第60話 公開裁判
「では、これより公開裁判を取り行う!」
特使殿が声を張り上げ号令を掛けると、公開裁判は始まった。
ここは男爵領郊外の広場。
戦争が完全に終結した後、数日の準備期間を置いて公開裁判となった。
この準備期間中には、伯爵閣下と男爵様の話し合いも行われた。
予想通り、話し合いでは決着せず、裁判の場で雌雄を決することになったのだ。
この裁判の傍聴には、数万もの民衆が集まっている。
伯爵領と男爵領の領民たちはもちろんのこと、近隣の領地からも多くの人が集まった。
これだけの人数が集まった背景には、前代未聞の公開裁判ということもあるが、伯爵軍本隊の士官代行をしていたクローブの呼び掛けと、セイルたちの独自の行動の結果である。
クローブは伯爵領の領民たちを説得していた。
鵺の言っていたことの真偽を確かめるためでもあり、自分たちの行動の結果が、いかなる結末を迎えるか確認するためでもある。
そしてセイルたちは、近隣の領主たちを説得していた。
説得を成功させた裏側には、男爵家に仕える執事さんの協力があったようだ。
執事さんは実質的な男爵領の内政官であり、近隣の領主たちとも深い繋がりがあった。
そして、今後の展開を先読みし、裁判に参加することを強く推したのだ。
これだけの民衆が集まったことには俺も驚いたが、心強い援軍だ。
彼らがいることで、特別扱いや賄賂という不正行為を防ぐ抑止力になる。
仮に何かしらの抜け道があったとしても、筋の通らない判決内容にはそれなりの報いを受ける事になるだろう。
つまり、完全に逃げ道のない裁判なのだ。
伯爵側の弁護人は、伯爵閣下の行動の正当性に『聖戦』やら『正義』やらを高らかに謳っている。
それらしい証拠を示してきたりもしているが……。
こいつら……バカか?
行動目的に法的根拠があると言うなら、国民同士が殺し合う内戦は法的に認められているのか?
国益のため領民のためと言えば聞こえが良いが、本当に国益や領民たちに恩恵がある戦いだったのか?
言っていることが支離滅裂である。
男爵側の弁護人は……まぁいいや。
どっちにしても、彼らに正義不義を語る資格はない。
それよりも、この裁判の目的に誰一人として気づいていない。
戦争なら敵将を討ち取るか、降伏もしくは和議を持ち込むのが通常だ。
そのための時間は、話し合いという形で実現した。
しかし、裁判に持ち込まれた。
あえて裁判を用意した意味に気付けないようでは……。
そんな脱力感を感じつつ、よく分からない方向に過熱する裁判を眺めながら、静かに考察を続けた……。
◇
「――それでは、判決の審議に入る!」
特使殿の掛け声で、民衆がザワザワと波立つ。
「ゼア様。アクトバー様。それにリンツ様。判決の審議に入りたいと思います。ご意見をお聞かせ――」
「待て! マサユキも加えよ」
「あの者をですか? あの者は庶民ゆえ、相応の立場にないと思われますが?」
「私もマサユキに参加してほしいな。彼がいなければ、これほど早期に終戦してないだろうしね。リンツはどう思う?」
アンバーさんの隣に座っていたリンツは眠い目をこすり、メガネをかけ直しながら答える。
「ふっぁあああ! ……彼を参加させる意味あるの?」
「うん。彼は英雄である私たちに引けを取らない働きをしたよ。それに、みんなが納得する終わり方だって考えてあると思う」
「ほぉ。ボクに勝る意見があると?」
「負けないんじゃないかな? ゼアもそう思うでしょ?」
「うむ! 坊主はしでかすぜ! 度肝を抜かれてブッ倒れるなよ?」
「ボクの優秀な頭脳に予測できないこと……だと? 何を馬鹿な! それはないね!」
「現にお前さんが作った石鹸。あれを負かしたのは、マサユキだぜ?」
「(面白い……。)面白いぞ! フフ、フハハハハ!! 実にいい! 実に面白みのある展開だ! どこにいる!? マサユキとやらはどこだ!?」
「さっきから横にいるよ?」
リンツ様は首だけをグリリッと回し、振り返る。
そして目が合うと、野犬のように唸りながら睨んでくる。
なんて言うか……このリンツって人。気持ち悪い……。
昔の漫画にでも出てきそうな瓶底眼鏡を掛け、髪の毛はボサボサで、服は臭ってきそうな汚いボロを着ている。
どう見ても……英雄という風格がない。
話の内容から察するに、この人が噂の錬金術師なのだろう。
まぁ恐らくだが……あの事件で反論がなかった唯一の錬金術師のような気がする……。
「お初にお目に――」
「キミか! キミが噂の錬金術師なのか!?」
「あ、あの……私は錬金術師ではないと思います」
「どうやったのだ!? あの製法はどうやって編み出したと言うのだ!?」
「過去の文献……といったところでしょうか?」
「文献? ボクも数多く読んできたが……そのような物はないなぁ」
「あ、ああ……。私はマサユキと申します。積もる話はまた――」
「今知りたい! どこで入手したのだ!?」
「えー、あー……」
「そのくらいにしてやれ! お前は錬金術の話となると、単なる駄々っ子だ!」
「何を言ってる! こうして彼と巡り会えたのも何かの縁だ! こんなクソ田舎に引き出されて、クソ詰まらない裁判に立ち合わされて、いい加減ムカムカしてた所だ! ボクにとってこの裁判なんてどうでもいい! それよりもこっちの方が重要なんだよ!」
どうにも収集が付かない。
特使殿も困り果てている。
「では、一つ勝負を致しましょう」
「下らぬ勝負ではないだろうな?」
「はい。一石二鳥……。一つの勝負で二度おいしい勝負です。非常に効率的で合理的な勝負です」
「ほぉぉ……。いいだろう!」
「勝負は、『この裁判の判決内容』。ここにいる者からより多くの賛成票を集めた方が勝ちです。その案が認められれば、判決内容も決定ということにしましょう。逆に両者の出した案が認められなかった場合、我々2人は審議から外れる。つまり、リンツ様が勝った場合と、我々2人の案が認められなかった場合、リンツ様のご希望を優先させるということです。如何でしょうか?」
「いいねぇ! 態度は気に食わないが、損の少ない勝負は大好きだ! それに効率もいい!」
「では、皆様も宜しいでしょうか?」
親方さんとアンバーさんは笑って済ませてくれたが、特使殿だけは終始苦笑いだ。
ひとまず了承を得られたということで、勝負に入る。
「では、リンツ様からお願い致します」
「ゴホン……。まず、状況から甲乙どちらの罪も重い。罪の重さから言えば極刑が妥当だが、それでは通常の犯罪者を裁くのと変わらない。事の重大さを民衆が理解するには不十分だ。問題は罪の重さを刑罰に換算するのが難しいこと。そこで鞭打ちの刑を提案する。動員した数では甲に責任が重いが、死者の数で言えば乙がもたらした被害の方が大きい。ならば、お互いの出した死者の数分だけ鞭打ちをすれば良い。今まで国家に貢献してきたことを考えれば、罰金を支払って減刑する手段も良いと考える。なお、刑を受ける者は男女問わず15歳以上とし、首謀者の他に甲乙の家族、および手助けした者を選出する。以上だ」
少し早口で聞き逃しそうだったが、思ってた以上に考えられた案だった。
甲乙の甲とは伯爵閣下を示し、乙は男爵様を示す。
死者の数を鞭打ちの数に換算する案は、明確で民衆にも納得を得易い。
更に国家への貢献度という面にも配慮し、減刑の機会も与えている。
15歳以上の男女という方針にも納得だ。
15歳以上であれば身内の問題に対して口を挟むべきであり、事の重大さを強調するという考えなのだろう。
最後の手助けした者については、人数まで明言していないが、後日関与していた人物が新たに判明した場合への対処。と考えれば筋が通る。
だが……。
「リンツ様。質問があります」
「詳しい説明かな?」
「いえ。どういう意図で判決内容を考えられたかということです」
「意味はないさ。所詮、布石だろ?」
なるほど……。
この人は間違いなく、俺の意図を理解している。
これは……俺の負けかな。
「参りました。リンツ様の勝ちで結構です」
「君は珍しいな? 詳しい説明も受けず……」
リンツ様は途中で話すのを止めたかと思うと、メガネをクィっと引き上げ、口元をニヤ付かせてこう言う。
「もっと面白くできるかい?」
やはり間違いない。
俺も思わずニヤけてしまう。
「では、恐縮ですが……。減刑に対する処置を罰金ではなく、鞭打ちを身代わりさせたらどうでしょうか? 身代わりに対して金を支払ったら、その一割を罰金として徴収します。罰金の一般的な額は分かり兼ねますが、普通に徴収するより遥かに多くの額を徴収することが可能だと考えられます。それに、単に金勘定という面ではなく、真に求められる領主としての資質を見極められます。あーあと、刑の身代わりをした者が絶命した場合、やり直しの上、そこまでに徴収された罰金総額分を慰謝料として支払わせます。受刑者が途中で絶命した場合、消化できなかった残りの回数を首謀者に上乗せする。以上で如何でしょうか?(ニヤ)」
「フ、フフフハハハハハハ! 面白い! 実に面白いぞ! ボクは、ボクは……」
リンツ様は何やらプルプルと震えている。
そして……豹変する。
「ぁぁぁああああああ!! キミが欲しい! 是非、ボクの物となってくれ!」
「えっ? あっ? いや……」
口説き文句としては申し分ないのだが……うぇ。気持ち悪い。
リンツ様の顔は初恋をしてしまったかのように赤らんで高揚し、お世辞にも無視できない臭い息を吹き掛けてくるからだ。
情熱的な問い掛けには応じてやりたいのは山々だが……男と男の仲には、なりたくない!
……杞憂であることを願うばかりだ。
「と、とにかく! 私の提案で抜け落ちた個所はございませんか?」
「無い! あろうものか! キミの頭脳! 構造! 性質! 考え! あらゆる物が知りたい! 是非、キミを解剖させてくれ!」
は?
「マサユキ。これはリンツの悪い癖なんだ。本当に解剖する気は……ないと思うよ?」
「ちょっ! アンバーさん! なんでソコ、疑問形なんですか!? 英雄の一人だろうとモルモットになれと言われて「はい分かりました」って、言う訳ないでしょが!」
「そんなこと言わないでくれよぉ~。ボクはキミにドップリメロメロなんだ~。痛くしないし、気持ちいいよ~。それにキミの望む物を作ってあげる。だ・か・ら、いいでしょ?」
うげぇぇ!
「ちょっ、ちょっと! 俺はそういう趣味はありません! 話相手としてなら構いませんけど、解剖となったら話は別です!」
「ならいいよ。そう言ってくれると思ってた」
はぁああ?
「リンツはいつもそうなんだ。人を無理やり納得させるというか……ねぇ?」
「ワシに振るな! コイツとは関わり合いたくない!」
「ふあ! ちょっと親方さん。見放さないでくださいよぉ……」
ドッと笑いが上がる。
なんとも緊張感に欠ける審議となったが、提案は受理された。
◇
判決内容は即時に発表された。
当然、両陣営ともに有罪。
刑はリンツ様と俺が提案した通りとなり、刑を身代わりとして受ける者たちが長蛇の列を作っている。
「さぁ金は払う! 鞭打ち一回金貨10枚だ! 欲しい者は並べ!」
「欲しいです!」
「私をご指名ください!」
伯爵側は大盤振る舞いの大盛況のようだ。
対して男爵側は……
「もういい! ここから先は私が受ける!」
「そうは行き――痛ぅ! 行きません! やってくれ!」
鞭が勢いよく空を切り、刑の身代わりを申し出た者の背中に、容赦ない一撃が打ち付けられる。
鞭を受けた者は悲痛な叫び声を上げ、のたうち回る。
それでも歯を食いしばり、何度も鞭を受ける。
俺も良く知らなかったが……鞭打ちの刑は生半可な刑ではない。
長さ数mにも達する鞭の先は、音速の壁を越える。
そして音速を越える鞭の痛みは……想像を絶する。
僅か5回の鞭打ちですら、死に至ると言われているからだ。
体格はほどんど関係ない。
簡単に言えば、剣で斬り付けられているのと同義である。
何度も剣で斬り付けられ、無事でいられる者はいない。
唯一、鞭と剣で違う点は致命傷のなりにくさ。
それでも微々たる差。
場合によっては、内臓破裂の可能性もある。
つまり、強靭な肉体を持とうが、不動の精神力を持とうが、一撃一撃の鞭には死神が宿っているのだ。
不安げに刑を見詰めている俺に、リンツ様がメガネをクイッと上げ、話し掛けてくる。
「後悔してるのかい?」
「いえ……」
「まぁ……刑罰はボクが決めたとも言うがね?」
「その事ではありません。死んでしまった者は、本当にこれで納得するのかということです」
「死人に口なし。死者は何も語らない。しかし、生きている者は大口を開け叫ぶ。ならば、その口にケーキを押し込んで黙らせればいい。それはキミも分かってたんだろ?」
「ええ……分かった上で始めました。でも、多くの犠牲の上に成立する平穏に、本当に価値があるのでしょうか……」
「価値はボクたちが評価することじゃないよね? それよりキミの……」
リンツ様は呼び掛けを途中で止めた。
対象となるマサユキが、呼び掛けに応じられる様子ではないことを察したからだ。
刑の執行は続けられた……。
次回は水曜日、2014/10/8/7時です。