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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第70話 成すべき意思への点火

 急に大声で呼び掛けられ、ラミエールは顔を強張らせた。

 それは大声で呼び掛けられたことが原因ではなく、怖いくらいに真っ直ぐなマサユキの目付きに因るものだ。


「……な、なんでしょうか?」

「軽くで良い。動き回っても平気なのは、いつになる?」

「……全治までに三ヵ月は掛かると思います。最低でもひと月の安静が必要です」

「分かった……。ミイティア!」


 ミイティアも状況の変化を敏感に感じ取っているようだ。


「1つ質問する。ミイティアが目指す先に、俺は居るか?」


 ミイティアは一瞬戸惑った後、ハッキリと応えた。


「居ます!」


 真っ直ぐな目。

 曇り一つないその目には、深い決意と闘志が宿っている。

 続けて、もう一つ質問する。


「なら、俺を倒すか屈服させる。もしくは、殺せるか?」

「何を言っ……」


 ミイティアは途中で言葉を飲み込んだ。

 質問の意味を真っ正面から応えても、マサユキに「違う」と言われる気がしているからだ。

 しばらく静かに考えた後……ミイティアは答えた。


「私は兄様の剣です。剣が主を攻撃するという事はありません。だけど……剣にも意思があります! 従えない命令なら拒否します! 兄様が私を見捨てるのではなく「殺せ」と言うなら……私が兄様の主になります!」


 ミイティアの意外な回答に……笑いが込み上げてくる。


「フフ……フフ、フハハハハハ! 残念だ! 残念だよミイティア!! フハハハハハ!」

「……だ、駄目なの?」

「ああ駄目だね! 駄目過ぎる!! アハハハハハハ!」


 渾身の回答したと思っていたミイティアは、俯き、涙を浮かべる。

 マサユキは席を立ち、ミイティアの元に行くと後ろから優しく抱擁する。

 そして、ミイティアに優しく語り掛ける。

 

「ミイティア。最高の応えをありがとう」

「えっ? ……ええっ!?」

「こんない応えを出されたら、ダメ出しできないじゃないか。もうかわいいだけの妹じゃなくなって残念だよ」

「兄様……」


 抱擁を解き、ミイティアを見据える。


「ミイティア。一つ要求していいかい?」

「試験……ってこと?」

「有り体に言えばそうなるね。俺の『剣』としての要求を満たしているか知りたいんだ。体の治療もあるから、ひと月以上先の話にはなるだろうけど……。受けるかい?」

「お受けします!」

「うん。いい応えだ」


 ミイティアの表情は和らぎ、嬉しさのあまりかマサユキに抱き付く。


「ぅぐあ……。痛い、痛いよミイティア……」

「いいの! フフフフ……」


 ミイティアの抱き付きは……本気で痛い。

 治り始めたアバラがギシギシと軋み、悲鳴を上げるように痛む。


「ミイティアお止めなさい!」


 状況を見兼ね、ラミエールの一喝が飛んで来た。

 それでもミイティアは抱き付きを止めない。

 仕方なく、ラミエールはミイティアの耳を引っ張り、強引にマサユキから引き剥がす。

 ついでと言わんばかりに、マサユキの耳も……。


「っうひぃぃぃ! やっ、止めて!! ラミエール、マジでそれ痛いって!」

「駄目です! マサユキさんはしばらく寝てなさい! ミイティアもさっさと行きなさい!」

「やーよ!」

「それは、『約束を守れなくても良い』って意味なのかしら?」

「そ、それは……。後でなんとかするから、いいの!!」

「はぁぁぁぁ……」


 ラミエールは盛大に長い溜息を吐き出すと、ミイティアのケツを引っ叩いて工房から追い出した。

 そしてマサユキの耳を引っ張り、強引に部屋へと連行して行く。


 その成り行きを眺める親方さんの笑い声だけが、工房に響く……。



 ◇



「だから! それでは何も変わらんではないか!!」


 ユイル・ガトリール元男爵の声が会議室に響く。

 ここは特別自治領、統領府の会議室。

 会議室と言っても、布で間仕切りしただけの仮設テントのようなものだ。

 そしてそのテントは、元伯爵領と元男爵領の中間地点辺りの何もない荒野に建てられている。


 何もない上、不便だらけのこの場所を選定したのは、リンツ様だ。

 その最大の理由は、各領地との距離。『交通の便』である。


 元伯爵領はアルテシア聖王国の西端にある。

 元男爵領は元伯爵領から東北東に位置し、いくつか小さな領地を隔てた先にある。

 二つの領地が隣接していれば問題はなかったが、間に別の領地があるとなると、二つの領地だけで話を進めるには追々問題になる可能性がある。

 それに、国内有数の大領地と発展目まぐるしい領地が併合されるとなれば、近隣の領地との格差は広がる一方だ。

 政策に関与する必要はないが、僅かながらも利益を得ようと集まった領主たちのために『この場所』を選んだのだ。


 それに、『何もない』という事には利点が多い。

 効率良く政治を行うためには、関連施設を一カ所にまとめた方が良い。

 それに伴う土地確保の示談交渉や、住民との話し合いも不要になる。

 新たに施設を作るということは、建設などの仕事を生み出すことにもなる。


 「現時点で不便が多い」というだけで、「長い目で見れば利点が多い」という理由から、何もない辺鄙な場所ながらも、行き来し易いこの場所で会議を行っているのだ。



 会議に参加しているのは、元伯爵の幹部らと元男爵を筆頭にした組合幹部たち、近隣の領主たち。そして、マサユキに扮したメルディと補佐として同行したメーフィスが同席している。

 話し合いを始めて約二週間が経過している。

 しかし……話し合いは難航していた。


 元伯爵領、元男爵領、そして近隣の領地の領民の数を合計すると、総人口は25万を越える。

 領民の数も然る事ながら、広大な領地を治めるにはそれなりの経験が求められる。

 必然的に、領民の大半を占める元伯爵領の幹部たちの力を借りざる得ない。

 そんな訳で、元伯爵領政府のやり方をゴリ押しされているのだ。


 元伯爵領の幹部であるマードック殿が応戦する。


「変わる変わらないの話ではありません! こういうやり方しかないのです! 夢を追い求めるのは勝手ですが、計画性のないやり方では意味がないのです!」

「だからと言って、税の使い道が政府に偏り過ぎているではないか! それでは何も変わらん!」

「いいえ必要です! 仕事に対して見返りがなければ、人は動きません! 盤石な政治体制の構築が最優先だと申し上げているのです! 領地への投資が悪いとは申しません! しかし、領地の成長速度に政府が付いていけなければ、意味がありません!」

「では何か!? 「金のために政治をしろ」とでも言うのか!?」

「金のためです!! 政府の者であっても領民の一人です! 生活のために仕事をするのですから、金の話になるのは仕方ないことなのです!」


 ユイル元男爵とマードック殿の言い争いを見守るメルディは、静かに考えを巡らせる。


 また、お金の話に戻ってしまいました。

 この方々は高度な政治の話をしているようで、結局はお金の話で揉めてしまっています。

 私たちにしてみれば、酷く醜い争いにしか見えません。

 なぜ、私たちのように質素であっても、平穏な生活を求めないのかしら……。


 隣に座っていたメーフィスが耳打ちをしてくる。


「マサユキさん。そろそろ話を切り出しませんか? 所々で質問はしてますけど、意見を出さないままでいいのでしょうか?」

「メーフィス。俺たちは政治に対して無知だ。だから、質問を通して教えて貰っているんだよ」

「それは分かるんですけど……。落し所を見つけないと、話は伸展しそうにありませんよ?」

「それは、『妥協点の模索が必要』という事かい?」

「はい。僕はどちらの意見も正しいと思います。ならば、妥協すべき所は妥協すべきじゃないでしょうか」

「フフフフ……。メーフィスはまだまだだね」

「……笑ってないで教えてくださいよ?」

「妥協は必要。でも、妥協では今までのやり方を継続させる事になる。そこに求める結果はある?」

「……ないですね。でも、尚更意見すべきではありませんか?」

「そうだなぁ……」


 マサユキ様は、いつもどうやって対処されていたでしょうか?

 男爵様をお迎えした時は、入念に戦いの準備を整えていました。

 この場を用意する戦争でもそうでした。


 その二つに共通していたのは、『武力』。

 相手の出方を先読みし、罠を張って確実に勝利を掴んでいらっしゃった。

 ただそれは、相手が武力で応じようとして来たから。

 この場に武力は不要。

 となれば、『着眼点はそこではない』という事でしょう。


 マサユキ様が男爵様と打ち解けたのは、イーリスお嬢様の治療の件が直接的な理由ではなかったはずです。

 あれは、戦いを止めるための口実に過ぎません。

 男爵様方が警戒を解いたのは……お風呂にご一緒された後だったような?

 裸の付き合いでしたわね。

 しかし、マサユキ様はそれすら口実にしていた。

 となると、何が『マサユキ様を認める』要因となったのでしょうか?


 マサユキ様は、ご自身を相手の立場に置き換えて物事を解釈されます。

 それは、相手の考え方をより具体的に感じ取るため。

 その上で、マサユキ様に出来得る対応を提案されていらっしゃった。

 でも、それは方法論。

 この会議は『方法論の有意性』で揉めているのだから、新たな方法を提供したとしても状況は変わらないでしょう。


 そういえば……戦争に関わろうとしていた時、マサユキ様は『目的』を何度も説いていた。

 そして大枠の作戦を立てたものの、裁量は各々に任せていた。

 それは、最終的に『向かうべき先』が変わらないようにするため。

 ということは……



 ――ドンッ!

 ユイル元男爵が机を強く叩く。

 一向に進まない会議に苛立ちを募らせ、その憤りを机にぶつけたのだ。


 メルディは手を上げ、発言の許可を求める。


「あの、質問してもよろしいでしょうか?」

「マサユキ殿……。そちは黙っておれ!」

「構いませんけど、これは有意義な会議であると言えるのでしょうか?」

「有意義も何も、貴殿が関わると話がややこしくなるのだ!」

「その通りでしょうね。方向性も決まらない話に、私から提案する意味はありませんからね。だから「質問したい」と言ってるのです」

「……何を聞きたいと言うのだ?」

「簡単な話です。皆様の『共通の目的』をお聞かせください」

「特別自治領政府の設立であろうが! そんな当たり前の――」


 ユイル元男爵の苦言を途中で遮り、次の話をする。


「では、特別自治領とは『今までとは何が違う』のでしょうか?」

「それを話し合っているのだ! 貴殿の訳の分からん戯言に付き合ってる暇などない!」

「では、14日掛けて話し合った途中経過を報告してください。国王陛下に報告せねばなりません」

「それは……」


 ユイル元男爵は反論できず黙り込む。

 他の面々も同様だ。


 二週間も経過して何ら進展がないのは、自ら無能であることを知らしめる事でもある。

 そうなれば新たな領主が派遣されてきてしまい、特別自治領という新たな試みは消えてしまう。

 しかも、減刑の手段を失うという事でもある。


「マードック殿、あなたにもお伺いしたい。共通の目的はあるのでしょうか?」

「はい。領民が安心して暮らせる政府作りです」

「では、今までとは何が違うのでしょうか?」

「やり方に置いて違いはないとは思いますが、政治の腐敗を根本から正すことが重要だと考えています」

「では、具体的にどのように対処されるのでしょうか?」

「賄賂や裏取引を摘発します。これは政治に関わる者に限らず、領民すべてに適用すべきと考えています」


 なるほど正論です。

 でも私は、『それ』に意味がないと思います。


「マードック殿。それは矛盾していませんか?」

「はあ? どこに矛盾があるのでしょうか?」

「私は、『共通の目的』について質問をしました。しかし結局は、『政府の問題』にすり替わりました。「領民が安心して暮らせる」という事が健全な政治に因ってもたらされる事には異論はありませんが、主軸になるべき話が『政府の都合』というのは、本末転倒ではありませんか?」

「それは誤解です。近隣の領地の領民を加えれば、総人口は25万にも達する大領地です。これは管理の面においても負担を強いられることであり、理想の追求だけでは領民は付いて参りません。政府が主導できる立場でなければ領民を不安に陥れるだけであり、逆であれば政府は要りません。我々は政府を作ろうとしているのです。ならば、前者の目的を達成するために力を注ぐべきなのです」


 マードック殿は冷静に答えた。


 ここは得意げな顔をするところなのかもしれないのだけど、マードック様が冷静に受け答えしている辺り、『これ以外に方法がない』と考えているのでしょう。


「変な話ですよね? なんで、『25万もの領民を従えなければならない』という前提なのでしょうか?」

「まさか、「見捨てろ」と仰られるのか?」

「ぶっきら棒な言い方をすればそうでしょう。ですが、普通にやっても領民は離れて行きます。元伯爵領の20万の領民は、元伯爵領政府のやり方が自分たちに都合が良かったから従っていただけであって、都合が悪くなればその限りではありません。都合を付けるために政府を存続させる事には、それこそ意味がありません」

「なるほど……。ですが、我々は『相応の成果』を求められています。領民無くして目的の達成は在り得ません」

「つまり、「領民が安心して暮らせる」というのは大義名分であり、「あなたたちの都合」というのが『本命』。という事でよろしいでしょうか?」

「…………」


 マードック殿は黙り込む。


 いい訳できる状況ではないのでしょう。

 リンツ様の提案された『相応の成果』を達成するためにも、領民の流出は防ぎたい。

 それは分かります。

 まともにやっても達成できるかも分からない要求です。

 でも、達成その物が存在しない場合もあり得ます。

 『相応の成果』の意味を明言されていない以上、結果がどうであれ、どうにでも扱えるという意味にもなります。

 せめてその部分だけでも、明確にできれば対処のしようもあるのでしょうけど……。


 入口の方から、間仕切り越しに声が聞こえる。

 すると、ユイル元男爵の執事さんが会議室に入ってきた。

 メルディの側に来ると一礼し、一通の手紙を差し出す。

 手紙を受け取り、差出人を確認……。


 執事さんはクルリと向きを変え、会議室の皆に向かって提案する。


「皆様。そろそろお茶の時間でございます。一度休憩を挟まれては如何でございましょうか?」

「……そうだな。私は少し熱くなり過ぎておったようだ。マードック殿。一度休憩を挟まぬか?」

「そう致しましょう。私も冷静になる時間が欲しかったところです」


 参加者が次々と会議室を出ていく。

 最後に執事さんが会釈し出て行くと、会議室はメルディとメーフィスだけを残し、誰もいなくなる。


「メ……。マサユキさん、大丈夫ですか?」

「ええ……」

「もしかして、その手紙……」

「はい。あの方からのです」

「良かったですね。僕も席を外しますね」


 メーフィスは席を立とうとしたが、メルディに服を掴まれた。


「いいの……ここに居て……」


 メーフィスは黙って椅子に座る。


 涙が収まり、落ち着いたところで手紙を開封する。

 そこには、ビッシリと文字が書き込まれた手紙が入っていた。

 一つ一つ丁寧に読み解いていく……。


 手紙には、マサユキがやろうとしている事以外にも、特別自治領の問題点や改善案も書かれていた。

 まるで、未来でも見て来たかのような的確な分析。

 そして最後に一言、「任せる」と書かれている。


 その一言に私は……。


「だ、大丈夫ですか?」

「…………大丈夫。それよりメーフィス。やる事が決まったわ」

「やっと僕の出番ですか?」

「そうね。随分待たせてしまったから、存分に暴れて頂戴」

「はい! 任せてください!」


 メーフィスの息巻く姿に笑いつつも、嬉しい一報に胸を撫で下ろすメルディだった。

次回、水曜日2014/12/17/7時です。


活動報告で告知していましたが、12月半ば~1月半ばまでの4週間、週2回更新となります。


2014年

第71話 12/17/7:00(水)

第72話 12/20/7:00(土)

第73話 12/24/7:00(水)

第74話 12/27/7:00(土)

第75話 12/31/7:00(水)

2015年

第76話 01/03/7:00(土)

第77話 01/07/7:00(水)

第78話 01/10/7:00(土)


これ以降は週1回更新に戻る予定です。

ピンポイントの対応となりますが、更新回数を増やせるよう書き貯めも頑張りたいと思います。

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