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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第71話 才能のあり方

 休憩が終わり、再び会議が始まった。

 メルディは立ち上がると、真っ先に意見を述べる。


「皆様さっそくですが、私から提案があります。その前に……問題の一つを明確にしたいと思います」

「『共通の目的』の事であるな?」

「その件ではありません。リンツ様の提案の話です」


 リンツ様の提案とは、「半年で相応の成果を示せ」と簡素なものだった。

 そして、「元伯爵領と元男爵領を統合し、近隣の領地とも足並みを揃えよ」と補足し、それ以降会議には参加していない。


「提案にあった『相応の成果』についてですが、これは一年後に結果を残せるかの『進捗状況の判断』に過ぎません」

「いや、待つのだ! なぜ一年後なのだ? リンツ様は「半年」と仰っていたではないか?」

「そもそもこの提案は、半年程度で結果を出せる代物ではありません。この会議がいい証拠です。一方は合理的な考えが唱え、一方は理想を唱える。管轄が問題にならないこの場でさえ、この有様です。これを乗り越え妥結の道を導き出せたとしても、当たり前の結果では評価どころか、リンツ様の顔に泥を塗る嵌めになります。……こんな厳しい要求、半年どころか二、三年でも難しく思えません?」

「それは……」


 マードック殿が冷静に指摘する。


「確かにマサユキ殿の仰る通りだと思います。ですが、なぜ『進捗状況の判断』だと断定できるのでしょうか?」

「進捗状況の判断は仕事の基本です。それに、先の先まで予測するリンツ様が、絶対実現不可能な提案を出される訳がありません。つまり、我々の努力次第で実現可能だと考えています。ならば、期限設定は打ち切りではなく、『うまく進んでいるか判断する期限』と捉えるべきだと考えました」

「なるほど……。では、マサユキ殿の考える「努力次第で実現可能な案」をお聞かせ頂けますでしょうか?」


 メーフィスが立ち上がり、列席者たちに書類を配り始める。


「この書類は、以前国王陛下にお伺いを立てた提案書です。期限設定が一年と短いですが、確実に利益を確保できる上、他の領地では実現すらできない成果を挙げられます。この提案が実現すれば、単独で国家になる事も可能です」


 突拍子もない発言に、マードック殿は顔を青くする。

 そして席から立ち上がり、叫ぶ。


「マサユキ殿!! それは聞き捨てならぬ発言です!! 我々は爵位や階級を剥奪された身ではありますが、国家に背こうとまでは考えておりません!」

「いえ。これは危機管理です。本当に国家を造ろうという話ではありません。国王陛下と事を構えたい訳でもありません」

「では、どういう意図があると言うのですか!?」

「横暴に対抗する手段です」


 この一言に、会議室は静まり返る……。

 皆何か心当たりを感じ取り、それ以上追及してこようとしない。


「お察しの通り、利権には争いが付き物です。この提案が実現すれば、莫大な利益が得られます。それを横から掻っ攫おうと考える輩も現れるでしょう。それ許せば、我々の努力も想いも良いように捻じ曲げられ、命どころかすべてを失ってしまいます。私はそれを防ぐ意味で、「国家になる事も可能」と申し上げたのです」

「それはそうかもしれませんが……飛び抜け過ぎた発言である事には代わりありません」

「仰りたい事は重々承知しています。しかし申し上げたように、国王陛下に提案済みの内容です。非公式ではありますが、国王陛下からの許可も頂いています」


 マードック殿は驚きつつも、事の真意を問い正す。


「それは真でございますか!?」

「ここにいるメーフィスが国王陛下に謁見し、直接感想を伺っています。提案は諸問題により公式には保留となっていますが、特別自治領を認可されたという事は、提案自体が却下された訳ではないのでしょう。それにこの件は、リンツ様も把握されています。この真偽については……マードック殿?」


 マードック殿は途中から話を聞いていなかった。

 深刻な顔をし、何かを考え込んでいる。


 マードック殿は考える。

 『特別自治領』という聞きなれない言葉、リンツ様の提案された『領地の統合案』、そして国王陛下までもが関与している事実。

 それらは『諸問題』という一言で片付く。

 そして、これは危険極まりない提案だとも分かる。


 ……いや、そんな事はどうでもいい!

 我々はハメられたのだ!

 爵位や階級を剥奪されたにも関わらず、再建のために動かされている時点で疑問に思うべきだった。

 遡ればあの戦争も……。


 いや、それはない!

 預言者とも言われるリンツ様ならいざ知らず、マサユキ殿にそこまでの技量は感じられない。

 だが……どういう事だ?

 それを分かっていながら、なぜ今の今まで黙っていた? なぜだ?


 あの戦争を含めて現在いまがあると言うのなら、リンツ様はそれすら看破している事になる。

 すべてを看破した上でマサユキ殿に同調された?

 いや。同調するにしても、道筋すら立たない状態で提案されるはずはない。

 ということは……『実現する条件が整った』と考えるべきか。


 だがそうなると……マサユキ殿が動かなかった理由が分からない。

 それに、閣下の行動にも疑問が残る。

 あの方ならこの程度、お気付きなってても不思議ではないからだ。

 リンツ様も同様だ。

 裁判ではマサユキ殿に付きっきりだったのに、なぜ距離を置かれようになったのだ?


 ……答えの出ない疑問を考えても仕方がない。

 私は私として、どう向き合うか答えを出さねば……。


 マードック殿は席に着き、書類に目を落す。

 周りの者は危機迫るマードック殿から何かを察したのか、話の真偽に戸惑いつつも書類を読み始める。


「しかし……よくこのような準備をされていましたな」

「ええっと……。提案内容についてではないですよね?」

「はい。この均等の取れた文字で、これだけの量を用意するのは大変だったでしょう。準備にはひと月は掛かるでしょうな」

「そんなに時間は掛けていません。休憩中に用意した物ですから」

「……そ、そんな馬鹿な話がありますか? その手の奇策は信用を下げるだけです。ご自重頂いた方が――」

「お気付きになりません? その文字?」

「文字……ですか? 特に問題はなさそうですが……。敷いて申し上げれば、均等が取れて美しくさえ感じますな」

「では、隣席の方の書類と見比べてみてください。良く分かりますよ」


 近くの者同士で書類を見比べ始める。


「な、何だこれは!? 文字の形状も、文字幅も、図面さえも、寸分違わず一致しているだと!? これだけの書類どうやって……」

「印刷という技術です。仕組みまではお教えできませんが、文面を作る機械と、書類を転写する機械を使っています。これがあれば、手間の掛かる書簡作りや帳簿整理も容易になります。提案書にある、新聞という情報誌にも利用できます」


 皆言葉を失い、内容どころではなくなっている。


 皆様の驚き様は、清々しくさえ感じてしまいます。

 マサユキ様の仰る話では活版印刷という技法もあるそうですが、活版印刷では作成手順と出来上がりに課題があり、書類作成に特化した装置と、書類量産の複写装置を別に製作した方が良いと仰っていました。

 理論については前々より伺っていましたが……ついに完成されたのですね。

 さすがは、私の旦那様でございます!


 マードック殿が早々と内容の確認を終え、感想を述べてくる。


「確かに奇抜な提案内容です。ですが、この『新聞』というのは必要なのでしょうか?」

「政府の意向を領民に伝える手段は、衛兵や公示人を通して行われます。それを新聞で行うのです。ただし、領民を誘導するような文面は書かせません。これは政府においても領民においてもです。常に冷静で客観的な内容を書かせる事で、政策の良し悪しを判断する基準にする事ができます。他にも、求人広告や新商品の告知などにも使えます」

「どうにも、都合の悪い事ばかり書かれてしまいそうですな?」

「マードック殿が目指されるのは、『健全な政治基盤』でしたね? 都合の悪い事を隠そうするから、賄賂や裏取引が成立してしまうのです。健全な政治とは、それ程難しい課題なのです」

「しかし……いえ。恥を忍んで申し上げます。「健全な政治」と銘打ちましたが、時には賄賂も認めなくてはなりません。政策をうまく成立させるためには必要な事柄なのです」

「私もそれは必要だと思います」


 一見スキャンダルとも取れる発言ではあったが、顔をしかめる者は少なかった。

 中には過敏に反応する者もいたが……話は進められた。


「ただ、やり方は考えるべきだと思っています」

「やり方ですか?」

「受け取ったお金は資金提供という形で計上し、取引内容も報告してもらいます。報告にない件を罰則対象とすれば良いでしょう」

「それは言葉を言い換えただけであって、実情が変わらないようにも感じますが?」

「私は賄賂を『ただの手段』と考えています。仕事をして報酬を受け取る。ここに妥当性がないから悪なのです。なら話は簡単。妥当性を客観的に判断すればいいだけです」

「仰りたい事は分かります。ですが……」

「その辺は追々検討しましょう。これは提案の一つに過ぎないのですから」

「……分かりました」


 マードック殿は即座に頭を切り替え、再び書類に目を向ける。


「しかし……随分綿密に考えられた内容ですな? まるで長い政治経験でもお持ちのような?」

「いえ。単に、商人として都合の悪い問題を潰しているだけです」

「それは言い換えますと、マサユキ殿にとって『都合が良い』という事でしょうか?」

「いえ、それも違います。商売に置いて一番厄介なのは、特定の者だけが優遇される特権です。誰しもが納得する理由であれば容認もできますが、利権を独占するだけの特権には怒りを覚えます。私は自由で公平な立場で商売をしたいだけであって、自分だけに都合の良い状況を望んでいる訳ではないのです」

「なるほど……。ですが、それでもマサユキ殿の優位性は揺るがないでしょうな?」

「何に対してでしょうか?」

「この書類の印刷技術です。これだけの技術があれば、大きな利益が確約されたも同然ですからね」

「フフフ。それは買被りです。利便性の高い道具は何もしなくても売れます。それに、お金を貯め込みたいとも考えていません。お金は使ってこそ、お金ですからね」


 マードック殿は突然笑い出した。

 その質問はマサユキに抱く疑念を問う物ではあったのだが、思ってた以上の偽善っぷりに呆れ、笑わずにはいられなかったのだ。


「ふぅ……。無粋な問い掛けで申し訳なかった! 他意はございません。どうか笑って許して下され」

「はい。問題ありません」


 マードック殿は機嫌良く高らかに笑う。

 それに後押しされるかのように、会議室の雰囲気が和らいでいく。

 そんな中。ユイル元男爵は俯き、一人暗く落ち込んでいる。


「ユイル殿。この提案にはご納得頂けなかったのでしょうか?」

「いや……そうではない」

「もしかして……私を恨んでいる事が原因でしょうか?」

「…………」

「恨み事があるのであれば申してください」

「それは違う! 違うのだ……」

「ユイル殿。あなたが私を恨むなり復讐するなり勝手ではありますが、私情をこの場に持ち込まないで頂きたいのです」


 顔を全体に向け、同様に訴える。


「皆様も同様でございます。私は恨まれる事を承知の上で刑を執行致しました。ですがもし、それが原因でこの場を混乱させているようでしたら、私は退席させて頂きます。すぐにご返答を頂けるとも考えておりません。後日で結構です。是非、その腹の内をお聞かせください」


 ザワザワと会議室に小声が響く。

 場の混乱を見兼ね、マードック殿が立ち上がる。


「静粛に静粛に! ……皆それぞれ考えはあるだろう。かく言う私も心の整理が付いていない。時間は早いが、今日はここまでとしたい。ユイル殿は如何思われますか?」

「私は……構わない」

「では、今日はここまでとします。各自書類を熟読の上、明日妥当性の検証を行いましょう」


 列席者たちはゾロゾロと部屋を出て行く。

 そして、ユイル元男爵とメルディたちだけが残った。


「ユイル殿。先ほど申し上げたように、私は恨まれて当然の立場なのです。ここには私たち以外誰もおりません。どうぞ恨み事をお話しください」

「いや……そういう事ではない。私はマサユキ殿に頼ってばかりだ。自分の無能さが恨めしく思えてくる。私は……なぜこの場にいるのか分からんのだ」


 ユイル元男爵は自身を卑下する。

 元とはいえ、その姿は貴族らしからぬ在り様だ。


「閣下。私が風呂場で申し上げた『言葉』は、覚えておいででしょうか?」

「閣下は止めてくれ!! 私はその立場ではない!」

「いえ。私にとって閣下は閣下でございます。私は閣下こそが理想の領主だと確信しているのです」

「戯言を申すな! 私は……私には才能がないのだ……」

「私は閣下の才能をこう評しました。『向いている』と。閣下の語る夢に魅力を感じ、手助けしてみたいと。それが閣下の才能なのです」

「それでも……私に務まる職務とは思えんのだ」


 ――パチン!

 ユイル元男爵の頬が赤く腫れ上がる。


「甘えた事を仰らないでください! 閣下のために命を散らした者たちに、何と詫びるのですか!」

「…………」

「あなたに足らない物は、『不足した才能を補う努力』です! 器でないと思われるのであれば、適格者を見つけるか育て上げればいいのです! たったそれだけの事で、あなたは自らの責務を放棄する気なのですか!?」

「…………」


 隣にいたメーフィスはメルディの肩を押さえ、落ち付くよう促す。

 メーフィスはゆっくり語り出す。


「ユイル様。僕はマサユキさんの補佐として同席させて頂いていますが、才能の有無で同席を許されたとは考えていません。単に、適任者が僕しか居なかったからです。でも、指名されたからには全力を尽くします。そこに才能は関係ないと思います。ユイル様も同じです。自分のできる事に全力を尽くし、できない事はできる人に任せればいいのです」

「しかし……私には人を見抜く才能はない」


 ……まだ言うのですね。


「閣下、お忘れでしょうか? 料理長のリトーネさんの才能を見抜いたのは、閣下でございます! 誰も寄りつかなかった店に入り、当時は奇抜とも言える料理を食され、料理長に仕立て上げたのも閣下でございます! 噂や偏見で判断せず、分け隔てなく向き合えたからこそ実現できた事です! これは誇るべき才能なのです!」

「し、しかし……」

「あーーーもおっ! シャンとなさい!! あなた男なんでしょ!!」


 バチーン!

 強烈な平手打ちが、ユイル元男爵の背中に打ち付けられた。

 メーフィスは冷や汗を滝のように流し、慌てて場を繕う。


「あわわわわわわわわわわわ。や、やり過ぎです! 駄目です! すぐに謝りましょう!!」

「あ、わわわわわ。も、申し訳ございません!!」


 メルディは地面に伏せ、土下座をした。

 それは明らかにマサユキらしからぬ行動ではあったが、ユイル元男爵はメルディの行動に感謝していた。


「い、いや……そこまでせんでもいい。……すまなかった。お陰で持ち直せた。まるで……妻に叱られたような気分だ」

「え? あっ……。申し訳ございません」

「よいよい。クヨクヨ考えるのは止めた。……また何かあれば、相談しても良いか?」

「はい! いつでもお声掛けください!」

「頼むぞ」


 背中を抑えつつも、清々しい気分でテントを出て行くユイル戻男爵を見送る。

 メーフィスは冷や汗を拭い、小声で囁く。


「(危なかったじゃないですか! 完全に素でしたよ?)」

「(はい……。申し開きもありません)」

「ともかく、アンバーさんたちに報告しましょう。今後の展開も考えないといけませんし」

「……そうね」

 

 メルディとメーフィスは、アンバーさんたちに報告すべくテントを後にする。


 ガサッ……。

 誰もいないはずのテントの隅で物音がする。

 そしてそれは……静かにどこかに消えて行った……。

次回、土曜日2014/12/20/7時です。

明々後日ですね。

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