第67話 更なる成長のために
「はぁぁあああ? オ、俺がッスか!?」
「何で私もよ!?」
「いいからヤレ! お前たちには必要だ!」
ビードラさんとカーネリアさんは駄々を捏ねるように嫌がり、サーヴェントさんは半ば強引だが、2人を説き伏せようと必死だ。
この場面だけを見れば、言い争いをしてるように見えるかもしれないが、そうではない。
3人にはしばらく学校に参加してもらうことを勧め、結果的にこうなっているだけの話なのだ。
プロの護衛として働いてきた彼らに、今さら学校は必要ないかもしれない。
でも、魔力の封印をするにしても、魔法にあまり依存しない生活を送るにしても、稼ぎ口の確保は絶対必須の急務だ。
それに、身を護る方法も新たに身に付けなければならない。
そこで学校を紹介したという訳だ。
ただ彼らの場合、知識の習得や自衛手段の獲得という意味より、『人とのコミュニケーション能力を養ってもらう』意味が強い。
今まで面倒事は、サーヴェントさんが一手に引き受けていた。
不当な取引に引っ掛からないためであり、仲間内での意識のズレが仕事に影響しないためでもあった。
強過ぎる力は、強力な抑止力となる。
強過ぎる力は、強い憧れの対象になるのと同時に妬みの対象となり得る。
そして強過ぎる力は……孤独だ。
サーヴェントさんはそんな素振りを見せないが、まるで昔の自分でも見ている気分だ……。
自慢じゃないが、現世で俺は『グランドクレストストーリー』というゲームのトッププレイヤーだった。
ゲーマーにとって強さは、ステータスであると同時に強い憧れの対象でもある。
皆トッププレイヤーたちに憧れ、並び立とうと目指す。
しかし、そのトッププレイヤーたちより遥か先にいる者は、異端として忌み嫌われる。
単に誰も追い付けないだけの話であって、ズルして得た物ではなかった。
そしてその差は、装備面やレベル面だけでなく、意識面においても大きな差となってしまっていた。
あの時の俺は、何をするにも孤独だった……。
その状況に似ていると思ったのだ。
サーヴェントさんが必死になる理由までは分からないが、彼らの助けになればと学校への入学を推薦したのだ。
「なんで今さら学校なんッスか?」
「そうよ! なんで今さらなのよ!」
サーヴェントさんは少し間を溜めた後、引き離すかのような厳しい言葉をぶつける。
「お前ら……永遠に俺に頼り続けるつもりか?」
「そ、そうじゃないッスけど……」
「急にどうしたの? ねぇサーヴェント。ねぇ?」
「俺はお前たち二人を護ってきた……。だが、俺たちはいつ殺されるか分からねえ。俺が死んだら……お前たちはどうするんだ?」
「ないッス! 兄貴が死ぬなんてないッス!」
「らしくないわ! なんでそんな弱音吐くの?」
2人はサーヴェントさんに掴み掛る。
訴えた気持ちは分かる……だけど、誰しもがいつか乗り越えねばならないことだ。
サーヴェントさんは二人を抱き締め、優しく語り掛ける。
「俺は兄ちゃんみたいに強くなりたい。力だけでは強くなれないって分かったんだ……。単なる力と力の勝負なら、俺は誰にも負けない自信がある。だが……俺は負けた……。兄ちゃんの強さは単純な力じゃねえ。どこまで攻めて、どこで引く。この線引きがキッチリできるから、力の差を物ともしない勝負ができるんだ。兄ちゃんはそれを身に付ける手助けをしてくれると言う。だったら、迷わず飛び込むべきだと思ったんだ」
「兄貴ぃ。俺、自信ないッスよ……」
「ビードラ、難しく考えるな。俺達には魔法以外何もない。だったら、その事実を受け入れるんだ。人と話すのだって、自分から受け入れないと話すら成立しない。俺が付いててやる。だから、勇気を出して受け入れるんだ」
「……分かった……ッス」
「カーネリア。お前は男2人の旅に付き合わせちまって、同年代の友人を作れなかっただろ? 学校はお前より年下ばかりかもしれねえが、姉貴分として面倒をみてやってくれ。うまく行かなかったら相談してくれればいい。俺がいつだって助けてやる」
「……うん」
「さあ、決まったな? ……よし! 兄ちゃんこっちは了解とったぜ!」
俺はそのやり取りをずっと見守っていたのだけど……ちょっと不安だ。
学校に行くのが楽しみと思う人もいれば、そうでない人もいる。
何か取っ掛かりのような……。
と周りを見回していると、ミイティアと目が合った。
「そうだ! ミイティアが迎えに行ってくれない?」
「私ですか? ……私は兄様の護衛です!」
「村を出る時は護衛をお願いするよ。しばらくはやることないでしょ? それに、学校の講師もしなきゃならないしね」
「そうだけど……ハッ! 兄様も久々に講師をやらなきゃね! うんうん!」
「すまない……。時間が取れそうにないんだ」
「兄様! 私にだけ面倒事を押し付ける気ですか?」
「ち、違うよ。表向き俺は特別自治領に出向いてるし、能力の確認はしっかり試しておきたんだ。他にも……」
「分かりました! もういいです! (兄様はいつもズルイんだから……)」
隣で俺たちのやり取りを見ていたカーネリアさんが絡んできた。
「ミイティアちゃんって、可愛いわよね~。私もこんな妹が欲しいわ~」
「俺には勿体ない妹ですけど、あげませんよ?」
「いや~ね。本気にしないで」
「分かってます、分かってますって。ミイティアと仲良くしてあげてください」
カーネリアさんはミイティアの体を弄ったり頬擦りしたりと、やりたい放題を始めた。
綺麗な女の子たちが戯れている姿は興奮……。もとい! 見てて飽きないが、自分の妹にされていると思うと複雑な気分だ。
このまま放っておいても仲は伸展しないし……。
あっ!
妙案を思い付いた! フフフフ……。
「カーネリアさん。一つお願いがあるんですけど、聞いて頂けます?」
「後にして~。私、ミイティアちゃんとの肌の触れ合いを楽しんでるところなの~」
カーネリアさんのいやらしい手は、ミイティアの服の中へと進んでいく……。
さすがに嫌だったのか、ミイティアが暴れ始めた。
「私はぬいぐるみじゃありません! 止めてください!」
「いいじゃない~。肌は透き通るように綺麗だし~、こんなにスベスベして最高なのよ~。う~ん、羨ましいわ~」
「だーかーらー! もう止め……ぁ!」
「あ、あの……。ほどほどにお願いしますね」
もっと見ていたい気持ちもあるが……話を進めよう。
「お願いの方ですが、ミイティアの実戦訓練の相手をお願いできませんか?」
「実戦訓練? 午後の授業の話かしら?」
「ええ。対魔術士の実戦訓練をお願いしたいんです」
「んー……。勝ったら何かくれるの?」
この人……何言ってるんだ?
たぶん冗談だと思うけど……。
俺の言葉を代弁するかのようにサーヴェントさんが口を開く。
「訓練で勝ち負けなんてあるのか?」
「気持ちの問題よ。そうねぇ……勝ったらミイティアちゃんを貰うわ!」
「嫌です! そんな勝負受けません! 兄様からも言ってやってください!」
「んー……分かりました」
「に、兄様!!」
「じゃあ――」
すかさず話を割り込ませる。
「ただし、30日間戦って、勝率がミイティアを越えていたらにしましょう」
「……いいわ。後悔しないでね?」
「兄様、なんでそんな約束をするの!?」
「ミイティアは俺の護衛を続けるんでしょ? だったら、もっと強くなってもらわなきゃ認めないよ」
「じゃあ、私が勝ったら兄様の護衛続けていい?」
「いいよ。ただし、俺から手伝うことはしない。それでいいかな?」
「分かりました! こんな人、一捻りです!」
「いい度胸ね~。ギッタンギッタンにしてあげるわ!」
ミイティアとカーネリアさんは睨み合い、バチバチと火花を散らせている。
俺の予想では……カーネリアさんの圧勝だろう。
今のミイティアではどうやっても相手にならないと思う。
だが、そこで何かを掴めなければ、俺の側にいても痛い目を見るだけだ。
サーヴェントさんもその辺の事情を察知して、余計な忠告はしないでいてくれているようだ。
いがみ合う2人を眺めながら、静かに2人で乾杯した。
◇
宴会で騒がしい中……ビードラさんは小さくなっている。
人見知りが激しくなかなか他人と打ち解けられないビードラさんが、学校という集団生活の場に飛び込むことに恐怖を懐いているのかもしれない。
「ビードラさん、大丈夫ですか? 気分が悪かったりします?」
「いや……そうじゃないッス」
「俺は年下なんですから、もっと堂々としててくださいよ。俺が委縮しちゃうじゃないですか?」
「俺……弱いッスから」
「弱い? 冗談は止めてください。正直俺は、ビードラさんとは一番戦いたくないって思ってるんですから」
「嘘ッス! そんな嘘に騙されないッス!」
本心で話しているつもりなのだが……どうにも誤解されているようだ。
隣で話を聞いていたサーヴェントさんも話に割り込んできた。
「そういや兄ちゃん。あの時、俺の技をどうやって凌いだんだ? どう考えても不自然だったぜ?」
「ブレイズランスの件ですよね?」
「そうだ。あの技が一番強えって訳じゃねえが、かなりの威力がある技だぜ。どうやって防いだのか説明してくれよ」
「あれは単なる幻影です。濃い霧で視覚を奪い、霧に姿を投影して狙わせました。着弾の衝撃波までは回避できませんでしたけど、二射目を発射してたらどうなってたか……」
「道理で手応えが無かった訳だ……。だが、どうしてビードラと戦いたくないんだ?」
「今だから言えることなんですけど……。今話した幻影、地面に埋めた装置から作り出してたんですよ。ビードラさんは地中を探知することができる。だから、装置の探知も破壊もできるビードラさんが一番強敵に感じてたんです」
「あのシューって音ッスか? そこら中にあったッスよ?」
サーヴェントさんがビードラさんの頭をどつく。
「おいビードラ! 気づいてたなら言えよ!」
「いちちち……。兄貴がソイツの位置だけ教えろって……」
「はぁぁぁ……もういい! おかげで兄ちゃんに出会えたしな」
「すまねぇッス……」
やっぱり……ビードラさんは気づいてた。
音を探知されないよう常に雑音を地面に送っていた甲斐があった。
もし気付かれてたら……いや、もう終わったことだ!
ギリギリの戦いだったが、運がこっちに味方してたってことだ。
「落ち込まないでください。そのカラクリに気付いてたら、間違いなく俺たちが負けてました。それに戦場は違いますが、火薬を詰め込んだ地雷という兵器があります。それの解体解除もビードラさんなら可能なんです。俺にとってビードラさんは、『天敵』なんですよ」
「そ、そこまで言われちまったら……テレるな~」
「それは作り話じゃねえんだよな?」
サーヴェントさんが横槍を入れてくる。
あまり調子に乗せるなってことだろう。
「事実ですよ。実際優先目標は、ビードラさん、カーネリアさん、サーヴェントさんの順でした」
「俺はそんな過小評価だったのか?」
「過小も何も、能力すら分からない相手に評価の付けようがありませんよ。3人の力は万の軍勢に匹敵します。まともにやっても負けます。だから俺との相性が悪いビードラさんが、一番強敵に感じてたんです。これはお世辞じゃないですよ」
「そ、そうッスか! 俺もなかなかやるみたいッスね!」
サーヴェントさんは何か言いたげだが……グッと堪えている。
「ここからしっかり持ち直します」と目線を送っておく。
「とまぁ、ビードラさんが十分強いことは確信してます。あとは、どう仲間と連携するかなんですよ」
「どうすればいいッスか?」
「連携の基本は、『仲間と話をすること』。最終的に言葉を交わさずとも、互いの考えや動きが分かるようになります。戦い方の作戦はもちろんのこと、仲間の技の種類とその長所短所。得意不得意や向き不向きなども把握できるといいですね」
「ふむふむ……。話せばいいんッスね?」
なんとなく……話を理解してない気がする。
「じゃあ、こうしてみてください。学校の子供たちと『魔法を使わないで魔獣を倒す方法』を考えてみてください」
「魔法を使わない? 可能なんッスか?」
「それを考えるんです。魔法を使ったらビードラさんの負け。魔法を使わないで倒せたらビードラさんの勝ち。単純でしょ?」
「んー……想像できないッス!」
「分からなければ、みんなと相談すればいい。単純な話です」
「分かったッス! 魔法は使わないッス!」
ふ、不安だ……。
ものすごく不安だ。
この人、本当に魔法を使わないで酷い目に合わないだろうか?
「兄ちゃん心配するな。俺やカーネリアがいる。それにミイティアちゃんもいるしな。大丈夫だぜ!」
サーヴェントさんはそう言うが、なんとなく甘さが見えたので釘を刺す。
「サーヴェントさん。危険だと思っても、『助けを呼ばない限り』手は出さないでください」
「……どうしてだ? 殺されてもいいってのか?」
「違います。自分たちの力量が分かってないから痛い目に合うんです。それについては、ミイティアにも子供たちにも徹底して教えてきました。どんな状況だろうと諦めず、生き残る。そのためには自分たちの力量を正確に把握してなければなりません。俺が心配してるのは、予定にない行動で連携を乱す可能性です」
「なるほどな。道理で兄ちゃんもミイティアちゃんも目付きが違うと思ったぜ。俺たちはまだまだ甘ちゃんのようだ」
「そういうのも含めて色々学んでください。きっと何かを見つけられますよ」
「そうだな」
ひとまずサーヴェントさんたちは大丈夫そうだ。
学校の方は苦労するかもしれないが、滞在期間中に何かしら得られればいいだろう。
さて、残る問題は……。
料理場に向かう。
◇
宴会用に用意した調理場では、惚れ惚れとする手際で次々と料理を作り上げていくリトーネさんがいた。
額に汗を滲ませ、真剣に料理に取り組む様は、まさにプロ!
他の料理人たちよりも一回りも二回りも小さいリトーネさんではあるが、存在感は群を抜いている。
なんというか……一家に一台リトーネさんが欲しくなってしまうほどだ。
「リトーネさん、お疲れ様です。おいしいご馳走ありがとうございました」
「いいのよ! 私はこれしかできないし!」
「早速なんですが、依頼をお願いできますか?」
「もしかして、メルディさん宛てですか?」
「うん。きっと心配してるだろうからね。メルディには「鵺が蘇った」と伝えて欲しい。あとで書簡と書類を用意するから、それも渡してもらえるかな?」
「分かりました。すぐに動きますわ」
料理を中断し、準備を始めようとするリトーネさんと引き止める。
「いや、明日でいいよ。それと、これはお代」
金貨をリトーネさんに渡そうとすると、リトーネさんは慌てた様子で反論してくる。
「要りません! 私たちはあなた様の部下です! そんな物のために働いてる訳ではありません!」
「俺は部下にしたつもりはないよ。それに、これは正当な報酬なんだ。受け取ってくれ」
半ば無理やりではあるが、トーネさんの小さな手の中に金貨を押し込める。
「でも……」
「頼むよ。俺がリトーネさんを表の世界に出したかったのは、ガルアと正面から向き合って欲しかったからでもあるんだ」
「そ、そそそ、そんなこと! ……私たちはそんな関係では」
「嘘はよくないなぁ~。……まぁ、俺が無理やり2人をくっつけようって話ではないんだ。ガルアはシャイだからね~。リトーネさんがその気なら、グイグイ押し込んで欲しんだよね~」
「私には……」
リトーネさんのさっきまでの威勢は消え、小さな体が更に小さく見える。
「何か問題があるの?」
「私は……元奴隷です。いえ、今も奴隷です! こんな私を……好きになってもらえるとは……思ってません」
「俺の奥さんも元は奴隷だよ。気にする必要はないさ」
「メ、メルディさんが!? まさか……」
「俺はそういうのは気にしない。ガルアも気にしないよ。長年の付き合いで色々話してるからね。だから断言するけど、ガルアはリトーネさんが気に入ってる。でも……シャイだからね~(ニヒニヒ)」
「でも……烙印は消せません。どうやっても……」
すっかり忘れてた。
奴隷には烙印が彫られる。
解放したとはいえ、烙印がある限り奴隷という意識も消えないのだろう。
烙印か……メルディと同じ物なのだろうか?
「それ、診せてもらえる? 今の俺なら何とかできるかもしれない」
「…………分かりました」
少し長い間だったな?
何か問題……。
リトーネさんの表情を観察すると、顔が少し赤らんでいる。
「心配しないで。診断はラミエールにお願いするよ」
「……ありがとうございます」
顔を赤らめながらチョコンとお辞儀するリトーネさんの仕草は、可愛い。
でも……その表情は優れない。
できる限りの配慮をしたつもりだったが、まだ何か見落としているのかもしれない。
一抹の不安を抱きながらもラミエールを呼び、診断をお願いした。
次回、水曜日2014/11/26/7時です。