第64話 結果と経過
「おおおぉぉぉ!」
胸の高鳴りを声に出してしまうほど、感動的な光景が広がっている……。
メルディが耕していた小麦畑が金色に色付き始め、見事な絨毯となっている。
小麦の出来を見る感じ、刈り入れ時期も近いのだろう。
まだまだ気温の寒暖の差は激しいが、季節はそろそろ秋に突入する。
「兄様は驚き過ぎ! そんなに珍しいことでもないでしょ」
「いや……人生で初めて見る光景だよ! 頭で思い浮かべていた光景と実物とでは、感動に差があるなぁ……」
「ふーん。今年は豊作みたいよ」
「そうかー……。刈り入れが楽しみだなぁ……」
「畑は子供たちや村の人に任せっ切りだから、私たちが頑張らないとね」
「うん……」
ミイティアの声が耳に入らないほど、景色に魅入ってしまう。
ここまでの畑に仕上げるのは苦労したはずだ。
そして、この光景を一番見たいのはメルディだろう……。
メルディと一緒に草原に座り、お茶を飲みながら眺めたかった……。
汗を拭う。
気候としてはまだ暑さは残っているため、着て来たローブでは少し暑い。
ローブではなく、もう少し薄手の服を着てくれば良かったと、今さらながら後悔してしまう。
機能優先の服ばかりで、顔を隠せる服となるとローブしかなかった。
ボヤいても仕方ないのだが……服にはいくつかバリエーションが欲しい気がする。
「ねぇミイティア。可愛い服とか着てみたい?」
「んー。私は今ので十分かなぁ。無駄遣いになっちゃうしね」
「そ、そうだよねぇ……」
金銭感覚がマヒしている気がする……。
別にお金がないわけではないのだが……少し話題を変えてみることにする。
「そういえば、ミイティアは鏡に興味持ってたね? 使い心地はどう?」
「…………まだ」
「まだ?」
「まだ受け取ってません! 兄様が急に男爵領に行くこと決めちゃったから、受け取ってません!」
「あー……。ごめん……」
「いいんです! 兄様にはお詫びとして、可愛い服を用意して貰いますから!」
「それはいいんだけど……」
「いいの!?」
「……俺の趣味に走っててもいい?」
「それは私が決めます! 気に入らなきゃ用意し直しです!」
「き、厳しいなぁ……」
◇
その後、ミイティアと他愛ない会話をしながら工房にやってきた。
ここに戻るのも……。ん?
何かを感じ取り、足を止める。
「兄様? どうかしたの?」
「いや……」
工房全体を眺めていた目を工房の奥側に向ける。
よく分からないが……複数人の気配を感じる。
危険な感じではないが……なんだこの……緊張感というか不安のような感じは?
この根源は工房員たちではないはずだ。村人たちでもない。
ガルアたちは特別自治領に出向いていて、ここにいるとは思えない。
となると、村の住人以外の誰か……ということになる。
「ミイティア。裏口から入ろうか。どうやらお客さんが来ているみたいだ」
「……そうなの?」
工房の裏門に向けて歩き出す。
メルディが『俺の代理』として特別自治領に出向いたということは、『俺に変装している』ということだ。
あの変装道具は特注というか……俺の……生皮を剥ぎ取って作った物なのだ。
表情は被った者の表情筋に連動するようになっており、ほとんど違和感なく動く。
声も変声機を使って似せており、考え方や言葉遣いなど、特徴を熟知しているメルディが使えば見分けること自体難しい。
俺が仮面を着けたり、わざわざ裏門から入るのも、メルディの変装を見破られないための小細工だ。
とは言え……バレたからといって、別段どうと言うこともない。
メルディの気持ちを無下にしないための念のための行動なのだ。
工房に泊まり込みする時に使っていた部屋に着くと、ミイティアにお願いして親方さんを呼びに行ってもらう。
部屋に入り、ベットに腰掛け一息付くと……ドアがノックされた。
妙に早い……と思いつつも返事をする。
「どうぞ」
その瞬間、自分の失態に気付く。
俺の焦りもお構いなく、ドアは開いて行く……。
入って来たのは……あの3人。
「よお! 元気そうだな?」
「…………」
声を出せない。
今の俺は仮面だけで、声を変える変声機を持っていない。
下手に返事をしてしまえば、声の種類で誰なのか分かってしまう。
「お前が誰なのかはもう知っている。変に警戒する必要はないぜ」
「そうか……。何の用だ?」
「随分なご挨拶だな? ……まぁいいさ。掛けさせてもらうぜ」
サーヴェントは部屋にあった椅子に腰掛ける。
ビードラはドアの横に座り込み、カーネリアは隣に座った。
「まさか、あんな馬鹿を抜かすとはな?」
「単に、事実を述べただけだ。民衆が怒り出すことは分かっていたが、民衆以外の手によって、奇襲を受けるとまでは想定してなかった」
「アンタでも読み違いがあるんだな?」
「思い通りにいくなら戦争は起きなかったはずだ」
「違げえねえな! ……結果的には、いい方向に話が進んでいる。それについては聞いているか?」
「いや。それを確認するために、ゼア様にお伺いを立てるところだった」
「なら詳しい話はいいか。ともかく、アンタは俺たちに十分な結果を示してくれた。貰った金のことも考えれば、報酬は過分過ぎる。だから、報酬分働かせてもらうぜ」
「有難い申し出だが、仕事は当分ないと思っている」
「そう言うと思ってたさ。そこで頼みだ! 伯爵城の地下牢に『ある人物』が捕らえられている。そいつは『始祖の一族』らしい。アンタの言い分だと、もう必要ない奴なんだが……後始末を任せていいか?」
「……いいだろう。貴様たちはこれからどうする?」
「目的は特にねえな。金もあるし、ブラブラ旅でもするさ。連絡はどうすればいい?」
「街で、花のつぼみを模った看板の店を探せ。その店は飛び抜けて旨い料理を出す店の近くにある。店の看板に花が咲いたら、何かしらの緊急事態ということだ。確認方法は店で「旨い酒」と言って注文しろ。「飲み方は?」 と聞かれたら、「ロック」と答えろ。それで通じれば情報を引き出せる。情報料は金貨1枚。酒代込みの値段だ」
「そのロックってのは、何だ?」
「酒を氷で割って飲む飲み方だ」
「そいつは旨いのか?」
「無論だ。ただ、この世界の氷は希少だからな。そうそう飲める物ではない」
「この世界ねえ? ……まぁいい! 何かしら動きがあれば近くまで来るさ」
「分かった。良き旅を」
「ああ」
サーヴェントたちは、その言葉を最後に部屋を出て行った。
再び静かな時間が来ると、緊張の糸が解けたのか眠くなってくる……。
◇
「――兄様! 兄様起きて!」
「ん? ……寝てたか」
「悪かったな。疲れてるところ起こしちまって」
「いえ。むしろ、仕事を中断させている俺が失礼なんですよ」
「仕事のことは気にするな。……状況はミイティアから聞いていると思うが、詳しいことはこの資料を見ろ」
資料には、裁判の結果から今に至るまでの状況がビッシリ書かれていた。
……どうやら、かなり難航しているらしい。
条例の制定どころか、人事と運営方針で揉めているようだ。
事態をややこしくしている理由は、リンツ様の提案の意図を読み取れていないからだと思う。
できれば、俺は口出ししたくない。
他人に強要されてやるのと、自らの意思で挑むのでは結果が大きく異なるからだ。
とはいえ、看過できる状況ではなさそうだ……。
「思っているより問題が多そうですね。両陣営を統合させたはいいのですが、やり方で揉めてるようじゃ末期ですね。色々大変だと思いますが、メーフィスには苦労してもらいましょうか」
「随分と他人任せだな?」
「俺が何でもかんでもやっているようじゃ、誰も成長しませんしね。それより、リンツ様の過激な提案には驚きました! 問答無用で爵位剥奪の上、上級士官以上の財産は没収。一度でも賄賂の受け渡しのあった者には多額の罰金。もしくは投獄。そして、減刑の機会として執行猶予付きで特別自治領設立に協力させ、目標が達成されなければ刑の執行とは……」
「結構まともな対応だと思うぜ?」
「いやいや、意地悪過ぎますね。その証拠に、隠された意図に誰も気付いていないようです」
「何だそれは?」
「んーっとですね……」
親方さんに誤解がないように丁寧に教えていく。
「なるほどな! そりゃー仕事の基本だわな。気付かない方が悪い」
「そういうことです。……話は変わりますが、俺はどうやって生き長らえたのでしょうか?」
「ワシはよく知らん。ラミエールが手の施しようがないと喚いていたな」
「俺の臓器にはマールの物が移植されたと聞いています。俺の中の常識では、絶対あり得ない方法になるのですが?」
「だから知らんと。ミイティアに聞いてみろ」
「ミイティア、どうだったの?」
「私にもよく分かりません。リンツ様から「マールを預からせて欲しい」と言われただけで、その後の処置は聞いていません。手術に立ち会ったアクトバー先生かラミエールでないと、詳しい話は聞けないと思います」
「そうか……。ラミエールは来てるの?」
タイミングよくドアが開くと、ラミエールが部屋に入って来た。
「お呼びになられました?」
「……まさかと思うけど……ずっと呼び掛けを待ってた?」
「さ、さぁ? どうでしょうね? ……それより診察致しますわ」
「頼むよ」
ラミエールが診察を始める。
「痛む所はありますか?」
「あばら骨が折れた時の痛みがするけど、それ以外は特に無いかな。むしろ、感覚が鋭敏になった気がするよ。ドアの向こうにラミエールがいるんじゃないかって、ずっと思ってたぐらいだしね」
「どう見分けたのです?」
「匂い……かな? ほとんど直感に近いと思う」
「あらヤダ! 匂ってましたの?」
ラミエールは慌てた様子で服や髪を嗅いでいる。
「汗の臭いではなくて、薬草の香りだよ」
「そうでしたの……。そんな僅かな香りで分かるとは、もう完全に獣ですわね? と言うより、ますます鵺に近づいてますわね?」
「それは俺も思った。鵺は、『多種の獣の特徴を持った物の怪』だしね。俺は『異質で畏怖される幻影』という意味でネーミングしたつもりだったけど……この調子で行くと、本当に鵺になっていきそうな予感がするよ」
「それも獣の勘ですの?」
「なぜ獣扱い?」
「似たような物でしょ?」
「せめて人として扱ってください……」
皆に笑われ、俺は苦笑いをするばかりだ。
「ラミエールはリンツ様の手術に立ち会ったんだよね? どういう手術をしたのか分かる?」
「あれは……手術ではありませんわ。魔法による治療……それも違いますわね……」
「マールの体のサイズを考えると、心臓だけでも俺の胸に収まりきらない気がするんだけど?」
「私も良く分からないのですけど、『再構成』という技法らしいですわ。マールから心臓を摘出し、それをマサユキさんの心臓の一部と合成して、新たな心臓を作り出していました。なんでも「マサユキさんの力を失わないため」だとか? 「これが効率がいい」とも仰ってました」
「あの人なら言いそうな台詞だ……。でも、血液型や体組織の構成が違う者からの移植って、俺の中では実現不可能な方法だと思うんだけど? ラミエールはどう考えてる?」
「私も理論的に無理だと思っていましたわ。でも、リンツ様だからこそ実現した方法と言っていいです。まず、治癒魔法は有効ではありませんでした。なんでも治癒魔法は「その者の魔力を利用して細胞を活性化させる技法であり、魔力を感知できないマサユキさんには有効でない」とのことです。そこで目を付けたのが、マサユキさんの作った薬です。今の薬では、欠損した内臓の修復にはあまり効果がありません。しかし、生成方法に着目されたようです。「薬草と魔獣の血を合成させることで特別な薬となる。ならば、マサユキさんの心臓に魔獣の心臓を合成させたらどうだ」と。まるで、粘土でも捏ねくり回すかのように心臓を作り上げていましたわ。もう……医療という次元ではなく、完全に錬金術でしたわね」
「それって……一時は俺の体から心臓が無くなった……ってことだよね?」
「そうですわね」
「こ、怖! 怖過ぎ! 一歩間違ったら死んで……って、何か変だな? 死に掛けてる俺が死ぬのと、死に掛けてる俺が殺される。って、状況的に何の違いがあるんだ?」
焦った上に頭をこんがらせた俺とは対極的に、ラミエールは冷静に回答する。
「気持ちの問題ですわね。それに、怪我を負った時点で心臓を始め、肺や腎臓肝臓といった臓器も大きく欠損していましたわ。機能しない物がそこにあるだけで、無くなったという表現は間違いだと思います」
「そりゃそうだけど……なんか複雑な気分だ……」
「マサユキさん! それは贅沢な悩みですわ!」
「……そうだね。生きてることに感謝しなくちゃね」
「分かればいいのです!」
ラミエールには聞き辛いことではあるが、気になっていたことを聞いてみる。
「メーフィスの容体はどうなの? 特別自治領に出向けるってことは、ある程度治ったってことになるけど」
「ほぼ完治ですわね。それもリンツ様のお陰なのですけど……あのデタラメな力を目にしてしまうと、自信を無くしてしまいますわ」
「英雄と呼ばれるお方だしね。比べる方が間違いだと思うよ」
「頭で分かってても、心がそれを認めませんわ!」
「そう? 俺の想像だけど、リンツ様は気分屋で滅多な事では他人のために動く方ではないと思う。たぶん、メーフィスが特別自治領設立に『必要な人材』だと見抜いて治療した。と考えた方が筋が通るよ。つまり、リンツ様の都合で助けたってことになるね」
「在り得ませんわ! 医者が患者を放って置くなんて、治療の「ち」の字すら使うことを許しませんわ!」
「今はそれでいいと思うよ。リンツ様は錬金術師であって医者じゃない。同類として考えなくていい。でも、リンツ様にも言い分はある。それは『効率』という言葉で濁してはいるけど、力の大きさを十分理解してるからこそ使わないんだ」
「どういうことですの?」
「それは、いずれラミエールにも魔法が使えるようになったら分かるよ」
「私にもですか?」
「まぁ……色々調べたり、リンツ様に協力を仰がないと無理かもだけどね?」
「んま! またリンツ様ですの! あの方とは、今後一切! 関わり合いたくないですわ!」
「ワシも同感だ!」
話を黙って聞いていた親方さんも、さりげなく同意する。
「俺も苦手な人ではあるんだけど……あの人とは技術面での相談はしてみたいかな」
「何か作ってみたい物でもあるのか?」
「ええ! 魔法と技術を融合させた壮大な物です!」
「ほぉ……まさか、ワシも必要なのか?」
「必要になると思います」
「嫌なこった! アイツと関わり合いたくねえ!」
「まぁまぁそう言わず、心躍る最高の物を作りましょうよ」
「……ワシは坊主としか関わらん!」
「分かりました。親方さんとリンツ様の間には俺が入りますね」
ちょっと話は逸れてしまったが、状況確認を始める。
「今回の戦争で、どれくらい被害が出ましたか?」
「ジールの部下の半数が死んだな。他にも重傷者は多く出たが、ジールは片腕を失った」
「陽炎はどうです?」
「奴らは問題がないようだ。マールが頑張ってくれたおかげだな」
「彼女が一番の功労者だと思います。報いてやれなくて残念ですが……」
「坊主。マールは生きている! それは坊主が返せばいい話だ!」
「そうでした……。失言でした」
「分かればいい! あとは両軍の戦死者だな。男爵軍は831人死んだ。伯爵軍は1万2014人だ。この内、男爵軍が殺したのは3400人ほど。残り8600人は坊主とワシら、あと陽炎で葬ったことになる」
「数を聞くと……相当な数が死んでしまいました。当初の予定では2000~3000人程度で済ますはずでしたので……」
「こればっかは仕方ねえ! こちらは手勢が少ない上、満足に準備も行えなかった。メーフィスだってそうだ。ろくに訓練もできず、目視もできない標的を情報だけで砲撃した。坊主の意図を理解しつつも、砲撃には相当苦悩したはずだぜ?」
「メーフィスには苦しい立場を押し付けてしまいました。彼の性格です。きっと今も苦しんでいるでしょう……」
話を聞いていたラミエールが、怖い顔を近づけてくる。
「マサユキさん!」
「は、はい!」
「私は兄の身内として言いますけど、心配はご無用ですわ! みんな覚悟の上で挑んだのです! それを今さら悔やむのは、お門違いですわ!」
「分かってる。分かってるよラミエール。……だけど、俺が大砲を男爵様たちに渡さなければ、開戦はなかっただろうし……」
「今さら遅いですわ! それに、その責任は裁判で決着が付きました! もう……悩む必要はないですわよ」
「……ありがとう。ラミエール」
親方さんがゴリゴリと頭を撫でてくれる。
終わってしまったことも、失ってしまったことも、今となっては取り返しが付かない。
だけど……同じことはまた起きると思う。
その時、また同じように後手に回るのだけは……なんとしても防がねばならない。
そのためには、俺自身の成長が不可欠だ。
「親方さん。次の話ですが――」
「坊主。場所を変えねえか?」
「構いませんけど……今の俺は『マサユキ』として振舞えませんよ?」
「分かっている。だが、ここの連中には意味がねえ。それは分かってるだろ?」
「……分かりました」
親方さんの後に続き部屋を出る。
恐らく向かう先は、休憩室だろう。
そこに誰がいるのかは、なんとなくだが察している。
だがなぜ?
その理由は皆目見当が付かない。
一歩一歩休憩室に近づく毎に、その想いは大きくなっていく……。
次回、水曜日2014/11/5/7時です。




