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第61話 忍び寄る破滅の音色

 裁判が長引いたこともあり、辺りは暗くなり始めている。

 伯爵側、男爵側ともに100回ほどの鞭打ちの刑を消化した所である。

 それぞれの鞭打ちの刑の執行回数は、伯爵側500回。男爵側3000回である。

 このペースで行けば……明日明後日にも、伯爵側の刑は完了するだろう。


「おい! どうした、おい!」


 伯爵側の身代わりをしていた男が動かないようだ。

 何度も呼び掛け、大きく揺すったりもするが……反応がない。

 どうやら……死亡してしまったようだ。


 実を言うと、死亡者はその一名だけではない。

 執行中に死んだ者1名。執行後に死亡した者5名。危篤状態の者2名。

 他にも、放っておけば怪我が悪化して死に至りそうな者も多数いる。


 ちなみに、慰謝料は『刑の執行中に死んだ者』にしか支払われない。

 つまり、執行後に死亡したり、大怪我を負った者がどうなろうと関係がない。

 判決内容で決めたことは、ただ単純に執行中の死亡に対してのみ効力を発揮する。

 考えてみて欲しい。

 鞭打ちの刑はたった5発ですら死に至る。

 回数を制限したとしても、そのリスクは大して変わらない。

 となると、そんなことを認めてしまっては半永久的に刑は終わらない。



 この事態は予想していた。

 身の程を弁えず、強欲に複数回の鞭打ちの刑の身代わりを請け負い、運悪く絶命してしまうことをだ。

 中には、絶命してしまっても構わないと思う者もいる。

 なぜなら、例え絶命したとしても家族に大金を残せるからだ。

 10発受けたのなら10発分の報酬と、これまでに徴収され積み上げられた罰金総額と同額を慰謝料として受け取れる。

 死を恐れない金の亡者にとっては、これ以上ない好条件とも言える。


 本来、このような悪意ある交渉相手は無視すべきだ。

 しかし、進んで身代わりを受けてくれる者は希少な存在であり、交渉相手を選ぶ猶予もない。

 定刻までに身代わりを用意できなければ、自ら刑を受けなければならないからだ。

 となれば、取るべき手段は1つ。

 新たに魅力的な条件を提示することである。


 ただ、それにも限界がある。

 受刑者の資産という限界だ。

 一発あたりの報酬金額が金貨10枚とすれば、すべてを身代わりしてもらった場合、伯爵側の受刑者は一人当たり金貨5000枚。罰金を加えると金貨5500枚必要となる。

 私腹を肥やした高官たちに用意できない金額ではないが、一発あたりの報酬額が増額し続け、リセットが何度も起きてしまえば、いずれ支払い能力に限界が訪れる。

 ここに執行後の処置まで加えるとなると……言わずとも分かるだろう。


 無慈悲とも言える刑の執行は、続けられた……。



 ◇



 焦りはジワジワと伝染し、破滅のメロディを奏で始める。

 静かに、そして確実に破滅という死神が忍び寄る。

 その状況に耐えかね、口火を切ったのは特使殿だった。


「マサユキ殿! 話が違うではないか!」

「はぁ? 何を仰っているのですか? これは特使殿も了承した判決内容でございますよ?」

「いや違う! この事態は想定外だ! いつまでたっても刑が終わらぬではないか!」

「終わります。受刑者たちが見事刑を全うすれば」

「しかし……現状のままでは、怪我人が出るばかりではありませんか!?」

「私は身代わりを強要していません。民衆に慕われる領主であれば、例え何人死のうが必ず刑を全うし、生き残るでしょう」

「ですが、全うな刑罰とは言えません! ここは慣例に従い――」

「あなたがそれを仰いますか?」


 特使殿の言葉を遮り、痛烈な一言を突き付けた。

 その一言で怯むかとも思ったが……まだまだ押しが足らないようだ。


「私はこの戦争が起こる大分前、国王陛下に仲裁を申し立てました。しかし、国王陛下お一人のご決断では動けないと返事が返ってきただけです。実際に仲裁行動に踏み切ったのは、開戦予定が決まった後です。しかも、あなた方は急ぎもせず、この場が用意された後に到着されました。そんなあなた方に、この裁判をどうこう言う権利はありません」

「何だと!? 貴殿は国王陛下に楯突くと言うのか!?」

「では、国民の危機に駆け付けもせず、内戦を政治的に利用することが国王陛下のご決断だと仰るのですか?」

「そうではない! 国家に対しての反逆だと言っているのだ!」

「反論がない。つまり、肯定されると言うことで宜しいですね?」

「話をすり替えるな!」

「特使殿! それはあなたもです!」


 いい感じに頭に血が昇って、爆発寸前という感じだ。

 あとはどうやって収めるかだが……。


「冷静になりましょう。頭に血が昇っては、まともに会話は成立致しません」

「わ、私は至って冷静だ!」

「では、高度な政治的理由が絡んでいることを認めましょう。あなた方の失態もこの際無視しましょう。……ですが、それでも判決内容は『正当』だと言わせて頂きます」

「……どこに正当性があると仰られるのだ?」

「私が提案を出した時、「抜け落ちた個所は無いか」と確認を致しました。特に反論もなく納得して頂けました。民衆も同様です。当然、その場にいた特使殿もです」

「それは分かる。だが、この様な結果になるとは思いもしなかったのだ」

「特使殿が気付けなかったことに対し、反論を申し上げているのではありません。英雄の方々から了承を得られたからでもありません。リンツ様が認められたことが最大の理由です」

「リンツ様が? ……仰られている意味が分かり兼ねます」

「この事態に陥ってもリンツ様は平然としておられます。つまり、この状況は想定済みということです。厳密に言うと、私に飛び掛かって来るまでの『あの一瞬』で読み切っていたということです。……あまりお勧めはできませんが、リンツ様ご本人に確認を取られても構いません」

「……考えさせて下さい」


 やっと、特使殿は冷静になったようだ。

 特使殿が考え込むということは、俺の意図が伝わったということだろう。


 リンツ様はかなりの面倒臭がり屋な上、英雄という身の上だ。

 そんな人物を説得できる者は限られている。

 確認を取った訳ではないけど、リンツ様を派遣したのは『国王陛下』だと考えている。

 また……借りを作ってしまった。

 そんな訳で、国王陛下に不利益になることをしようとは思わない。

 リンツ様もその辺を読み取ったからこそ、提案する手番を回してくれたのだと思っている。


「では、マサユキ殿はどういう意図で刑罰を提案されたのでしょうか?」

「お答えしてもご納得されないと思います」

「では、国家の不利益になると仰るのですか?」

「私は国益を考えてこの裁判を用意したのです。……もし、どうしても疑問を感じられるのであれば、民衆を含め、この場にいる全員を納得させられる代案を提案すれば良いだけです。もちろん、政治的な理由をお話しして頂かなければ、私は納得しないと思いますけどね?」

「わ、私は……そのような企みには関与致しておりません」

「嘘ですね」

「うん。嘘だね」


 どこからともなく現れたリンツ様が、俺の分析の正しさを肯定してくれた。


「リンツ……様。いきなり後ろからとは、心臓に悪いです……」

「まあまあ。キミは何を根拠に嘘だと見抜いた?」

「根拠はいくつかあります。一番分かり易いのは瞬きの回数です。嘘を付いている人は瞬きの回数が顕著に増大します。顔に指を当てる動作も嘘を示しています。回答を必死に考え、嘘を読み取られないようにする動作と言われています。他にも意図的に話の流れを操作し、秘めたる感情を引き出す手法も併用しています」

「ほほぉぉぉ。ボクは魔力輻射まりょくふくしゃの形状から判断した。人は僅かながら魔力を放出している。色はそれぞれ属性を示しているが、感情の起伏によって色や形状が変わる。苛立っている時は赤くトゲトゲしく。悲しい時は青く弱々しく。そして、嘘を付いている時は複雑な色を発し、いびつな形になる。極々微弱な挙動だから、ボクにしか分からないと思うがね?」

「さすがでございます! もしかして、私の魔力の有無も確認できたりするのですか?」

「キミは魔法を使える前提で聞いたんだよね? まったく魔力輻射まりょくふくしゃを発してないよ」

「なるほど……。普通の人のように魔力輻射まりょくふくしゃを感知できないということは、才能がないということでしょうか?」

「キミは例外だろうね。……良かったら、解剖してあげようか~? グフフフ……」

「ご、ご冗談を。アハハハハ……」

「あ、あの……」


 特使殿は申し訳なさそうにしている。

 突然のリンツ様の呼び掛けられ、話し込んでいる内にスッカリ存在を忘れていた。

 なんというか、技術的な話ではリンツ様とは馬が合う気がする。

 ただ……男と男の関係だけにはなりたくない。


「あー……申し訳ありません。理由はお教え頂けるのでしょうか?」

「申し上げられません」

「それで結構です。その方が私にも都合がいいですしね」

「それは貴殿の――」


 手を前に出し、ちょっと強引に話を中断させる。


「リンツ様。しばし余興に付き合って頂けますか?」

「いいよ」

「特使殿。重ねて申し上げますが、これは余興です」

「……はぁ」

「さて……」


 リンツ様に目を合わせる。

 リンツ様はこれから何が起こるのかと、ワクワクしつつも、顔が気持ち悪くニヤついている。

 できれば……やりたくはないのだが……。

 ゆっくり深呼吸した後、両腕をピンと張り、手の甲を外側に広げ……


「や、やあ! リンちゃん!」

「ユキちゃ~ん! どうしたんだ~い?」


 うぐぉ……。

 思っていた以上に……酷い。自爆とも言うが……。


「リンちゃん。この裁判って、首謀者をヌッコロすためにあるの?」

「ノーンノーン! ユキちゃんは残酷だねぇ~。でも、死んじゃってもいいかもねぇ~」

「じゃあリンちゃん。あの人たちに生き残る手段はないの?」

「あるよぉ~。領主の器ってのを示せばいいだけだよぉ~」

「それはどうすればできるの?」

「方法はいくらでもあるよぉ~。例えば、みんなが発起して裁判を潰しちゃったり~、僕らを全員殺せばいいんじゃないかなぁ~?」

「リンちゃん過激だよぉ~。じゃあじゃあ! 彼らが死んじゃったらどうするの?」

「新しい領主を立てればいいんじゃない~? ボクは国の方針なんて知らないし~」

「僕もその方がいいかなぁ。でも、あの人たちが領主に戻った方が僕らは楽できていいんじゃない?」

「戦争起こしちゃうような危ない人たちだよぉ~。そんな人、放っておいていいのかなぁ~?」

「それは怖いよ! そ、そんな人がいたら僕……怖くて寝れないよ~」

「ボクが護って、あ・げ・る! ユキちゃん。ボクの所においでよぉ~」

「うっ……。ウ~ン、大切な家族を置いてはいけないかなぁ。危険にならないなら、遊びに行くことはできると思うよ~」

「じゃあ、家族も連れておいでよ~。みんな面倒みてあげる。ねぇいいでしょ~?」

「リ、リンツ様?」


 リンツ様が抱き付いて来る。

 なんとなく股間を押し付けられている気もするが……この悪乗りは良くない。

 俺は、男と男の関係だけには――


「あ、あの……」


 特使殿は、これでもかと顔を引きつらせ、軽蔑の眼差しを向けてくる。

 完全に勘違いしているような……気がする。

 リンツ様の抱き付きを引き離しつつ、冷静を装う。


「特使殿。どうされたのですか? 顔色が優れないようですが?」

「い、いえ……。先ほどの――」

「何の話でしょうか?」


 ジッと特使殿の目を睨み付ける。


 いい加減分かって欲しい。

 何のために『余興』だと釘を刺したのか分からない。

 貴族を殺しても構わないという発言は堂々と言えることではないし、国益に反することだ。

 だが、危険人物を放っておくほどお人良しではいられない。

 領民に彼らを救う意思があれば、我々は介入する意味はない。

 だが、領民たちが見捨てるようでは、新しい領主を立てるのも止む得ないと考えている。

 その判断を民衆たちに任せているのだ。

 そこに政治を持ち込むのは、無粋というものだ。

 

「そ、その……リンツ様とは仲がよろしいようで……」

「うんうん! ボクはユキちゃんと大の仲良しだよ! ボクらの友情は運命なんだ!」

「えー……リンツ様。ほどほどにお願いしますね」

「と、ともかく仰りたいことは分かりました。ですが……それはあまりにも危険な方法ではないでしょうか?」

「ええ……それは十分承知しています。しかし、『それ』と『この裁判』は関係ありません」

「……なぜ、そこまでの覚悟をしてでも挑まれるのでしょうか?」

「どうせ普通の人とは違った道です。なら、自分の信念を貫いて生きたい。なるべくなら……。いえ。ただそれだけです」

「……分かりました」

「それだけですか?」

「私にはこの状況を覆せる案は出せません。権限はあっても、それを行使することができない状況です。となれば、任せる他ありません」

「いいのですか? 場合によっては、責任を追及され兼ねませんよ?」

「それも覚悟の上ですが……私も救って頂けるのですよね? マサユキ殿」

「さあ、どうでしょう? 私は普通の人ではありませんから。フフフフ……」


 そうは言ったものの、この状況を引っくり返すのは相当難儀な話だ、

 考えがない訳ではないが……望む結末が得られるかは分からない。

 ただその方法は……分が悪い賭けとも言える。

 だが……やるしかないだろう。


「リンツ様。特使殿。ご相談があります」


 俺のこの戦いにおける、最後の挑戦かけが始まった。


次回、水曜日2014/10/15/7時です。

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