして、不思議そうな顔をしている。
「何か……してたの?」
「はぁぁぁ……。そういうのはいつものミイティアらしいけど、分かって欲しいな~」
ミイティアの額に向かってデコピンを打つ。そして、そのまま地面に座る。
ミイティアはデコピンで痛む額を摩り、悔しそうな顔をしながらも、マサユキに合わせて座る。
「俺から合気を仕掛けられた場合と、ミイティアから仕掛けた場合、どっちが先手を取れたと思う?」
「どちらも兄様です」
「それは結果論。どっちの場合が攻勢だったと思う?」
「……どちらも大差ありません。何が言いたいの?」
やっぱり分かっていない。
本当は自分で気付いて欲しかったが……仕方ないか。
「自分が先手だった場合、相手の返し手の返し手を打てば勝てる。相手が先手を取った場合、返し手次第で勝てる。これは理屈ではあるけど、なぜかミイティアが後手に回るよね?」
「うん……」
「なぜ後手に回るか分かる?」
「攻撃が遅いから?」
「ちがーう」
「……技のキレが悪いから?」
「ちがーーう」
「じゃあ、何よ!?」
大きくため息を吐き出し、ミイティアの耳を引っ張る。
「イタタタタタ! に、兄様止めて! こんなのズルイわ!」
「そう、それ!」
「ウー……。耳が痛い事とズルイ事が、先手を取れる秘訣なの?」
「正確に言うと、『相手が嫌がる厳しい一手』だね。厳しい手は相手を後手に回す。致命的な一撃なら尚更だ。そのためには『相手をよく観察する』。相手の得意不得意、戦い方、立ち位置、クセ、手足の動きや筋肉の動き、息遣いや感情まで観察し、そこから厳しい一手を編み出す。それができれば、どんな相手だろうと絶対負けない。……これで何か分かったかな?」
ミイティアは泣き出してしまった。
だけど、悲しくて泣いている訳ではないようだ。
苦しんで、苦しんで、苦しんだ。
出口の見えない闇の中で懸命に剣を振るい、俺の言葉で何かを掴めそうなのかもしれない。
だけど……ここで気を緩めてはいけない。
「いいかいミイティア? ここからが本題だ」
ミイティアが落ち着くのを待ち、話を続ける……。
◇
「おっ! 兄ちゃん! 今日は学校に出るのか?」
登校時間になり、サーヴェントさんたちがやってきた。
「おはようございます。そうですねぇ……ミイティアのリベンジを見るためですね」
「あら? たった半日で状況が変わるのかしら?」
カーネリアさんは自信たっぷりに言い返してきた。
「さぁ、どうでしょう? 勝負というのはやってみないと分かりませんからね」
「フン! 口だけじゃないところを証明してくれるのかしら? ミイちゃん?」
「今日は勝てないかもしれません。でも! タダでは負けません!」
カーネリアさんとミイティアが睨み合う。
サーヴェントさんと話し合い、授業の前に一戦やる事になった。
次回、土曜日2014/12/27/7時です。




