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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第73話 苦悩の涙

 あれから、1週間経過した。

 木々が赤く色付き始め、山は秋の様相を見せ始めている。

 ここに金色の小麦畑があれば最高なのだが……既に収穫は終わり、茶色い坊主畑が広がっている。


 少し残念なのは、療養と称して工房に引き籠っていたせいで、楽しみにしていた刈り入れ作業に参加できなかった事だ。

 作業がある事を知っていれば、例え体を引きずってでも行ったと思う。

 きっと引き留められるだろうし、迷惑を掛けるだろう。

 だけど、子供たちの善意に甘えてばかりいる俺自身が許せないのだ。


 今はそんな事を想い耽りながら、ゆっくりランニングをしている。

 体の調子が上向いて来た事もあり、ラミエールに許可を取って軽めのランニングをしている最中だ。


 畑の方に人が見える。

 こんな早朝だというのに、もう仕事を始めているようだ。

 挨拶がてらに声を掛ける。

 

「おはようございます。随分早いですね?」

「おっ! ダエルさんとこの坊ちゃんじゃないですか。もう体の方は良いんですかい?」

「ええ、お陰さまで。それにダエルさんの息子ですからね。このくらいじゃ死にませんよ」

「ダッハッハッハッハ! なんにしても良かったじゃねえか! 俺もそれくらい元気が欲しいぜ」


 そう言って、意味深に腰を前後に振る。


「と、ところで……随分朝早い畑仕事ですね? もう刈り入れも終わったっていうのに」

「ああ。最近コソ泥が出てやがってな。持ち回りで見回りしてるんだ。まぁ……もう盗む物はねえと思うけどな?」


 コソ泥か……。

 あの戦争で住む所を失った人がやったのなら……俺にも責任があるかもしれない。

 だけど、早期に終結させた事で影響は最小だったはずだ。

 元男爵領のガトリール地方は建設ラッシュだし、猫の手を借りたいほど仕事が溢れている。

 元伯爵領のバリスデン地方は、新条例に向けて商人が流出しているという話も聞くが、中流以下の庶民は事態を見守っているそうだ。

 となると……あの戦争の影響とは考えなくても良いいのかな?


「なるほどです。今やってるのって、越冬野菜の準備ですか?」

「ああそうだ。ここにはカブを植えて、他にもニンジンやジャガイモを植える予定だ。あと、ヤマイチゴも植えようと思ってる」

「……イチゴって越冬できましたっけ?」

「できるんじゃねえか? 春先の雪の中でも実を付けてるしな。とまぁそう言っても、魔獣の好物だから普通は育てたりしねえな。今年は魔獣が少ねえしよ、村の特産として挑戦してみようと思ったまでさ」

「それはいい試みです。小麦の出来はどうでした?」

「最高だな! 穂の付き具合といい香りといい、今年は最高の出来だぜ! 雨季に土が流されなかったのが良かったのかもしれねえな?」

「そう言えば、川の堤防が頑丈になってましたね」

「元は坊ちゃんが提案した事だって聞いてるぜ? でもまっ、あれは暇潰しって感じだったしな。……そうだ! 今年は何かする事があるか? ここの作業が終わったら暇になっちまうんだよ」

「んー……。まだやると決めてませんけど、校舎の建設と宿の建設。あと、村の区画整理を依頼するかもしれません」

「それは温泉宿の話か?」

「フフフ、気が早いですね。温泉宿の話とは別件で、この村に来るお客さん用の宿を用意したいと思っているんです。区画整理の延長線上には温泉宿の計画もありますけど、好き勝手に家を建てないようにする意味が強いです」

「まっ、その辺は任せるさ。やるならやるで早めに声を掛けてくれよな?」

「ええ。考えてみますね」

「よろしくな」


 適当に挨拶を済ませ、再びランニングを始める。



 今のところ、体の調子はまずまずだ。

 だが、体の変化には戸惑っている。


 まず、体の治癒能力の高さは異常だ。

 重体の危篤状態から約2週間で歩けるようになり、3週間目で軽めのランニングができてしまっている。

 いくら魔法という奇想天外な事象があるとはいえ、普通に在り得る状況とは言えない。

 ラミエールの診断でも、常人なら数ヶ月は掛かると言っていた。

 それを、たった3週間でここまで回復させたのは……もはや人ではないらしい……。

 これにはラミエールも呆れ返り、「医者を辞めたい」と言い出してしまうほどだ。



 それから、俊敏性や知覚能力もかなり向上している。

 かなり抑え目に走っているのだが、ほとんど息切れしないし、疲労感も少ない。

 視覚には捉えられない、木陰や草木に隠れた小動物たちの位置さえ分かってしまう。

 だが……俺はこの能力を十分発揮できているとは思っていない。


 一番の理由は、体の反応に頭が追い付いていない事だ。

 初めて車を運転した時のように、体感した事のない速度に頭が拒否反応を起こす感じだ。

 それと、馬力があり過ぎる事も課題だ。

 少し速度を上げただけで関節や腱がキリキリと痛み、かなりの負荷が掛かっている事が分かる。

 例えるなら、普通乗用車にドラッグレース用の高馬力のエンジンを積まれたような物で、車体である肉体が分解寸前という感じだ。


 この状況を改善するには……高馬力のエンジンに耐えられる肉体に仕上げるか、補強するしかない。

 補強するにも、肉体のスペックを正確に把握する必要があり、単純に能力で補強できる状況ではない。

 一応算段は立てているが……しばらくは、出力を抑えながらの運転で調子を見つつというところだろう。


 村を一周して工房に戻って来ると、ラミエールが診察の準備をして待っていた。


「調子はどうですの?」

「まずまず……かな? 全力で走ると、体が分解しそうになるけどね」

「壊れた端から治って行きそうですけどね?」

「んまぁ……筋肉と違って関節や腱は鍛えられないからね。どこかで折り合いを付ける必要がありそうだよ」


 受け取った布で汗を拭い、ラミエールに体を診察してもらう。


「足の腱の張り具合がよろくしありませんわね……」

「息切れや疲労感が少ないせいかもしれないけど、少し張り切り過ぎたかもね」

「でも……羨ましいですわ。私もそれくらい楽に動きたいですわ」

「前線を走り回れる医者にでも成りたいの?」

「いいえ! 遠くまでの回診が楽になるからです!」

「移動手段か……。それなら方法もなくはないよ?」

「なら、さっそくお願いしますわね。はい、これを背負って」


 ラミエールは、荷物の入ったカバンをマサユキに背負わせる。

 そしてマサユキの肩に腕を回すと、ラミエールを抱えあげる態勢にさせる。


「さあ、レッツゴー!」

「……な、ナニコレ?」

「見たままですわ。マサユキさんに抱き抱えられて移動するんです。このままベットに直行でも構いませんわ」

「あのなぁ……」


 ぼやきつつもラミエールを抱え、工房に用意された診療所の方に向かう。


「気分いいですわ~。やはり、私専用の移動手段になっておしまいなさいな」

「その話だけど、内燃機関を作れば馬より速い乗り物が作れるよ。でもまぁ……あまり作りたくないんだけどね」

「さらりとスルーですか……。なぜ作りたくないのですの?」

「良くも悪くも、技術が軍事転用されるからだよ」

「……発想が飛躍し過ぎてて、よく分かりませんわね。何が問題ですの?」

「そうだなぁ……。究極的には、空を飛べるよ」

「飛ぶ? 空をって……飛竜やグリフォンのようにですの?」

「そんなの目じゃないくらい速いよ。例えば、ここから王都まで数時間で到着するだろうね」

「速過ぎますわ……」

「移動だけに限れば問題ない話だけど、武器や兵員を載せたりすると、たちまち兵器になっちゃうんだよね。爆弾を積めば上空から空爆できるし、飛竜より速いから迎撃もできない。前の戦争なんて、一方的展開で終わってただろうね」

「恐ろしい話ですわ……」

「剣や薬と同じだよ。使い手次第って事」

「でも、作られるんでしょ?」

「んー……。真似されない方法を確立して、使用を制限すれば……かな?」

「期待しつつ待ちますわ。……ここでいいですわ」


 ラミエールを下ろすと、湿布などの治療を施してくれる。

 治療を終えると、ラミエールはマサユキの背中をバチンと叩いた。


「はい、終わり!」

「イッチィィ! 攻撃力高い平手だなぁ……。腕力上がった?」

「もっと強目がご希望ですの?」


 水筒を手渡してくるラミエールの目が……怖い。

 水筒を受け取り、水を飲みつつ別の話題を振る。


「そ、そう言えば、リトーネさんの方はどう?」

「良好ですわ。新しく作った薬は以前と遜色なく効いています。でも……あれで良かったんですの?」

「あれって……アレの話だよね?」

「淑女に言わせるおつもりですの?」

「いや……淑女である前に、ラミエールは医者でしょ?」

「……まぁいいですわ。あと4~5日もすれば退院できそうですわ。あとはリトーネさん次第でしょうね」

「心配する必要はないよ。むしろ、あのままの方がいいと思う」

「経験豊富な方が仰ると、重みある台詞に聞こえますわね?」


 ラミエールは、顔をググイっと近づけ迫って来る。

 成長目まぐるしい年頃という事もあるが、もう少し色気が出てきたら……間違いを起こしそうで、怖い……。


「ふ、深くは考えない。考えないでね」

「大丈夫ですわ! もし失敗しても、マサユキさんに引き取って頂く予定ですから!」

「ぶはっ!」


 突拍子もない発言に、口に含んでいた水を盛大に撒き散らしてしまった。

 

「ゲホゴホ……。じょ、冗談きついなぁ……」

「冗談じゃありませんのよ」

「それはいいとして……」

「んもー! スルー禁止ですわ!」

「ちょっと重要な話があるんだ」

「……は、はい」

「美容化粧品の生産の方だけど、俺が作らなくても良くなりそうなんだ。能力を付与した道具で生産してもらう感じになると思ってる」

「それは構いませんけど……なぜそんな事を?」

「俺に一極化してる仕事を分散したいと始めた事だけど、その道のプロを作るには仕事を任せる必要があると思うからだよ。ラミエールは医者の仕事があるから誰かに――」

「やりますわ!」

「別にラミ――」

「私がやります! いいです? 私がやります!」

「わ、分かった……頼むよ」


 美容化粧品の生産は、最重要案件だと考えている。

 大金を稼ぐ手段という意味もあるが、ブランドとして確固たる地位と信用を築く意味合いが強い。

 そのためには安定供給が不可欠だ。


 材料となる薬草は栽培すればするだけ増える。

 だが、生産が俺だけに限定されているようでは供給もままならない。

 高品質・少量生産という考え方は変えないつもりだが、実現すれば俺の仕事は減るし、その道にプロの育成もできる。

 一石二鳥という訳だ。


「今日は家に顔を出してくるよ。そろそろミイティアが根を上げていそうだからね」

「分かりましたわ」


 準備を整え、家に向かう。



 ◇



 家が見えてきた。

 そして家の前では、一心に剣を振るう銀色の髪を靡かせる女の子がいる。

 だが……いつもの凛とした雰囲気はない。

 俺はその姿を、ただ静かに……見守り続けた。



 やっとミイティアが俺に気付いた。

 でも……静かだ。

 

「兄様……」

「ミイティア。剣を構えて」

「兄様何を? ……はい」


 ミイティアは剣を抜き、構える。

 マサユキも刀を抜く。

 

「来い!!」

「はい!!」

 

 ミイティアの剣撃が低めから飛び込んでくる。

 一歩踏み込みつつ、下段から剣を払い上げる。

 その勢いのまま、刀を回すように上段から切り掛かる。

 ミイティアは剣でその攻撃を受けつつ、サイドステップを踏み反撃する。


 剣と刀が交わる度に小さな閃光を放ち、高速でありながらも、淀みなく攻防が続く……。



 ◇



「はぁはぁはぁ……」


 マサユキもミイティアも肩で息をし、一時の沈黙が訪れた……。

 決着は……この一言で終わりを迎える。


「ここまでにしよう」


 言い出したのはマサユキだ。


「……はい。ありがとうございました」


 刀を収めると、ドッと疲れが溢れ出す。

 体中が痛み、手足が捩じ切れそうな痛みを放つ。

 しかし、その痛みを強引に抑え込み、ミイティアに向き合う。


「何を迷ってる? 剣筋が曇ってるよ」

「その……どうしたらいいのか分かりません」

「そうだなぁ……」


 腕を組み少し考えた後、手を前にかざす。


「ミイティア。俺に対して合気を使ってみて」

「……分かりました」


 マサユキがミイティアの手を掴むと、ミイティアは合気の小手返しをしてくる。

 しかし、マサユキはそれを返し手で払い除け、逆にミイティアのバランスを崩した。


「よし。次はミイティアが返し手をするんだ」

「はい」


 ミイティアが掴んで来た手に対し、マサユキは小手返しをする。

 ミイティアはマサユキと同じように返し手を使うが、マサユキは体の重心をずらし、返し手の返し手でミイティアのバランスを崩す。

 このやり取りを何度も行った……。


「兄様……もう止めてください」


 ミイティアはマサユキの手を握ったまま下を俯き、完全に自信を失っている。

 そんな彼女を目の前にしながらも、マサユキは平然と答える。


「もう分かったの?」


 顔を上げたミイティアの目には、涙が溜まっていた。

 そして、不思議そうな顔をしている。

 

「何か……してたの?」

「はぁぁぁ……。そういうのはいつものミイティアらしいけど、分かって欲しいな~」


 ミイティアの額に向かってデコピンを打つ。そして、そのまま地面に座る。

 ミイティアはデコピンで痛む額を摩り、悔しそうな顔をしながらも、マサユキに合わせて座る。


「俺から合気を仕掛けられた場合と、ミイティアから仕掛けた場合、どっちが先手を取れたと思う?」

「どちらも兄様です」

「それは結果論。どっちの場合が攻勢だったと思う?」

「……どちらも大差ありません。何が言いたいの?」


 やっぱり分かっていない。

 本当は自分で気付いて欲しかったが……仕方ないか。


「自分が先手だった場合、相手の返し手の返し手を打てば勝てる。相手が先手を取った場合、返し手次第で勝てる。これは理屈ではあるけど、なぜかミイティアが後手に回るよね?」

「うん……」

「なぜ後手に回るか分かる?」

「攻撃が遅いから?」

「ちがーう」

「……技のキレが悪いから?」

「ちがーーう」

「じゃあ、何よ!?」


 大きくため息を吐き出し、ミイティアの耳を引っ張る。


「イタタタタタ! に、兄様止めて! こんなのズルイわ!」

「そう、それ!」

「ウー……。耳が痛い事とズルイ事が、先手を取れる秘訣なの?」

「正確に言うと、『相手が嫌がる厳しい一手』だね。厳しい手は相手を後手に回す。致命的な一撃なら尚更だ。そのためには『相手をよく観察する』。相手の得意不得意、戦い方、立ち位置、クセ、手足の動きや筋肉の動き、息遣いや感情まで観察し、そこから厳しい一手を編み出す。それができれば、どんな相手だろうと絶対負けない。……これで何か分かったかな?」


 ミイティアは泣き出してしまった。

 だけど、悲しくて泣いている訳ではないようだ。


 苦しんで、苦しんで、苦しんだ。

 出口の見えない闇の中で懸命に剣を振るい、俺の言葉で何かを掴めそうなのかもしれない。

 だけど……ここで気を緩めてはいけない。


「いいかいミイティア? ここからが本題だ」


 ミイティアが落ち着くのを待ち、話を続ける……。



 ◇



「おっ! 兄ちゃん! 今日は学校に出るのか?」


 登校時間になり、サーヴェントさんたちがやってきた。


「おはようございます。そうですねぇ……ミイティアのリベンジを見るためですね」

「あら? たった半日で状況が変わるのかしら?」


 カーネリアさんは自信たっぷりに言い返してきた。


「さぁ、どうでしょう? 勝負というのはやってみないと分かりませんからね」

「フン! 口だけじゃないところを証明してくれるのかしら? ミイちゃん?」

「今日は勝てないかもしれません。でも! タダでは負けません!」


 カーネリアさんとミイティアが睨み合う。

 サーヴェントさんと話し合い、授業の前に一戦やる事になった。


次回、土曜日2014/12/27/7時です。

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