第66話 大宴会と大発見
毎度のことだが……とんでもないドンチャン騒ぎだ。
酒とお祭り騒ぎをこよなく愛する工房員たちだけでなく、噂を聞き付けた村人たちも集まっている。
当然、そんな人数は休憩所には収まり切らない。
なので、裏庭にテーブルと椅子を並べ、盛大な野外大宴会となっている。
男衆は各地から取り寄せた色々な酒を遠慮なしにガバガバと飲みまくり、リトーネさんオリジナル味付けの肉料理の山にカブリ付いている。
女衆は貴族階級の料理の数々に舌鼓を打ち、なかなか手に入らない高級葡萄酒や、この世界では希少な氷を使って作ったフルーツカクテルの味に酔いしれている。
子供たちはガトリール地方で販売していたピッツアや、今年の秋に取れたばかりのジャガイモで作ったフライドポテトに夢中だ。
でもまぁ……それは男の子の話であって、女の子たちの場合、チョコレートや生クリームをふんだんに使い、野イチゴや甘味付けのリンゴをトッピングしたクレープや、しっとりしたパイ生地に濃厚なチーズを惜しげもなく使用したレアチーズケーキ、しぼりたての生乳と卵、上白糖を混ぜ合わせ、バニラっぽい香りのするキュラムの実で風味付けした、キュラムアイスクリームの味に小躍りしている。
これらの豪華な料理の数々と、斬新で感動すら覚えるデザートを作り上げられたのは、リトーネさんたち料理人たちの研鑚の結果である。
料理しか取り得がない。なら、見たことも聞いたことのない料理の話や、創作意欲を掻き立てる食材を提供してやればいいと思った。
その結果の一つが、ガトリール地方での飲食店の大成功だ。
ガトリール地方で出していた料理は、目玉商品を打ち出す意味でレシピを制限していただけであって、そこで止まっていた訳ではない。
ジールさんに頼んで、各地から珍しい料理の情報や食材を買い集めてもらった。
それを元に、リトーネさんたちが料理の開発を進めているのだ。
今回使った食材費はバカにならないのだけど……元陽炎の面々も楽しんでくれているようなので、それだけで十分報われている。
俺はその微笑ましい姿を眺めながら、氷を詰めたシェーカーをリズミカルに振る。
ちなみに、このシェーカーに使っている氷やアイスクリームに使った氷は、『熱量操作』の能力付与した製氷機で作ってある。
熱量操作は狼の剣にも使われている能力だが、あれは溜められた熱を放出する『放熱の熱量操作』だ。
製氷機にはあれとは逆の、『吸熱の熱量操作』を使っている。
摂氏零度以下に対して『熱』という概念が通じるか分からなかったが……一発で成功してしまった。
ただ単純に『熱を奪ってしまえば』という安易な発想ではあったが、この理論は現世の冷蔵庫にも使われている技術でもある。
冷蔵庫の冷却技術は、『蒸発潜熱』と呼ばれる方法で冷却されている。
分かり易い例えは、アルコール消毒。
アルコールを肌に塗ると、スッと冷たく感じる。
あれはアルコールが気化すると同時に、皮膚の熱を奪い取るからだ。
あの作用を応用して冷蔵庫は冷却されている。
その理論を能力で実現できた俺の能力は、やはり規格外だと言わざる得ない。
だが……もう使えないだろうことが……悔しい。
足元がフラ付いたサーヴェントさんがやってきた。
もう……完全に出来上がっているようだ。
「うい~。兄ちゃんも飲めよ~。なんか考え込んで暗いぜ~?」
「絡み酒ですか? ちょっと飲み過ぎですよ」
「いいじゃねえか! こんな旨めえ酒、酔わない方がどうかしてるって!」
サーヴェントさんは酒を一気に飲み干すと、グラスの中の氷をカチカチ揺らす。
「うひぃぃぃ! ロックもう一杯!」
「はいはい……」
グラスに氷を追加し、酒を注ぐ。
「ありがとよ! ングング……プハァ! やっぱいいな! コイツを店でも飲めるようにして欲しいぜ!」
「残念ですけど……機械はこの一台きりですからね。しばらくは我慢してください」
製氷機はかなり前に作り上げていた。
これを各地に点在する陽炎に出店させた店で出す予定だったのだが、戦争の準備で後回しになってしまい、店舗で使う分まで用意できなかったのだ。
でもまぁ……別に嘆いたり心配する必要もない。
出店させた店は、街でも有名な絶品料理を出す店になっているからだ。
レシピはリトーネさんに提供してもらい、必要な食材はジールさんたちに輸送してもらっている。
よくある揉め事などは、各領地の領主様に懇意にしてもらうことで回避している。
VIPルームも完備しているので、密会好きな上客にも受けている。
諜報のプロである彼らは口は固いし、ある程度の対外的戦力も有している。
そういう安心感と教育の行き届いたもてなしもあり、上客を中心に上々の売上をキープしているのだ。
「おっ、そうだ! 兄ちゃんの能力って何なのよ?」
「それ聞きます?」
「いいじゃねえか! 俺のは知ってて兄ちゃんのは知らねえとか、なんかズルくねえか?」
「……まぁいいです! 今は分かりませんけど、俺の能力は道具を特殊化する能力です。例えば重さを変えたり、力を増幅したり、あの製氷機もその能力で作ってます。魔力を使ってないので系統は不明ですけどね」
「不明ねぇ~? まさに鵺だな?」
「そうなんですよねぇ……。サーヴェントさんはどうやって魔法を使えるようになったんですか?」
「それ聞くか?」
……ボケだよね?
素な訳……ないよね?
「まぁいいさ。実のところ……よく分からねえんだ。山で3人で遊んでいて、泉の側で虹のような物を見た。その時、体がこう……光に包まれたんだ。泉と魔法がどう関連してるか分からねえが、それから魔法が使えるようになったな」
虹か……。
親方さんは食べ物や酒にも微量ながら魔力があると言っていた。
リンツ様は魔法が使えない人でも魔力輻射があると言っていた。
つまり……この世界の住人には、基本的に魔法を扱うための土台があるということだ。
問題は魔力出力量と魔力備蓄量なのだが、訓練である程度向上が望める。
その訓練をスッ飛ばすのが才能らしいが……この虹という現象は、才能と関連性があるのだろうか?
「なるほど……。どうやって系統魔法に仕上げたんですか?」
「どうやって、か? 物心つく頃には使えてたからなぁ……。修業ってより遊びに近かったぜ。子どもだけに勇者ゴッコとかやってたな。恐らくだが……性格や好きな物で方向性が決まると思うぜ。俺は派手好きだから炎と相性が良かったんだと思う。ビードラは土遊びが好きだった。カーネリアは風と戯れるのが好きだった。そういう好き嫌いってのが、系統を決めたんだと思うぜ? 今はこれくらいしか分からねえな」
となると、遊びとはいえ訓練はしていたということになる。
虹が魔法を使えるようになった発端だとしても、現在の強さまで魔力を引き上げたのは、サーヴェントさんたちの努力の結果なのだろう。
それに、魔法は人格に大きく影響を受けると言う。
魔法を習得する上で適正だけが大前提では、その後の魔法習得にも影響が出るからだろう。
この理論が正しければ、キッカケさえあれば誰でも魔法が使え、それぞれ望む形の魔法が使えるということになる。
つまり、魔法の可能性は『無限大』と言っても過言ではない。
「なるほど! 納得がいきました! 俺は誰かのために力を使いたいという想いが強いです。道具に能力を付与できる力もそれに関連していると思います。残念ながら能力は限定的だったんですが、それでも付与方法を工夫すれば強力な武器を作り出せました。発想を道具という形で実現する能力。これは、俺にとって理想とも言える能力なんですよ」
「理想に発想か……。確かにそれは言えてるな。願望を形にしたのが魔法って考えれば、辻褄は合うしな」
「となると……問題は前提ですね。俺は例外としても、サーヴェントさんたちには魔法を使えるようになるキッカケがあった。その虹を見付け出せば新たに魔法を使える者を作り出せますし、封印する手段も分かるかもしれませんね……」
「魔法を使える奴を増やすのか?」
サーヴェントさんの目付きが変わる。
その目が、何を訴えているかは分かっているつもりだ。
「俺にとって魔法は便利な道具であって、生き残る手段だと考えてます。武器だって同じです。武器は持つ者次第で人殺しの剣にもなるし、人々を護る騎士の剣にもなります。要は使い手次第です」
「だが……力を持つがゆえに苦悩することはあると思うぜ?」
「ですね。望まぬ者まで魔法を使えるようにするつもりはありません。だからこそ、封じる力も必要だと思ってます。でも、理想は理想。現状必要なのは、力を持つ者も安心して過ごせる環境造りだと思ってます」
「それが特別自治領ってことだな?」
「はい。でも……今のままだと、実現はかなり先になってしまいそうです……」
「先って言うと、どのくらい先なんだ?」
「10年以上です」
誤解を招かないように多少盛った年数ではあるが、事実だと思っている。
「じゅ、10年!? 何が問題なんだ?」
「領民の理解を前提に政策を考えているからです。単に領民の生活水準を上げるだけなら、特別自治領なんて物はいらないんですよ。無駄な税金の使い道を正し、必要な所に投資するだけで改善する話ですからね」
「兄ちゃんは口出ししないのか?」
「したいです。でも……先にやらなければならないことが多くて……」
交渉とは対等だから成立すると思っている。
今の俺には力がない。
だから……すぐには動けないと思っているのだ。
サーヴェントさんは少し考えたかと思うと、核心を突いた一言を言い放つ。
「それは『兄ちゃん一人でやったら』って話だろ?」
「協力して頂けますか?」
「構わねえよ。どうせやることねえんだしな」
「なら、さっそく! 親方さん!」
「んあ?」
酒をガバガバと飲んでいた親方さんは……かなり酔っている。
こんな親方さんを見るのは……初めてかもしれない。
「親方さん。作業場をお借りしても構いませんか?」
「構わん! ワシ……(ヒック!) も行こう」
「だ、大丈夫ですか?」
「ワシを誰だと思っ(ヒック!) る?」
「フフフフ……。無理しないでくださいよ」
「無理なもんか! いくぞ!」
俺たちが作業場の方に移動するのを見て、給仕を担当していたミイティアが駆け寄ってきた。
「兄様私も!」
「はいはい。最後まで付き合う必要はないからね」
「私は兄様の護衛です! どこまでも付き合います!」
「もう、その必要はないんだけど……」
「いいの! 兄様はなにかと私と――」
「はいはい。いくよ」
「ま、待って! んもー!」
◇
「坊主。どうだ?」
「んー……」
作業場に移動し、以前と同じようにナイフやハンマーの製作をしている。
だが……思ったように能力を付与できないようだ。
直感として感じてはいたが……言いようのない悔しさを感じる。
「駄目ですね。以前と同じ方法では能力付与できないみたいです」
「なぁ? 兄ちゃんはさっきから何やってるんだ?」
「ナイフの切れ味を良くしたり、ハンマーの衝撃力を強化する能力付与を試したんですよ。結果として、普通の物に仕上がってしまいました」
「ふーん……。掛け声とかいらねえんだな?」
「あの『形状』とか、『能力』って掛け声ですか?」
「言葉にした方がイメージし易いからな」
「なるほど……。ミイティアはこのナイフ、どう見える?」
「んー……。ちょっとだけ光が宿ってますけど、私の篭手みたいに強い光ではないかな?」
「親方さんはどう見ます?」
「ワシには違いが分からん。出来はそこそこ良い物だと思う。普通に売り出しても問題ねえと思うぜ?」
「なるほど……」
俺の能力は、付与対象の出来がいいほどそれに付与される能力は強かった。
親方さんが言うのなら、出来はそれなりの水準なのだろう。
ミイティアには俺の能力の強度が分かるようだ。
少し光が宿っているということは、付与は行われているが形になっていないということだ。
サーヴェントさんはイメージのし易さが魔法の発動効果に影響があると言う。
根拠はないが……マールの細胞が俺と完全に融合し切れてないからかもしれない。
「ミイティア。俺がナイフを作ってる最中はどういう感じだった?」
「んー……。使ってる道具に薄く光が宿ってました」
「それって、作ってるナイフまで光が回ってないってこと?」
「うん……。そのナイフよりは光は強いけど、そんなに変わらない気がします」
「ってことは……ちょっと良く見てて」
手にナイフを乗せ、念を込め始める。
ナイフの刃に沿って薄く光を巡らせるイメージをしていく。
次に、心の中で唱える。
能力:刃には触れた対象を両側に押しのける力を付与。
条件:肉のみに適用。
……こんな感じでいいのか?
鞄から布を取り出し、試しにナイフで刺してみる。
ナイフは……布を貫通しない。
かなり力を込めているが、糸一つ切れる様子が無い。
親方さんが持って来たつまみの肉を拝借し切り付けてみる。
今度はスッパリ肉が切れた……。
「兄様? 何かしたの? 光が……光が強くなって形状も変わりました」
「いや……。ある意味便利になった……かも」
「坊主。結果はどうなんだ?」
「どうやら能力は使えます。ただ、今までとはやり方が違いますね。サーヴェントさんの真似をして、イメージと目的を明確に定義付けしました。発動条件として肉のみ切れるようにして、それ以外には使えないように設定してあります」
親方さんにナイフを渡し、試してもらう。
やはり、肉以外は切れないようだ。
まさかと言うか……ここまで顕著に反応が出るとは思ってもいなかった。
サーヴェントさんの協力がなければ、気付くまでにはもっと時間は掛かっていたはずだ。
……なんとなくだが、俺の能力はこれだけではない気がする。
「サーヴェントさん。ちょっと試してみたいことがあるんですけど?」
「いいぜ!」
作っていたハンマーを持ち、能力を込め始める。
まず、木製の持ち手部分に風魔法の実験の要領で魔力の通り道を作る。
そして、ハンマーの金属部分に
能力:込められた魔法を発動する。
条件:持ち手から供給された魔力を元に発動。
を設定する。
次に、サーヴェントさんにハンマーの金属部分に触れてもらい、魔法を込めてもらう。
「親方さん。このハンマーに魔力を込めてみてください」
「分かった」
――ボッ!
ハンマーの金属部分から勢い良く炎が飛び出し、壁に向かって小さな炎の弾が飛んでいった……。
皆、何が起こったのか分かっていない表情をしている。
その中でただ一人、俺は肝を冷やしていた……。
魔法は弱めだったから良かったけど、あの強力な魔法を込められてたら……工房が吹っ飛んでたかもしれなかったからだ。
「ウヒョー! 何が起きたんだ?」
「サーヴェントさん。手加減しておいてくれてありがとうございます。俺はてっきり、火が点くだけの魔法だと思ってました」
「そりゃーまあ……そうだな。こんなチッコイ物に、最大火力は詰められねえと思ってたからよ」
「何にしても、事故にならなくて良かったです」
親方さんはビックリというか、何が何やら分かってないようだ。
「親方さん。魔力はどの程度込めてました?」
「かなり抑えたが……マズかったか?」
「いえ、助かりました……。もし全力でやってたら、工房が吹っ飛んでいましたよ」
「……そんなことはしねえぜ。坊主の考え過ぎだ」
「とは言え、これは以前には出来なかった技法です。大発見ですよ!」
「兄ちゃん、俺にはサッパリだぜ?」
「簡単に言うと、術者の系統に依存しない『魔法剣』を作れるってことです」
「魔法剣?」
「親方さんの斧みたいな物です。ご覧になったことはありませんか?」
「いや、ないが……」
「親方さんの斧には、意匠と呼ばれる魔法付与技術が施されています。それと似たことができるってことです」
「……ついにワシを越えたな」
「そんなことありません。恐らく能力は限定的ですし、色々制限が邪魔をして使い勝手が悪いはずです。それに以前にも言いましたけど、これで商売するつもりはありません」
「ワシも言ったはずだぞ。そういうことは気にせんでいいと」
……言われたか覚えてない。
でも、この考え方は変えないつもりだ。
これ以外生きる道がないのなら止む得ないかもしれないが、そうでない俺には固執する必要がないからだ。
「まあまあ、いいじゃねえか。とりあえず、コイツについて説明してくれ」
「……えっと、込められた魔法を使用者の魔力で発動する道具です。込めた魔法の種類によっては必要魔力量も増えるでしょうし、使用者の魔力供給量が多ければ、それに比例して強い魔法になります。恐らくですが……魔力を備蓄する機能を加えれば、魔力が少ない人にも使えるようになると思います」
「それって……何でもアリってことか?」
「材質や触媒、使用者の魔力量とかで結果は変わりますが、設定には自由度が高そうですね」
「……ブフッ! 何だよそれ!? デタラメだな! ブハハハハハ!」
「だな! 坊主はデタラメだ! ガッハッハッハッハッハ!」
「さすが私の兄様です! フフフフ」
みんなして笑いまくる。
何がそんなに面白いのだろうか?
「……まぁ、これで問題の一つは解決したな?」
「まだ検証は必要ですけど、一応の目途は付いたと思います」
「じゃあ、次は何をすればいい?」
「次は……」
一番難関だと悩んでいた問題が解消され、一気に道筋が見えてきた。
やりたいことが次々と湧いてきて、もう楽しくて楽しくて仕方がない。
大酒で酔っていたことも忘れ、俺たちはしばらく実験を続けた……。
次回、水曜日2014/11/19/7時です。