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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第65話 応えられない訳

 休憩室には異様な雰囲気が漂っていた……。

 皆黒いローブを羽織り、フードで顔を隠している。

 一見すると……悪魔崇拝の密会という感じだ。

 彼らは俺を見ると、「主様あるじさま!」 と口々に呼び掛ける。


「呼び方は適切ではないな。それに、まるで悪魔崇拝でもしてる異端者集団のようだ」

「じゃあ、どう呼べって言うのよ!?」


 1人の小柄な者が立ち上がり、フードを捲り上げる。

 そこから現れたのは……元男爵領で料理長をしていた、リトーネさんだ。


「リトーネ殿。貴殿は、男爵付きの仕事をしなくて良かったのか?」

「部下に任せたから心配いらないわ。それより、どう呼べばいいのよ?」

「……盗聴対策は?」

「盗聴? ここには私たちしかいないわよ?」


 俺の存在を隠すためでもあるが、彼らが俺に関わっていることを知られないための配慮だ。

 用心のために――。

 俺の考えが纏まらぬ内に、気前良さげな声が飛び込んでくる。


「盗聴の心配はないぜ!」


 皆、その声の主の方に振り向く。

 声の主は……ゆっくりと作業場の方から現れた。

 それは、サーヴェント、カーネリア、ビードラの3人だ。

 

「カーネリアが部屋全体に音遮断の魔法を張っている。壁や地面はビードラが監視している。付近は一応見回ったが、特に不審人物はいなかったぜ」

「……旅に出たはずでは?」

「気にするな! これも仕事の内ってことだ」

「分かった。感謝する」


 席に着くと、フードを捲り上げ『仮面』を取る。

 この行動には、リトーネさんたち陽炎かげろうの面々だけではなく、サーヴェントたちにも驚かれた。

 表の顔を知っている者に対しても、仮面を付けている時はぬえとしての振舞いを徹底していたからだ。

 ……だが、これは俺なりの礼儀なのだ。



 『陽炎かげろう』は、主に諜報・暗殺を生業にしていた『組織の呼び名』だ。

 メンバーは500人程度ではあるが、彼らの力は政府機関まで浸透している。

 肩書きや実績から見れば、俺一人でどうにかできる組織ではない。

 俺が今の立場になったのも、元を正せば、あの『ジャガイモ盗難事件』が発端だ……。



 俺はあの夜、独り『ある』決断をした。

 それは……『裏の仕事に関わりを持つ』ことだ。


 事件後、早急に大規模捜索を掛けたにも関わらず、窃盗犯の足取りは見つからなかった。

 小さな町なのだから、昼だろうが夜だろうが、不審な人物の目撃情報が集まってもいい。

 だが、それがまったくなかったのだ。

 このことから、身内に犯人がいる可能性を疑わずにいられなかった。


 表立って問い詰め回ることは、人間関係や信頼関係に大きく溝を開ける。仕事にも大きく影響してしまう。

 放置という手もあるが、身内を疑い始めた時点で……その選択肢はなくなった。

 そこで考えたのが、『情報屋に接触する』ことだ。


 その心当たりとしてシドさんが思い浮かんだのだが……それはできなかった。

 なぜなら、不審者リストの最有力候補にシドさんを考えていたからだ。

 となると、自ら探す他ない。

 他に心当たりは……と考えると、盗難発覚時、異様に落ち付き払っていた者たちがいたことを思い出した。

 その一人が、リトーネさんだ。

 仮にリトーネさんが裏の者と関わり合いがあるとして、正面を切って聞く訳にもいかない。

 そこで、裏の顔として『ぬえ』を生み出したのだ。



 なんとかリトーネさんらの説得し、俺も裏の者の一員となった。

 陽炎かげろうの構成員のほとんどは、奴隷出身者か重犯罪者。

 奴隷だった者には、まっとうな生活を保障する代わりに諜報活動を。

 重犯罪者だった者には、罪を免除する代わりに暗殺任務を。

 そして、この組織を生み出したのは……シドさんだった。


 シドさんは金を溜めては奴隷を買い、重犯罪者を捕まえては暗殺者に仕立てていた。

 だが、必要以上に無謀な命令は出さなかったようだ。

 危険度の高い任務はシドさん自らが対処し、それ以外の雑務を彼らが担当していた。

 命令が無い限りまっとうな生活を送れるし、そのための援助もシドさんがしてくれる。

 裏の仕事をすればキッチリ金は支払われ、いつしか副業という感覚になっていたようだ。


 しかし……それは生温い生き殺し。

 仕事として金は受け取れが、自由はない。

 陰湿な方法ではあるが……俺はこの方法に、『不等性はない』と思っている。

 なぜなら、お互いの利害を一致させた相互契約だからだ。

 そんな彼らを救う義理はなかった……。なかったのだが……俺は彼らを解放することに決めた。

 それは、『ジャガイモ盗難事件』の真相その物だったからだ。



 順風満帆で金も自由もあり、幸せいっぱいの俺たちに嫉妬し、陽炎かげろうの一部の者がジャガイモを盗難していたのだ。

 問題はそこじゃない!

 シドさんは自分の組織の不始末を、ジェリスさんに擦り付けたのだ!


 結論から言えば、ジェリスさんは白だ。

 ジェリスさんはビトリスの素性を知っているが、如何わしい付き合いはしていなかった。

 古くからの友人であり、たまに食糧支援や資金援助する程度の付き合い。 頑固な性格が災いし、問い詰められても口を割りたがらなかったのだ。


 その事実だけなら、まだ良かった……。

 それは……あの裏会合の時、すべてを把握しているはずのシドさんが、俺にまで虚実を語ったためだ。

 それが不利益を被らないための配慮なら許容する。

 だが、都合よく利用されるなら、話は別だ!


 その夜、いい加減俺の異変に気付いたメルディたちに覚悟を聞いた。

 そして、俺たちの秘密作戦が始まったのだ……。



 ◇



「リトーネさん。なぜ、あなた方陽炎かげろうがここにいるのでしょうか?」

「私たちはもう『陽炎かげろう』ではないわ。お忘れ?」

「……そうでしたね。ではなぜ?」

「簡単な事よ。あなたの元で働きたいの」

「あなた方は陽炎かげろうという、『死ぬまで利用され続ける職務』から解放されたのですよ? わざわざ仕事を続ける必要はありません」

「分かっているわ。でも……それは表面上の話。裏の顔を知ってる者には何の意味もないわ」

「あなた方を情報屋として利用することがあっても、組織その物は完全に別物。顧客は選べますし、利害が一致しなければ拒否することも可能です。もしくは、稼業から足を洗ってしまえば、うれいもなくなりますね」

「私たちは理屈で集まった訳じゃないわ! ただ……あなたの力になりたいの」

「仰りたいことは十分承知しています。それが分かった上で、『関わるべきではない』と言っているのです」

「それは……私たちを見捨てるってこと?」

「あなた方は十分金を稼げる手段を持っています。まだ完成してませんが、いざという時に頼れる政府もあります。自立するには、十分な条件が揃っていると思いますよ?」

「そうだけど……」


 状況を見守っていたサーヴェントさんが話に口を出す。


「要は、そいつは『アンタらとは、対等な立場でいたい』と言っているだけだ。仕事を続けるも辞めるもアンタらの意思であり、『自由だ』と言っている。そうだろ?」

「間違いではないけど……稼業を続ける必要はないと思ってます」

「つまり……私たちのあるじになってくれるってこと?」

「おい、なぜそうなる? 俺の話を聞いていたのか?」

「待ってくださいサーヴェントさん。彼女の言いたいことは、そこじゃありません」


 サーヴェントさんは不思議そうな顔をしている。

 なんというか……この世界の人は、考え方が極端過ぎる。

 誰かのために命を掛けることを良しとし、誰かの下に付くことを当たり前だと思い込んでいる。

 俺のいた現世でも同様のことは多かったが、誰かに頼るだけの生き方では『いずれ行き詰る』ということが分かっていないのだろう。


「彼女たちは、『俺の組織』に入りたいと言っているんだ」

「俺たちの仲間ってことか?」

「あーやっぱり……。サーヴェントさんも勘違いしてる……」


 予想が的中し、頭を抱える。


「何がだ?」

「皆さんは、俺を中心とする『組織』が存在すると思ってますよね? 俺の言葉で言えば、『ギルド』が存在すると思っている。でも、そんな物はありませんよ」

「ギルドってのは、騎士団って意味か?」

「性質は違いますけど、近い意味です」

「なぜ作らない?」

「目的がないからです。俺たちは実りある結果を得るために協力し合った。それはお互いの利害関係が成立するからこそ成り立っていた話であって、それ以上の話ではありません。俺があなたたちを救ったのは、単なる偽善であり、契約です。もう関わる必要がないと言ってるのです」

「じゃあ、アンタと交わした約束はどうなる?」

「平穏で自由な世界は特別自治領が実現してくれます。もっと広い世界での自由の獲得には、これからも挑み続けますよ」

「なら……こいつらはどうする? 関係を断つということは、こいつらが攻撃されても見向きもしないってことか?」


 言いたいことは分かる。

 いくら闇稼業から解放されたからとはいえ、世界が平穏になった訳ではない。

 単に自由の身になったと言うだけで、降り掛かる危険に抗う術が無くなるという事実に代わりないのだ。


「それは場合に因ります。尻拭いとしては絶対動かないと思います。しかし、根拠もない言い掛かりのようなことであれば、友人として手助けはします。まぁ……友人と言っても、俺はかなり過激な友人になると思いますけどね。フフフフ……」

「偏屈な奴だぜ……。ひとまずアンタの言い分には納得がいった。こいつらも納得しただろうよ。だが……何を怖がっている? 単なる保身とも取れるがな?」

「んー……保身と言えば保身ですね。他者を犠牲にするという意味ではなく、自身の信念を貫くためです。俺は「片腕を失ってでも生きて帰る」と誓いを立てています。そのためにも手段は選びませんし、相応の努力は欠かさないつもりです。まぁ……生き様みたいな物ですね」

「ふむ……。なら、答えは出たな?」

「そうね」


 2人は何を言っているんだ?

 やんわり断る流れ……だったはずなのだが?


「俺たちはアンタのギルドに参加する! これは俺たちの信念であって、自由だ!」

「私たちも参加します! これは私たちの信念であって、あなたの手段となるために!」


 皆、俺も私もと宣言をし始め、テンヤワンヤな状態だ……。


「……は、はいぃ? 何でそうなるの?」

「結局のところ、俺たちが同調するも拒否するも、自由なんだろ? そこに利害関係なんて無い。だったら、自分の意思を示せばいいって話だ」

「その理屈も意思も分かるんだけど……せめて、状況を把握してから決めて欲しいな」

「それはアンタ自身の問題ってことか?」

「そうです。まず、俺は『観察処分』の身です。皆も知っていると思うけど、裁判は『戦争を起こした罪を問う物』だった。ここに俺が含まれないのは、不自然だと思いませんか?」

「中立って、立場だったからじゃねえのか?」

「それもあります。事前に国王陛下に介入目的を伝え、英雄であるゼア様とアンバー様にも許可を取りました。でも、参加したことには違いありません」

「そこまでしておいて、なぜ問題にするかが分からねえんだが……その、『観察処分』ってのは何だ?」

「国家に危機をもたらす危険人物という意味です。俺は宣言通り戦争を止めました。これは、他の領主にしてみれば、自身の地位を脅かす危険な存在です。野放しする訳がない。くだらない理由を付けてでも殺したい。そう思うはずです。しかし、俺は五体満足だ。この状況は、国王陛下や英雄の方々の庇護があって成立しています。ここで私的な組織を立ち上げたとしましょう。俺が力を付けることで危機が増す。ならば、それを理由に殺してやろうと思うはずです……」


 まだ話の途中だが……話を聞いて、皆黙り込んでいる。

 それで思い留まってくれるのなら、いいのだが……。


「アンタが英雄に成ればいいんじゃねえのか?」

「お断りです。それに、英雄の条件を満たしていないと思います。楽観的な理想では何も実現しません。必要なのは、自身の状況を正確に把握し、実現可能な事に真摯に向き合うことですよ」

「じゃあ……俺たちの想いはどこに行く?」

「友人として。仲間としてでは……駄目ですか?」

「言い分は分かるが……」

「私も同じ。主様あるじさまなら……私たちを導いてくれると思ってたから……」


 皆俯き、暗い……。

 突き放す意味はないのだけど、うまく表現できないのが、悔しい……。


「まぁ! 深く考えないでください! ぬえは空想上の幻獣だけど、姿を現さないことは良いことです! ……ただ、ぬえは死んでしまったと思います……」

「んん? 何の話だ?」

「俺が一度死んだことは知ってますよね?」

「死んだ? 魔法の矢が刺さって爆発したのは見たが……現に目の前にいるじゃねえか?」

「あの時俺は、手の施しようがない状態でした。そこからいくつもの偶然が重なって復活した。というのが、一番しっくりくる状況なんですよ」

「……言ってる意味が分からねえぞ?」

「ともかく俺は一度死んだ。同時に、ぬえも死んだ。それはぬえとして持っていた能力も失ったことを意味し、以前と同じ存在として活動ができないってことです」


 ミイティアが服を引っ張ってくる。


「兄様。リンツ様は『能力を失わないように治療する』と仰ってました。その治療は失敗したってことなの?」

「可能性の問題なんだ。確認しないと判断は付かないけど……直感として、以前と同じようには使えない気がする」

「なら、さっそく確かめましょ!」


 ミイティアは立ち上がると、どこかに連れていこうと引っ張ってくる。

 ミイティアは軽くやってるつもりなのだろうが……体が軋んで、痛い……。


「ミイティア落ち着いて。能力がなくても、俺は俺でしょ?」

「そうだけど……みんなの期待に応えるためには、必要なことじゃないの?」

「期待には応えてやれないかもしれない。でも、今の俺にできることはするつもりだよ。無理やり帳尻を合わせる必要はないって話だよ」

「う、うん……」


 能力の有無なんて、何でもないとさえ思っている。

 単にやり方を変えればいいだけなのだ。


「そんな訳で……観察処分の俺には、ギルドの設立はできない。国家に俺を認めさせるには、時間が掛かるし課題も多い。能力は使えるか不明で、以前と同じようには振る舞えない。しかも、大怪我の治療中の身だ。声を張り上げるだけでも骨が軋んで痛いんだよね。……とまぁ、色々行き詰ってる俺には、今すぐみんなの期待に応えてやれないんだ。気持ちは分かるけど、今はごめんなさい」

「そうか……。すまなかった」

「主様。私たちも謝罪致します」


 やっと理解してもらえたようだ。


「いいのいいの! みんなの想いは十分伝わったよ! 俺は率直な意見をぶつけてくる者は好きなんだ。俺の様々な問題が解消されてギルドが立ち上がることがあっても、その考えは変わらないと思うよ」

「……そのギルドには、俺たちも参加していいのか?」

「さぁね? それはその時考えるよ」

「水臭えこと言いやがる!」

「ですね!」


 さっきまでの張り詰めた顔ではなく、皆いい顔をしている。

 だが……少しだけ不安さも伝わってくる。

 これからは、彼ら自身で自らの生き方を決めねばならないからだろう。

 その不安は良く分かる。

 俺もこの世界に放り出された時に感じたからだ。

 あの時俺は……家族に救われた。

 ……今度は、俺の番だな!


「さて皆さん! ここで友人として一つ提案があります!」


 皆の視線が俺に注がれる。

 その羨望せつぼうの眼差しは……少し痛い。

 彼らの不安を払拭することはできないかもしれないが……。


「乾杯しましょう! 戦争に生き残ったことと、これからも良き友人でいられることに!」

「いいんじゃねえか? 俺たちは構わねえぜ!」

「私も賛成です! 料理作りますね!」

「おっ! リトーネさんありがとう! 絶品料理、すごい期待してるよ!」

「任せて!」

「俺からは、みんなに『特別な酒』を振舞いますよ!」

「どんな酒だ?」

「フフフフ……。それは後のお楽しみです。親方さん!」


 ボーっと話を聞いていた親方さんは……急に声を掛けられて反応が鈍い。


「ん? ……ああ! アレだな? フヒ!」

「ええ! アレです! ニヒ!」


 俺と親方さんは不敵な笑みを浮かべ、ちょっと変な雰囲気が漂っているが……宴会の準備が始まった。


次回、水曜日2014/11/12/7時です。

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