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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第69話 誤解と意識のズレ

 カンッ! カッカンカンッ! カンッ!

 ハンマーを打ち付ける音が作業場に響く……。

 まだ誰もいない早朝ためか、その音は余計に大きく感じる。

 こんな早朝から作業場に籠るつもりはなかったのだが……今は考えない方がいい。

 雑念を振り払い、赤く燃える金属にハンマーを振り下ろす。


 眠そうな顔をした親方さんがやってきた。


「おはようございます。まだ眠そうですね」

「坊主が早過ぎるんだ。ワシは水を飲みに……って、なんだその顔?」

「え? ええ……いつものことですよ」


 俺の顔はボコボコに腫れ上がり、首や腕には爪で引っ掻かれた傷や、噛み付いて付けられた歯型などが点在している。


 今朝早く、ミイティアが俺の部屋に来た。

 いつもと同じように俺の布団に忍び込もうとした時、布団の中に、半裸状態のラミエールが抱き付いているのを目撃した。

 それが原因で……大揉めになってしまったのだ。


 何度も事情を説明しようとしたのだが……この有様。

 せめて……事情くらい聞いて欲しかった……。


「坊主。そろそろミイティアもラミエールも、嫁にめとったらどうなんだ? それなら解決するだろ?」

「それは解決とは言いません! 問題の解消にもなりません!」

「……何が不満なんだ?」

「不満っていう程ではないんですけど……それを認めてしまうと、際限なく嫁が増えて行きそうで怖いんですよ」

「いいじゃねえか! 普通に考えれば男の夢だぜ?」

「それは……そうかもしれませんけど……。今は無理です」

「観察処分って奴か?」

「……そうですね。それもあります」


 これは単なる言い訳でもある。

 家族が増えるということは、その分行動範囲が制限される。

 この地にずっと留まっているなら分からなくもないが、世界を旅したいという想いがある以上、なるべく避けたい。

 それに、新婚半年で嫁が3人に増えるとなると、生涯でいったい……。

 止めよう! 考えるだけでも怖い!


「あの人に一筆書かせるってのも手かもしれねえが……そういうことじゃねえんだろ?」

「はい。社会的な安全を取り付けても、根本的解決を図らなければ無意味ですからね」

「考えはあるのか?」

「はい。権力には特別自治領で対抗し、暴力には力で応戦します。あとは、革新的発明で商人として名前を売るって感じでしょうか」

「……解決になってねえ気がするけどな?」

「でも、特別自治領がうまく機能すれば前みたいな戦争は減ると思います。俺個人への攻撃なら、それはそれで正当防衛の理由ができるだけです」

「ってことは、大砲の弾を作っておくべきか?」

「う~ん……どうでしょう? 大砲は拠点防衛や攻撃には向いてますけど、大規模な隊を組めない俺には不向きです。それに、大砲本体はまだしも、弾や火薬の製造法まで盗ませる訳にはいきません。それを理由に難癖を付けられても嫌ですしね」

「なるほどな……」


 打ち付けていた金属を炉にくべ、ジッと見詰める。


「ワシが口出しすることではなかったな」

「いいえ。親方さんには感謝しています。……それに、今の俺があるのは皆さんの支えがあってこそですから」

「そうか……」


 親方さんはゴリゴリと頭を撫でてくる。


「そういや何作ってやがる? 随分薄く仕上げてるみたいだが?」

「いつもの実験ですよ。とりあえず、能力は『創造的能力付与魔術(クリエイティブエンチャント)』で間違いなさそうです。便利にはなりましたが、付与効果が弱くなったのは難点ですね。これは『能力がリセット』されたからだと考えてます」

「白紙になったってことか?」

「ええ。サーヴェントさんの話では、人格が能力の方向性を決めるそうです。ならば、白紙化されても基本的な能力の方向性は変わらないと考えました。使い勝手が違うのも、生まれ変わったという意識があるからだと考えてます。で、実験をしつつ使いこなせるよう訓練してるという訳です」

「ワシも手伝おうか?」

「んー……まだいいです。親方さんにはお願いしたいことがあるので」

「何だ? いつもの台詞はなしで頼むぜ?」

「フフフ。えーっとですね……」


 誰もいない工房で密談が始まる。



 ◇



「ミイティア。ミイティアったら! いい加減機嫌直して!」


 部屋の片隅にうずくまるミイティアに、ラミエールが何度も声を掛ける。

 盛大にマサユキを叩きのめし、それでも怒りを収め切れなかった自分自身に苛立ちを募らせていた。


「ちゃんと白状するけど、夜這に来たのは事実よ」

「何も……なかったのよね?」

「なかったわ。むしろ、フラれましたわ」

「何で一緒に寝てたの?」

「昨日夜遅かったから。ここで寝るように言われたからよ」

「じゃあ、なんで裸だったの?」

「それは私の寝相ね。普段着なれない服だったし、そうでなくても脱げてることが多いからね」

「じゃあ……そのベットの赤いシミは?」

「さぁ? ミイティアの噛み付きで付いたんじゃない?」


 ミイティアはそれでも不貞腐れている。

 

「あ~もう! しっかりしなさい! あなたはマサユキさんの護衛なんでしょ?」

「そうだけど……」

「まさか、カーネリアさんに勝てないとでも思ってる?」

「そうじゃ、ないけど……」

「あのねぇ? あなたが勝っても、マサユキさんは護衛を続けさせてくれるとは限らないのよ」

「ど、どうして!? 兄様は約束を破らないわ!」

「破らないでしょうね……。表向きは」

「表向き? また置いて行かれるの!?」


 ラミエールは呆れ、長い溜息を吐き出す。


「はぁぁぁ……あなた。いつまでマサユキさんに駄々捏ねてるつもり?」

「何よそれ!? まるで子供みたいじゃない!」

「子供よ。駄々捏ねてばかりの可愛い妹。それがあなたよ」

「ち、違うわ! 私は兄様を護れる力を持ってる! だから子供じゃないわ!」


 ミイティアは精一杯応戦する。

 マサユキが自分に要求してくる物の大きさを理解しつつも、マサユキは決して見捨てないと分かっているから。


「ねぇ? 戦争にミイティアではなく、ガルアを連れていた理由は分かる?」

「……ガルアが強かったからよ」

「たぶん違うわ。マサユキさんはガルアを育てたいと思ったのだと思うわ」

「だから、私よりガルアの方が強くなれるからでしょ!」

「ううん。実力には差がないと思う。戦い方がマサユキさんに合致していたからかもしれないけど、ミイティアだった場合でも作戦は立てられたと思う」

「じゃあなんで? なんで兄様は私を選ばなかったの?」

「選ばなかったんじゃないわ。『選べなかった』んだと思うの」

「選べない?」

「ここからは私の推測だけど。あなたが女で、妹で、マサユキさんと幸せになりたいと思うからよ」

「……分からないわ。兄様は私を女として見ていないもの……」

「そうね。駄々捏ねてマサユキさんの邪魔ばかりして、挙句の果てにはこんな所で泣きべそをかいている。そんなあたなをマサユキさんは――」


 ミイティアは肩を落とし、少し涙ぐんでいる。

 少し言い過ぎたと反省しつつ、ミイティアにフォローを入れる。


「とにかく、ミイティアには才能があるわ。4年間修業して、技術的にはマサユキさんに追いついた。私は医者を目指し、少しは役に立てるようになった。でも……それは幻想よ! マサユキさんが自分のためだけに能力を使うようになれば、私たちは絶対に付いていけない。それくらい分かるでしょ?」

「……うん」

「あの人に並び立とうと思うなら、私もあなたも今のままでいと思っては駄目。自分で考え、実行し、それでも分からなければ相談する。マサユキさんはその支援をしてくれる。なら、私たちはマサユキさんを利用すればいいの。……いいミイティア? 私たちは期待されてるの。その期待に応えて大きく成長できれば、私もあなたも、ずっとマサユキさんと一緒に居られるのよ」

「……でも、それと夜這はどう関係してるの?」


 ラミエールは苦笑いを隠せず、笑ってしまった。

 ミイティアに詰め寄られるが、医者として話せないことだと応戦する。

 一見言い争いのようにも見える2人だが、いつも通りの2人に戻っていた。



 ◇



「兄様!」


 ミイティアが作業場に駆け込んで来た。

 その表情はさっきまでとは違い、切羽詰まった顔だ。

 遅れて到着したラミエールはネグリジェで裸足のままだが、その表情は……申し訳なさそうな顔だ。


「何か、あったの?」


 リトーネさんの容態が急変したのかとも思ったが、違った答えが返って来る。


「今すぐ姉様の所に行って!」

「その前に事情を教えてくれ」


 俺にはサッパリ見当がつかない。

 一番問題が起きそうな特別自治領とは、元陽炎かげろうのメンバーが連絡員として動いてくれている。

 何か異変があれば一番に情報が入って来るだろう。


「時間がないの! 今すぐ姉様の所に!」

「ミイティア落ち着いて。時間がないのは分かった。だから事情を説明してくれないか?」

「姉様が……姉様が死んじゃうわ!」

「メルディが?」


 ますます分からない。

 護衛にはアンバーさんが付いている。

 手勢の問題があったとしても、リンツ様やガルアもいる。

 そうそう命が脅かされる状況とは思えない。


「ラミエール?」


 ラミエールの名を呼ぶと、申し訳なさそうに顔を向けてくる。


「ふぅ……」


 カンッ!

 溜息を吐き出し、何事もなかったかのようにハンマーを打ち付けた。


「兄様。なんで作業なんてやってるの!? 急がないと!」

「だから何で急がないとならないの?」

「それは……」

「それを聞かないことには動けないよ」

「兄様……兄様は姉様がどうなってもいいの!?」

「じゃあ聞くけど、俺たちの誓いはその程度なの?」

「そういうことじゃ、ないの……」


 ミイティアは何かに焦っている。

 そして、メルディの命が危ないと言う。

 その情報をもたらしたのは、ラミエールだと考えるべきだろう。

 問題は、なぜそれを語らないかということだ。


「しょうがない。休憩室で事情を聞くよ」

「そんな悠長なこと――」

「ミイティア!」


 少し声が大きくなってしまった。

 その声にミイティアはビクッと反応する。

 だが、焦りの表情は消えない。


「すまなかった。とにかく事情を聞きたい。ラミエールは着替えて来て」

「はい……」



 ◇



「さて、話を聞こうか」


 ラミエールが着替えて戻ってきた所で話を再開した。


「その……姉様は……兄様がいないと死んでしまうと聞きました」

「……何の話?」

「ですから……」


 ミイティアはモジモジと話を勿体ぶり、顔を赤くしている。

 なんとなく心当たりがあることを聞いてみる。


「もしかして、メルディの烙印の話?」

「そうです。姉様は兄様から……ごちょ、ご寵愛を受けないと死んでしまうと!」

「フ、フフフフ……」


 納得がいった。

 どうやら勘違いしているようだ。


「何がおかしいんですか!? 命に関わることですよ!?」

「あーいやいや。ラミエールがバツを悪くしてる理由が分かったからだよ」

「じゃあ……嘘なの?」

「いんや。嘘ではないけど、問題にすることでもないってこと」

「……どういうこと?」

「ラミエール、確認だけど。ミイティアが勘違いしているのは分かってるけど、それが強ち間違いでもないってことでいい?」

「……はい。夜這の話をミイティアに説明できなくて……」

「うん。それ以上はいいよ」


 ここまでは予想通りのようだ。


「ミイティア。メルディは烙印ではなく、『呪印』を受けている可能性があるんだ」

「呪印? 烙印とは何が違うのですか?」

「烙印とは奴隷身分を示す印。呪印は呪いの類かな」

「うん。違いは分かったけど、死ぬ可能性があるって聞いたわ」

「それを説明するには、呪印について話さないといけないね」


 紙とペンを用意し、書きながら説明を始める。


「まず呪印とは、付与魔法の一種だと予想している。分かってるだけでも4種類存在する。1つは性奴隷化する呪印。2つ目は狂人化する呪印。3つ目は弱体化する呪印。4つ目は死ぬ呪印。呪印の強さはまちまちだし、複数の呪印と組み合わせて刻まれる場合もある。発動条件もそれぞれ違うようだ。解除方法はまだ分かっていない」

「姉様には性奴……1つ目と4つ目の呪印が彫られていると聞きました」

「それは状況から推測した結果に過ぎないんだ。メルディには月の物がない。それは性奴隷化の特徴と一致する。あまりいい話ではないけど、性欲の捌け口とされる性奴隷は、主人にとって都合の良い存在でなければならない。妊娠しない体もそうだけど、強い性欲を持ち、あらゆる苦痛を快感に感じる。定期的に行為をすることで呪印の効力を抑えることが可能らしい。しかし、メルディにはその辺が症状が見られない。これは性奴隷化の呪印の効果とは異なる。ここまではいい。問題は……」


 紙に書かれた「呪印」を指差し、説明を続ける。


「呪印の危険性だ。呪印は魔法の一種だと言った。つまり、魔力か何かを消費しながら、効果を持続させている可能性が高い。魔力が枯渇すれば死ぬかもしれないということだ」

「じゃあやっぱり! 姉様が死んでしまうってことじゃない!」

「それについては解決してるんだ」

「……どうやって?」


 これはハッタリだ。

 呪印の研究と治療は継続してやっている。

 だが、治療の有効性には確証が持てない。

 本質的に解決するには呪印の仕組みを知るか、解除方法を探すしかない。

 つまり、『現状問題が起きていないから問題がない』と言っているだけだ。


「方法はともかく、一定の条件をクリアすれば維持可能って話なんだ」

「どうやってかしら? ……まさか! 姉様は――」


 すかさずミイティアの言葉を遮る。


「違うと思うよ」

「ち、ち、違うって! 何で分かるのよ!?」

破廉恥はれんち極りない考えをぶちまけた上に、俺から違うって言われたい?」

「そ、そんなことは……」

「それでいい。むしろ問題は、本当の意味で殺される可能性だね」

「暗殺ですか!?」

「メルディは俺に成り済ましている。それは、国家にとって危険人物であるという立場も背負っていることになる。場合によっては、暗殺もあり得る。だから、アンバーさんとガルアたちが護衛に付いているんだ。リンツ様も一応いるけど、英雄が2人もいる状況では簡単には手出しはできない。でも、これは英雄が後ろ盾になってくれているから成立する状況であって、解決している訳じゃない。それは分かるね?」

「うん……。ならどうするの?」

「俺が国家にとって、『必要不可欠な人物』に成ればいいんだ」

「……そのためにサーヴェントさんたちと仲良くしてるの?」


 ミイティアのこの問い掛けには、一瞬苛立った。

 すぐに冷静になったが……致命的とも言える意識のズレだ。


「それは違う。サーヴェントさんたちは友人だ。力を借りることはあるかもしれないが、それはお願いすることがあるという話であって、都合よく利用するつもりはまったくない。彼らに頼らなくてもいいよう、今は一にも二にも俺自身の強化が急務なんだ」

「だから……私にも厳しくするの?」

「それはまた別の話。ミイティアには才能がある。剣術の腕は俺を越えてるし、魔法だっていつかは覚えられるかもしれない。俺から見ればミイティアの才能は天井知らずだ。ミイティアの才能を伸ばす手助けとして、カーネリアさんに協力を仰いだだけなんだよ」

「わ、私は兄様を越えたとは思ってません! 魔法だって使えるとは思いません!」

「ミイティア。俺の剣術って、俺の世界では10段階で4くらいなんだ。誰にでも到達可能な技術ってこと。そんなのを基準にされてもちっとも嬉しくないし、恐らく俺は魔法を使えない。……いや、使えないとまで断言したくないが、習得までには時間が掛かりそうだ。だから、俺を基準に強さを決め付けて欲しくないんだ」

「……じゃあ、兄様の求める強さ・・・・・って何?」


 決定的だ……。

 ミイティアとは常々意識のズレを感じていたが、決定的なまでに俺とは視点が違う。

 このままでは近い将来、ミイティアが俺に付いていけなくなるだろう。

 それも良いとは思う。だけど……。


 苛立ちを抑え、冷静さを装いながらラミエールに顔を向け叫ぶ。


「ラミエール!」


 その声は部屋に響く。


次回、水曜日2014/12/10/7時です。

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