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第58話 袋のねずみ

「こ、これは……」

「なんと……」


 順調に撤退を続けていた男爵軍だったが、窮地きゅうちに立たされていた。

 集合予定地点の側に流れる川は、前日の雨の影響で氾濫はんらんしていた。

 水は茶色く濁り、轟々と音を立てる。

 時折流木や岩などが押し流されてくるほど、猛烈な速度で流れている。


 そして、ここには橋がない。

 渡るにはこの荒れ狂う川に入らなければならないのだが、どうやっても無謀と言わざるを得ない状況だ。


「クッソォオオオ!! 昨日の雨のせいだ! 追撃が迫ってる状況じゃ、戻るにも戻れやしねえじゃねえか!」

「シドよ。もう……覚悟せねばならんな。怪我人と領民たちは逃がしてやりたかったが……」

「マサユキ! お前この状況、読めなかったのかよ!?」


 シドさんは掴み掛かってくる。

 握り込まれた握力は強い。掴まれた所から体が裂けてしまうと錯覚してしまうほどに。

 そして、吐き捨てられない苛立ちと怒りをぶつけてくる。


「待って!」


 ミイティアが駆け寄り、2人の間に割り込む。

 そして言葉を続ける。


「兄様が悪い訳じゃないわ! シド様だって分かってるでしょ?」

「だが……付いて来た連中に、どう言えってんだ! 「泳いで渡れ」とでも言うのか!?」

「違うわ! ろくに作戦も練らないで戦いを挑んで、その責任を押し付けないで!」

「クッ……」

「シドよ。責めるべきは私である。すべての責は私にあるのだ。マサユキ殿ではない」

「だがよ!」


 ガッ!

 男爵様はシドさんを力一杯殴る。

 そしてシドさんの胸倉を掴み、大声を張り上げる。


「お前がうろたえてどうする!? 奴らの目的は私を殺すことだ! ならば、私が出向き戦いを終わらせれば済む話だ!」

「ちげーだろ!! お前一人に押し付ける話じゃねえ! 俺は命ある限り戦ってやる!」


 回りの者たちも声を荒げて、決死の戦いを挑む決意を叫び始めた。

 ミイティアに肩を借り、起き上がる。


「男爵様、シドさん。それに皆さん。この状況を読めなかったことは、シドさんの言う通り、私に責任です」

「マサユキ! 撤退中に見た『あの砲撃』を使えたりしねえのかよ?」

「……準備はさせています。でも、全部を倒すのは無理だと思います。追撃隊は小さな隊に分裂しています。すべてを撃破するには、砲弾の数が足りません」

「じゃあ、敵をここまで誘いこんでを撃て! お前たちだけなら、無理やりにでも反対側に連れてってやるからよ!」

「それに何の意味があると言うのですか!? 私たちは生半可な気持ちで戦いに挑んでいません! 皆さんが最後まで戦うと言うのであれば、私たちも気持ちは同じです!」

「お前たちは生きろ!! 俺たちのできないことができるお前らなら、俺たちの無念を晴らすことも可能だ! お前達は何が何でも逃げ延びろ!」

「お断りします!」


 ミイティアが抱き付いてくる。

 ミイティアの顔は真剣だ。そして強い決意の目をしている。

 少し熱くなり過ぎていた……。


「兄様、落ち着いて。策ならあります」

「ミイティア……。聞かせて」

「私が対岸までロープを繋ぎます。それを伝って対岸まで行ければ、予定通り砲撃が行えます」

「どうやって対岸までロープを繋ぐと言うの?」

「対岸の木に向かって矢を撃ちます。矢には糸を付けてロープを対岸まで引っ張れるようにします。あとはロープをしっかり結んで渡せれば、対岸までの道が出来ます」

「それって……対岸に誰か行かないと成立しないでしょ?」

「それも私がやります。何本も矢を撃って糸を束ねれば、体重の軽い私なら渡れます。私にしかできません。お願いです兄様! やらせてください!」


 話を聞いていたシドさんが、ミイティアの提案に割り込んでくる。


「ミイティア。川を渡るなら俺たちに任せてくれ。お前は矢を撃ち込む作業だけやってくれればいい」

「そうはいきません! どうやっても片道切符なんです! この濁流を往復するのは力のある男の人でも無理です! それに時間もない! それに、怪我人や力の弱い女性、非力な老人を背負って渡るには男手が必要です! 一人でも多くの人を渡らせるなら、ロープを渡すのは身軽な私以外いません!」

「シド。他に手がないのだ。やれるか分からんが……足掻くだけ足掻いてみよう。マサユキ殿も良いか?」

「……ええ」

「ありがとうございます! 兄様!」


 こうしてミイティアの果敢なる挑戦が始まった。





 矢を50本も対岸の木に撃ち込み、付けていた糸を寄り合わせ、ミイティアが命懸けで川を渡り切った。

 そして、無事にロープを川に渡し切る。

 怪我人と女性、老人を優先し、川の対岸への輸送が始まる。


「まずは怪我人と女を運ぶぞ! キッチリ命綱を結べ!」


 輸送はゆっくりであるものの、確実に一人ずつ対岸へ渡す。

 およそ半数を渡し切ると、シドさんは神妙な顔つきで話し掛けてきた。


「さっきは……すまなかった」

「いいんですよ! ミイティアが帳消しにしてくれました。それに言われたことは正しいんです。俺がもっと早くに気付いていれば、何も問題にならなかったんです」

「いや……良く考えたら俺が気付くべきだった。お前の読みはいつも正確だったからよ。つい……鵜呑みにしちまったんだ」

「光栄です! でもそれは、全員無事に渡り切ってからにしましょうか?」

「そうだな……」


 何やら慌ただしく見張りの兵士が帰って来た。


「報告! 追撃隊が山の反対側まで来ています! 急がねば追い付かれてします!」

「分かった! ギリギリまで偵察を続けるのだ! その間に可能な限り渡し切る!」

「ハッ!」


 兵士は慌ただしく戻っていく。


「ついに来たな……」

「ああ……。だが、この調子では時間の問題だ。最後は私が残る! シドは対岸へ行き、領民たちの先導をしろ!」

「待てよ! 残るなら俺だ! お前が責任を――」

「シド!! 聞き分けろ!! これは私の問題なのだ!」


 男爵様とシドさんが言い争いを始めた。

 大声を張り上げ、取っ組み合いをしそうな雰囲気である。


「お取り込み中失礼致します。男爵様、シドさん。お話があります」


 呼び掛けに気付き、2人は冷静になった。


「時間稼ぎであれば手はあります。ただ、リスクは高いです。それでもやりますか?」

「砲撃か?」

「はい。効率良く砲撃で撃退するには、ある程度相手を集める必要があります。それに、砲撃に巻き込まれる可能性もあります。誘い込みで命を失う可能性も――」

「構わねえ! どうすればいい?」

「その通りだ! 我らにできることがあれば言ってくれ!」


 地図を取り出す。


「今いる地点はここ。敵は山の裏側ですから……大体この周辺です。脇の山道を突っ切り、この広場までおびき寄せます。あとは砲撃の着弾地点次第ですが、大半の兵を倒せます」

「ならその役目、俺たちに任せろ!」

「私も付いて行くぞ! 私がいなければ陽動だと分かってしまう!」

「……分かりました。では、一つだけお約束頂けますか?」


 男爵様とシドさんは、無言で頷く。


「合図をしたら、構うことなく全力で走ってください。誰かをかばって足を止めることは許しません。この難局を乗り越えさえすれば、必ず勝てます。最後まで生き残ってください」

「……分かった」

「私もだ」


 男爵様たちは陽動部隊の編成を始めた。


 川の対岸では、ミイティアが不安げにマサユキたちを見詰めていた。

 何やら話し込んでいたと思ったら、兵士たちが慌ただしく動き始めたからだ。

 ラミエールはミイティアの様子に気付くと、治療の手を休め、そっと話し掛ける。


「ミイティア? どうかしたの?」

「兄様たちが……」


 ラミエールも川の対岸を眺める。


「あなた、マサユキさんの護衛でしたわよね? なら、ここでジッとしてないで行きなさいな」

「でも……渡れないわ……」

「何を言ってるの? 戻れなくもないでしょ?」

「どうやって? ここ以外は通れないって……」

「はぁぁぁ……。あなた! その篭手は飾りなの!?」

「あっ!」

「分かったかしら? 上流に行けば川幅が狭い場所もあるでしょ? 恐らく陽動作戦をするつもりなのだから、上流側の山間の広場を使うはずよ。それなら――」


 ミイティアは話もそこそこに駆け出した。


「まったく……あの子には手が焼けますわ。だから、『マサユキさん』に置いてきぼりに――」


 ラミエールの意味深な独り言を遮り、アクトバーさんが呼び掛ける。


「ラミエール殿! 手伝いをお願いします!」

「はい! 今行きますわ! ……ミイティア、頑張るのよ」


 ラミエールは小走りでアクトバーさんの元に向かう。



 ◇



 ここは男爵領、中心部の街。

 男爵軍にとってこの街は、故郷であり護るべき本拠地。

 現在は住民を含めすべての領民たちは避難を終えているため、人気ひとけのないゴーストタウンとなっている。


 伯爵軍にとっても、この街は何ら戦略的価値がない。

 それは標的である男爵閣下がいないからだ。

 にも関わらず、伯爵軍本隊はこの地に進軍して来た。

 その理由は恐らく……あの強力な砲撃を警戒してのことだろう。


 俺たちは街の建物に身を隠し、その様子を伺っている。


「さて、黒……ぬえ? どう攻める?」

「んーなの、分かり切ってるでしょ?」


 ぬえは伯爵軍中央部を指差し、堂々と言い放つ。


「中央突破!」

「フ、フハハハハハ……。やっと暴れられるぜ!」

「じゃ、いくよ! フォーメーションA! GO!!」


 隠れていた建物から一気に飛び出す!

 そして、目の前にいた兵士を……


「いたぞ! 取りかこ――グギャ!」


 兵士は勢いよく血飛沫を上げ、倒れる。

 そして、次から次と血の雨を降らせ、黒い影が動きまわる……。

 その姿はまるで……野に放たれた黒い魔獣。


 先頭を駆けるろうは大きな剣を振り回し、重厚な鎧を着込んだ兵たちを真っ二つにする。

 ろうの後に続くぬえは、舞いを魅せるかの如く軽やかに両手を動かし、両手の篭手から散弾を放つ。

 二つの影が恐るべき速度で動き回り、剣を抜かせる間もなく兵士たちをほふり去る。


「速度を上げるぞ!」

「おうよ!」


 掛け声とともにろうが一瞬唸ると、大きな剣が黒色から赤色に変色し、まるで精錬中の金属の塊のように熱く燃え上がる。

 そして大きな剣を腰だめに構え、力を溜めるポーズを取ったかと思うと……フッと姿が消える。

 次の瞬間、元いた場所から10m以上離れた場所に出現し、10人ばかりの兵士たちが斬り口から血飛沫のように炎を吹き出し、一刀両断される。

 

 ろうの持つ剣は、今まで使っていた剣とは形状も大きさも異なる。

 形状は両刃の両手剣ツーハンドソードをベースとし、持ち手側から先端に向けて幅が少しずつ狭くなり、先端部でキリッと鋭利になっている。


 この形状になったのは、洋剣に刀の切れ味を継承できないかと試行錯誤した結果である。

 洋剣の長所は、長期戦による刃こぼれが戦闘に影響しにくいこと。

 刀の長所は、一撃に対する切れ味が高いこと。

 コンセプトは、『10人を一刀両断する剣』である。

 これを実現するために、剣の質量は従来の約2倍にも達した。

 当然、このままでは重過ぎて振り回すどころの話ではない。

 そこで、鎧に対して運動能力を補助する能力付与を行った。

 ここまでで振り回しはできるようになったが、10人を一瞬で切り裂くまでには至らない。


 そこで、剣には『放熱』の能力を組み込んだ。 

 言葉の通り『放熱』は、精錬中の鉄のように熱を発する。

 『火で炙ったナイフで肉を切ると、切れ味が違う』というテクニックの一種ではない。

 あれは、肉の持つ筋繊維が熱で軟化し切れ易いというだけで、鎧に使われる金属では成立しない。

 そう。問題は金属なのだ。


 鉄を斬る。それは達人と言われる剣豪であっても難しい。

 ただそれは技術的な問題であって、材質の状態を意味する言葉ではない。

 じゃあ、金属が簡単に斬れる状態とは?

 そこで考えたのが、精錬中のドロドロとした液化した鉄である。

 刃が触れた部分が超高熱状態に達すれば、剣撃の威力次第では斬れるのではないかと考えたのだ。

 そのためには、瞬時に対象となる鉄を超高熱状態にする必要がある。

 そこで利用したのが、『衝撃』の追加打撃に利用している『力点操作』である。


 ここまで来ると、あとは簡単。

 物理力学の『力点操作』と同様に、化学熱力学の『熱量操作』を利用する。

 高熱状態の剣は脆いという性質はあるが、対象とする物体が軟化することで、通常状態の鉄を斬るより遥かに剣の劣化度合いが緩和される。

 その結果、『10人を一瞬で一刀両断する剣技』を使えるようになったのだ。



 変わって、ぬえの攻撃は至ってシンプル。

 鞄から丸い金属の塊を取り出し、遥か前方目掛け投げ込む。

 丸い金属の塊は石畳に軽い金属音を立てて転がると、轟音とともに炎を撒き散らす。

 ナパーム弾に近い手榴弾という感じだ。


 手榴弾には、少量の火薬と散弾。そして水が入っている。

 水は点火と同時に臨界状態に到達する。

 超臨界流体……とまでは行かないが、能力で無理矢理『水素H2』と『酸素O2』に分解させる。

 手榴弾中央部に込められた火薬が炸裂すると、高圧状態の水素と酸素が一気に飛び出し、空気中の水素と酸素を巻き込み広範囲に炎を撒き散らす。


 更に!

 手榴弾には散弾を埋め込んである。

 これは通常、殺傷能力を上げるための物ではあるが、その次元が違う。

 散弾には苛性ソーダが埋め込まれており、高熱状態になることで苛性ソーダは液化する。

 液化した苛性ソーダは散弾の勢いで霧状に飛散し、吸引すれば喉や肺を焼く。

 目に付着すれば失明。皮膚なら焼きただれる。

 散弾が肉体に埋まれば、ジワジワと骨まで溶かしていく。


 俺がこれまで石鹸製作に細心の注意を払ってきた理由も、すべてここに集約されている。

 武器だって薬だって、使い方を誤れば凶悪な殺人道具になる。

 問題は、それを扱う者の心次第なのだ。



 中央突破を掛け何百人と殺し、伯爵軍本隊の中央付近まで斬り込みを続けると、ぬえは鞄から金属の板を取り出す。

 そして、金属の板に向かって叫ぶ!


「伯爵軍全軍に告げる!」


 その声は街全体に大音量で流れ、山びこのように反響する。

 街の至る所に設置された拡声器から流れた声だ。


「速やかに武装解除しろ! 戦意の無き者に手を下すつもりはない! ただし! 内戦を積極的に推進したジェリロード・バリスデン伯爵閣下は例外だ! 捕らえ裁判に掛ける! 重ねて告げる! 速やかに武装解除しろ!」


 俺たちの奇襲に必死に防戦をしていた伯爵軍だが、その警告に動きを止める。

 目を背けたくなるような惨状の上、突如突き付けられた要求。

 兵士たちはうろたえ、誰も反応できずにいる。

 そこに、一人の兵士が怯むことなく一歩前に出ると、俺たちに問い掛けてくる。


「私は小隊を預かるクローブと申します。あなた様の提案には、いささか疑問がございます。私たちはこの内戦を早期終結させるために出陣致しました。内戦を引き起こしたのは男爵閣下だと聞き及んでおります。捕らえるべきは、男爵閣下なのではないでしょうか?」

「内戦を引き起こしたのは男爵閣下だけではない! 伯爵閣下も同罪である! どちらが先という問題ではない! 内戦を引き起こしてしまった両者に問題があるのだ! なお、男爵閣下は我らの要求に応じる用意がある! 残るは伯爵閣下である! この内戦が正しき選択であると言うならば、正々堂々裁判に応じられよ!」

「なるほど……。私は一兵士に過ぎませんが、あなた様の考えが正しいように思われます」

「た、隊長?」


 小隊の一人が、周りをキョロキョロと見回しながら話し掛けてくる。


「そんなこと……言っちゃっていいんですか?」

「私は私の意見を述べたまでだ。公正な裁判であれば文句はない。それに、内戦を早期終結させる目的であるならば、目的の面でも我らと一致する。我らは伯爵領の領民ではあるが、それ以前にアルテシア聖王国の国民だ。ならば、国民として取るべき最善の道は、あの方が示されている通りなんだ」

「そ、そうなんですけど……」


 彼は話の分かる小隊長のようだが、周りの様子は全く違う。

 皆、この状況に戦々恐々とし、俺の提案に答えを出せずにいる。

 その理由は、俺たちが築き上げた死体の山が原因だろう……。


 とにかく、今は語り掛けるしかない。

 声のトーンを落とし、諭すように話し出す。


「貴様たちが迷うのは仕方ない。我らの話が正しいとは限らないからだ。だから敢えて言おう……。我らは、両者の話し合いの場と、内戦を引き起こした罪を問う裁判を用意する。話し合いの結果、和解に持ち込めたのであれば、『貴様たちは伯爵閣下、男爵閣下に良いように利用された』ということになる。話し合いで片が付く話であれば、貴様たち兵が血を流す必要がなかったからだ。逆に裁判に持ち込まれれば、『少なくとも正当性はあり、両者にも責任を負う覚悟がある』という位置付けになる。貴様たちは、その真偽を問う場を用意できる立場にいる。貴様たちが真に正しき選択を希望すると言うのならば、この裁判、価値は十分感じられないだろうか?」


 答えを出せずにいた兵たちは、ジッと聞き耳を立てていた。

 一人、また一人と武器を捨てる。

 まだ判断に迷っている者もいるが、小隊長のクローブの元に行く。

 そしてクローブに金属の板を渡すと、頃合いを見て叫ぶ。


「皆聞け! ここで武器を捨てようとも恥ではない! 我らは捨て駒として配置された! しかし、この御方は我らに生きる道を用意してくれた! 胸を張って故郷に帰れる道だ! ならば迷う必要はない! 我らは正しき裁決の下る場を希望しよう!」


 その呼び掛けに皆剣を捨て、項垂れるように地面に座り込む。

 クローブから金属の板を受け取り、再び語り出す。


「我らは貴様たちにとって敵ではあるが、一つ言葉を贈ろう……。貴様たちはこの戦いを終わらせた『勇者』だ! 正しきことを真っ直ぐ言えぬこの世界で、貴様たちは行動で意思を示した! これは勇気ある行動である! だから再度言おう! 貴様たちは『勇者』だ! 勇気ある行動を示した『勇者たち』だ!」


 項垂れていた兵たちだったが、表情が少し明るくなる。

 お互い顔を見合わせ、苦笑いを浮かべ合う。

 残りの問題は伯爵閣下の所在なのだが……様子から察するに、いないのかもしれない。


「クローブとやら。ここには伯爵閣下はおられないのか?」

「はい。我らはこの街を占拠するように指令されただけで、伯爵閣下はおられません。同様に中枢を担う士官たちもいません。ほとんどが分隊の方に割り振られたようです」


 ろうが慌てた様子でクローブに掴み掛かる。


「おい! それは本当か?」

「え、ええ……。本当です。この隊は人数が多いものの、ほとんどが追加招集を受けた者たちばかりです。士官と呼べる者もおりましたが、先ほどの戦闘で破れてしまいました。烏合の衆である我らをなるべく戦闘に巻き込まれないよう先頭を歩いていたようですが……」

「それは悪いことをしてしまった……」

「いえ、大丈夫です!」


 クローブは胸を張る。


「申し訳ありません。社交辞令程度に嘘を申し上げました。言葉遊びのつもりでしたが、真に受けられるとは思っていませんでした。この隊の士官たちは領内に人がいないこと良い事に、盗賊行為をするつもりだったようです」

「そうか……。話は戻るが、伯爵閣下はどこに向かわれたか分かるか?」

「恐らく……追撃隊かリグルド様の救援隊のどちらかでしょう。消息を絶った隊への捜索には士官を多めに配置されていましたが、伯爵閣下自らが出向く事柄でもないと思います。ですので、追撃隊の可能性が一番高いと考えます」

「……貴様はなかなか優秀なようだ。後日貴様に紹介したい人物がいる。話を聞いてみる気はないか?」

「有難いお言葉ですが……私の本職は兵士ではありません。ご期待に応えられるような器もありません」

「それで構わない。あとはすべてが終わった後にしよう。ひとまず、ここを任せられるか?」

「私の一存では決められません。今しばらくお時間を頂けないでしょうか?」

「ならば、拡声器コレを使え。人数も多い。この方が手っ取り早い」

「有難く使わせて頂きます」


 クローブはさっそく動いた。

 手際も良かった。

 暫定的にクローブを士官とし、異議がある者は定刻までに集まるよう指示を出す。

 士官が変わるまでの間はクローブの指示に従うことで決着させ、時間の掛かる士官選びを後回しにさせた。


「概ねですが、皆に賛同を得られたと思います。この後に士官が入れ替わる可能性は拭えませんが、この隊のことは私にお任せください」

「頼む。我らは急ぎ追撃隊を追う」

「ご武運を」

「貴様もな」


 俺たちは走り出した。


次回、水曜日2014/9/24/7時です。

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