第63話 見えざる守護者
「誰が……誰がマサユキをこんな姿に……」
ミイティアのその声は、まるで別人。
雰囲気もそうだが、ミイティアを中心に風のような物が吹き荒れだす。
その風の正体は、強い殺意が込められた魔力の波動。
ゼア、アンバー、リンツを始め、ガルアなど勘の良い者は、その変化に気付く。
「フフ、面白い……だが!」
リンツはそう呟くと、メガネを外し空高く投げる。
空に放り投げられたメガネが一瞬光ったかと思うと、世界から……色が消えた。
白と黒の二色だけの世界。
時間が止まったかのように周りにいた者や民衆の動きは停止し、リンツが投げたメガネやメルディの悲しみの涙さえ、空中に留まるかのように停止している。
リンツは跪き、ミイティアに向かってゆっくり話し始める。
「時間流れを一時的に止めさせて頂きました。少々の記憶操作も済ませております」
ミイティアでない誰かは、苛立ったように質問を返す。
「邪魔する気ですか?」
「いいえ。あなた様と話し合うためであり、あなた様の存在を隠すためでございます」
「ワタシの事などどうでも良い! 誰の仕業か教えなさい!」
「……私です」
「なぜ嘘を付くのです」
「マサユキ殿を救うための、覚悟でございます」
ミイティアでない誰かは、しばらく黙り込む。
そして心の整理ができると、ゆっくり話し出す。
「アナタはワタシのことを知っているのですね?」
「単なる勘でございます。精霊、もしくは分体とお見受け致しております」
「なぜこの場を用意したのです?」
「あなた様にご助力を仰ぎたいと考えたからでございます。マサユキ殿の状態を維持されているのも、あなた様のお力だと考えております」
「なぜ嘘を付いたのです?」
「あなた様のお力添えがなければ、マサユキ殿をお救いすることは叶いません。それは彼が居なくなる事を意味し、そのような未来に興味が沸かないからでございます」
「では、ワタシに何をさせたいのでしょう?」
「マサユキ殿の肉体の維持と、治癒の補助をお願い致します」
ミイティアでない誰かは、マサユキの方に視線を向ける。
なんとか命を繋ぎ留めている状況だが、傷を治癒するには欠損した部位が多過ぎる。
傷の状態から考えても、治癒どころか維持すら難しいと思われる。
「今は何とか維持していますが、長くは持ちません。どうやって治癒されると言うのです?」
「生物学上、彼に適合する臓器は存在致しません。ゆえに、私の力で理論的に適合し易い臓器を用意致します。それをあなた様のお力で繋ぎ留めて頂きたいのです」
「仰られている意味はよく分かりませんが、ワタシの力の一部を加えれば可能かもしれません」
「承知致しました。そのように致しましょう。適合性が高い者に心当たりがございます。それにはミイティア殿の助力が必要だと考えております」
「……それはお任せします」
リンツは砂時計を取り出す。
「間もなく時間の流れが元に戻ります。ここで話したことはミイティア殿には伝わっておりません。なんとか説得を試みたいのですが、ご助力頂けますでしょうか?」
「分かりました」
砂時計の砂は……すべて落ちた。
◇
「おい! ミイティア落ち着け!」
ガルアに肩を掴まれ、強引に引き留められた。
なんでガルアが強引に引き留めようとしたのか、私には分からない。
だけど、兄様を救える気がする。
根拠はないのだけど、悲しい気持ちが消え、とても落ち着いている。
なんとなくリンツ様に質問をしてみる。
「リンツ様。方法はないのでしょうか?」
「あるよ。『あの子』をボクに預けてくれるかな?」
リンツ様は会場の裏手にある潰れかけのテントを指差す。
あそこには……。
なぜだか分からないけど、ピースが填まっていくような、期待感が大きくなっていくような気がする。
「おい! 何言ってやがる! ふざけるんじゃねえ!」
「ガルアいいの。ラミエールは準備をお願い。すぐに手術に入りましょう」
「ミイティア……何を言ってるの? 移植はどうやっても無理よ!?」
「兄様は絶対助かる! だから、ラミエールも協力して」
少し押し問答はあったが、手術の準備が始められた。
◇
「ん……。んぐ……」
目を覚ますと、そこは見慣れた天井……。
俺はまた……長い眠りに付いていたのか?
いや、俺は死んだはずだ。
胸を射抜かれ、魔法の矢が爆発した。
どうやっても助かるとは思えない状態だった……。
体を引き起こそうとすると、少し胸の辺りが痛む。
それと、体の脇にモフモフとした温かな存在を感じた。
布団を捲ってみると……銀色の毛並みが綺麗に輝く子、銀狼がいた。
「フェイン?」
フェインは眠そうな顔をしながらも、モゾモゾと体を擦り付けてくる。
甘えたい盛りということもあるが、その行動に違和感を感じずにはいられない。
なぜなら、マールを殺したのは……俺だと言っても過言ではないからだ。
そのことを説明されていない可能性もあるが……いずれにしても、しっかり説明しなければならないだろう。
しかし、フェインがこのサイズということは、以前のように長期間の眠りについていた訳ではなさそうだ。
それにしても……妙に体が軽い気がする。
状況から察するに、数日間は眠っていたのだろう。
体は包帯でグルグル巻きにされているが、動けないほど不自由さも感じない。
それ自体も信じられないことなのだが、いったい何が起きたと言うんだ?
フッと、視線の端に細長い物が目に入る。
どうやら木の枝のようだ……。
それと、机の上に大切そうに置かれた小瓶には、枯れた葉っぱがいくつも収められている。
って、もしかして! 俺はあの木に助けられた!?
あの状況。俺は死んだと思ったし、助けられるとも思えない。
いくら魔法が存在するファンタジーな世界、だ、と……いや、復活魔法とかあるか。
見たことはないが、上級回復魔法みたいな物もあるみたいだ。
事実、かなりの深手を負った兵士たちは、特使殿が連れてきた魔術師たちに治癒してもらっていた。
それに、リンツ様もいる。
あの人は錬金術師ではあるが、得体が知れない。
魔法という得体の知れない物事に、研究意欲を持たない訳がない。
と、考えれば……まぁ不思議ではあるが、不可能ではないのかもしれない。
ともかく、俺は生き延びた。
正確には『生かされた』というべきだろう。
それが意味する先には……。
フェインを両手で弄くり回すかのようにモフモフを堪能し、考察を続けていると……ドアがキィと音を立て開く。
ドアに立っていたの――わあああ!
考える間もなく、勢い良く抱き付かれた。
そして、ワンワンと泣き付かれてしまった……。
抱き付いて来た子の綺麗な銀色の髪をゆっくり撫で、優しく語り掛ける。
「おはよう。ミイティア」
「……兄様……おはようございます」
ミイティアは泣きじゃくる。
俺はゆっくりミイティアを撫で続けた。
◇
ミイティアが落ち付いたのを見計らい、状況を尋ねてみる。
「メルディはどうしてる?」
「姉様は、兄様の代わりに特別自治領に出向いています。補佐としてメーフィスが付き添って、護衛にはガルアとアンバーさん、オルド、ゲルトが付いています」
「メーフィスの怪我はもういいの?」
「リンツ様が治癒して下さいました。兄様の怪我も……」
なんで、俺の治療の話は口籠るんだ?
何か如何わしい改造手術を……。いや……あり得る!
あの変態メガネは何をやらかすか、分かった物じゃない!
想像しただけで……おぞましい……。
……まぁいい。そんなことより大事な案件がある。
深呼吸をし、覚悟を決める。
「マールは?」
「……弔いを済ませました」
「そうか……」
ミイティアを引き寄せ、優しく抱きしめる。
俺たちにとってマールは、家族だ。
生まれも育ちも種族さえも違う家族ではあったが……想い入れの深さを簡単に言葉で言い表せないほど、大切で掛け替えのない存在だった。
それを失ってしまった悲しみは簡単に拭いされない。
ゆっくりミイティアを離し、お願いする。
「ミイティアお願いがある。マールの所に案内してくれ」
「……うん」
ゆっくり立ち上がり、クローゼットを開ける。
そこには、綺麗に畳まれた服と装備品、そして仮面があった。
この仮面は鵺として活動を始めた頃に使っていた物だ。
特別な能力を付与している訳ではないが、今の俺には必要だ。
服を着替えると、ローブを羽織り、仮面を付ける。
そして、スッポリ頭を隠すかのようにフードを被る。
ミイティアがこの姿に驚かない辺り、俺の推測に間違いはないようだ。
準備を整え、俺たちは出掛ける。
◇
ミイティアとともにやってきたのは、アンバーさんが植えた『あの木』の場所だった。
木は以前にも増して大きく育ち、そして優しく俺たちを出迎えてくれた。
以前とは……何かが違う。
木の気持ちというか、温かな大気の流れのような物を感じ取れる。
理由は分からない。だが、明らかに違うのだ。
この木だけでなく、草や風、土や水の声が聞こえてくるようにも感じ取れる。
肌に伝わってくる、『感覚の情報量が増えた』という感じだ。
マールの墓は木の側にあった。
石を積み重ねただけの小さな墓ではあったが、周りは綺麗に掃除され、綺麗な花が添えられている。
静かに手を合わせ、ぼんやりと墓石を眺める。
「マール……すまなかった。俺のせいで……」
それ以上言葉が続かない。
どう言おうと言い訳にしかならず、ただただ悔しい気持ちばかりが込み上げてくる。
縮こまる俺を見て、ミイティアが優しく抱きしめてくれる。
「兄様。マールは生きています」
突然変なことを言い出した。
だってマールは――
ミイティアはそっと俺の胸を指差す。
「マールは兄様の中で生きています。ちゃんと聞こえるでしょ?」
「まさか……」
「今は兄様の心臓として、肺として、臓器として、兄様を支えてくれています」
その事実に涙が溢れ出す。
でも……不思議とそれ以上悲しく感じない。
まるで、マールが「泣くんじゃない」と励ましてくれているかのように……。
そっと胸に手を当て、語り掛ける。
「マール。お前には何もしてやれなかった。できれば、お前とは世界を共に旅をしたかった……。だから……今度は俺の目を通して世界を見詰めてくれ。そして、俺と共に生きよう」
「兄様……」
ミイティアとフェインが寄り添ってくる。
「分かってるって」
ミイティアとフェインの頭を撫でる。
「その時は、ミイティアもフェインも一緒だよ」
「はい!」
フェインも嬉しそうだ。
マールへの挨拶を済ませると、今度は木を眺める。
マールのおかげだと思うが、木の感情のような物が読み取れる気がする。
そっと、木に手を当てる。
ひんやりと冷たさが手から伝わってくるが、優しく手を包み込まれるような感覚も感じる。
この感覚は矢が爆発して倒れた時にも感じていた。
眠っていた間も、それとなく感じていた。
葉っぱが枯れてしまうほど俺のために力を使ってくれた……のかもしれない。
「木よ。あなたには感謝している。あなたのくれたお守りが、仲間たちを護ってくれた。マールは不幸にも命を失ってしまったが……今は俺の中で生きている。木よ……ありがとう」
木は何も語らないが、優しく手を撫でてくれているように感じる。
「兄様……その手……」
「ん? 手がどうかした?」
ミイティアは木に触れている俺の手を凝視しているが、俺にはその変化が分からない。
皮膚の触覚というか、手の周辺に温かく優しい大気の流れのような物を感じ取ることはできるが……視覚的変化としては知覚できない。
きっと、ミイティアの目が特別なのだろう。
それがどう映っているのかは興味があるが……説明されても良く分からない気がする。
「俺の手。今どうなってる?」
「白い光が集まってます。まるで、あの時みたい……」
「あの時?」
「兄様と初めて出会ったあの時です。兄様はたくさんの光に包まれて現れました。あの時は、もっとたくさんで色々な色の光が集まってたと思うけど……」
「アレは俺にもよく分からない現象だったからね。……このままずっとこうしてたら……元の世界に戻ったりするかもね? フフフフ……」
ミイティアは木から、俺の手を強引に剥がし取る。
「そんなの駄目です! 兄様が消えて、しまったら……」
「大丈夫! 俺は戻る気はないよ。……ただ、俺の思惑とは関係なく引き戻される可能性はあると思う。俺はこの世界にとって、異質な存在だしね……」
「そんなことありません! 兄様は必要です! 兄様が命懸けで守ってきた物はちゃんと残ってるし、みんなも感謝してくれています! それに……私の大切な家族です。大切な……」
ミイティアを優しく抱きしめる。
眠っていたとは言え、ミイティアが不安を抱く理由は十分把握している。
ちょっと意地悪が過ぎたと反省する。
だが、完全にその可能性を捨て去ることができないのも事実だ。
ただ一つ言えることは……『俺がこの世界に存在する限り、全力で生きる』。それだけだ。
「さあ、行こうか」
ミイティアの手を取り、俺たちは歩き出した。
次話より、「第4章 特区構想計画編」に突入します。
男爵領と伯爵領が統合された特別自治領の話です。
今度は政治の話か・・・と思うところですが、筆者としては頭が痛くなる政治の話はできればスルーしたいので、手抜き(めんどう)という名の事実改変を発動しようか迷ってます。
むしろ、ファンタジーによくあるドラゴン討伐とか書いてみたいですねぇ。
小説の始まりはドラゴン討伐でしたし、そろそろレイドみたいのがあってもいいかなぁと。
でも、この小説の世界観にドラゴンがいる・・・とは思えないのですが(笑)
よし! 書き貯め頑張ります!
次回、水曜日2014/10/29/7時です。




